危険な遊び
眠っている間に少し話を遡ろう。
私には可愛い甥と姪がたくさんいる。王家は子沢山が信条だから、王妃様の子だけでも四人。側室や妾との子は十三人、娼婦との子も認知しているだけでも十は下らない筈だ。
その中で私がよく会う人物といえばやはり王妃の子や、兄が気に入っている一部の側室の子になるのだけど、顔を合わせれば話をし、暇な時は遊んであげたりもするのだった。
ただ、気を付けなくてはいけないのが、彼らを傷付け無い事、彼らに傷付けられ無い事だった。何故かというと、一つは彼らの母親がうるさい事と、もう一つは彼らの父親がうるさい事だった。
もし彼らが私の事を傷付ければ、お兄様は妹可愛さで自分の子どもにも容赦無く罰を与える。そのくらい溺愛しているという設定で通っているからだ。
逆に私が彼らを傷付ければ、お兄様は嬉々として私をいじめる。お兄様は私がヘマをするのが大好きで、それ以上にそれに対して責め立てるのを楽しむのだ。
ちなみに、断言口調なのは嫌な事に両者とも既に経験済みだからだった。
「叔母上!今日は何をして遊びますか?」
「そうね〜、チャンバラごっこでもしようか?」
そういう訳で遊びは常に安全を確保した上で。なのに何でチャンバラなのかというと…
「それは面白そうですが、叔母上は女性なのに剣を扱えるのですか?」
「ええ…何故か貴方のお父様に仕込まれたから…」
またいつもの意地悪を発動したお兄様が、初心者の私を叩きのめす為にのみ発案した剣術の修練を、意地だけで耐え切って見せた甲斐があったというものよ…
「遠慮無くかかってきなさい。」
「分かりました!」
と言いつつも最初は様子見でその辺で拾った棒っ切れを振る可愛い甥っ子。私はというと、子どものお遊びにくらいは付き合えるレベルだと太鼓判を押されているので、余裕を持って相手をしている。
段々と楽しそうに棒を振るスピードが速くなって来て、そろそろやめないと、白熱して思わぬ事故が起こるかも…と思っていた頃にやっぱり事故は起きた。
それも想像もしていない形で。
「あ…」
怪我をしないようにと、お遊びでもあるし練習用の木剣などでは無く、木の枝を拾って使った事が逆に仇になった様だ。
ささくれだった枝を振り回している内に手のひらの皮が切れてしまったらしい。ほんの少しではあるが甥っ子の、子ども故に柔らかい肌からぷっくりと血が出ている。
「やだ…どうしよう。誰も見てないよね?お母様には言ってもいいけれど、お父様には絶対に内緒にしておいてね。」
この程度のかすり傷ならば傷口を抑えずとも数分で血は止まり、傷口がどこにあるかも分からなくなる程度の物ではあるけれど、それでもお兄様に見つかったら酷いお仕置きを受けてしまう。それだけは嫌だ。と身震いしたところで、彼が中々返事をしない事に気がついた。
もしかして…と思ってギギギと音がしそうな首を回して後ろを見てみると、本当に何故なのか、こんな時だけタイミングよく現れるお兄様が恐ろしい笑みを浮かべて立っていた。
「…誰に、何を、内緒にするって?」
「これは違うんです!お兄様!あの…そう!この子が地面の赤い虫を手で潰してしまって…だから血が出ているように見えるだけなんです。ね、そうだよね?」
「ええっと……ごめんなさい、叔母上。」
何で口裏合わせしてくれないの!?と慌てながら、お兄様の方を窺って見ると、先程よりも笑みを深めている。これはあかん奴や…
「全部、見てたんだよね。オフィーリアが俺の息子を怪我させるところ。とりあえず、いけないことしたらなんて言うんだっけ?」
「ひゃい…ごめんなさい。」
恐怖で思わず舌を噛んでしまった…それから私の宮に連れて行かれて、まずは言葉責めが始まった。
「何度言ったら分かるのかな?本当にお馬鹿な妹だ。そんなにお仕置きが嫌なら最初から遊ばなければいいのにね。」
「だって…私の遊び相手は子ども達しかいないんだもの。お兄様が王宮から出してくれないのが悪いのよ…」
そりゃあ私だって、いい歳をした大人が昼間っから子どもと遊んでるのもどうかとは思ってるわ…
「外に出したらお前は逃げ出して帰って来ないだろう?それはとても困る。お前は王宮で大人しくしていなさい。」
「王宮にいてもお兄様の仕事を押し付けられるだけじゃないですか!何で軍事計画立てたり、お兄様の対抗勢力を潰したりしなきゃいけないんですか!私は趣味の刺繍がしたいのに…大人しくの定義が全く違う気がする…」
「まあまあ、気にしないで。とても役に立っているよ。刺繍糸ならいくらでも買ってあげるから。安上がりな趣味で本当に助かるよ。」
「その趣味をする時間が貰えないって言ってるんでしょう!?子ども達は王宮にいる時に遊んでるから良いけれど、刺繍はそういう訳にはいかないのよ?」
「それなら王宮内にお前専用の刺繍室を作ろう。それで良いんだろ?それと、話をすり替えるな。今怒ってるのは俺だぞ?」
うっ!バレてましたか…お兄様が急接近して来た。これは第二段階の痛いお仕置きに移行する気だな。
「…王太子だったアイツは拷問して殺した…まず初めに爪を一枚一枚…」
そう、痛いお仕置きとは、絶対に痛かったであろう拷問や殺害の方法を耳元で延々と聞かされる事だった。お兄様の場合、力で王座を簒奪したからそのレパートリーの多さと凄惨さは凄まじい。ずっと聞いていると気がめいってきて精神をやられてしまいそうになる。
しかも両手を掴まれているので耳を塞ぐことも出来ない。泣いて謝るまでひたすら自分の親兄弟やその家臣の死に際の話を聞かされるこちらの身にもなって欲しい。
ちなみに私がうっかり傷付けられた時も、お仕置きされている子ども達を見ていられなくて、結局私が罪を被る事になるので、それはそれでこの辛いお仕置きを受ける羽目になるのだった。