0002話
本日2話目
暗く足下も覚束ない中彼が駆ける。ただ声のした方へと向かうために。……さて、大分ここにも馴れてきたのか、回りの様子も大分見えるようになってきたかな?
まだ彼の事がはっきりと見える、と言うほどでも無いがどの様な体格なのか、と言うのは分かるようになってきた。私からはやや見上げるような体躯に、太く確りとした手足、そして豊かな腹肉。……どうやら彼は肥満体質なようだ。
カサカサカサ…
そんな考察をしていると、どうやら件の声がした場所に近づいている為だろうか、何か他の生物が這い回っているような音が聞こえてくる。
カサカサカサ……
「――るなぁー!!」
どうやら大分近くまで来ているらしい、先程よりも大きく聞こえてくる声からそう判断をする。彼も同様の判断をしたのか、更に速度を上げていく。
大きくカーブした洞窟の先がやや明るくなっている。……件の声の主は、灯りでも持って居るのだろうか。
しかし、間に合いそうなのは彼にとっても、私にとっても幸いか。……流石に、目覚めてから彼以外との初の出会いが、スプラッタとか勘弁だからね。はて?スプラッタとはなんだろうか?自分の事は分からないのに、無駄な事は知識としてあるようだ。
「来るなって、言ってんでしょ!!」
灯りのある場所まであと少し、と言ったところで、先程よりも確りとした声と、何かが爆発するような音が連続して響いてくる。
爆発音の度に灯りは揺らぎ、激しく瞬く。
角になっている部分を曲がると広間のような場所にでた。
その広間の中心に煌々と燃え、まるで太陽のように輝く掌大の火の玉が3つ程浮かんでおり、その炎に照らされるように立つ少女がいた。
その少女を取り巻くかのように、辺りには無数の蠢く影、カサカサと耳障りな音をたて、蠢くそれは少女の炎を警戒してか近づこうとはしていない。……うわぁ、映画感覚で眺めていられるからまだいいけど、これは間近で見たくないかな…
蠢く影、それは体長が50㎝にもなる巨大な蟻の集団であった。見るだけで生理的嫌悪を催すその集団を、気にすることなく彼は突撃する。
蟻の集団へと突っ込む彼、蟻達の意識が少女へと集中していたためか、乱入者である彼には、気付けていなかったようだ。
突然の襲撃に蟻達は慌てるものの即座に体制を建て直し、襲撃者に対し群がり、噛みつき、酸を吐き、排除を試みる。
しかし彼は止まらない。降り掛かる蟻達を、その丸太の様な腕で振り払い、まるで放たれた矢の如く一直線に少女へと駆けて行く。
そうして瞬く間に少女の下へと辿り着いた彼は、その背に少女を庇うように蟻達と正対する。
「なっ…なっ、なっ!」
乱入してきた彼に、驚きの声を上げる少女の周囲に漂う炎によって、ようやく彼の全身を確りと見ることが出きるようになった。
その大きな体躯と、丸太のような手足は暗がりで見えたそれよりも、更に逞しく見える。その事から豊かな腹部の脂肪も、その奥に確りとした筋肉が付いていることが窺える。
「何なのよ!あんた!?」
「声が聞こえたから助けに来た!」
突然の事に驚愕の声を上げる少女だったが、その言葉を聞き、会話の出来る相手と分かり、多少は落ち着いたようだ。
蟻達は乱入者を警戒してか、少女の炎を警戒してか、はたまたその両方か、動きを見せようとはしない。
それを見て取ったのか、少女が彼へと声を掛ける。
「で?あなたはあいつらを、どうにか出来るの?」
「分からん!声が聞こえたから、急いで駆けつけただけだしな!」
「何よ、それ!?助けに来た、って言うから期待した…の…に…」
彼の返答がお気に召さなかったのか、声を荒げる少女だったが、彼が改めて声を掛けようと振り返った瞬間、その表情が凍りつき、声が先細り、小さくなっていく。
「安心してくれ、必ずなんとかするから。」
その言葉に少女は再び叫びを上げる。
「安心なんて、出来るかー!!」
「何故だ。」
助けに来た筈の少女から否定される様な叫びを受け、抗議の声を上げる彼。しかし、それを知ってか知らずか少女の叫びは続く。
「だって――」
それもそうだろう。
「あなた――――」
彼の顔は下顎から突き出た大きな牙に、潰れた様な鼻、頭頂部以外には毛の生えていない、まるで猪の様なその顔は―――
「オークじゃないのよー!!」
ファンタジー世界では、色んな意味で有名なオークそのものだったのだから。