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第104話 私と王女様




(ユリアくんが側にいるなら……大丈夫かな)



 ベルは遠目からユリアとリアーヌが会話をしているのを見つめていた。元より、ベルはリアーヌの側近である。しかし現在はその義務は特には存在していない。ベルはベルで最前線で戦闘をしなければならないし、リアーヌはリアーヌで後方で作戦指揮をしなければならない。それにもう……リアーヌは聖人として覚醒した。幼い頃かずっと側にいたベルだが、もう自分は必要ないのかもしれない……そう考え始めていた。



 そしてユリアと微かに目が合う。かなり離れているというのに、ユリアは誰かが自分を見ていると気がついたのだ。それと同時に思った。彼ならば、リアーヌを任せることができると。もともと、ベルはその戦闘能力の高さから彼女の側近になったのだ。ならば自分よりも強い存在に任せるのは当然ではないか……そう最近は思い始めていた。




「おい、ベル。そろそろ交代の時間だが……」



 呆然としていたところにやってきたのはギルだった。彼はちょうど仮眠を取ったばかりで、ベルと交代しようとここにやってきた。現在は拠点を作り、対魔師たちは簡易的なテントの中で休んでいる最中だ。周囲には微かな明かりがあり、ベルの顔を僅かに照らす。その表情を見て、ギルはピンときた。



「なんだ? 寂しいのか?」

「……寂しい? そんなわけ……いや、そうなのかもしれない……」

「珍しいな。お前が素直なんて」

「私はいつも……素直だけど?」

「悪い悪い。で、どうした。あの二人をそんな物思いに見つめてよ」



 ギルもまた、ユリアとリアーヌが二人で楽しそうに会話をしているのを知覚した。リアーヌの方は全く気がついていないが、ユリアの方はその視線にすぐに気がつくと軽くギルに向かって頭を下げる。



「私は……もう、役目を終えたのかもしれない……」

「王女様のお守りか?」

「お守りじゃないけど……端的に言えば、そう……」

「子離れできねぇ、親みたいだな」

「ギルは……どうしたの?」

「俺の場合は、上はそうなる前に死んじまった。下の娘はまぁ……いうことを聞かねぇやつでな。結局のところ、人間は自分で決めたことにしか従えない。親が、ああしろ、こうしろ、といったところで無駄なもんだ。だから俺は、あいつの意志を尊重した……ってとこだな」

「……意外にまとも」

「意外ってなんだよ。でもまぁ、お前もそんな時が来たのかもな」

「……私はリアーヌ様には幸せに……なってもらいたい。でもその幸せに私が……必要ないというのなら、大人しく身を引くつもり……」

「はぁ……バカだなお前」

「?」

「お前にとってあの王女様は大切な人だが、それは向こうも同じだろう」

「……同じ?」

「俺は長いこと見てきたからわかるが、リアーヌ王女はお前を誰よりも信頼して、そして敬愛している。気がついていないのか?」

「……そうなの?」

「はぁ……重症だな、こりゃ。ともかく、作戦が開始して別々になったからといってお前がいらなくなったというわけはないだろう」

「……そういうもの?」

「ま、そういうもんだな」

「なるほど……勉強になった」

「じゃ、お前も休めよ」

「……わかった」



 そういってベルはその場から去っていく。チラッと後ろを見ると、リアーヌが楽しそうに笑っているのが再び目に入った。幾度となくみたその表情。普段は色々と気を張っているので、あまり笑顔を見せない彼女だが信頼している相手の前ではよく笑う。


