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誕生祭



華やかな王宮の大広間。そこに今日は一際大勢の人が集められ、現王のたった一人の妹で王国の至宝とも呼ばれる王女の25回目の誕生祭が催されていた。


「オフィーリア、おめでとう。」


「お兄様、ありがとうございます。私の誕生を毎年こんなに盛大にお祝い頂いて、本当に恐れ入ります。」


オフィーリア、と呼ばれた彼女こそが王国の至宝であり、兄たる彼の唯一のお気に入りであった…


彼女は腰まである透き通る金の髪をゆるく巻いた出で立ちで、感謝の言葉を述べると共に正式な淑女の礼をとる。


「良いのだ。オフィーリアは余の大事な愛しい妹だからな。今年もそなたに何を贈ろうか迷ったが、ついに余の決心が固まったのでな…そなたが前々から密かに望んでいた夫の選定を終えた。非の打ち所無いそなたにふさわしい申し分ない男だ。どうであろうか?」


突然降って湧いた婚姻話に、実のところ拒否権の無い王女は、行き遅れと言われる年齢になってようやく兄王の許可が下り、嫁に出される事になったようだ。


「……はい。謹んでお受け致します。お兄様、素敵なプレゼントをありがとうございます。」


お礼として兄の頬に軽く口づけをする様はあたかも見せつけているようですらあり、いい歳をした兄妹としてはいささか異様さすら感じる仲睦まじさだが、この国の者でそれに違和感を覚える者はもはや居ない。王の溺愛ぶりとそれに応える王女の関係は何年も前からの公然の事実・・なのだ。


王は彼女を時には王妃よりも重んじ、本来隣にあるべき王妃の椅子に座らせ、その意見を聞いて来た。民草からは傾国の姫君と囁かれる彼女は、適齢期を過ぎてからも持ち上がる見合い話や政略結婚の打診を尽くへし折ってきた兄王の存在によって一生独り身のままだと思っていた。


それが、何故今なのかとか相手は誰なのかとか、何を企んでいるのかとか、とにかく考えればキリがないけれど、とにかく逆らう事は許されないのだから、大人しく従っておくしかないだろう。


そう。打ち明けてしまうと、世間一般に知られているお兄様が私を溺愛しているなどという話は全くの作り話で、真っ赤な嘘だった。



時は遡り、10年ほど前に兄は若くして王となった。先王である父が病死し、側室の子であった兄が不利な状況をあっという間に覆し、王座についた。その際に壮絶な継承争いが行われ、同じ母を持つもう一人の兄と、王妃が産んだ王子が二人、他の側室の王子が四人。それと、巻き込まれた王女が三人死んだ。


兄以外の全ての王子が亡くなり、生き残った他の王女も兄が即位すると共に、厄介払いするかのように他国へと嫁がされたのだが。一人だけ、王宮にそのまま留め置かれたのが私だった。


貴族などは母親が同じだからだとか、媚びるのが上手かったからだとか、弱味を握っているからだとか色々と好き勝手に噂しているけれど、本当のところは私が異民族の生まれである母の血を継いで、魔導の才が有ったからの一言に尽きると思う。


――まあ、それだけでは脅威になり得るとみなされて即座に始末されていたのだろうが、ありがたい事に母親が同じで一緒に育った事で、私は早くから兄の企てに気付いて対策を講じる事が出来たので、他の兄弟のように殺されずに済んだのだ。


生き延びたからといって以前と同じような待遇になる筈が無いと思っていたのに拍子抜けしたのは事実だ。何故か他の王女のように王宮の外に出され、継承権を失う事が無かったのだ。


その上実は以前より良い暮らしを送っている。先王にとっては私はたくさんいる王女の内の一人という認識でしか無く、顔を合わせる機会も少なく、名前を覚えているかどうかも怪しいくらいだった。


そのため、住居も側室である母と兄二人、姉一人と後宮内の一つの屋敷に押し込められるようにして住んでいたのだが、兄の即位後は王宮に繋がる、本来は王妃の王子用である宮を与えられ、そこのたった一人の主となっている。


驚いて呆然とする私に兄は言った。希少な魔導の力を持つお前を外国にやれないのならば、手元に置いて監視するのが得策であろう、と。


そういう事ならば、と。生き延びる為に兄に従順な妹を演じ、兄は妹を溺愛しているフリをする事で、一人王宮に残された不自然さを誤魔化したのだった。



突然のお兄様の心変わりとも言える贈り物は、会場中を一気にざわめきに包み込んだ。それからの誕生祭の話題は私の夫となる人物の予想や、お兄様の本心は何なのかという話題で持ち切りだった。


