弱い聖女は魔女になった
補足説明(読み飛ばしてOK)
魔物の大量発生:強力な魔物が出現することによって周りの魔物が強化、狂暴化、大増殖することによって発生する。その強力な魔物は『核』と呼ばれる
魔王:『核』と呼ばれる魔物を出現させる強い魔物。簡単に言うと『核』となる魔物を大量発生させる『核』。
神託:魔王の出現と同時に、人類で最も適性のある者に力を与える事象。
神様:人間に力を与えるなんかすごいやつ。
見渡す限り、大地は人に埋め尽くされていた。ただしそれは、既に生命活動を停止させている。辺りには活気の代わりに死臭と焦げたにおいが充満し、耳が痛くなりそうなほど静寂だ。
その光景に佇む4人の少年少女は皆、表情は暗い。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
そのうちの一人である少女が、目の前にある子供の亡骸に向けて謝りながら涙を流す。機動性をまるで考慮していない本来は純白である泥だらけの服が涙で濡れる。
「アイシャ……」
少女の名前が呼ばれる。振り向けば、軽装で等身大の剣を持った少年が心配そうに少女に目を向けていた。
「泣くな、とは言わない。でも、それより先に供養をしてやるべきだ。僕たちは間に合わなかった、それを悔やむのは後からだ」
「……はい」
少年の言葉に、少女は頷く。泣いているだけではダメだということは、しっかりと理解しているつもりだった。それでもやはり、人が死ぬのを目の当たりにすると、悲しくて悔しくて涙が出てしまう。
「私は結界を張っておくわ。死臭に釣られて魔物が来たら危ないし」
「俺は倒れている家屋とか掘り返して、生き埋めになった奴が居ないか探しておく」
とんがり帽子とローブを纏った少女と、故郷の民族衣装を着ている少年は、それだけ言って離れていった。
彼らは冒険者、ではなく勇者パーティーと呼ばれる存在だ。神託によって、神から強力な加護を受け、人類の危機に対する絶対的なアドバンテージを得ている者たち。
邪悪なるモノを討ち滅ぼす力を持つ、勇者のユーリ。
いかなる恐怖からも背後の存在を守る、守護者のハンス。
正しき方向へ導き危険を回避する、賢者のクズハ
そして、災厄の絶望から全てを癒す、聖女のアイシャ
かつて人類が危機に陥った時に立ち向かい、抗って世界を救った存在たちと同質の力を持つ者たち。それが彼らだ。
彼らの為に、全ての国が惜しみない支援を行い。レベリングという名の旅をサポートしている。かつての勇者パーティーがそうであったように、彼らもきっと世界を救ってくれると信じて。
勇者は剣を取った。例え偶然であったとしても、自分に笑顔をくれた人たちを守れるなら力を使うと。
守護者は拳を握った。村の子供たちのように自分より弱い者の笑顔を曇らせはしないと。
賢者は笑った。自分の後輩や弟子たちを傷つけようなら容赦はしないと。
聖女は誓った。救いを求める者が一人でもいるのなら、その手を必ず掴んでみせると。
そんな彼らを待ち受けていたのは、残酷な現実だった。
今、目の前にある光景もその一つだ。二つの村があり、同時に魔物が大量発生して村を襲った。二つの村にはそれなりの距離があり、必然的にどちらかを見捨てなければならなかった。
彼らは僅かに距離が近かった村に向かい、その村は守った。しかし、もう一つの村は見事に壊滅した。
戦力を分けるべきだった? 不可能だ。この進撃を食い止めるには、勇者パーティー全員の力を合わせなくては無理なのだ。現に、守れた村にも死傷者が無かったわけではない。圧倒的物量に、力があったところで、僅か4人でどうにか出来る訳がない。彼らにできるのは大量発生の中核を潰し、増加を止めて残りを駆除するだけだ。
娘を殺された村人が言った「どうしてもっと早く来てくれなかった」と。
まったくもってその通りだ。もっと早く気付いていれば、もっと早く増加を食い止めていれば、もっと早く残りを駆除できていれば、この村の人を僅かでも救えたかもしれない。
4人が4人とも、似たようなことを考えていた。
◇
