金眼の聖女(一)
魔法剣技大会、翌日。
カンテラ中央区、貴族院議事堂にて。
議長ゴートン候が朗々として述べる。
「候補者公示まであと六日。われら貴族院は市議会ならびにその選挙を監督する立場として、ここに記された市議立候補者のうち、疑義ある者がないかについて今一度問うことにしようぞ」
疑義なし、疑義なし、思考停止の声が次々にあがるなかリリシアが異を唱えた。
「疑義というほどではありませんが、ローア正教の息のかかった候補者がその数を急速に増やしていると聞きます。これは我が国にとって由々しき事態であり――」
ゴートン候は苦虫をかみつぶしたような顔で遮る。
「くどい、くどいぞスカーレット伯。なにを信心とするかまで我々が口を挟めることではないし、それと調べようもない。時代の潮流というものもあろう。高い理想を掲げるのはいいが実効性の伴わない進言は妄言であると知れ。いいかわかったか」
「承知しました」
ほどなくして会議は終わった。
リリシアは早急に対処すべき新たな難題を手に貴族院をひとり足早にあとにした。
◇
ローア教は女神ローアを唯一神とし西諸国を中心に勢力を拡大してきた魔法教である。治癒の奇跡をつよみに王侯貴族から貧困層まで人心をあまねく惹きつけ、西方諸国の国教にまで浸透していた。しかし一方で、地元に根づく土着神を悪魔だと糾弾し、徹底的に排除しようとする強権的な姿勢ももちあわせている。
リリシア課長は机上に頬杖をつき、私に言った。
「というわけだ。四十一の候補者うち九名がローア正教と深い関わりがあるとされる。当選した暁には選挙支援をひきかえに市内に大聖堂を建てるよう要求してくるだろう。これは西諸国と東諸国の中間に位置し、あらゆる魔法、呪術を基礎として特異な魔術発展を遂げ、中立と多様性を重んじてきた我が国カンテラにとって看過できない危機といっていい」
「それで、私は具体的にどのような任に」
「候補者を始末しては選挙の根幹をゆるがす。よって今回、貴君が指揮をとり、それとわからないよう彼ら全員を候補者から引きずりおろすこと、その任をここに命ず」
「……」
私は閉口した。曖昧模糊としたその任はなんだろうか。要するに丸投げしたと言ったのか。リリシア課長は酷薄な美形になけなしの笑顔をそえて言った。
「なに、猶予なら六日ある。貴君の情報アクセス権も引きあげておいた。動員可能なメンバーはいくらでも融通しよう。以上だ。貴君の減らず口とその働きに大いに期待する」
新人一年目を指揮官におくなどどうかしてる。
諜報課の底の浅さがいよいよ露呈してきた気がしたが、しかし課長にかぎって無策なはずもなかろう。ならば私を陽動役とし、背後で自身も動く二正面作戦とみるべきか。
まったく私の消費カロリーが高すぎるが、とりあえず資料を受けとった。まだ公示されていない四十一名の候補者にざっと目を通す。ひとりの名に釘付けとなった。
ゲイト=コールマン。
兄上の名であった。
まさかあの商売欲の権化ともいうべき兄上がまるで関心のなかった政界進出を目論んでいようとは。しかしなるほど、リリシア課長が表立って動けない理由も、私が指揮をとる意味もそれとなく理解した。
兄上はかつて行政省公安部に在籍し、私が現在身をおく魔法省外局諜報課とはあきらかな競合関係にあたる。魔法省と行政省。貴族出身と市民出身。じつにわかりやすい対立構造といえる。くわえ兄上には課長にただならぬ個人的恨みまでもつ。つまり一触即発とならないよう兄上の手のうちを知る私に緩衝材になれということか。
ちらと課長を見れば、私に背をむけ煙をふかしていた。もう用がないとでも言わんばかりの横柄さである。まったく課長の自業自得ではないか。物見遊山から一転、渦中にまきこまれた私は、たまらず窓辺で日向ぼっこするサフィアを撫でて癒され、「にゃー」と名残惜しそうな声を背に、新たな任につくこととなった。
