01/ワープポイント、異世界へ
ヒビヤ ユウキが不思議な夢から目覚めてから、1週間が経過した。
体の中に今まで感じたことのない感覚が宿っていたとは言え、やはり最初は夢の内容に関しては半信半疑だった。しかし試しに感覚を研ぎ澄ましてみると、俺の手のひらから光が溢れ出てきたため、夢の内容はやはり現実なのだと認めざるを得なくなった訳だが。
「しかし、なんで俺なんかにワープポイントだなんて力が宿ったのかな……」
ユウキは近くの山の奥、人が滅多に近づかない所でテントを立て、自身に宿った魔法の力を鍛え上げていた。
……まあ、鍛えるといっても全て独学で、感覚でやっているから、果たしてこれでいいのかという不安感が常に付きまとっているのだが。
「よし、この1週間で、この魔法のことが分かってきたぞ」
ユウキは手を前に突き出し、感覚──自分に宿った魔力を研ぎ澄ます。
すると手のひらの上に、透明感のある紫色の、野球ボール大の光の球が生成される。
次に、その光の球と近くに落ちている石を意識で繋げる。この二つが糸で繋がっているイメージを頭の中で作り上げる。
すると──石はふわりと宙に浮き、光の球に吸い寄せられていった。そして光の球と石が触れると、石は軽い音を立て、細かく砕け散った。
「引き寄せて、壊す魔法か……」
「もう少し制御になれたら、自由に動かしたり、複数同時に動かせるのかな」
腕を組み、考えるユウキ。大賢者も、魔法の使い方くらい教えてくれてもよかったと思うんだけどな……。
そういえば、大賢者は最後に、俺の元に表れる異世界の魔法使いが、友好的であることを祈っている、とか言っていたな。
……つまり、友好的でない異世界も存在する、ということだろう。
友好的ではない、つまり俺を人として扱うのではなく、完全に持ち運びできるワープポイント、つまり物として扱ってくる奴らもいるということだろうか。
もし、俺のワープポイントの力が、俺の命がなくても機能するものだったとしたら……。
考えていてゾッとする。今まで平凡に、平和に生きてきた俺が、運が悪ければ命を狙われるということだろう?
「もし命を狙われたら、この魔法でなんとかしなきゃいけないんだよな……」
あれから1週間。いつ俺の元に魔法使いがワープしてきてもおかしくないだろう。
「よし、もう一回!」
ユウキは魔法の訓練を再開する。いつ魔法使いがやってきてもいいように。自分の身を、自分で守るために。
*
辺りはすっかり暗闇に包まれていた。人工的な光は、ここにはほぼ届かない。
月明かりも、空を漂う雲によって本来の明るさが地上には届いていなかった。
現代では珍しくなった、人の手がほぼ入っていない自然の光景だったが、突如、自然には似つかわしくない光が周囲を包む。
地面に緑に輝く魔法陣が形成され、蛍のような白い光が魔法陣の中心部から溢れ出る。
白い光は徐々に人の形に集まっていく。
「……なんだこの世界は。マナがほぼ無いじゃないか」
集まった光からは赤を基調とした服装の男だった。
「こんな世界にワープポイントを宿した人間が生まれるとは……。なんと勿体無い」
「ふむ。少しアンカーがズレたか。目標まで少し距離があるな」
男は歩き始める。その歩みには迷いは無く、ワープポイント──ユウキが居る地点まで一直線に向かっていった。
同時刻
「ん……?なんだ、この気配」
テントの中で休んでいたユウキは外で異常な気配が出現したことに気付く。
動物などの気配ではない。それにしては余りにも強すぎる。
俺はこれとよく似た気配を知っている。大賢者の内から溢れていた気配だ。
つまり……魔力の気配。
「まさか、魔法使いが跳んできたのか!?」
外に飛び出すユウキ。気配は、こっちからか。
どうする、この気配の持ち主は敵なのか、それとも味方なのか。こちらから仕掛けるべきか、いや、そうなると向こうも攻撃してくるだろう。
「どうする、どうしたらいい」
この1週間、できる限り準備したはずだが、実際にこの気配を前にすると、足がすくんでしまう。
「落ち着け俺。気配はこちらに向かってきているけど、このペースだと接触まで少しある。魔力を研ぎ澄ませろ、すぐに動けるように……」
フゥッと息を吐き、次いで肺いっぱいに空気を吸い込む。気持ちを静めていく。
「よし……来い……!」
ガサガサ、と茂みが音を立てる。何者かが植物をかき分ける音だ。気配が近づくにつれ、木々が葉を擦り合う音が騒がしくなっていく。
やがて、ユウキの前に、一人の男が姿を現した。
「この魔力……。見つけたぞ。ワープポイント」
「初めまして。この世界の人間よ。名前を聞かせてもらえるかな?」
謎の男からの質問に、ユウキは答えなかった。
相手が魔法使いならば、もしかしたら名前を教えることで不利になってしまう可能性があると考えたからだ。
「ふむ、答えるつもりはない、と」
「お前は何者だ!」
ユウキが男に問う。すると男は少し困ったような顔をした。
「こちらの質問には答えてくれないというのに、君は私に質問するのだね。まぁ、いいだろう。」
「私は……そうだな、魔法使いだ」
やはり、こいつが魔法使い!