村一つ分の人間を供養して旅を再開し、とある森に近づいたところで賢者が言った。
「アイシャ。あなた、パーティーから抜けなさい」
「え……」
突然のことに、聖女は固まった。だが、かわりに勇者が厳しい視線を向けながら賢者を睨む。
「クズハ。どういうつもりだ、彼女が居なければ多くの怪我人を見捨てることになるんだぞ」
「私が回復魔法でカバーするわよ。戦う力がないのに前線に出て来るなんて、危なっかしくて見ていられないわ」
「……訂正しろ。アイシャに敵を倒す力が無いのは確かだが、神聖魔法という力で戦ってきたんだ。俺たちだって何度も救われた」
「そうね、でも訂正はしないわ。回復よりも傷つく方が勝っているし、今のその子は私たちの弱点にしかならない」
「お前ッ!」
勇者は賢者の胸倉を掴もうとするが、予想済みと言うように簡単に避けられてしまう。
「落ち着きなさい。このまま付いて来たら、彼女は必ず潰れるわ」
「その時は、俺が何とかする!」
勇者は力強く叫ぶが、その答えに賢者は溜め息をつく。
「な、なんだよ……」
「その言葉、ちゃんと守りなさいよ」
そう言って賢者は聖女の方を向く。
「アイシャ。あなた今も聖水を持っているわよね?」
「は、はい! 浄化は私の役目ですから」
その言葉は真実だった。神に仕える者のみが行使できる神聖魔法。浄化と言う行為は神聖魔法が使える彼女のみの特権であり、神聖魔法で造られる聖水はいざという時の為に常に持ち歩いている。回復は賢者も使えるが、浄化は彼女にしかできない。
しかし、それをなぜ今聞くのかと聖女は思ったが、次の言葉に思考がフリーズした。
「あなた、最後に寝たのは何時?」
「………」
「なに?」
いぶかしげな顔で、勇者は二人の少女に目を向けた。
「言ってあげましょうか? 旅に出てから一睡もしてないわよね。聖水を作って、死者に祈りを捧げて、魔法の練習をして、夜が明けたら自分を回復する。たった一日でも、ちゃんと寝た?」
「……気づいていたんですね」
誤魔化すのは無理だと、聖女は諦めたように言った。
「アイシャ、本当なのか?」
「……私がしたくてやったことです」
その言葉は、すなわち肯定だ。神聖魔法は回復魔法と違い、疲労や呪いすら癒すことができる。コスパも少し休憩すれば回復するほどだ。故に、教会を出てから不眠不休でも健康なままだった。だが、賢者の目は誤魔化せなかった。
「ユーリ、もう一度言うわよ。このまま付いて来たら彼女は必ず潰れるわ」
「……あぁ、そうだな」
「何とかしなさいよ」
あまりにも早い有言実行命令。だが、同時に賢者の言い分に納得した。
「アイシャ……」
「私は大丈夫です、無理をしているつもりはありません」
「分かっている」
「それに、できることをやらないで後悔することになる方が嫌なんです」
「それも、分かっている」
「だから、私はこれからも自分にできることを続けます」
そう言って聖女は微笑んだ。しかしその顔は、そう考えるのが失礼だと分かっていてなお、勇者には痛々しく見えてしまう。
「……アイシャ。パーティーリーダーとして、一時脱退を命じる」
「……期間はいつまでですか?」
「僕たち三人が『良い』と言うまでだ」
「どうすれば言ってもらえますか?」
勇者は答える。
「俺たちをもっと信じてくれたらだ」
賢者は答える。
「自分一人でも身を守れるようになりなさい」
守護者が答える。
「心から笑え」
「……皆さん、意地悪です」
どの指令も、この聖女には無理難題だった。だが、だからと言って諦める気など彼女には無い。
「分かりました。まずは、もう一度声を掛けてくれることを信じて待ちます」
そう言って今できる最高の笑顔を見せるが、守護者は反応しない。
「神聖魔法は戦うための魔法じゃないわ。この森の先に私が使っていた拠点の一つがあるから、一度そこに行って頭を冷やしなさい」
そう言って賢者は、一体の使い魔を召喚して森の奥へ聖女を案内させた。
◇
夜。月や星といった天体は、魔法を使う上で重要な要素の一つである。賢者は星の位置を確認しながら星見酒をしていた。
「夜更かしを注意した本人が、何やっているんだ?」