夜更けまで続いた誕生祭が終わり、精神的に疲れ果てて宮に戻ると、そこにはお兄様が待ち受けていた。問い詰めたくなる気持ちを抑えて、努めて冷静に真意を問いただした。


「お兄様、どういう事ですか?今さら私に嫁げなどと…もはや私は立派な行き遅れですよ?一体どこのどなたが貰って下さると言うのですか?」


「そんなに怒るなよ。可愛いオフィーリアの願いを叶えてあげようと思っただけじゃないか。」


私と同じ金の髪を揺らして小首を傾げる兄は人をからかうのが大好きだ。これで女性にはかなりモテるのだからたちが悪い。


「ふざけないで真面目に答えて下さい。こんな可笑しな演技までして、ここに私を縛り付けたというのに、今度は何がしたいというのですか。いい加減に私も怒りますよ?」


「怒ったそなたも可愛いけれど、確かに説明は必要かな。お前を王宮に置いておくのもちょっと厳しくなって来たところだし、丁度良い機会だから監視の目が届く所に移すのも悪くは無いと思ってな。お前も知っているだろう?私がお前に手を出しているという噂を。」


噂とは恐ろしい物で既に私とお兄様は実は恋仲で、二人の間には子どもが三人もいて、次の王位はその中の誰かに継がせるとかいった話にまで飛躍して膨らんでしまっている。


「…そうでしたね。王妃様など真に受けていらっしゃるでしょう?お兄様が私を王妃様のいるべき席に置いたりするから。」


「アレは外交や社交などでは役に立つが、政治の話などは全く解さぬではないか。王妃の出来る事は大抵出来る上に軍事まで把握するお前の方が都合が良い。」


「誰のせいでそんな事まで把握する羽目になったと思ってるんですか…まあ良いですけれど、それなら私のお相手とは一体どのような方なのですか?」


推測するに、あの場で溺愛していて今まで手放さなかった妹相手に、非の打ち所の無いふさわしい男だと言ったからには、それなりの家柄・容姿・性格で裕福な人物だとは思うが、そんな人物が都合よく残っているとも思えないし、無理やり押し付けられた自分より年若い人物では無いか…それとも隠しているけど何らかの問題があって今まで結婚していなかった人物か…奥方を亡くしての再婚か…


それに、私の監視の役目も担っているという事は兄の信頼の置ける人物であろうし、ここまで条件が多いともうサッパリ分からない。


「心配する事は無い。初婚で歳は23。そなたより少し若いが有能な人物で、今は私の黒騎士をしている。伯爵家の次男と家柄も悪くない。性格は実直で尽くすタイプだぞ?俺に似たイイ男だ。」


「お兄様…」


兄の口上に思わず呆れた声を出してしまった…これは、悪ノリしてるな。


「とりあえず一度会ってみろ。駄目なら駄目で他の男を宛てがうだけだ。なんならこのお兄様でもイイんだぞ?」


「冗談が過ぎますよ。お兄様の慰み者なんて死んでもお断りですから。」


あ、どうしよう。お兄様が悪さを思いついた顔だ…


「ヤってみなきゃ分からないだろう?ほら…どうだ?」


立ち上がったお兄様は案の定ツカツカと近付いて来て、私を座っていたソファに押し倒すとむにゅっと唇をあててきた。むにゅっ…て!お兄様はたくさんの側室や妾やお気に入りの娼婦を持っている割にキスには慣れてないのね…


…私に初めてのキスを教えた相手はもう居ない。


表向きは未婚の王女に手を出したとしてお兄様の怒りを買い、国ごと滅ぼされてしまった。実際は開戦の機を窺っていたお兄様の策略で、こちらから向こうにけしかけたのだから、相手の王子は気の毒としか言いようがない。


「あーもうっ!いい加減にして下さいってば!それで、その旦那様候補のお名前は何というんですか?肖像画とかは用意して無いの?」


「それなら必要無いさ。今ここにその本人がいるからな。おい、出て来い。」


え?ちょっと待ってお兄様!まだ心の準備が出来てないのに…


「は。私はニコライ・シャドミウスと申します。オフィーリア殿下、どうかよろしくお願い致します。」


灯りの届かない暗がりからすっと出て来て綺麗なお辞儀をして見せたのはやっぱり私よりも若く見える男性で、お兄様の言う通り容姿端麗であるようだ。そしてこの状況でも一分の動揺も見せない。


「お兄様、ニコライ様にきちんとご挨拶申し上げたいのでどいてくださいませ。」


自分から夫にと勧めた相手を前にしても未だに押し倒した姿勢のままというのは流石にどうかと思う。お兄様は基本的に自由奔放が過ぎるのだ…


「仕方が無いね…ニコライ。こちらは我が愛しの妹君だ。どうだ?気に入ったろう?」


ゆったりと起き上がったお兄様は挨拶よりも先に紹介を済ませるつもりのようだ。どうでもいいから肩を抱いたり頬を撫でたりしないで欲しい。何度も言うようだが旦那候補の目の前だ。この腹黒は絶対この状況と私の嫌がるさまを楽しんでる!


