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 かつて少女の周りには沢山の大人がいた。それは例えばスクールの先生であったり、近所の人であったり、少女に食べ物を分けてくれるおばあさんだった。

 彼らは少女を見ると、必ず口を揃えて言った。まあなんて可哀想に。まだ小さいのにねえ。

 そして世話を焼いてくれたり、これまた食べ物をくれたりするのだった。少女はそれが嬉しかった。なぜ嬉しいかというと、構ってもらえるからというのもあったが、美味しいものが食べられたり、生活に必要なものがタダで貰えるから、というのが一番だった。

 少女は得意げになった。友達が貰わない物を貰えるというのは、少女に多少なりとも優越感を与えた。実際に少女の友達はこぞってそれを羨ましがり、いいなあ、私も欲しいなあなどと言うのだった。それを見て少女は余計に得意げになった。

 しかし少女には一つ分からないことがあった。それはなぜ大人達が、自分を哀れむのかということだった。

 最初は気にしていなかった少女も、余りにも大人達が可哀想、可哀想と言うので、黙っていられなくなった。


「あのね、あたし、可哀想じゃないよ?」


 少女が言うと、大人達は目に涙を浮かべた。少女が涙の訳を聞くと、健気ねえ、無理して笑わなくていいのよ、と言うのだった。少女は無理などしていなかった。そしてそれ以来余計に大人が分からなくなった。


 それから暫く経った頃だった。

 その年、寒い冬が終わり夏が来ると、国のあちこちでバケツをひっくり返したような大雨が降った。洪水の影響で作物が流され、たたでさえ少なかった生き物は全く姿を見せなくなってしまった。

 少女の住む国は、もともとけして豊かではなかったが、それでも必死に働けば生きていく為に必要な物が買えた。少女もまた大人から物を貰い暮らしていたが、その年はそうもいかなかった。


「ごめんねえ……今は、貴方にあげられる物はないの……」


「……ううん。 大丈夫。 自分で探すから」


 少女は懸命に食べ物を探したが、やはり何処にも見つからない。

 そうして探している間、少女の友達は皆広場で駆け回って遊んでいた。友達がなぜ元気なのか、少女は不思議で堪らなかった。


「走って大丈夫? ごはん無いから、お腹すくよねぇ」

 少女はそう友達に言った。

 だが返って来た応えは、少女が予想していたものとは違った。

「ごはん? ごはん食べてるよ?」


「え? ……そうなの? じゃあ、これから家に帰って、ごはん食べれるの?」


「うん、パパとママが持って来てくれると思う。少ないけどね。一緒に来る?」


「う、ううん。 いい」


 少女は堪らず俯いた。

 少女は気付いた。その友達は、少女には無い様々な物を持っていた。それは目には見え無かったが、確実に存在するものだった。厄介なことに、そこに何かがある事だけは分かるのだった。ふとした日常の中で、それは一瞬輪郭を現し、また直ぐに姿を消していく。

 心から自分の身を案じてくれる人はいないのだと気付いた時、少女は今まで信じていたものが全て崩れていったような気がした。あるいは手にしたそれは偽りだった。しっかりと握りしめたはずのものが、実際は形を伴わず、手の隙間から徐々に流れ出していく。