「あら、ハンス。あなたから話しかけてくるなんて珍しいわね」
そこに守護者がやって来た。彼は口数が少ない、なので自分から話し掛けることは本当に珍しかった。
「ユーリが少し一人になりたいらしくてな『僕は周りばかり見ていて仲間のことをちゃんと見れていなかった』と、夜中なのに走り込みに行っちまった」
「ふふ。皆アイシャみたいに夜更かしね」
仲間の一人が、寝る間も惜しんで研磨していたと聞かされて熟睡できるほど二人の神経は図太くなかった。勇者は気づかなかった自分が許せなくて、守護者は疑問をそのままにしたくなくて、こんな夜中まで起きていた。
「アイシャに嫉妬しているのか?」
「……そうね」
守護者の単刀直入な質問に、意外にあっさりと答えは返ってきた。賢者は聖女に嫉妬していた。
「私は今、お酒を飲んでいるわ」
「そうだな」
「だから私は、心にもないことを口走ってしまうかもしれない」
「そうだな……俺も酒を飲もう、酔ってしまって幻聴を聞いてしまうかもしれないが」
「貴方みたいなお子様に飲めるかしら?」
「同い年だろ」
賢者の酒を引っ手繰って、守護者は飲み干す。夜の涼しさが気持ちよく感じるほど身体が暖まり、顔がほのかに赤くなる。
「嫉妬するような相手に、どうしてそこまで気を使ったんだ?」
「後輩だから、かしらね」
新しく酒を二つ取り出して、片方を守護者に投げた。
「私ね、もともと教会で神官やっていたのよ。やめるまでは神聖魔法も使えてた」
「だから神聖魔法に詳しかったのか……」
賢者としての加護で知っているのだと考えていたが、実際は経験者であったからだと賢者は語った。
「毎日祈ったわ。薬を調合して、町に診察に出て、怪我人を治していった」
「立派だな」
「ありがと。でも、怪我人は治せても、死者を生き返らせることはできない。怪我が酷すぎても、やっぱりどうにもならない」
「俺たちは神様じゃないんだ。死者の蘇生なんて、伝説でしか聞いたことが無い」
かつて世界を救った聖女は、死者すら蘇らせたという。だが、長い間勇者パーティーに居る守護者は、それを見たことは無かった。
「そうね。でも、私には耐えられなかったの。助けられないと言っていないのに、殺してくれって泣き叫ぶ怪我人の姿に。そして私は、魔法に逃げた」
「………」
守護者は無言で酒を煽る。
「救いたくても救えない。だから、そもそも怪我人を作らせない為に、敵と戦う力を求めて魔女になった。そして賢者に選ばれたのが今の私よ」
「………後輩か。なら、アイシャを拠点へ案内したのもわざとか?」
賢者の拠点、即ち魔法についての資料なども当然ある。そして賢者が聖女に出した条件は、身を守れるほどの力を持つこと。すなわち、同じような機会を与えたのだ。
「そうよ。でも、アイシャは手を出さないでしょうね。あの子は強い、弱い私みたいに逃げたりしないわ」
だから、賢者は聖女に嫉妬した。自分ではできないことができる、自分の弱いところを自覚させられて悔しさを覚える。でも、同時に羨ましくも思った。
「だから私は、アイシャをパーティーから抜けさせたいのよ」
「現状でも許容できないのか?」
賢者は聖女が戻ってくることを容易に想像できる。だがそれは、正直言って嫌だった。
「私は戦う力の無い人が前線に立たなくてもいいように魔法を学んだわ。民は食物を生み出す力があり、商人は物を届ける力があり、貴族は経済を回す力があるわ。でも、戦う力はない。なぜなら、必須ではないから。じゃあ、神官はどう?」
「なるほど……」
そこまで言って、守護者は賢者の本心を少しだけ察した。
「癒す力があるわ。怪我を、疲れを、心を……。
でも、戦う力はない! 必要ない! なのに! どうしてあの子は前線に出るの! あの子は本来、守られるべき立場の存在なのよ!」
自身が力を付けて守ろうとした戦う力のない人々、それには当然のように彼女も含まれている。そんな考え方は失礼? 彼女への侮蔑? 知ったことかっ!
救いたいという考えの時点で、すでに傲慢なのだ。戦えない、敵に出会えば殺されるしかない彼女を守りたいと思う事の何がおかしい! 無辜の民たちと何が違う!
