第106話 遭遇
起床。僕はパチリと目を覚ますと、そのまま簡易的なテントから出ていく。睡眠時間は二時間にも満たない。だというのに僕の脳は疲れをみせない。身体的なパフォーマンスも全く異常はなかった。そして今日も行軍するので準備をしていると、同じ隊の人に会った。僕はいい機会だからと思って、話しかけてみることにした。
「おはようございます」
「……! おはようございます、中佐!」
「おはよございます、カーティス中佐!」
僕が挨拶をすると、敬礼をしてそれに応じる二人。僕よりも一回り以上は年上だというのに、完全に上官に接する態度で僕に応じる。僕はあの件を経て、序列零位になっただけでなく階級は中佐となっていた。といってもそんな実感はない。僕にあるのは、この世界に戦う確かな意志だけだからだ。でも別に自分の階級を意識していないわけではない。上官だからこそ、それなりの対応をしなければならないのだ。
「今日はレベル3まで行く予定です。しっかりと準備をしてくださいね」
「「はッ!」」
話はそれだけで、二人はそのまま去って行く。どうやら僕と他の隊員の間にはまだ溝があるようだ。別に友人のように仲良くしたいわけではないが、こうも避けれているような感じだと少し凹む。そう落ち込んでいると、後ろから思い切り体重をかけられる。
「おっと……」
それを軽く捌くと、相手の顔をちらりとみる。
「よ、ユリア。久しぶりだな」
「ニック?」
「あぁ。成長期か? 身長伸びたな」
「そうだね」
僕らは久しぶりに再会した。ニック・ブリーム少尉。第七結界都市で僕に普通に接してくれた数少ない対魔師の一人だ。僕の小隊にはいなかったので、気がつかなかったがどうやらこの作戦に参加しているようだった。
「まさかユリアが特級対魔師序列零位になるとはな。隊のみんなは驚いてたぜ?」
「ははは……まぁ、いろいろあってね」
「そうみたいだな……特級対魔師が一人死んで、さらには二人が裏切り者。尋常じゃねぇな……しかし、それもまたお前が退けたらしいな中佐殿」
ニヤッと笑うニック。なんだかこのやり取りも懐かしい。
「中佐かぁ……実感ないけどね」
「……そういうな。中には佐官になりたくても、なれねぇ奴もいるんだ」
「そうだね。そういえば、ニックはどこの小隊に?」
「俺は第四小隊だ」
「ギルさんが隊長のとこだね」
「あぁ。それなりに伸び伸びとやらせてもらってるぜ」
そう二人で話していると、集合時間はもうすぐだった。
「時間か……」
「そうだね」
「じゃあな、ユリア。今度会うときは、一緒に飯でも行こうぜ。前の隊のみんなでな」
「うん。楽しみにしてるよ」
そういうと僕らは別れて、それぞれの小隊の集合場所へと向かうのだった。
◇
「おかしいですね……」
「うん……おかしいね……」
「何がおかしいんですかぁ?」
僕とベルさんは違和感を覚えていた。一方のノアはその言葉に疑問を呈する。黄昏に初めて来た彼にとっては、何もわからないだろうがこの場所での経験が豊富な僕らは確かな異変を感じ取っていた。
「魔物がいない……」
「うん……全然いない……ユリアくん、黄昏眼での索敵は?」
「反応なしです。しかしここまでいないとなると、おかしいですね……」
「うん……どうなっているんだろう」
そう。僕らは危険区域レベル2までやって来ていたが、いないのだ。魔物が一匹残らず。いつもはレベル2までくれば、それはもうワラワラと湧き出すように魔物がいたものだ。だというのに今は一匹もいない。思えば、昨日の蠍もおかしかった。まるで何かから逃げるようにして、こちらに向かって来たのだ。もしかしたらこれは……。
「ねぇ、ユリアさん。ベルさん。これって何?」
「……? これ……って?」
「何かあるのか、ノア?」
ノアは虚空を見つめている。そして他の隊員も立ち止まって、ノアが指差す方を見るも……何も見当たらない。試しに黄昏眼で索敵するも何もない。ただの気のせいだろうか……。
