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子ども達



慌てて朝食を取って少しだけ仕事を片付けた後、しばらくは空き時間を確保してある。後宮の隅にある屋敷に到着し、こぢんまりとした屋敷を見上げて短いため息を一つ溢す。


―――ここは、私とお兄様が育った思い出の場所でもあり、現在は側室や妾だった母親を失ったお兄様の子ども達が身を寄せ合って暮らしている場所でもある。


いい加減ここも手狭になって来たので、そろそろどうにかしなければならないとは思いつつ、私が中々思い出の場所を手放せないせいで子ども達には窮屈な思いをさせてしまっていると思う。


彼らを庇護する私に遠慮して、そういう不満や要望を何も言って来てはくれないのが悲しくはあるけれど、とりあえず王太子位を巡る争いに巻き込まれないように一箇所に集めて保護しておく必要がある。


もう少し広い屋敷が使えないか検討しようにも、邪魔が入ってなかなか上手く行かない。一応この後宮の主である王妃様は、私が権力闘争に負けた子ども達を庇護する事も、後宮に出入りする事も快く思ってはいない。


それに最近では私がお兄様との子をここに隠しているとの噂まで出ていて、詮索や間諜への対処などが必要になって割と困っている。


色々と思案しながら待っていると、間もなく子どもが二人とその側仕え達がやって来た。


「ようこそ、私が案内するわ。さあ、中に入って。」


「……あの、僕達はどうなるんですか?」


怯えた様子の妹を自分の体の影に隠して、不安そうに尋ねる兄という二人を見て、微笑ましい気持ちになりながら、かがんで幼い兄妹に目線を合わせて柔らかく笑う。


「今日から貴方達はここで暮らす事になるのよ。ここの事は貴方達のお父様に任されているから、必要な物とか困っている事とかがあったら何でも相談してね。分かったかしら?」


「はい、叔母上…分かりました。」


「じゃあ次はここの事を簡単に説明するわね。ここには貴方達の他に十三人もの異母兄弟がいるの。だから一人一部屋は与えてあげられないのよね。もう少し大きくなるまでは二人で部屋を使って貰う事になるけど、良いかな?」


「うん!お兄様と一緒が良い!」


今まで隠れていた兄の背中からピョンと飛び出て来て、嬉しそうに大きく頷く仕草に少し安堵する。


子どもの純粋でキラキラとした瞳でまっすぐに見詰められると私はとても弱い。ふわふわと柔らかい髪を優しく撫でてやると、彼女はくすぐったそうに顔を綻ばせた。


「こら!言葉使いに気をつけなきゃいけないだろ?叔母上は目上の人なんだから!」


「そうだった!叔母さま、ごめんなさい…」


兄に叱られてしゅんとして素直に謝る妹も、妹の為に処世術を身につけさせようとする兄もまた、とても可愛らしい。


「ここでは良い事にしましょうか。他には誰もいないからね。ただ、公の場では特に気を付けないと、大変な目に遭っちゃうね。」


私はくすっと悪戯っぽく笑って、兄の方の髪もくしゃくしゃと撫でて見せた。


「すみません、叔母上。ご迷惑をおかけしないように僕が妹の分も気をつけますから。」


「あら、頼りなく見えるかもしれないけど、意外と妹も色々と考えている物なのよ。お兄様にはもう少し妹の事を信じて欲しいものね。……って、これじゃ単なる愚痴になっちゃうわね。」


「そうよ!わたしだって色々考えてるんだからね!信じて欲しいものね!」


一生懸命私の真似をしながら主張する姿は本当に愛らしい。兄も叱りたいような笑い出したいような顔をして、結局何も言えなくなってしまっている。



いい加減に移動する事にして、子ども達に新しい住人を紹介して、兄妹ふたりにも他の子達を紹介して、二人の部屋の案内と、ここで生活する上での最低限のルールの説明を行う。


「ここではいくつかの決まりごとがあります。それを破るとちょっとしたお仕置きをしますから、ちゃんと守るようにね。

 一つ目は、お互いの容姿や母親の実家の事、相手の趣味や大事な物の事を貶したり、傷付けたりしない事。

 二つ目は、喧嘩をしたら時間がかかってもいいから、ちゃんと仲直りをする事。

 三つ目は、早寝早起き朝ご飯よ。ちゃんと寝て、朝ごはん食べておかないと何するにしても元気が出ないからねー。

 二人は守れるかな?」


「はい!もちろんです!」


「わたし、早起きは苦手…」


自信満々に答える兄と、ちょっと嫌そうな顔の妹が対象的だけど、これが簡単そうで意外と難しいのよね。二人のように最初は返答して来たほとんど全員の子ども達が、今までに何かしらの事をやらかしてこの決まりごとを破ってしまっている。