「聖女に選ばれるほど、あの子は強く、そして優しい。そんな子が、どうして誰よりも傷つかなくちゃいけないのよ!」
聖女は誰よりも悲しんだ、滅んだ村を見てひとり泣いて謝っていた。
今回だけではない。
両腕を失って食い扶持を稼げない農民から感謝された。
盗賊に拾われた少女に親を助けて欲しいと助けを求められた。
村を捨てて魔物と生きることを選んだ少年と魔物の最期を看取った。
誰よりも優しくて、誰よりも心が強いから、彼女は神託により聖女に選ばれた。
「まだ、あの子に人の死を見せるの? まだ、誰かを見捨てる選択をさせるの? ふっざけんなっ!」
助けた村を思い出す。村人が言った「どうしてもっと早く来てくれなかった」という言葉。彼らが来なければ、自分も死んでいただろうというのは言った村人本人も分かっていた。それでも、娘を失った悲しみと怒りの感情を抑えられなかった。
ならば、と賢者も叫ぶ。行き場のない怒りを、本来向けるべきものではない者へ。
「神様! どうしてあの子に加護を与えた!? どうして誰よりも優しいあの子を戦場に立たせた!?
彼女が居ないと世界が救われないからか! 世界を救うために、これからもずっと彼女が傷つくのに知らんぷりしろって言うの!?
そうしないと救われないのなら、そんな世界なんて滅んでしまえええええええええええええええええええええええええええっ!」
憤怒の表情を浮かべる賢者の顔が赤いのは酒の所為か、それとも別の理由か、守護者は考えないことにした。
「……ふぅ。グチに付き合わせて悪かったわね、少しスッキリしたわ」
「酔っぱらって言ったことなんて、気に留めねえよ」
「ふふ、そうね。酔っぱらって言ったことぐらい、神様も許してくれるわよね」
「いつかバチが当たるぞ」
「お生憎、神官を止めて魔女になった異端者ですから。でも、そんな私でも神様は加護を与えてくれた。器が大きいわよね」
「神様だからな」
そこで会話を切った。
守護者は思う。自分は他の三人と違い、加護を与えられたことにあまりいい印象ではなかった。世界を救う力がある、だがそれは立候補した訳ではない。国が加護を与えられたことに気づいて自分のところに訪れた時も乗り気ではなかった。
家族への援助? 嬉しいな、でも頼んでいない。
豪華な食事? 美味しそうだな、でも食べたかった訳ではない。
最高峰の待遇? 気分がいいな、でも下心丸見えで気持ち悪い。
仲間が一人でも不愉快な奴だったら逃げ出していたところだ。残念なことに、全員良い奴だったから離れる理由が無い。
だが、離れることを望むなら止めるつもりも無い。自分だって怖いのは嫌だ、特に誰かが傷つくのは本当に嫌だ。
でもきっと、あの聖女は全てを伝えたところで、それでも前に出てくるだろう。倒す力が無くとも、無辜の人々の前で両手を広げて立ち塞がるだろう。
だから、俺は見守ろう。心からの選択を、何の仮面も持たない本当の望みを素面で言えるようになるまで待とう。それがどんな結論であったとしても、俺はその考えを尊重する。
守護者はすでに限界に近い飲酒だが、手元に残った酒を全て飲んで気絶するように眠りについた。
◇
勇者は走っていた。がむしゃらに走っていた。こんなことをしたところで何にもならないと分かっていながら、それでもただひたすらに走っていた。
何が世界を救う勇者だ。仲間が傷ついていることに気づきすらしなかったくせに、世界を救う? 少しでも笑える冗談にしろ!
勇者はかつて孤児だった。事故で両親を失い、町が経営する孤児院に入れられた。親の死ぬ様を今でもはっきりと覚えているが、当時の自分は受け入れられずに世界の全てを拒絶していた。そんな自分を、孤児院の先生と同じ孤児たち、そして村の人たちのおかげで再び世界を受け入れて笑えるようになった。
だが、同時に自分は甘えることを許容してしまった。周りが努力していることは知っていた。でもそれは包み隠さず、寧ろ見せつけているぐらいだった。今思えば、集団の中に自分を入れるための行動だったのだろう。
見えないところで努力していることも知っていたのに、彼らが自分を励まそうとしていることを無駄にしたくなくて明るい自分を見せた。そしてそれに、慣れてしまった。
その結果がアレだ。気づかなかった。だが、気付いたところで自分は止めさせることができただろうか?
いや、こんな考えが出てくる時点で答えなんて分かりきっている。
だから許せない。仲間を誰よりも信じていないのは、何も見ていないのは、他の誰でもない自分自身ではないか!
