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「結婚するまでは触れない」という俺の信念は、副会長のクッキーの前に崩れ去った

掲載日:2026/02/11


思わぬ暇ができた。


生徒会執行部の仕事が、早く片付いてしまった。

普段は何かと忙しいが、たまにこういったぽっかりと空く日があった。

書き終えた書類を引き出しにしまい、頬杖をつく。


他の者はいない。

他の生徒会執行部の面々は、学園各所に出払っていた。


いつもは書類を整理しながらの軽口や、紙の擦れる音が聞こえるのに、静かなものだった。

生徒会室に無駄に大きなアンティーク時計があって、それがぼろんぼろんと午後3時を告げた。


「ふむ」


俺は立ちあがり、部屋の隅にあるティーセットで、一人分の紅茶を入れることにする。


「さて、たしか」


たしか戸棚に、差し入れのマドレーヌがあったな。

何時でも水の湧き出る魔法のポットを、給湯台の小さな魔法陣に置くと、勝手にお湯を沸かしてくれる。

俺は湯が沸く間に、戸棚の菓子をさがした。


「む」


なかなか見つからない。

あと4つ残っていたはずだが。

絶対に残っていたはずだ。

どこだ。

がさごそやっていると、後ろから声をかけられた。


「会長、マドレーヌならありませんよ」

「おかえりシャーロット、べつにマドレーヌなんて探してないさ」


俺は取り澄まして、戸棚に寄りかかる。

俺に声をかけたのは、副会長のシャーロットだった。


「ソフィアとローズマリーと一緒に、食べちゃいました、すみません」

「いやいいんだ、ただティーカップを探していただけさ」


「3人で4つ。残り一つはって思ってませんか? 

私がトランプで勝って、2つ食べました」


「別にいいんだ、俺は甘いものが苦手でね」

「あら残念」


シャーロットが後ろ手に持っていた小さなバスケットを、顔の前まで持ち上げて揺らす。

微かに、焼き菓子の甘い香りが漂った。


「歴史調理研究部に行ったら、ワイロを貰ってしまいました。

500年前のクッキーを、完全再現しらたしいです。

でもクロード会長は、甘いもの嫌いだったんですね」


「実に、興味深い」


ソファーテーブルに、淹れたてのエーテルグラス(茶葉名)を2つ。

そしてまだ温もりの残る、古のクッキーを皿に盛った。

俺はクッキーを一本摘まみ、まじまじと見た。


「分かった形だな、黒鉛ペンシルのようだ。

古の人々は、こう言った形を好んでいたのか」


「これ儀式用らしいですよ」

「儀式? どんな?」

「知りたいですか?」

「後学のために」

「では失礼します」


シャーロットが立ち上がり、テーブルを回り込んで、俺の隣に座った。


「なぜ隣に?」

「こうやって使うらしいんです」


シャーロットがペンシルクッキーの端を咥えて、顔を突き出す。

自然ともう一方の端が、俺の前に突き出される事になる。


「なぜ……突き……出す?」

「んー」さらに突き出す。

「なっ」


意図はだいたい分かった。

だがそれに乗るとは限らない。

俺はシャーロットの口からクッキーを引き抜き、勝ち誇った目をして、リスのようにポリポリ齧る。

シャーロットが目を細めて、分かりやすく不機嫌になる。


「クロード王太子殿下、甘いものは御嫌いなのでは?」

「臨機応変と言ってくれ。それと突然の継承呼び、それだけで怒りを表すとは見事だ」


シャーロットがぷいっと横を向いて、新しいクッキーを摘まみポリポリ齧り出す。

俺からはシャーロットの小さな耳と、もきゅもきゅ動く頬っぺたしか見えない。

頬にかかる金髪が、斜に差し込む光のようだった。


「クロードさまは、婚約者の私のこと、いつも子供扱いいたしますのね」


まだ怒ってる、言葉がかたい。


「そんなことはないさ」

「触れてくださらないし」


「それは前にも言っただろう? 正式に結婚するまではと」

「みんな、触れ合っていますわ」


「よそはよそ、うちはうち」

「また、おばあちゃんみたいな事をおっしゃって」

「せめて、おじいちゃんにしてくれ」


「嫌ですわ、私おじいちゃんのいう事ななんて、聞かないと決めていますもの」

「ふふ、おじいちゃんと言ってくれた」


「ふふっ」

「ふふふ」


シャーロットが笑いながら、齧っていたポッ……クッキーを咥えなおす。

また「ん」っと言って、唇を突き出してきた。


「シャーロット?」

「ですからこれです。これなら触れないでしょ?」


クッキーを咥えタバコのように揺らし、シャーロットがにんまりする。

確かにこれは触れていない。

触れていないが、しかしっ。


「シャーロット、さっきよりも半分ほど短いのだが?」

「仕方ないです、食べてしまったんですもの。だから、んー」


俺は唇を尖らすシャーロットを、まじまじと見つめた。

遠くで、笑い合う生徒たちの声が聞こえる。

無駄に大きいアンティーク時計の秒針が、こつんこつんと時を刻ざんでいた。


「……シャーロット」

「なあに」


「歴史料理研究部で、500年前のクッキーを貰ったと言うのは本当かい?」

「さあどうでしょうか」


「それが本当でないなら、この儀式も本当はないのかな?」

「もっと言いますと、マドレーヌはまだありますわ。

私の机の引き出しに、隠してしまいましたの」


「俺が甘いものを好きだから?」

「マドレーヌがありますと、古の儀式をして下さらないでしょう?」

「そこまで俺のことを……」


俺はシャーロットの愛に吸い寄せられた。

一口齧り、もう一口齧る。

これはどこまで齧ればいいのだろうか?


聞いても、シャーロットは教えてくれないだろう。

最後のひと齧りをしたとき、シャーロットが甘い吐息を漏らした。






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