「そっかぁ……みんなには見えないのか……」
「何か見えるのか、ノア」
僕は彼の感覚を信じてみることにした。まだ完全には信用していないが、その才能は折り紙つき。魔人として覚醒した僕よりも知覚能力は上なのかもしれない。
「ここ、結界があるよ」
「結界? ベルさん、知覚できますか?」
「いや……ちょっとわからない、かな……」
そう話していると、先輩も後ろの方からやって来て合流する。
「何してるの?」
「ノアが結界があるっていうんです。分かりますか、先輩」
「いや……何も見えないけど……」
「そっかぁ……破ってみても?」
「少し待って……司令部に聞いてみる……」
ベルさんはそう言って通信魔法を使用。すると直ぐに許可が下りたのか、ノアにこう告げるのだった。
「いいよ。ただし……戦闘になったら、敵を……殲滅すること」
「わかった。じゃあ、やってみるね〜」
そういうとノアは魔法を使用。すると僕の知覚にもその結界とやらが現れる。
「……結界か。でも僕が知覚できないほどのもの……一体何がいるんでしょうか」
「わからない……けど、いいものとは思えない……みんな、戦闘準備を……」
そして10分後。ノアは結界の解除に成功する。
「ふぅ……終わったよ。なかなか手強かったね〜、秘匿性がかなり高く設定してるのか、結界が7層にも分かれてたよ」
「……なるほど、一筋縄ではいかないようだな」
僕らはベルさんと、僕を筆頭にしてそのまま先に進んでいく。すると僕の双眸は、生命反応をつかんだ。
「ベルさん、魔族です……しかしこの反応は?」
「敵は魔物?」
「いえこれは……亜人です」
「亜人? 種族までは分かる?」
「はい。これはおそらく、エルフです……」
「エルフ? こんなところに……?」
「はい。間違いないです」
黄昏眼で手に入れた情報。それは相手が亜人だということ。さらにはそれがエルフだということだった。亜人という情報は、魔素形態と固有領域を見ればわかった。それに加えて、僕は相手の姿形まで認識できた。長い耳に、緑がかった髪。人間に近いも、決して人間ではないそれは……間違いなくエルフだった。
150年前の人魔大戦以来、人間とは接点がなかった種族だ。もっともその時から敵対していたわけではない。エルフは過去からずっと中立を宣言してきたが、人魔大戦に巻き込まれ……その存在は不明になった。黄昏に支配された世界で生きているのか、死んでいるのか、どちらともわからない状態だった。それがまさか、こんなにも近くにいるとは思ってもみなかった。
「行きますか?」
「うん。長がいれば、話を聞いてこいって」
「早いですね。リアーヌ王女ですか?」
「うん……よし、行こうか……」
第一小隊はそのまま進んでいくと、そこには簡素な村があった。決して裕福とは言えないが、そこには小さな家がいくつかあり、そして武器を構えて待っていたのはやはり……エルフだった。
「人間だッ!!」
「魔人ではなくッ!?」
「人間だ、武器を取れッ!!」
エルフは全員が臨戦態勢に入っているのか、すでに戦闘は避けられそうにない……そう思っていると、エイラ先輩が前に出る。
「あなたたち、武器を下ろしなさい。魔法も使うんじゃないわよ」
エイラ先輩は右手を横に薙ぐと、発動しかかっていた魔法を解除する。
「な……ッ!?」
「なんだあの女は、魔女なのか!?」
「まずい、早く、早く長を呼べッ!!」
だいぶ慌てているも、僕らから殺気がないこと感じ取ったのか次第に彼らは落ち着いていく。
「人間か……まさか相見える時が来ようとは……」
そして奥の方からやってくる年老いたエルフ。あれがおそらく、この村の長だろう……。
僕らは、亜人と遭遇するもこれは初めての出来事。他の種族との交流……果たして、上手くいくかどうか……。