「ちっくしょうがー!」
勇者は叫ぶ。一度世界を拒絶して、受け入れられたのだ。今度は人を受け入れる時だ。拒絶の思いは全部吐き出してしまえ。取り繕うことができないほど自分を追い込んで、本当の自分をさらけ出せ。
勇者が走るのを止めたのは、およそ5日後だった。
◇
賢者の拠点で、聖女は一人悩んでいた。
パーティー復帰のための条件。どれ一つとして、クリアできる気がしないのだ。
もっと彼らを信じろ? そもそも疑う理由が無い。彼らが戦ってくれるから自分は前線に出られるのだ、自分に戦う力が無いことなど最初から分かっている。でも、それは逃げる理由にはならない。魔物の血を浴びる、毒や呪いを受ける、単純な疲労。それを受けながらも戦い続ける彼らから目を逸らすわけにはいかない。癒すことしかできないが、だからこそ誰よりも彼らを信じて同じ場所に立っているのだ。
自分の身を守れる力を付ける? 彼らは人類の危機に立ち向かうための力を与えられた存在だ、そんな彼らが戦うような相手から身を守れるほどの力を付けるのは単純に難しい。だが、指令の中では一番楽なモノだ。
心から笑え? 今も世界のどこかで助けを求める人がいるかもしれないのに? こんな思考をしている時点で無理だ。笑顔なんて、相手を安心させる為にできればいい。誰かが傷ついているかもしれないのに、笑っている自分なんて許せない。自分が本当に心から笑えるのはきっと、全てが終わった時だ。
でも、やらなくてはならない。彼らが言う通り、きっとこれは自分に必要なことなのだろう。
「怪我をしても瞬時に回復できれば、実質的に身を守れるのでは……」
だが、やはり考え方に問題があった。そもそも怪我をして欲しくないという彼らの意図に気づいて、聖女がパーティーに復帰できるようになるまでの道は長い。
数年後
世界中に魔物を大量発生させている中核、通称魔王と呼ばれる魔物を勇者パーティーが倒したことが世界中に伝わった。だが、パーティーで生き残ったのは聖女一人であり、他の三人は魔王と相打ちとなって死亡したことも同時に伝えられた。国は勇者たちをたたえて立派な墓を作ろうとしたが、すでに聖女が供養しており、場所は三人との約束として伝えられなかった。その代りに銅像ができた。
国は聖女に報奨金と地位を上げようとしたが、地位は受け取らず、お金は旅で立ち寄った村や町に配り歩いた。そして最後に立ち寄った村を後にして、小さな丘の上にやって来た。そこには三つの簡易な墓と、四人の少年少女が居た。
「なんていうか、自分の墓が目の前にあるのは複雑な気分ね」
「そういうな。ついさっきまで、俺たちは死んでいたんだ」
そういう少年も、顔は苦笑いだ。
「私は聖女として、役に立てていたでしょうか?」
「アンデットにならずに死体に魂を留まらせられていたのは、アイシャのおかげだ」
別の少女の言葉に少年は即答する。口数が多くないが、語ることは真実だ。
魔王との戦いで力尽きた勇者と守護者と賢者の魂を、その場に駆け付けた聖女はとっさに肉体に留まらせて肉体を一時的に封印した。聖女としての力を使いこなせるようになるまで時間稼ぎしたのだ。
「私が、みんな揃ったままで旅を終わらせたくて勝手にやったことです」
「そういえば、そんな約束したっけ?」
「俺は知らん」
「私の記憶には無いわね」
「皆さん酷いです!」
そう怒る聖女を見て、他の三人は大笑いし、つられて怒っていた聖女も笑った。
「あら、ちゃんと笑えたじゃない」
「え?」
「今の、けっこういい顔していたわよ」
そう言われて自分の顔を触るが、いつものような力が入っていなかった。
「まあ、私が言う事じゃないわね。私が褒めるのはこっち。すごいじゃない、私たちが居なくても一人で旅をやり直したんでしょ? 十分あなたは力を持ったわ」
「そういうことなら、僕たちとの約束を信じて一人で旅を続けてくれたことも十分だろう」
「すでに言われたが、笑えたな」
「え、えっと。その……」
少女は慌てふためく。彼らが死んだあと、聖女は一人で世界を回った。魔王が倒されたといっても危険が無くなる訳ではない。それでも、神の加護を持つような存在が4人で漸く踏破できる道のりを、一人でやり直した。全員が居た時よりも、はるかに時間が掛かった。それはただ、彼らが覚えていないような、話題にすら上がらなかったような口約束を信じて、ずっと。
