序章/ワープポイント系男子
序章
──唐突だが今、俺の目の前には現実とは思えない光景が広がっている。
ボロいフローリングの上に浮かび上がり回転する、緑に発光する魔法陣のようなモノ。
その緑の光に照らされる、壁に貼られた俺の好きなアニメのポスターやタペストリー。
……そして、部屋の中心に浮かぶ、赤髪黒づくめの女性。
宙に浮かぶ謎の女性は、こちらを見つめると、ニコッと微笑み……
──俺の視界は、強烈な光によって閉ざされた。
*
「う…」
体がだるい。意識は徐々に覚醒していっているが、なかなか目が開けられない。
昨日は……何時頃に寝たんだっけ?まったく覚えていない。
たしか、いつものようにアニメ流しながらゲームしてて、そしたら急に部屋が明るくなって……。
「っっ!!」
そうだ、思い出した。急に床に変な文様が浮かび上がって、そのあと変な女性が現れて……!
俺の意識が一気に覚醒し、勢いよく起き上がる。
「ここは……どこだ……?」
俺の周囲は自然で満たされていた。見たところ森の中の円形の空き地のようだ。小鳥の鳴き声や川のせせらぎの音が聞こえてくる。
人工物の形跡など一つも存在しないその空間は、不思議な空気で満たされていた。
「何なんだ一体……夢か?……夢だなそうだそうに違いない」
俺が頭を掻きながらそう呟いていると、突如、俺以外の何者かの声が耳に届いた。
「やあやあ、お目覚めかな?ワープポイント君」
「え……?」
声のする方に顔を向けると、そこには赤髪で長髪、黒い帽子に黒いローブの、創作物での典型的な魔法使い、といった風貌の女性が立っていた。
「あんたは……あの時の!?」
その姿は、俺の部屋で宙に浮かんでいた謎の女性そのものだった。
なんだなんだ夢の続きを見ているのか……?
「いいや?これは夢ではないよ。正真正銘、現実だ」
え……。今、俺声を出したか……?
「いいや、出してなかったよ」
「な……心の中が読めるのか、あんた」
「ああ読めるとも。私ほどの魔法使いなら当然だよ」
魔法使い。彼女ははっきりとそう言った。
……魔法使いって、あの?不思議な力を使い炎やら水やらを操ったりする?
「ふむ……そちらの世界ではどのような扱いなのかはよく分かっていないが……まあ概ねそんな感じだ」
「また俺の心を読んだ……。待ってくれ……理解が追いつかない……。本当に夢じゃないのか?」
「ああ。夢ではないとも。ヒビヤ ユウキ君?」
「え、なんで俺の名前を……!?」
「ふふふ……まあ詳しくは後だ。いつまでも立ち話では何だし、着いてきなさい」
森の空き地から少し歩くと、まるで童話の中に存在するような小屋が姿を現した。
謎の女性に促され中に入り、椅子に腰を下ろす。小屋の中も童話のような内装だ……。
「さて、まずは自己紹介だ。私のことは“大賢者”と呼んでくれ。」
大賢者と名乗った女性はニッとはにかんだ。
「俺はヒビヤ ユウキと言います……いや、もう知ってるんですよね?どうやって知ったんですか?」
「そりゃ魔法だよ。便利だろう?私はね、ずっと君を探していたんだよ」
「俺を、ですか?」
「ああそうさ。君には特別な力……“ワープポイント”の力が宿っていてね」
「ワープポイント……ですか?」
「そう、ワープポイントだ。まあその説明の前に、この世界について説明をしよう」
大賢者がなにやら小声で呟くと、空中に緑色の光が集まり、まるでモニターのような物が現れた。そこには大小様々な円が複数映し出されている。
大賢者はそのうち一つを指差す。
「さて、ユウキ君。今私が指差しているこの円。これが君が生まれ育った世界だ」
「俺の世界……?」
つまり、日本やらアメリカやらが存在している世界か。
「その通りさ。君の世界には魔法使いは存在しないようだね。いやー珍しい」
「この円一つ一つが全く別の世界、君の世界から見ると、異世界ってことになる。ちなみに今いるこの世界も君からすれば異世界ってことになるね」
「これらの世界は通常は交わることは無いんだが、そこを無理やり行き来する者たちも存在していてね」
通常交わらない世界を行き来する者たち。もしかしてそれが……。
「それが、魔法使い、ですか?」
「そう!正解だユウキ君!」
「とはいえ、だ。私レベルの魔法使いでもそうポンポン異世界間を行き来できるわけではない」
「そこでワープポイントの力だ。各世界に存在するワープポイントと己の魔力を結びつけることによって魔法使いは行き来を可能にしている」
……なるほど。大体は分かった。つまり目の前の大賢者殿は俺というワープポイントに魔力を結びつけ、俺の部屋に登場した訳だ。
あれ?ならなんで俺は元の世界から離れ、この異世界に来ているんだ?