 ベルもまた、その笑顔を幼い頃からずっと見ていた。そして思い出す。リアーヌと出会い、そして今に至るまでの軌跡を。



 ◇



「私が、ですか?」

「あぁ。君に一任しよう。しばらくは黄昏での任務は無しだ」

「しかし……」

「これは絶対だ。覆すことはない」

「……了解しました」



 苛立ちから少し乱暴に扉を閉めてしまう。そしてそのままベルは歩みを進める。


 ベルティーナ・ライト。24歳。


 つい先日特級対魔師になった、天才だ。当時はベルの年齢で特級対魔師になるのは破格。彼女は軍の中で、史上最高の天才と評されていた。そんなベルだが、その時は自分の才能に疑いなどなかった。それはある種の驕りなのだが、事実でもある。



 そんなベルに下された命令。それは、第三王女であるリアーヌの世話をしろというものだった。彼女は150年前に存在していたと言われる聖人になれる可能性がる……そう極秘に教えられた。その事実を知るものは、王族と軍を含めてごく一握り。そんな彼女を絶対に守るために、専属の護衛をつける。そこで年齢、実力、さらには性別などを考慮されて選ばれたのがベルだった。



 しかし軍の上層部は、彼女の性格を考慮していなかった。ベルは引っ込み思案で24歳となった今でも人との会話は苦手。大人はまだマシな方だが、何よりも子どもが苦手だった。それは何を話せばいいのかわからないということに尽きる。その対象がたとえ聖人に至る可能性のある王女だとしても、まともに気を使うことなどできるとは思えなかった。



(私じゃなくて……もっと、適任の人が……絶対にいるのに)



 心の中で悪態をつく。どうして自分がそんなお守りのようなことをしなければらならないのか。自分は若くして特級対魔師になった天才。戦う場所はあの黄昏であり、結界都市で子守をしている場合ではない。その怒りは彼女の態度に表れていた。床を蹴る音は次第に大きくなり、彼女は自分の感情をなんとか抑えるも……それでも許容できるものではなかった。



 ほんの数日前に、信頼していた上官が死んだのだ。葬式にも出席して、誓った。絶対に、あなたの死は無駄にはしないのだと。そして彼女はその時に魔人を退けた功績から特級対魔師に抜擢された。正直いって、すぐにでも黄昏に行って魔族を殺したい……そんな感情に駆られていた。



 だが彼女はリアーヌと出会うことで、大きく変わっていくことになる。






「あなたは……誰ですか?」

「私はベルティーナ・ライト……と、申します。これからリアーヌ様の……護衛に……つかせて……頂きます。どうぞ、ベル……とお呼びください」

「ベル?」

「はい」

「ベルは私を守ってくれるの?」

「はい。この命尽きるまで……私はあなたをお守りします……」

「そう……これからよろしくね、ベル」

「はい。リアーヌ様」




 それはただの飾りの言葉。実際にところ、ベルは適当に理由でも付けてこのお守りを誰かに任せたいと思っていた。別に特級対魔師でなくても、一級対魔師でもいいだろうに。そもそも、王族に害をなす存在などいない。魔族が結界都市に入ることはないし、貴族連中も流石に王女に何かをしようとも思えない。



(時間の浪費……)



 その言葉に尽きる。ベルはそう考えていたが、よく見ると……リアーヌの容姿は群を抜いていることに気がつく。さすがに聖人候補とでもいうべきか、人間のそれをはるかに超える容姿には改めて驚愕する。なによりも特筆すべきなのは、その左右対称なパーツだ。人間は必ず、歪さが生じてしまう。顔のパーツしかり、四肢しかり。だがリアーヌはパッと見てもバランスのとれた完璧というべき容姿をしていた。



「何か?」

「いえ、別に……」



 じっと見てたので、不審に思われてしまった。でもそれならば都合がいい。ささっと嫌われて別の人間に変えてもらおう。こんな瞬間でも、黄昏で戦っている人間がいるのだ。自分はこんなところで足踏みしていい理由はない。



 そんな風に考えていると、リアーヌは予期しないことを口にする。



「時間の浪費、そう考えていますね?」

「え……」



 呆然とする。そしてベルは知るのだった。リアーヌという少女の、過酷な運命に……。



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