冥途の土産(掌編)
ゆるりゆるりと川を下った先に、その店はあった。
「いらっしゃい、土産は何にする?」
ふらりと足を踏み入れた女に、恰幅のいい店主が問いかける。女はぼんやりとした顔で首を傾げた。
「土産?どこへの?」
「どこって冥土さ。アンタ、死んだことは分かってるか?」
からからと笑いながら店主が問うと、女は一拍置いて頷いた。店主は肩をすくめて再度問う。
「冥土に持ち込めるものは三つ。何にする?」
尋ねられた女は、ゆっくりと店の中を見渡した。
「……全部、見覚えがあるわ」
戸惑ったように呟いて、女は手近な小箱を手に取る。
「子供の頃の宝物入れだわ。中は空ね」
「中身もその辺にあるだろうさ。持ち込みたいほど大切なものならね」
女の疑問にさらりと答え、店主はふわぁと大あくびをした。
「決まったら呼んでくれ」
長椅子に横になった店主を横目に、女はひとつひとつ見て回る。
「これは母さんが作ってくれた卵焼きね。懐かしい」
「この焦げたかたまりは、子供達が母の日に焼いてくれたクッキーだわ」
「これは一人暮らしの時に母さんがくれた手紙の束ね。すごい量」
「これは子供達が初めてくれた誕生日カードだわ。長男もまだ字が下手ねぇ。三男なんてぐるぐるの丸だけ」
「これは母さんが誕生日に手作りしてくれた人形ね。私が従妹のフランス人形を羨ましがったから」
「この三つは子供達と作ったぬいぐるみねだわ。夏休みの作品だったはず」
「ははっ」
楽し気に店内を見て回っていた女に、店主は思わずと言った様子で吹き出した。
「おっ母さんと子供のモンばっかだなぁ」
店主が揶揄うように言えば、女もくすりと笑って頬を緩めた。
「ふふ、本当ね」
品の一つ一つを優しく見つめて、一つ一つをそっと撫でる。愛おしむ眼差しのまま、女は不安そうに首を傾げた。
「持ち込まなかったものはどうなるの?」
「全て消えるよ」
「そんな」
あっさりと返された言葉に、女は絶句する。打ちひしがれる女に、店主はあくび混じりに続けた。
「なに、心配ないさ。アンタの記憶からも消えるから。アンタの悲しみも、ちゃんと消える」
「……忘れてしまうの?」
瞠目したまま声を失う女に、店主は淡々と告げた。
「あの世に持ち込めるのは三つだけだ。物も記憶もな」
しばらくの沈黙の後、女は迷わず三つを選ぶと店主の前に立った。
「これにするわ」
「なんだ、このちっちぇえ木箱は」
訝しげに首を傾げる店主に、女は柔らかく告げた。
「子供達の臍の緒よ」
蓋を開ければ、干からびた塊。それを愛しげに手に取って、女は笑った。
「臍の緒を持っていると、我が子が死ぬ時に臍の緒を辿って迎えに行けるって母さんに聞いたから」
「へぇ、本当かい?」
「知らないわ」
片眉を上げて尋ねる店主に、女はあっさり首を振った。
「でも信じているからいいの」
迷いなく三つを差し出す女に、店主は不思議そうに確認した。
「おっ母さんはいいのかい?」
「大丈夫」
首を傾げる店主に、女は自信満々で答えた。
「きっと母さんは、私の臍の緒を持っているもの。川の向こうに迎えに来てくれているはずよ」
「……くっ、ははは! 今日は気楽なお見送りで嬉しいよ!」
店主は大笑いしてから、やれやれと首を振った。
「みんなこうなら良いんだが。湿っぽいのも荒っぽいのも飽き飽きだ」
世知辛い世の中を嘆いた店主は、三つの木箱を女に渡した。
「それじゃ、良き死出の旅を」
「ありがとう」
女は笑って船に乗り込んだ。
先日SNSで見かけた臍の緒にまつわる俗説があまりにも素敵だったので。