そんな少女を見て、三人は真面目な顔になる。
「謝らせて。私はあなたの信念と安全を天秤にかけて、試すようなことをしてあなたを侮辱した」
「僕もだ。君の優しさに突きこんで、支えようとせずに追いつめてしまった」
「すまん」
「もっとなんか言いなさいよ」
「………」
「黙んな!」
「まあまあ」
「皆さん……」
その言葉を聞いて、少女は笑った。
「私を、もう一度皆さんの仲間に入れてもらえますか?」
「当然よ!」
「僕でよければ」
「断る理由は無いな」
「……はい!」
少女は、涙を流しながら笑った。全員が、少女が泣き止むのを待つ。
「それでこれからどうする? 旅も終わったし、加護はもう全員持ってないんでしょう?」
「ああ、僕はもう勇者じゃない。精々、剣が少し使える程度の一般人だ」
「俺もただの族長の息子だな」
「さきほど使った最後の聖女の力と一緒に、私もただの神官になりました」
「ただの神官? 神官長の間違いでしょう?」
「いえ、私はただの神官です。地位はいりません、教会に戻って昔の自分と同じように人々を救い続けます」
「そっか。私は魔女だから、そういうのはそもそも関係ないわ。このまま森に返って、新しい魔法の研究かしらね」
「僕は孤児院に顔を出すよ。でも政治利用されそうだから、少ししたらまた旅に出るかな」
「というか俺たち世間的には死者だからな? 戻ったら親父に『今更どの面提げて戻って来た!』って、ぶん殴られそうだ」
「確かに! うーん、旅に出たら名前変えて隠居した方がいいかな?」
「あら? あなたのことだから騎士にでもなるのかと思ったわ」
「しないしない。もう、僕たちの役目は終わったんだ。これからの世界を回すのは、世界中の人たち全員だ。僕たちみたいな老害は、最低限の干渉に留めた方がいい。きっとその方が、良い世界になる」
「……そう。あなたも、他人を信じることができるようになったのね。行き先が無いなら私のところにでもくる? 頑丈な非検体は重宝するわよ」
「不安しかねえ!?」
「あははははは!」
「笑って誤魔化すな!」
そんな彼らの様子に、神官だけは少し顔を歪ませる。
「だったら私も、教会に戻らずに世間から離れた方がいいのでしょうか?」
「いや、お前は生きているとされているのだから問題ないだろう」
老害は消えて、新しい世代に命のバトンを渡す。その考えに神官は、自分もそうするべきかと思うが、当たり前のように否定された。
「最後の最後で揺れてんじゃないわよ。救うって決めたんでしょう? 聖女になる前からずっと救ってきたんでしょう? だったら、しっかり前を向きなさい!」
「は、はい!」
驚いたように力強く神官は返事をした。そして、それを切りに別れる。
それぞれ故郷は違う。4人が別々の方向へ歩き出し、最後に手を振った。
「全員元気でなー! クズハ、非検体は勘弁だが、もしもの時は尋ねるよ!」
「はいはい、冗談だから安心して来なさい。もちろんハンスもアイシャも歓迎するわよ」
「何かあったらいつでも呼んでくれ、必ず駆けつける」
「怪我に関係なく何時でも訪ねてください。本場の神聖魔法で、疲れも悩みも一発で解決します」
そうして彼らは前を向く。それぞれが進む道を信じて、振り返ることはない。
「あ、そうそうアイシャ」
「転移魔法をなんてときに使っているんですか!?」
ひょっこりと神官の前に魔女が現れた。
「ごめんなさいね。でももう一つ言って置きたいことがあって」
「なんですか?」
神官は首を傾げる。
「二人と違って、あなたは一か所に留まる訳だから色々しがらみも多いでしょう? だから、一応連絡手段として魔法道具を渡しておくわ」
そう言って魔女は、小さく透明な水晶を神官に渡した。
「何かあったら、それに話しかけなさい。神官を止めたくなったら、一緒に魔女の道を目指すのも面白そうだし」
「はい。ありがとうございます、クズハさん!」
「ええ、楽しみにしているわ」
そういって魔女は姿を消した。水晶をしまって神官は歩き出す。
もう自分は聖女ではないけれど。神官として、これからも人を救っていくつもりだ。だからこれからも、頑張らなくちゃ。
果たして彼女は魔女になるのか、それは分からない。
だが水晶を渡した方の魔女は思った。
神官が魔女になるなんて、バカみたいな話だ、と。
初投稿およびテスト投稿なので、おかしな部分があったら教えてください。