◇
市民科にアルエ=ヒルスラという同期がいた。絹のように滑らかな金色の髪を腰までながした敬虔で盲目な女がいた。入学早々、その美貌から彼女に言いよろうという男は大勢いたが、ことごとく罵詈雑言とともに玉砕していった。
いつしか彼女は『鉄の聖女』といわれ、恐れをなした男子たちは寄りつかず、女子たちからは一目置かれる存在となった。
そんな彼女にはまことしやかに囁かれる噂があった。人の心を詠み、未来を見とおす神通力をもつのだという。男どもへの罵詈雑言のなかには未来を暗示し、みごと言い当てたものがいくつもあったそうだ。
壮大なる天下り10カ年計画において、クロックを失ってまもない私は、もしかすると彼女に代替的な利用価値があるかもしれないと踏み、その真偽を確かめるべく話しかけてみることにした。
「君は鉄の聖女と言われているそうだな」
「そのようですね、こんにちはネトさん」
癪に障る声かけにも関わらず、予想に反して彼女はたおやかな笑顔をこちらにむけた。拍子抜けしていると、その金色の目を細め冷ややかにいう。
「下心をもつ悪魔には相応の対応を。それだけのこと」
「ああなるほど。なら貴族科のクロックなんかはどうだろうか」
「アレは肉欲に溺れし悪魔のなかの悪魔。いずれ天罰がくだりましょう」
「さらっと恐ろしいことを言うな。なら私はどうだろうか」
「そうですね、貴方にも下心は見てとれます。ですが他の者とは明らかに異質なもののようです。とりあえず害はなさそうですから悪魔とまではもうしません」
なるほどたしかに噂は本当のようだ。彼女と話しているとどこか自分の胸のうちが見透かされてるような気になる。
「君は人の心が読めると聞いたが本当か」
「わたしは主ローアより加護を賜っているに過ぎませんので」
彼女はあいまいな返事にとどめた。
ここカンテラは多民族国家のため信仰は自由とされ、アルエはローア教の熱心な信者だ。その目は一切の光を通さず、視界は完全にとざされているはずだが、その金色の瞳は、さきほどからじっと私の目を見すえていた。
彼女は小首をかしげ言った。
「やはりわかりません。いったい貴方はどんな下心をもって私と接しているのでしょう。前例がないものですから気になってしかたありません。もしよろしかったらその胸のうちをあかしてはいただけませんか」
どうも私は試されているらしい。もし彼女が本当に人の心が読めるのだとしたら、まどろっこしい駆け引きなど無意味だろう。ここは正直にこたえてみるか。
「私は楽な省庁に就き、楽な仕事で出世を重ね、盤石な地盤のもと天下り先で安泰な生活をおくるために君が利用できないか、探りをいれるために話しかけてみたんだが」
「……」
彼女は絶句し、石となった。その金色の目だけが小刻みに揺れ「え、どうして、どうして嘘がまったく見えないの、なにそれ本気」と心の声が漏れていた。
どうやら彼女には人の嘘を見抜く加護があるらしく、人の心そのものが見えているわけではないようだった。彼女は逡巡のすえ、こほんと仕切りなおし言った。
「貴方にはきわめて怠惰な気が見てとれます。やはり悪魔の子。わたしと関わらないでください」
「それは君の主観だろう。授かった力を曲解し、神をたばかってもいいのか」
「……」
アルエは自己矛盾に閉口し、細く美しい眉をひそめる。
「そうですね、貴方のおっしゃる通り。悪魔呼ばわりして申しわけありません。ただ、あまりわたしに関わらないでください」
彼女は煙たがるように杖をつき、廊下を折れ姿を消した。
