プロローグ
聖暦六三〇年
――以来、人類が繁栄し、栄華を誇り、平穏な生活を送っていた、その日常はある"モノ"の出現により突如として消え失せた。
翼が生え、牙を持ち、暗闇の向こう側からでもハッキリと視認できるような鋭い眼差し――人間ではない、まして猫や犬などの小型動物や大型動物でもない――それは人類が今までに見たことのない生物であった。
"モノ"はたちまち家々を破壊していき、全世界に甚大な被害を与え続けていった。
長い時間を経て、"モノ"は今までの鬱憤を晴らした、あのような清々しい気持ちに満足感を覚えたのか、姿を消した――
被害は予想を超えるものであった。家々はもちろん、多くの命が失われてしまった。六三〇という数字に新たな歴史が刻まれたのだった。それは最悪の形で――
人々は恐ろしい感覚に苛まれた。もし"モノ"がもう一度襲ってくるのではないかと、日々怯えながら暮らす毎日が続いていった。
一方で、人々の間で"モノ"の正体を暴こうという風潮が立ち始め、それは全世界に影響を与えるほどの運動であった。
――だが、痕跡という痕跡は見つかることなく、ただ時が流れて行くのみであった。
そこで人々はある神話に登場する、恐ろしくも強大な力を持ち、あらゆる万物の象徴――全ての存在の崇高の対象である存在にちなんでこう呼ぶようになっていた――
――――"魔龍"、と。
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聖暦六三一年
前年の事件を経て、人々は"魔龍"の再来に備えて討伐隊――またはその団体を編成することが決定づけられた。魔龍討伐部隊の本部を置き、どこに現れてもすぐに駆けつけることの出来る態勢を作り上げていくことを目標に掲げ、人々はそれに合意した。
それと同時に――魔龍事件以前から科学分野が発展と遂げていたが、それ以上の発展がなされるという偉業を成し、武器を常備持ち歩かなくても、瞬時に手元に届くもの、また半径500kmの範囲まで連絡を取り合うことの出来るものを発明するなどの目覚しい発展を遂げた。
魔龍対策は順調に事が進んでいくのであった。
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聖暦六三五年
事件から5年――魔龍対策が刻々となされ、万全な状態を築き上げていたある日、悪夢が再来した。
だがそれは別の形でのものであった。
魔龍とは違う――大きさは小さいものから大きいもの、角があるものや武器を持っているものなど、様々な種類の、人ならざるものが襲撃してきたのだった。
だがそれらの放つ負のオーラは魔龍を思わせるほどの、強く悍ましいものであり、人々はそれらを"魔龍の欠片"――"魔獣"と呼んだ。
この時、魔獣の進行を食い止めるべく、かの討伐部隊が立ち上がり活躍したことは、以後歴史的快挙であり、それらを讃え"英雄"と語られ続けたことは紛れもない事実である。
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聖暦六三八年
魔獣侵攻から三年が経ったこの年――事態は安定するどころか、魔獣たちはますます力を持ち、被害は魔龍事件よりも酷い状況であった。
だがこの年に人々の間に特別な力を有するものが現れ始めた。
超人的な能力を保有し、まるで人の皮をかぶった未確認生命体の様な存在であり、人々はそれらは神のご加護を授かった、神に選ばれし者達であるとし、畏敬の念を込め――神話世界に登場する、悪夢を取り除き、平穏な世界をもたらす神にちなみ、"ステラ"と呼んだ。
何故"ステラ"が現れたのかは分からない。一人の脳を解明し、その事実を知ろうとした科学者もいた。だが真相は分からずじまいに終わり、"ステラ"は続けて普通の人間と同じ生活を営んでいる。
この"ステラ"たちは魔獣討伐を円滑に進めるための道具であると察した討伐部隊本部は彼らを雇用し、すぐさま任務に当たらせた。
――思った通り、彼らは十分な働きを見せてくれたのだった。
――――だが彼らには大きな欠点があった。
感情――人間のみならず、他の生物も持ち合わせている感情の一部欠如、それが大きな欠点であった。
生物は感情を表現することで相手に自分の訴えたいことを伝える。感情は、言わば生命に必要不可欠な事象、どれか一つが欠けてはいけない事象――彼ら"ステラ"は、彼ら自身の感情が一つ欠けているのである。
だがそんなことはお構い無しに、上層部らは彼らをこき使う。それはまるで、飼い主は歯向かうことなくただ言われたままに動く家畜を、下僕を酷使し、家畜のように、下僕のように彼らはその任務をこなしていったのであった――
――――ある日を境に、某生命体によって世界が壊され、またある日には、二度目の来襲を食らった。人々は恐れ、悲しみ、ただただその結社に頼るほかなくなった。だがその人々の中に強い力を持った者達が現れ始める。
彼らは戦い続けた。何年も何年も戦い、挑み続け、本当の平和を取り戻すべく戦い続けた。彼らの感情を犠牲としながらも――である。
これは、感情を失った者達――否、感情を失ったある一人の少女が織り成す物語である――――