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”三人”で朝食



なんだかとっても嫌な夢を見た気がして飛び起きると、目の前には何故かニコライがいた。ポカーンとして、彼の顔を黙ってじっと眺めていたら彼はおもむろに跪いた。


「おはようございます、オフィーリア殿下。」


「……おはよう?どうしてニコライ様がここにいるの?」


まだ寝ぼけ眼の状態では、この不可解な状況に首を傾げるしか出来無い。一応ここは未婚の王女の寝室だったと思うのだけど…こうもやすやすと侵入されては正直困る。


「陛下の命により、本日より殿下の監視と護衛の任を申し付けられましたので、参った次第にございます。」


「え…?婚姻はまだ先のハズよね?」


まだ結婚する事が決まっただけで、お相手であるニコライの事も発表されていないし、最低半年の婚約期間を設けるのが慣例だから、諸々の準備も含めて実際の結婚…には、まだ一年は余裕があると思っていたのに…


「はい。ですが、陛下はオフィーリア殿下に十年ぶりの急激な変化が訪れる事で、殿下の身の回りに異変が起こる事を危惧していらっしゃいます。それと…殿下のお心変わりも心配なさっていたので、既成事実を作り上げてしまおうとお考えのようです。」


「…つまり、お兄様の思惑の半分以上が私の逃げ道を無くす為の物、という認識で良いのかしら。護衛や監視の為だけなら別に貴方である必要は無いものね。」


「恐らく、その認識で合っていると思われます。」


うーん、そこまでしなくても、特に抵抗する気は無いんだけどなぁ…まあ、常に最悪の事態を想定して、それに対応する為にあらゆる手段を用いるのがお兄様のいつものやり方か。


「じゃあニコライ様は、これからずっと私に付き従うつもりなの?既成事実を作るなら、皆に夫婦になる者として仲睦まじさを見せつけるんでしょう?最低でもお兄様と同じ程度には溺愛しているように見せなければならないわよ?」


政略結婚が当然の貴族社会の頂点に身を置く者としては、仮面夫婦も想定の範囲内だ。それが普通の事ならば、普通の女性でありたいと願う私に否は無い。


ただ、彼はどうなのだろう。影武者として去勢されている時点で結婚するなどとは考えてもいなかったのだろうに、それだけでなく、監視や護衛まで任務に加えられるというのはやり過ぎというか…働かせ過ぎというか、うん。単純に不憫だ。


「ええ。それも陛下に指示を頂いております。まず、私はこれから片時も離れずにお側におります。それから申し訳ありませんが、衆目の前で毎日口付けを行う事になっております。もちろん唇には決して触れませんので、どうかお許し下さい。」


「それは良いけれど、お兄様ったらどこまで勝手に決めるつもりなのかしら。お兄様のそういうところ、ちょっと嫌だわ。」


本当にこれでも普通の政略結婚と言えるのかな。身内に定められた結婚であるのは間違いないけれど…と、物思いに耽っていると、ニコライが真摯な瞳で見つめて来た。


「昨晩陛下も仰った通り、私は殿下に尽くします。…いえ、監視と陛下への報告だけはさせて頂くのですが…ですから、何かありましたら仰って下さい。自分に出来うる限りの事は致します。」


お兄様がニコライの性格を実直で尽くすタイプだって言ったのはこういう事なのだろうか?


「…それじゃあ、せめて結婚するまでは寝室には入らないでくれる?いつも人払いして誰も中に入れないから、そう危険は無いと思うの。…自分を偽って生きているとね、寝る時くらいは無防備でいたいと思っちゃうのよね。」


思い切って自分の正直な気持ちを吐露すると、思いのほか影武者だったニコライの共感を得られたようで、ニコライはややあってコクリと頷いた。


「……分かりました。陛下の許可を取っておきます。」


「ありがとう…まだ早いからもう少し寝るね。」


「では、一旦失礼致します。おやすみなさい。」


「おやすみ…」


ニコライの後ろ姿を見送ってすぐに目を瞑るも、何故か彼の事が気になってしまってなかなか寝付くことが出来ない。



そのまま、まんじりともせず夜が明けて、またニコライがやって来たようだ。今度は寝室には入らず律儀に部屋の扉の前から声を掛けてきた。


「オフィーリア殿下、おはようございます。ニコライです。陛下から、今日は三人で朝食を共にしようとの事です。」


「朝食の席という事は…もう家族同然の仲とアピールするの?もう少し順序立てた方が怪しまれないんじゃ無いかしら。」


普通朝食といえば家族で過ごす時間で、婚約者との初めての食事ならば夕食が妥当な所では無いだろうか。ニコライも同意して説明してくれる。


「今までは秘匿していたが、実は以前から交流を重ねていた。という筋書きの様です。情報操作は任せておけと仰っていました。」


「そういう事ならお兄様にお任せしてしまいましょう。支度をするので少し待っていて下さい。」


「は。承知しました。」


時間的に朝食を取ったらそのまま仕事になるだろうから、ちゃんと支度をして向かわないとね。



王宮のダイニングルームに到着すると、既にお兄様は席に着いていた。いつものようにお兄様の対面に腰掛けたところで気が付いた。ニコライが席に着かず、そもそも食事の用意がされていないようだった。不思議に思ってニコライを見ると、彼は既に何の疑問も無くお兄様のそばに立っていた。