人の嘘を見抜ける力。あきらかに利用価値があるとわかった以上、私は彼女に近づくことに決めた。朝の挨拶にはじまり二人一組の課題、昼休憩の食事相手から放課後の自主訓練に至るまで、ことあるごとに彼女のパートナーを申し出て、ことごとく断られるも根気よく接しつづけてはや三日、その放課後のこと。
アルエ=ヒルスラがとうとう爆発した。
「もうやめてくれます! 貴方が何度も何度も言い寄るから校内で変な噂が立っているのです! こうも振られつづけて恥ずかしくないのですか!」
「まったくないな。もし君が私に話しかけられるのが本当に嫌で、もう来るなと直接拒むなら諦めるが、君は一度としてそうは言わなかった。わたしに関わらないでとだけ言った。だから気にはしない」
するとアルエは嘆息まじりに、観念したようにいう。
「貴方は心を詠まれるのが怖くないのですか。未来を見透かされることが怖くないのですか」
「まったくないな。詠みたければ好きなだけ詠めばいいし、私はそのうえをいけばいい。今がまさにそうだ。君は感情を抑えきれず声を荒げた。つまり私の心がまったく詠めていなかった。もしくは詠めたとしても表層的なものにすぎない。それに私の未来はけっして揺るがない。あるのは天下り先で悠々自適に過ごす未来の私であり、それを確かなものとするだけなのだから」
言い切ると彼女は茫然と立ち尽くし、それからくすり笑った。
「貴方、真性の阿呆なのですね。でもその通り。わたしは人の心を詠めるわけではありません。そうやって演じるのに慣れてしまっただけのこと。ええわかりました。貴方はなにをお望みですか。なにを代償としますか」
「ときおり人の嘘を見破ったり、私の未来を占ってほしい。対価なら金銭でも労務でもなんでも構わない。見返りとして君が望むものを用意する」
「貴方の望む未来とは限りません。それでも構いませんか」
「もちろんだ」
「では、お近づきのしるしにひとつ教えてさしあげます。そうですね、貴方の頭上に紅髪の女性が降ってきましょう」
言うやいなや近くで自主練中のクレアが魔術発動に失敗。膨大な魔力をもてあまし宙をまった。先ほどからクレアが危険極まりない術式を組んでいたのを視界の隅に捉えていた私はアルエに指摘されるまでもなく結界を空中展開。その自由落下を受け流すとクレアはアルエを直撃。ふたりは砂上に突っ伏した。
気絶するクレアに押し潰され、砂まみれのアルエは絹艶の金髪をかきあげながら、恨みがましく言った。
「いいでしょう、この借り必ずやかえさせてもらいます」
◇
「うん、相変わらず熱心にやってる。やっぱり気になるかいグレイくん」
内部監査班のラスク氏にきけば、アルエ=ヒルスラは今もローア教最大宗派に属し、信仰あつく選挙支援にも精をだしているとのこと。ならば今回の任務において、アルエ=ヒルスラとの接触は避けられないだろう。
そんな彼女とは、もはや友人関係を有しない。
ある日、一方的に彼女から断絶を言い渡されたのだ。
その終焉は突然のことで、最後の台詞はこうだった。
「天啓がくだりました。わたしはいずれ貴方を殺すことになります」
アルエはそれきり私のもとを去った。
彼女が天啓とよぶ予知夢は一度たりともはずれたことがない。未来を知った現在を織り込んでなお、けっして変えることのできない未来。そういう類いの神通力であり、だからここに宣言しておこう。
私はまもなくアルエ=ヒルスラに殺される、と。
◇
都市カンテラは真円の壁にかこわれた城塞都市である。
中心地に市庁舎や軍中枢がおかれた中央区がおかれ、まわりに東西南北4区の貴族区がおかれ、その外周をぐるり商業区が1区から12区まで外巻きとなって横たわり、市民は職能別ないし出生別に区分けされ、堅牢な外壁が真円となって都市をかこっている。
