「ありがとう」とみなさまに語る詩
ぼくの
ことばを
ぼくは
磨いた
世界は
終わった
ひとひらの
雫
人間達がいつも
怒鳴ったり騒いだり
でも、時には愛が
生まれたり潰えたり
そんな中で一切れの
スイカを食べる
スイカ、SUICA、西瓜
いろいろな表記法があるけれど
あの甘い味は一つ
塩をかける人もいるけどさ
人間達よ
どうしてそんなに騒いでる?
ぼくも一杯
やらせてくれよ
色々な人が
色々な事を言う
「君はセンチメンタリストだ」とか
「君は現実主義者」だとか
「君は現実を忘れている」とか
「君は現実にしがみつきすぎている」とか
それら色々の言葉がそれぞれの光彩を放って
ネットの宙〈そら〉を駆けている
それはなんとなく真空に掛る
エーテルの橋に似ている
(エーテル? それってアインシュタインによって否定されたんじゃなかったけ?)
…無論、エーテルは存在する
僕の心の中に
謝辞
この詩を書くために、僕は三十一年と五ヶ月の命を神から貰い受けました。神に感謝いたします。
僕が言葉を発するために、日本国の公共教育機関が少なからず役に立った事を僕はここに吐露します。ありがとう、日本の公共教育機関。ただ、もう少し優しくしてもいいんじゃないかと思った事もあったけれど。
僕が詩を発表するために、毎日膨大な情報が流れるネット空間が必要された。ネット空間よありがとう。たくさんの「デマ」と「YouTuber」と「ホモネタ」と「アニメMAD」と「異世界に行く小説」と「時事ニュース」と、それへの「正論」が膨大に流れるインターネットという二十一世紀のインフラよ。ありがとう。おかげで僕の詩も情報の「塵」になれた。
最後に、この詩を読んでくれた読者よ、ありがとう。もしあなたがいなければ、この詩は単なる独語に留まっただろう。僕は元来、独語が好きなのだが、たまには他人を必要とする事もある。ありがとう。
最後に、世界よ、ありがとう。存在していくれて。
そして存在しない世界を、世界の破滅を夢想し、それを実現する事さえ可能にしてくれる世界の『有様』、それ自体にありがとう。この世はなんだって起こる。大量虐殺も、僧侶の自己犠牲も、イエスの刑死も、なんでもありうる。そんな世界よ、ありがとう。ライプニッツ的な意味ではなく、ありがとう。
とにかく、なんだかありがとう。それではまた、みなさま。さようなら、しばしの間。