ユウキはより感覚を研ぎ澄ます。たぶんだけど、こいつは大賢者よりは魔力が強くない。もしかしたら、活路が見出せるかも知れない。
再度ユウキは男に問う。
「俺を、どうするつもりだ。異世界に連れて帰るのか」
「む?異世界のことを知っているのか。……この世界のマナ濃度の低さからして、魔法は存在していないと踏んでいたが……。ワープポイントとして存在するが故に、知る機会があったのか?」
「ああ、この世界に魔法は無いよ。それで?俺をどうするんだ。殺すのか?」
おそらく、この男は大賢者が俺に接触したことを知らない。なら、俺は魔法を使えないと考えているはずだ。思考を読まれている気配もない。不意打ちを狙えるかもしれない。
「殺す?いやいや、とんでもない!」
男はかぶりを振り俺の質問を否定する。
「私の使命は君を我が世界に、無事に連れ帰ることだ」
「俺に拒否権は?」
「拒否権は無い。残念だが私も仕事なのでね。心苦しいが、諦めてくれ」
男は右手を前に構える。何か仕掛けてくる……!
「捕縛」
男が呟くと、男の右手の先に魔法陣が形成された。次いで、ユウキの足元にも同じ魔法陣が出現する……!
「なッ!」
ユウキは咄嗟に飛び退こうとするが、反応が少し遅かった。
魔法陣から柱型の岩が数本飛び出し、ユウキの体を拘束する。
「少し眠ってもらうぞ」
「くそッ」
これが魔法……!どうする、脱出には時間が掛かりそうだぞ……!
謎の男が目の前にまで近づく。新たな魔法陣が形成されていく……!万事休すか。
「なんてな!くらえッ!」
ユウキは右手を突き出す。同時に、魔力を研ぎ澄まし、紫の光の球を作り出す……!
「な、魔法だと!?」
不意を突かれた男は、一瞬硬直し、新たに形成されていた魔法陣が少し崩れた。しかしすぐに体勢を立て直し、魔法陣を形成する。
が、その一瞬があれば充分だった。
ユウキが引き寄せたのは、ユウキが寝泊まりしていたテント。
ただこちらに引き寄せているだけなので威力は無いだろうが、この隙になんとか離脱する……!
しかし、現実はそう甘くはない。
地面に新たな魔法陣が出現。岩の柱がせり出し、飛んできたテントを遮る。
「な……!」
「舐められたものだ。まったく……」
「さあ、観念したまえ。」
男が魔法を行使する。意識が少しずつ遠のいていく。
「く、そ……」
ユウキの意識は、そこでプツリと途絶えた。
──ユウキが意識を失った後、男は空を眺めていた。ユウキには傷一つ付けておらず、丁重に扱っている様だった。
「この魔法が存在しない世界で、ワープポイントを宿す少年のみが魔法を使える、か」
「しかし、空気中のマナがここまで薄い中で、魔法使いが自然発生するとは考えづらい」
「……俺が彼に接触する前に、何者かの干渉があったと考えるのが自然か」
──空を覆っていた雲が流れ、隠れていた月が顔を出す。月明かりが山奥を照らし、草花や木々を美しく彩った。山の木々の間を夜風が吹き抜ける。
「ああ、マナは少ないが、いい世界だな。ここは」
どこか憂いを感じさせる声色で、男は呟く。
「さて、そろそろ我が世界に戻るとしよう」
男はユウキを担ぎ、魔法を行使する。
「目標、マレッダの神木。アンカー固定」
男の足元に緑の魔法陣が形成され、男と、担がれたユウキは、徐々に光に包まれていく。
「……しかし、残念だ。」
「マナが乏しいこの世界には、滅び以外の道は無いのだから」
男はそう呟くと、光の中に消えていった。