「うん。君の疑問は最もだね」
大賢者は俺の思考を読み取り答える。
「実はね、ワープはこう、瞬間移動って感じじゃなくて、空間から空間へのコピーって感じなんだ」
「……データのアップロード、ダウンロードみたいに徐々にって感じですか?」
「そうそれだよ。ある程度時間がかかるんだ。と言ってもほぼ一瞬なんだけどね」
「で、魔法使いはそのワープの途中でワープ自体をキャンセルできるんだよ。その時に、ある程度実力のある者だとワープ先にある物を人一人程度なら巻き込んで持って帰って来れちゃうんだ」
……つまり、俺は大賢者のワープキャンセルに巻き込まれてこの世界に来たということか?
「ご名答。大体のワープポイントは山だったり大木だったりで持って帰ってこれないんだけどね、君は違う。命ある人間がワープポイントになることは極めて稀なケースだ」
「まあ、今いるこの世界にワープポイントが存在していたらそんな高度なことをする必要はないんだけどね?君を連れて普通にワープすればいいだけなんだから」
ふう、と大賢者は一息挟むと、空中に浮かぶモニター魔法を指差しこう言った。
「……そして、ここからが重要。ユウキくん。君は狙われている。ここに写っている異世界ほぼ全てにだ」
「狙われている?それは、どうして?」
「君は今日初めて魔法に触れてから実感は薄いかもしれないけれど、その力はあまりに強力だ。今まで固定地点にしかワープ出来なかった所に、君のようにどこでもワープ装置のような存在が現れたら、君一人の存在で異世界の勢力図がひっくり返るだろう。」
「出来ることなら私がずっと守ってやりたい所だが……理由があってね、それは出来ない。」
「なら、俺はどうすれば……」
「力を授けよう。君が自分で自分を守れるように、魔法の力を」
魔法の力?つまり、俺は魔法使いになるってことか?
「そうさ。さあ、両手を前に出して、両掌で水をすくい上げる感じだ。そう、そして目を閉じて……」
「さ、始めるよ。動かないでね」
大賢者は魔力を集中させる。すると、周囲から緑色の微かな光が溢れ出した。
「──我はこの大世界に揺蕩う夢魔にして賢者」
──大賢者は静かに、しかし力強く、言葉を編み上げていく。
「──■■■■よ。どうか、この力持たざる者に、あなたに捧げた我が力を分け与えることをお許し下さい──」
言葉が進むほどに、周囲の光が強くなっていく。ユウキはその光をまぶた越しに感じていた。
体を不思議な感覚が包んでいく。体内を何かが流れていく。力が……溢れてくる。
「──さ、終わったよ。もう目を開けていいよ」
「これで君も魔法使いだ!しかも君の世界では唯一のね!とはいえちゃんと鍛えないといけないよ?戻ったら人目につかないところで魔法を使ってみるんだ」
「……戻る?元の世界に戻れるんですか?」
「ああ。実はね、君に一つ嘘をついていたんだ。ここは異世界でもなんでもなくて、君の夢の中なのさ」
この人は……これ以上情報を増やされると頭がキャパオーバーしそうだ。
どこから夢だったんだろう。まさか、最初から?
「ふむ、どこから夢だったか、は企業秘密だ」
「君が戻ってからそう遠くないうちに、多くの異世界の中のどれかから、ワープポイントである君に接触があるだろう」
「おそらくその接触の日を最後に、君は元の世界から異世界に旅立つことになるだろうね」
異世界に、旅立つ。それはもう逃れられない運命なのだろうか。
「残念ながら、そうだね。でも、君なら大丈夫さ」
「その異世界が、君に友好的な所であることを祈っているよ」
──さて、そろそろ目覚めの時間だ。
──また会おう。ヒビヤ ユウキ君。
*
目覚めは最悪だった。
なんせ硬いフローリングの上で、変な体勢で転がっていたのだから、体のあちこちが痛い。
ユウキはしばらく目を閉じてじっとしていると、痛みの他に、体内に奇妙な感覚があることに気付く。たぶん……これが魔力なのだろう。
夢での出来事を思い出す。この感覚があの夢がただの夢ではなく、現実の出来事なのだと裏付けているようだった。
さて、では大賢者の言葉通りに俺に宿った魔法を鍛えるとするか!
魔法使い達のワープポイントである俺の運命が、大きく動き出した。