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第105話 私と王女様 2



「ど、どうしてそのことを……」



 取り繕うことはしなかった。彼女はただただ驚いていた。先ほど自分が考えていたことが一言一句違わず、当てられたのだ。このようなことをされたならば、誰でも思うだろう。この人間は……人の心を読めるのではないか、と。



「どうして心を読めるのか、そんな表情かおをしていますね。ベル」

「失礼ですが……本当に……読めるの、ですか?」



 純粋に興味があった。聖人に至ろうとする人間は、このような能力もあるのか……そう思っていたが、帰ってきた返答はそんなものではなかった。



「いえ、ただ適当に言ってみただけです」

「え?」

「でも……あなたの表情は雄弁に語っている。そう思ったのです」

「そう……ですか」



 そう、か。ただ幼い子どもに分かるほど、態度に出ていたのか。それほどまでに自分はこの仕事を嫌がっている。それを自覚するも、改める気は無かった。だからこそベルは率直に話をする。リアーヌは5歳だというのに、聡明だ。それは今までの短い会話だけでも分かる。そしてベルは提案をしてみた。



「私は……黄昏で戦う……必要があります……あなたと共に同じ……時間を……過ごす……暇は……ないのです」

「……はっきりというのですね」

「先日、尊敬していた……上官が……死にました。その敵討ちのためにも……私はいく必要があるの……です……」

「……なりません」

「どうして……でしょうか?」



 少し語気を強めてそういうベル。子ども相手に、しかも王族にこんなことはしたくないが、この役目を放棄できるのなら喜んで悪人にでもなろうと彼女は考えていた。



「あなたはこのまま黄昏で戦えば、死にます」

「……」

「分かっているのでしょう? その刻印のことを」

「えぇ……分かっています」



 黄昏症候群トワイライトシンドローム。当時はまだその名称は使用されていなかったが、人々の間では黄昏病とも呼ばれていた。そしてそれは人を死に至らしめる病だと……特に軍の中では話題になっていた。


 ベルは自分の刻印がさらに増えていることに気がついていた。上官が死に、魔人と戦った際にベルは壁を破った。それは一種のブレイクスルー。人類がさらに上の領域に到達したという事実でもあるが、それと同時に気がついていた。この能力は、危険なものだと。自分の寿命を削りながら戦っている。そんな感覚があった。



 でもそんなことなど、対魔師ならば些事に過ぎない。皆、命がけで戦っている。ならば、対魔師の全てがその寿命を削っているに等しい。今更、黄昏症候群トワイライトシンドロームなど怖くはない。怖いのは、この足が立ち止まってしまうことなのだから。



「でも……だから、なんですか? あなたには……関係ない……でしょう」

「いえ関係あります。私というよりも、人類全体に。ベルティーナ・ライト。幼少期から才能を見出され、人類史の中でも最も早く特級対魔師に至ったあなたを失うわけにはいかないのです。それに私には視えたのです」

「……見えた?」

「はい。あなたが死ぬ未来です」

「未来視が……使えるのですか……?」

「完璧ではありませんし、年齢を重ねるとともに未来視の力は衰えていますが……あなたは近いうちに死ぬ。それも黄昏の中で。それを回避するためにも、私のそばにいてもらいます」

「……あなたのそばにいれば……未来が変わると?」

「はい。私はなんの因果か、どうやら多少は未来を変えることができるようです。昔からやってきたことですので」

「……」



 幼い少女。まだ10歳にも満たない。だというのに彼女の話は理路整然としていた。これが聖人に至る人間なのか、そう思うと同時に少しだけ興味が出てきた。いったい彼女は何者なのか……。それに死ぬと言われたなら、少しは躊躇する。上官が死んだばかりだというのに、自分も死ぬわけにはいかない。



 そしてベルはリアーヌの提案をしぶしぶ受け入れるのだった。



「わかりました……なら……しばらくはあなたの側にいることにします」

「これからよろしくお願いしますね、ベル」

「……はい」



 ◇



「う……ぐぅう……うぅうう……」

「……大丈夫ですか?」

「……はぁ、はぁ、はぁ……はい。いつものことですので……」

「いつもの……?」

「私はおそらく、自身に眠る能力に体が追いついていないのでしょう。時折こうして、発作のようなものが起こるのです」

「そう……ですか……」



 リアーヌは体が弱かった。いやそれは弱いというべきなのか。彼女はこうして度々自分の胸を抑えるようにして、うずくまることが多々あった。その痛みを押さえ込むようにして、小さくなるリアーヌを見てベルは同情した。どうしてこんなに幼い少女が、このような痛みにいつも苛まれるのか。聖人というのはそういうものだ。そう言ってしまえば、それまでだが、ベルは徐々にリアーヌのことを理解し始めていた。



 勉学に励み、社交界では王族として振る舞い、そしてその毎日やってくる痛みに耐える。彼女が遊んでいる時間などなかった。ずっと同じような毎日を繰り返す。ただただ、虚しい日々だと思った。そんな矢先、ベルは尋ねてみた。どうしてそこまでするのか、と。



「どうして……そこまで頑張る……のですか?」

「どうして、ですか……そうですね。母のようになりたい、そう思ったからかもしれません」

「女王ですか……?」

「はい。母は人類のためにたった一人で結界を維持しています。さらには都市の運営の仕事もしている。そんな母を見て、自然と私も自分のあるべき姿を決めたのです」

「それは……?」

「人類のために、この身を尽くすと」

「……本当に、それでいいのですか……? 本当にしたいこととか……」

「今後やりたいことができるかもしれません。でも、黄昏から解放されるその日まで、この身は人類に捧げると決めたのです」

「……そう、ですか」



 幼い。あまりにも幼いというのに、どうしてそこまで覚悟が決まっているのだろうか。ベルが彼女くらいの時は、何も考えずにただ呆然と生きてきた。だというのに、リアーヌはすでにその年齢で覚悟を決めている。



 純粋に尊敬の念を抱いた。尊敬とは別に年上にだけ抱くものではない。人としての在り方が尊敬に値すると思えば、それは年齢など関係ないのだ。ベルは初めて、年下を、それもこんなに小さな少女を尊敬した。その小さな体にはどれほどの覚悟が宿っているのだろう。毎日苦しみに耐え、遊ぶ暇などなく、ただひたすらに苦行を強いる日々。報いてあげたい。そう思い始めていた。



 そしてベルはその時を境に、自分に対する傲慢さを失くしていった。特級対魔師になったことで、彼女は驕っていた。しかしリアーヌを毎日見る中で、自分自身も見つめ直し、今の自分には何ができるかと考えるようになった。



「リアーヌ様」

「どうかしましたか、ベル」

「私は……あなたのことを……誤解していました……申し訳ありません……」



 そういって頭を下げるベル。この瞬間、自分はこの人に仕えるべきだと彼女は思った。彼女を支えてあげたい。ベルもまた、その献身を捧げることにしたのだ。



「別に……子どもの戯言なのです。気にしなくとも……」

「いえ……そういうわけにはいきません。リアーヌ様、私は……あなたにお仕えします」

「……そう。そうですか……なら、これからも宜しくお願いしますね、ベル」

「はい……」



 今まではただ任務だから仕方なく受けれていたが、今は違う。彼女は自分の意志で、この幼い少女のそばにいようと決めたのだ。友人もいなく、親にも構ってもらえない少女。毎日痛みに耐え、苦行を自ら強いる彼女の支えになる。そう誓ってから、二人は血の繋がった関係よりも深い親愛を築くようになるのだった。



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