「は。自分には勿体無いお話でございます。」


「つまらない回答だねぇ。まあいいや。とにかくこのをあげるから悪い事しないように見張っておいて。」


「かしこまりました。」


お兄様によってあっさりと投げられた、恐らく一生を費やすと思われる仕事を、ニコライはこれまたあっさりと引き受けた。


「ちょっと待ってよ!まだ私良いって言ってませんよね?」


「まあ初めからお前の意思などそう重要視していないからね〜。言う事を聞かないと本当に私の物にしてしまうよ?脅し文句としてはこれで十分だと思うんだけど。」


「酷い仕打ちですね…これまで私がどんな思いでお兄様に尽くして来たと思ってるんですか?全ては死にたく無かったからですけど、生きてりゃそれで良いって訳でも無いんですよ?」


あぁ…久しぶりに弱音を吐いちゃったな。お兄様にはちっとも堪えないから、どうせ流されて終わるだけなんだけど。


「うん。だから普通に結婚して子どもが欲しかったっていうお前の願いを叶えてやるんだよ?お兄様大好きって抱きついて貰えるもんだと思ってたんだが…」


「そう言われると弱いですけど…もうちょっと事前に相談とかあっても良かったと思うんですよね。どうせ断れっこないんだからさ。」


「どうせ決定事項なんだからいつ言ったって変わらないだろ?」


「…もう良いですよー。オニイサマダイスキー!」


何故か不満気なお兄様の気を逸らす為に棒読みで言ってやった。機嫌の悪いお兄様はとても面倒くさいからね。


「ハグは無いのかな?」


お兄様…長年のシスコンの演技が板に付き過ぎて、腹黒ないじめっ子の側面と一緒に出て来て複雑怪奇な事になって来てしまっている。というかむしろそれを楽しんでいる、本当にたちの悪い人だ。


「はいはい。大人しく嫁ぐので勘弁して下さい。」


「あぁ…誤解があるようなので言っておくけど、お前は嫁ぎはしないからね?」


「え?」


嫁がないってどういう事だろう?ニコライ様が夫になるんでしょ?…と、考えている格好からしてお兄様にハグさせられたままの状態から放して貰って無いのだけど…チラッと見てみてもニコライ様は無言無表情で立っているだけだ。


「ニコライはお前の婿に来るんだよ。まあこの宮で新婚生活を送らせる訳にもいかないから、王都にそれなりの屋敷は用意するが。」


「えっ!?じゃあもしかして私、王女のまま?それとも何か爵位でもくれるというの?」


「王女のまま、継承権も放棄しなくていいよ。あっ…そうだ。言い忘れてた。ごめんね、そういえば子どもは作って貰う訳にはいかないんだったよ。ニコライも俺の影武者にする時に去勢したからお前の夫に選んだんだ。」


ちょっと色々と衝撃的過ぎるんだけど…影武者って!……確かによく見たらお兄様に似てる。そういえば代々影武者として生きる一族がいくつかあると聞いた事があるな…背格好とかはそっくりだけど、顔はそんなに似てないし、一目では分からなかったんだけど…お兄様がニコライを私の夫にする理由はそこにあるのかしら。


「ニコライ様はじゃあ…私と結婚したら影武者はお辞めになるのですか?」


「そうだよ。元々歳を経るごとに顔が似なくなってきていたしね。新しい影武者も見つかったから、ニコライには別の仕事を紹介してあげようと思ってね。」


「事情は分かりましたけど、どうして私は子どもを産んではいけないのですか?お兄様も私が普通の女として生きていきたいと願っている事は知っているのに。」


真剣な眼差しで見つめる私に、兄はいっそ不吉とも言える不敵な笑みを浮かべた。


「それはね。お前の血を継ぐ魔導の使い手が生まれては困るからだよ。お前は本気になればこの兄の首など一瞬で刈り取ってしまえるだろう?お前がそれをしない事は分かっているけど、お前の子も同じかは分からないじゃないか。」


「だって…王位なんかいらないんだもの。面倒事はお兄様に押し付けておくに限りますわ。……でも、そうですね。私も甥っ子姪っ子が可愛いですから、父親を失わせる可能性は減らした方が良いかも知れませんね。」


「なんだ、やけに物分りが良いじゃないか?さては何か企んでいるな?」


「あら、額面通りに受け取って貰って良いんですのよ?」


どちらにせよ年齢的に子どもを無事に産めるか分からないような歳になってしまっている。友人などは17で結婚してもう5人も子どもがいる。夭逝ようせいしてしまった子を含めれば7人だ。


だから正直もう子どもは諦めていた。人生の折り返し地点を過ぎた日に、結婚が決まるというのはそれはそれで悪く無いのかもしれない。そう思う事にしただけ。


「…まあ良い。明日から婚姻の儀と新居の準備で忙しくなるのだから、今日は早く寝なさい。」


「はーい。分かりました、お兄様。」


「おやすみ、オフィーリア。」


「おやすみなさい。お兄様。」


私の額にキスをして部屋を後にするお兄様を見送って、寝る支度をする。ニコライはいつの間にか姿を消していた。きっとお兄様と一緒に王宮に戻ったのだろう。急いでお風呂に入って、その日はすぐに眠りについた。



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