「あーあ……」

 少女は呟いた。

「……やだなあ……」


 誰も居なくなった広場で、そう言って一人立ち尽くしていた。

 少女の頭上に雨粒が落ちた。ひとつ、またひとつと降り始め、それはやがて雨になった。

 雫が頬を伝い、足元に水溜りを作った。


「あたし、可哀想じゃないよね……?」


 水溜りに映っている顔は、今にも泣き出しそうなものだった。少女はそれを思い切り蹴った。ぱっと水が跳ねると、水面が波打ち、やがて自分の姿さえも消してしまった。



 ふと少女は目を開けた。淡いオレンジの光が目に入り、自分の身体に毛布が掛かっているのを確認した。先程までと打って変わった情景に目を白黒させる。

 ベッドの横に鞄とランタンがあるのを見つけると、深い溜息をついて再び毛布を手繰り寄せた。少女は今、ジュニアスクールに通う子供ではなかった。


「……嫌な夢だったな……」


「二度寝するとは、随分と呑気であるな」


「うひゃあああ!」


 突然聞こえてきた声に、少女は飛び上がった。

 慌てて辺りを見回すが、声の主と思わしき人物は見当たらない。少女は息を止めてベッドから降りると、腰にあるホルスターへと手をやった。


「……え? あれ?」


 手は虚しくも宙を掴んだ。ホルスターに入れた筈の拳銃は、跡形もなく消えていた。ベルトに付けていた麻酔銃や、その注射筒も何処にも無かった。


「それらは危険物とお見受けした。 今は我が預かっている」


 男声のよく通る声だった。少女は声の方を見やった。

 そこに居たのは、青年でも強面の男でもなかった。それは猫だった。

 白と黒の色彩の猫が、その金色の瞳で少女を見つめていた。

 少女は何が起こったのか理解できず、あんぐりと口を開けた。声が、その猫から発せられたように聞こえたからだ。


「……わ、わあー……綺麗な猫」


「お褒めにあずかり光栄である」


「ひいい!! やっぱり喋ったぁ!!」


 少女はその場に尻餅をついた。その様子を訝しむように、猫が首をひねる。


「君の言っていることがさっぱり理解できない。動物なのだから喋るのは当然である。違うかね?」


「……え?」


「ん?」


 一人と一匹の間に、妙な空気が漂った。


「ち、ちょっと待ってください」

 少女は正座をして、あらためて猫と向き合った。

「……あなたは動物、いえ、猫です」


「さよう。 動物もとい猫である」


「猫であります。 ……じゃなくて! 猫です! なぜ猫が喋ってるんですか!!」


「君は分かりきっていることを聞くのが好きなのかね」


 猫は背筋をぴんと伸ばた。

 この少女の広い主は、ある程度少女に対して警戒心を抱きながらも、けして攻撃を加えたりはせず、ただ好奇の目を向けるだけだった。

 少女は考え込んだ。ここが動物界である可能性が極めて高くなったのだ。

 もともと少女の母国では、猫は珍しい生き物だった。ましてや喋る猫を見たなどと言えば、人間達は少女が夢の中の話をしていると思い込むことだろう。

 だがここが動物界だとなれば話は別だ。別界の動物、特に動物界に住む者に、人間界の動物とは違う特異体質が有ったとしても可笑しくはない。

 少女が別界について知らないのは、別界についての情報がある程度規制されているから、というのもあるが、単純に彼女自身の知識不足が原因だった。

 少女はこれまでの経緯を全てこの猫に話した。人間界の情報を教えるのは痛手に違いなかったが、少女はそれよりも、誰かに今の心境を共有して貰いたかったのだ。そしてこの猫は、それを話しても良いと思わせる雰囲気を纏っていた。

 少女が話をする間、猫は騒ぐでもなく、驚くでもなく、ただ黙って耳を傾けていた。


「なるほど。 つまり君は人間界から追放されたと。 そういうことであるか」


「つ、追放ではありません! 私はちゃんと隊長から命令を受けやって来ました!

 今は、何をすればいいか分からないけど……」


「道理であんな吹雪の中を……夜で目が効いたから良かったものの、危うく通り過ぎるところであったぞ。 猫に拾われるのは、いささか奇妙な気分だろう。 普通は逆だと思うのだが」


「ご、ごめんなさい……」


「謝る必要はない。 我はただ疑問に思っただけである。

 全て話して……私が別界の存在を信じない可能性については考えなかったのかね?」


「猫さん、何だか何でも知ってそうだから……良いかなって。 あはは……」


 猫は返事をなかった。ただ気まぐれに尻尾を揺らし、あくびを一つすると、そろそろと静かな動きで奥の扉に向かって歩いていった。どうやら話をするのに飽きたらしかった。少女にはそれを止める勇気は無かった。そして不安げにその様子を目で追っていると、扉を前にして猫の動きがぴたりと止まった。

「言い忘れていた」

 猫が少女を振り返った。

「今は吹雪いているから、外へ出るのは困難であるな」


 猫の声は心なしか弾んでいた。

 少女はその言葉を理解するのに少し時間を費やした。そしてぱっと顔を明るくさせると、期待の篭った目で猫を見つめた。


「出ていかなくて良いんですか?」


「明日の朝、外に死体があっては困るのでな。

 それに、これは私の気まぐれである。 君を助けたように、一時の気の迷いによるものである。 私の気が変わる前に早くベッドに戻るがいい」


 その返答に、少女は思わず苦笑いをした。そして今度こそ猫が行こうとしたので、慌てて立ち上がり、叫んだ。


「あ、あの! あの、私のような見ず知らずの人間を助けてくれて、ありがとう……」

 たとえ気まぐれでも。少女ははにかんだ。

 相変わらず猫の表情に変化は見られなかったが、少女には、丸い瞳が少しだけ細まったように見えた。


「どういたしまして」


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次で主人公と猫の名前を出す予定です。

もしお暇であれば、アドバイス、感想などを書いてくださると、とても嬉しいです^^

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