0061話 side とある商人
(ふむ……この調子なら、遅くても明日にはバルスト獣王国国内には入れますかね)
草原を走る一台の幌馬車。その荷台から御者席側へと顔を出し、行軍によって踏み固められた道が見えてきた事から今回の旅の終わりを間近に感じ一人ごちる。
……しかし、何事も無くここまでこれて良かった。ここなら既に王国軍の警戒範囲内でしょうし、盗賊や魔物を心配する事も無いでしょう。
公都の店を畳み、積めるだけの商品を積んで出てきたのだ。そんな状況で何かあれば最早破滅しか残ってはいなかっただけに、ここまで無事来れたそれだけで自分は恵まれていたのだと思う。
(まぁ、それもこれもこのお二人のお陰です。感謝しなくては)
そう思い、御者席で手綱を握り周囲の警戒を行っている二人の恩人に声を掛ける。
「コンラートさん、アマーリエさん。調子はどうですかね? 」
……しまった、ついいつもの癖で当たり障りの無い所から入ってしまった。せめて親しい間柄の人に対してだけでももう少しフランクに接したいものですが……まぁ、商人なんてやってる内は無理ですかね。
そんな私の内心を知ってか知らずか、二人は普段通りに接してくれる。まぁ、旅の間中終始変わることの無い私の態度に慣れただけなのかもしれませんが……
「おぉ、キャッシャーの坊主! 問題ねぇ、もう“ジェダイト草原の行軍跡”も見えてきたし、遅くても明日には国境壁に辿り着くだろうよ」
そう言って周囲の警戒を続けたまま、人懐っこい笑みでこちらに話しかけてくるのはコンラートさん。年齢はもう50に入ろうかと言うところらしいのだが、本人の性格や見た目からは正直30そこそこにしか見えない。
……しかし、成人を過ぎてまで“坊主”などと呼ばれるのはいささか面映ゆいですが……まぁ、今回の件もお世話になりっぱなしですし仕方無いですかね……。
特徴的なのは全身を覆う紅い鎧だろうか、その詳細までは分からないが金属製では無く、どうやらかなり高ランクの魔物素材が使われている、という噂があった。全体的に大柄で、鎧の上からでも鍛え上げた肉体が分かる程に隆起している。
そして、そんな彼を更に大きく見せているものがある。それが彼の背負う戦斧だ。柄の長さだけでも凡そ150cmほどもあるその巨斧は、その大きさも合間って彼を更に大きく見せる。
「ええ、そうですねあなた。ここまで来たら、もうバルスト獣王国軍の警戒範囲内でしょうし多少は気も抜けると言うものです」
うふふ、っと笑いながら微笑みかけてくれるのはコンラートさんの妻でもあり、冒険の相方アマーリエさん。こちらもコンラートさんと同い年らしいのだが、正直20代と言われても違和感無く受け入れられる程若々しい女性だ。
全身を藍色のローブですっぽりと覆っているが、それでも尚隠しきれない程の存在感が胸部にある膨らみから放たれている。正直普通の女性であればその膨らみに目が行ってしまいそうなのだが、彼女の場合それが全く全く感じられない。
無論、人妻と言う点を除いても魅力的な女性ではあると思うのだが不思議と嫌らしさを感じさせないのだ。まるで母親の様な安心感、とでも言うのだろうか?
まぁ、そんな事は置いておいて。この二人は父の代から続くお得意様らしいのだが、今回の出国に伴い色々と手を貸してくれた恩人でもある。
元々高位の冒険者だったらしいのだが年齢の事もあり引退。それを機にどこか他所の国でゆっくりと余生を過ごしたい、などと言って今回の護衛やそれに係わる諸経費も殆ど無料で良いと請け負ってくれた。
流石にそれでは私も悪いと思い。食料品等の消耗品だけでもこちらで持たせて貰いたかったのだが、『年寄りの好意は黙って受け取っておくもんだ』などと言われてしまってはそれ以上言い出すこともできずにここまでズルズルと来てしまっている。
……まぁ、それだけでは申し訳が立たないので向こうに着いて生活が安定したら、いずれ恩返しはしたいと思っている。きっと、それくらいの好意であれば断る御仁達では無いだろう。
「そうですか。では今日の所は早めに野営場所を確保してゆっくりと休みましょう。きっとお二人も長旅でお疲れでしょうしね」
「はっ! 心配すんな、坊主に気遣われるほど老いちゃいねぇよ」
そんな二人から、自分が思っていた事のお墨付きが出たので、安堵からそんな事を言ったのだが鼻で笑われてしまった。まぁ、気分を害した訳ではなく、本気で可笑しな事を言ったかのように笑っていたのは幸いか。
「でもそうねぇ……どうせ急いでも今日中には着けないでしょうし、早めに野営の準備をして今日は少し手間を掛けて料理でも作りましょうか」
「おお! それは良い、今日の楽しみが一つ増えたぜ。なぁ坊主? 」
「えぇ、アマーリエさんのご飯は美味しいので楽しみです。最近は急いでいた事もあって保存食ばかりでしたからね」
「うふふ、じゃあ腕に頼を掛けて頑張らなくっちゃね? 」
雑談をしながらもガラゴロと音をたてて馬車は進んでいく。
それから時は過ぎ、そろそろ野営場所を考えようとしていた矢先の事だった。
「おい」
「ええ、もう見えてますよ」
コンラートさんの方から声が上がり、それに合わせて馬車がスピードを緩めていくのが分かる。恐らく手綱を握っているアマーリエさんの仕業なのだろうが。
「何かありましたか? 」
思わず幌から顔を出し訊ねてみるが視界には何も見えて来ない。先ほどまでと変わり無い草原と、一本の道が続いているだけだ。
「坊主、多分問題はねぇと思うが一応幌の中にいろ。良いな」
「は、はぁ……」
そう言われ渋々荷台へと戻る。……うーん、何か見つけたんでしょうけど全く分かりませんでしたね……まぁ、問題なければその内声も掛かるでしょうしそれまでは大人しくしていましょうかね。
そうして、先程より若干ゆっくりと動く馬車に揺られながら少しのドキドキと不安を胸に二人から声が掛かるのを待つことにした。
―――そして、それが彼らとの初めての出会いだった―――
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