不穏な予感
早いものであっという間に一年が過ぎ、今日婚姻の儀を迎える事になってしまった。
一応儀式の後の披露宴にはお姉様もご招待したのだけれど、あいにく国の事で手一杯で来られないそうだ。残念だけど仕方が無い。もっと早く結婚していれば、お姉様も若い内は時折里帰りしたりも出来ていたのだから、来られたのだろうに。
恨みがましい目でお兄様を睨もうとして見たら、何故かお兄様の瞳が潤んでいた。
「どうしたの?もしかして感動でもしちゃった?」
「ああ。その通りさ。まさかオフィーリアの花嫁姿が見られるとはね。やはり私の妹は世界で一番可愛い。」
今日の為に研究を重ね、ソフィア達侍女が頑張って美しく仕上げてくれた髪の毛が崩れないようにそっと触れる手つきは、強引な事が多いお兄様にしてはかなり珍しい。
いつもと違う事があると緊張してしまうたちなので、軽口を叩いて和ませる事にする。
「そこは一応王妃様が一番って事にしといて下さいよ。」
「あぁ、そうだったね。そういう事にしておこう。」
お兄様も私の心持ちを察したのか微妙に間違った気遣いを見せて、いつものようにからかい返したりしないで素直に頷いた。お兄様には悪いけど、ちょっと据わりが悪くて落ち着かない。
「あ、あの…っ!……とてもお綺麗です。」
私達の話の区切りを見て新郎であるニコライ様が、はにかみながらそう言ってくれた。
「ありがとう…ニコライ様もなんていうか、凄く格好いいよ。」
ニコライは黒騎士の制服も似合うんだけど、銀髪に水色の瞳だから白を基調とした正装で身を包むと、こう…天使とか、聖人のような神々しさが出るのよね。
逆にそう思って見ると黒騎士の格好のニコライは堕天使に見えなくも無いし……
勝手に色々と想像を働かせているとは露とも知らぬニコライは、褒められて純粋に嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ…やっぱり結婚は取りやめにしないか?手放すのが惜しくなって来たよ。」
「今さら何言ってるんですか…それにどうせ、三日後には今まで通り王宮で仕事を再開するんですから。会う頻度もそう変わりありませんよ」
私達の微笑ましいやり取りを見て眉根を寄せて言うお兄様を、呆れて宥めすかす。
「それもそうか。」
「何よ?さっきから……妙に素直に聞くじゃない。まさかまた何か企んでるんじゃ無いでしょうね?」
「まさか!そんな事するワケ無いだろ?オフィーリアは心配性だな。」
怪しい。どこかいつものお兄様と違って、行動が大人しい感じがする。きっと何かあるんだわ。
「…そろそろお時間でございます。御支度はよろしいでしょうか。」
お兄様を問い詰めようとした所で報せの侍女がやって来たので、それは後にしてとにかく婚姻の儀を終えてしまう事にする。
「ニコライ様、大丈夫?緊張はしていない?」
「……はい。オフィーリア殿下はいかがですか?」
ニコライは普段より幾分か強張った表情で、少しも緊張していないとは言えなさそうだった。だから、私は満面の笑みで答える事にする。少しでもニコライの緊張が解ければ良いと思って――
「私はね、今とってもワクワクしているわ。だってこの日を迎えるのが長年の夢だったのよ!しわくちゃのおばあさんになる前にウェディングドレスが着られて本当に良かったわ!」
「そうなんですか…緊張されていないようで何よりです。あの、本当に私で良かったのでしょうか?」
「何言ってるの、もう…それはこっちのセリフよ。私はニコライ様に感謝してるわよ?」
不安そうな顔のニコライにちょっとおどけて見せる。感謝してるのは本当よ。全てにおいてこれ以上無い理想の結婚相手だもの。私にはもったいないくらいね。
「そ、そんな…自分でも良いと仰って頂けるなら、殿下との婚姻は願ってもない事です。」
「そっか。じゃあ、張り切って良い思い出を作りましょう。お兄様も行きますよ。」
もじもじと顔を真っ赤に染めながら言い切ったニコライに、軽く微笑みかけてからお兄様に声を掛けると、お兄様はやれやれと肩を竦めて見せた。
今日ばかりはニコライも護衛として後ろに控える事は無く、控え室から出ると三人で並び立って婚姻の儀を執り行う大聖堂へと歩き始めた。