「朝はちゃんとここの侍女長が起こしに来てくれるから大丈夫よ。とにかく二人が心身ともに健康に育ってくれると嬉しいな。」


私の強い思いのこもった言葉を聞いて、二人ともこくりと納得して頷いてくれたので、しばらくは大丈夫だろうと屋敷を後にした。


「ね、ニコライ様……私の甥っ子姪っ子達は可愛いでしょう?だから、もうあの子達の世話をするだけで結構満足してるのよね。子どもの事は本当に気にしなくて良いんだからね?」


ずっと静かに護衛として後ろについて来ていたニコライに、唐突だけどそう声をかける。今日の目的の一つとして、自分が去勢されていて子どもを作る事が出来ない事で、未だに思い悩んでいるらしいニコライを励ますというか、気にしないように伝えようと思っていたのだ。


「あ……申し訳ありません。お気を使わせてしまいましたね。その、分かりました。ありがとうございます。」


「良いのよ、気にしないで。」


「……そういえば、陛下はどうしてお子様には関心が薄いのでしょうか?オフィーリア殿下の事は溺愛されている分、傍から見ると、その…酷薄に見えてしまうのではないでしょうか……」


ずっと気になっていたのか、ニコライは気まずそうにしながらも、きっと多くの人が同じように思っているだろう疑問を切り出した。


「そうね……お兄様もあれで子ども達の事を何も気にかけていないわけじゃ無いと思うのよね。ただ、自分がどのような形であれ手を出してしまうと、王位継承問題でより事態が拗れてしまう事になるから……

 だから、子ども好きだと知られている事もあって、お兄様よりは騒動になりにくく、権力や地位もそれなりにある私に全てを任せているというだけだとは思うのよね。まあ、全て推測でしか無いんだけど。」


「そうだったんですか……確かに、それを考えると陛下ご自身が動かれるよりも、殿下にお任せになられた方が良さそうですね。王太子がどなたになるか決まるまでは、オフィーリア殿下も大変そうで心配しています。」


言葉の通りに眉根を寄せるニコライが、なんだか少し可愛く思えてしまって。子ども達と同じように見たら成人男性には嬉しくないわよね、と慌ててその思考を振り払った。


「ま、お兄様が即位した時のままの継承順位にされているせいで困ってはいるけれどね。」


「そういえば殿下は、十年前からずっと王位継承権が一位でしたね。王太子の位置が空位では何かと不都合ですから、若くして王位に就かれた陛下は殿下のおかげで助かった事と思います。」


「そうよ…本来は王位に就く頃には、成人に近い後継者がいる筈なのに、お兄様は結婚すらしていなかったんだもの。不都合が生じるのも当然の事ね。

 私も王太子さえ決まれば色々と仕事をそちらに回せて楽になるのだけれど。その筆頭候補の王妃様の第一王子はまだ八歳になったばかりだからね〜」


…あっ!そうか。結婚してもお兄様が継承権の放棄をさせないのは、それもあったんだった。すっかり忘れてたよ。


「八歳ですか……まだ当分殿下の肩の荷が降りる事は無さそうですね。」


「それでも、王太子が決まったらそれはそれで大変なのよね〜。

その頃には他の子ども達も大きくなっているし、お兄様のように王位簒奪を目論む者が出ても全然おかしくないでしょう?

 私もそれに巻き込まれないようにしなきゃいけないし、庇護者としてさっきの子達も守らなきゃいけないしで大忙しよ。」


「…なるほど。ですが、殿下の身の安全に関しては私が責任を持ってお守りしますので、ご安心下さい。」


「そうね。ニコライ様が守ってくれるなら安心だわ。よろしくね、黒騎士様!」


「私は黒騎士といっても影武者で、護衛は専門分野では無いのですが…いざという時は身を呈してお守りする覚悟です。」


黒騎士っていうのは要はこの国の暗部の総称みたいなものだからね。何人所属してるのか、どんな仕事をしているのかも一切非公開で、黒騎士だと自ら名乗るのは今まで行っていた暗部の仕事を辞めた者のみ。この国で唯一私がほとんど情報を持たない、動かす事の出来ない機関で、お兄様がその全てを牛耳っているという点でもとても珍しい存在だ。


「そこまではしなくても良いわよ。あぁ…でも、やっぱり。流石にニコライ様が護衛中に私が殺されたりしたら、お兄様が許すとも思えないわね。出来るだけ死なないようにして、ちゃんとお兄様を取りなすから心配しないでね。」


「…はい。その時はよろしくお願い致します。」


「じゃあ普段の護衛はよろしくお願いします。」


二人とも気恥ずかしさから少し紅くなりながら、改めて挨拶を交したのだった。



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