第101話 擬似永久機関
進軍。僕らはあれから第一結界都市を出て行き、黄昏危険区域レベル1まで来ていた。と言ってもまだ魔族には出会っていないも、油断は決してできない。いつ何時も、僕らは油断できる暇などはないのだから。
「……黄昏か」
ぼそりと呟く。現在は小隊に分かれて行動している。その中でも僕は第一小隊の中にいて、その先頭を進んでいる。フォーメーションは分隊の時と変更はない。前衛は近接特化の対魔師、後衛は魔法特化の対魔師となっている。
そして今の僕は、ノアとそれとベルさんと共に前を進んでいる。
「ねぇ、ユリアさん。黄昏ってどんな感じなの?」
「ノアは初めてなの?」
「うん」
「そうか……まぁ油断はしないほうがいいよ。この世界は弱肉強食。なんでもありだから」
「ふーん。そっか」
ノアはなんの恐怖心も抱かず、そのまま僕の隣を歩いている。後ろに隊員たちも彼の存在には訝しい表情をしている。それもそうだ。ただの子どもが同伴しているのもそうだが、そんな子どもが僕の隣を歩いているのだ。これには普通誰もが、疑問を抱く。通達内容としては、実験的に優秀な対魔師を導入してみたいということらしいが……果たして、彼の存在は本当に何なのだろうか。
急に現れた存在。彼は三大難問の中でも鬼門とされている、永久機関を解明したというのだ。ベルさんはその目で確かめたというが、やはり百聞は一見にしかず。僕はこの目で見るまで、彼の実力を疑っているのだ。
「ベルさん……あの……」
僕はコソッとベルさんに話しかける。一方のノアといえば、今は他の隊員に話しかけているのでタイミング的にはちょうどいい。今はまだレベル1なので全体の緊張感もそれほど高くない。そもそも今回の作戦には特級対魔師が全員参加しているのだ。黄昏レベル3まではおおよそ、大丈夫と考えていいだろう。
「本当に大丈夫なんですか?」
「ノアの……こと……?」
「はい」
「私は……この目で確かめたけど……間違いなかったよ……あの子の実力は特級対魔師に届きうる……ただメインは魔法みたい……だけどね」
「永久機関を見たんですか?」
「……うん。彼曰く、PMC理論という……らしい」
「PMC理論、ですか」
初めて聞く言葉だ。一体何の略語だろうか、そう思っているとすぐにベルさんが教えてくれる。
「PMC理論は……Perpetual Motion of Code の略称……それは永久機関を成すために必要な理論らしいけど……これ、見て」
「これは……論文ですか?」
「そう……彼がまとめたものらしいよ」
「拝見します」
僕は歩きながらその内容を吟味する。すると分かったのは、理論的に永久機関は成立するというものだった。内容を詳細にいうとこうだ。
これは魔素を無限に使用可能にするという理論であり、実現すれば永久に魔法を行使できる。しかし、難問たる所以は魔法の性質にある。魔法の使用には、必ずと魔素が必要になる。
魔法を使用すれば、魔素は消える。そう、世界から消えるのだ。そして、使用すればするほど魔素に偏りが生じてしまい、大規模な魔法を同じ空間で使い続ければ、いつかは無くなる。魔素が無くなるほどのことは滅多に起きないが、それでも有限であるのは間違いない。だからこそ、永久機関の開発は不可能だと思い込まれていた。しかしここにあるものを見れば、彼はその永久機関を擬似的にだが実行できるというのだ。
それはノアが生み出す限定的な空間の中でのみ。その空間の名前は……世界縮小。しかしそれは確か……クローディアが使用していた転移魔法の名称だったはずだが……一体……。
「ベルさん、世界縮小という名称は……」
「それはリアーヌ様にも……確認したけど……世界縮小とは固有の空間領域のことを……示すらしい……文献にもその存在は確認されてる……問題は使用者がその空間を何を……目的に使うのか……クローディアの場合は転移……そしてノアの場合は擬似永久機関……ということらしい」
「なるほど……そうでしたか」
改めて論文をざっと見る。僕は研究者ではないので、より詳しいことは分からないが……擬似永久機関。それは間違いなく、永久機関を実現できる魔法らしい。
「理屈としては理解できました。それで、実際に見てどう思いましたか?」
「……あれは……魔法の歴史を……変える代物……半永久的に使用できるそれは、間違いなく……魔族への脅威となる……私としてはすぐにでも実力的には特級対魔師にしていいと……思う……」
「そこまでですか……」
「ただやはり……その心の在り方はまだ幼い。もう少し様子を見たほうがいいと思う……」
「同感です」
僕は強く頷く。この世界はただ単に強ければいいというわけでもない。その心の在り方、精神状況も大きく強さには関係してくるからだ。幼い彼はその心をどんな風にして戦うのだろうか。まだ10歳といえばこの世界に対しての認識は薄い。黄昏に出る子どもなど、ほとんどいないのだから。
僕はノアの存在を気にかけながら、そのまま進んでいくのだった。
きっと彼の存在はこの戦いのカギになる。僕はそんな予感がしていた。