「お兄様、ニコライ様と三人でお食事をするのでは無かったのですか?」


「…という、事実が欲しかっただけだよ。本当にそうする必要は無い。ここにいるのは信頼の置ける口の堅い者だけだからね。そなたが結婚してしまうとあまりこうして一緒に食事も取れなくなるだろう?余は寂しいのだ…」


「お兄様…私も寂しいです、とでも言うと思う?お兄様と離れられてせいせいするわ。」


却ってお兄様を喜ばせるだけだと分かってはいても思わず毒づいてしまう。


「そんなつれない事を言わないでおくれ。たった二人の兄妹だろ?」


「たった二人にまで減らしたのはどこの誰でしたっけ…?」


「うーん、ちょっと分からないなぁ。あぁ、そういえばお前のもう一人の兄とお前は仲が良かったのだったか…まあ、このお兄様で我慢しておくれ。」


私の嫌味に何一つ堪える事無く、お兄様はさも困ったように眉尻を下げてワインを揺らしてみせた。


「お兄様より余程良いお兄様だったのですよ?お兄様も見習ったらいかがですか?それに、お母様まで殺めたのは酷いと思いますよ。誰が腹を痛めたとお思いですか?」


「仕方が無いじゃあないか。先代の王妃も側室達も皆、腹に先代の子を宿している可能性がある以上、潰しておく必要があったのだよ。そりゃあ母君を手にかけた時は心が痛んだよ。」


でもそれだけさ。と後に続きそうな含み笑いをして、お兄様は全く顔色を変えずに言葉を紡ぐ。


「理解は出来ますけど、それを実行に移すお兄様はやっぱり人でなしですよ。それに、お兄様に痛む心なんてあったんですね。」


「こんな兄でも心はあるさ。だからそなたを生かしておいたのだろう?」


「かなりこき使われてますけどね。そのうち過労死するんじゃないかしら。」


「死にたく無かったら、これからもよろしく頼むよ。」


ジレンマだね…お兄様の役に立たないと殺されて死ぬ。役に立とうとすれば仕事に殺される。酷い話だよ


そう考えていたら唐突にひらめいてしまった。


「…もしかして、結婚した後も仕事をさせる為に王女のままにしたの?継承権を放棄させないのも、仕事をする上でその方が動きやすいから?」


「愛しているよ、オフィーリア。」


それが的を射ていたようで、お兄様流の肯定の返事を頂いてしまってため息を吐く。


「いつになったら普通の生活が送れるんだか…もしかしたらもう仕事しなくてもいいかもって、ちょっと期待してたんですよ?」


「そうだね…お前が老婆になる頃には開放してあげるよ。」


「じゃあ、その前に殺されないように気をつけて下さいよ。親殺しも兄弟殺しも王家の慣習なんですから。継承権を放棄しないままでは私も巻き込まれてしまうじゃないですか。」


「分かったよ。まだ子ども達が幼い今の内に、危険な芽は摘み取っておこう。」


「そういう事言ってるんじゃないんだけど…お兄様はいずれ呪い殺されるんじゃ無いですか?」


呆れてものも言えないとはこの事だと思う。血塗れ残虐王と名高いだけあるわ。


「呪いか…魔導の類いならばお前が防いでくれるだろう?人の恨みつらみならば大した事は無いさ。ねじ伏せるだけだからな。」


「あーはいはい。もう勝手にして下さい。」


不敵な笑みを浮かべるお兄様は放置して朝食に手を付ける。一応ニコライに聞いたら彼は先に食べたから良いそうだ。


「さて、じゃあ先に行くわね。ニコライも今日からついて来るんだっけ?」


「はい。お手伝い出来る事がありましたらお言い付け下さい。補佐致します。」


「それは助かるわ、よろしくね。」


私達のやり取りを見て頬杖をつきながらニヤニヤしているお兄様にはイラッとするけど、お兄様の信頼を得ているという事はニコライはそれなりに有能な人物だろうから、昨日の誕生パーティーとその準備で滞っていた仕事が捗るだろう。大助かりだ。



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