貴族4区と商業12区から各一名ずつ計16名の市議を選出することで議会は成りたち、また貴族区の1名が市長を兼任することでカンテラの立法行政はまわっていた。
私の兄ゲイト=コールマンが居住するのは商業1区である。魔導具や魔術結晶などさまざまな魔術商材をあつかう区であり、カンテラの国内総生産の半分ちかくをまかなう国の中核産業ともいうべき花形区。1区に住まう人間は俗に都市貴族とも呼ばれていた。
そんなゲイト=コールマンが若干30歳という年齢下限の最年少で立候補した。これは前代未聞のことであった。立候補するだけでも多額の保証金を国にあずけ、爵位もちの貴族から信任状をもらい、商業組合ないしクランの長であることが要件とされる。
兄上はそれら条件を揃えてみせたらしい。とりわけ貴族からの信任は極めてハードルが高い。貴族は自分たちの地位をおびやかす新参者をとにかく嫌う。いくら金を積もうと貴族の地位名誉はかえがたく、野心ある若い新人に信任状を気前よくくれてやる貴族などいないし、金で簡単に抱き込めるものでもない。
果たして兄上は今回の選挙を本気で勝ちにいくのか。それとも顔みせのつもりで四年後の布石とするのか。はたまたべつの思惑をもつのか。じつに興味深い考察とともに、私は路地裏から地下迷宮へと足を踏みいれた。
都市カンテラはたった一夜で滅んだという廃都のうえに建てられている。一歩でもその地下に踏み入れば、入り組んだ暗い細道に無数の小空間、古魔法の散りばめられた隠し通路ほか、その足元にはさらなる太古都市が眠るという噂さえある。
まさしく地下迷宮というにふさわしい地下空間は今現在、表にできない商材の隠しルート、市民権をもたない浮浪者の住処、あるいは裏世界の人間の活動拠点となっていた。
けっして治安がいいとは言えない地下道を、私は手元に魔術光を灯し、索敵魔術で周囲に注意を払いつつ、ペンダント石のはなつ光筋を頼りに暗道をすすんだ。いくつかの魔術結界をぬけて広間へでると、イザベラが待ちかねたように熱い抱擁で私をむかえる。
「待っていたわグレイ。さあこっち。貴方のおかげでぼろ儲けさせてもらって感謝してもしきれないほどなんだから。まだまだ新居というにはほど遠いのだけれど」
新しく買い集めたであろう大小さまざまな水晶が棚にならび、彼女は上機嫌でそれを撫でながら私に向き直った。彼女の背後には十代前半から中ごろとおぼしき少年少女たち七人が直立してならび、緊張の面もちで私の顔色をうかがっている。
「この人は貴方たちの命の恩人よ。そんな失礼な目を向けるのはおやめなさい」
イザベラが嗜めると皆こくこく頷き、互いに見やって安堵をうかべた。
「それで今回はどんなご依頼かしら。特別料金でうけたまわるわ」
「カンテラ市民のうちローア教信者あるいはそれに汲みする者の洗いだしを手伝って欲しい」
「お安い御用よ」
「それとこの男についてなのだが」
「あら渋みのきいたイイ男ね。彼についても詳しく調べて欲しいと」
「いや逆だ。彼の息がかかってるとわかればすみやかに退避し報告して欲しい。というより君をコークスにいれなくした黒幕であり、私の兄だ」
「……さらっととんでもないことぶっ込まないでくれる? でもわかった。細心の注意を払うわ」
「よろしく頼む」
イザベラに手土産を渡して来た道をもどれば「イザ姉あの人だれ!」「それなに入ってるの!」とにぎやかな声が私の耳にかすかに届いた。まったく彼女の懐の深さに感心するとともに、彼らを利用するだけでしかない私は身のつまされる思いがした。
◇
クロックと入れ替わるようにして、放課後の私のそばにはいつもアルエ=ヒルスラがいた。毎日のように図書館を訪れる彼女は隣席にすわり、聖書を読み、たまに口をきいた。
「そういえば風の噂なのですが、試験問題を横流しする生徒が図書館を根城にしているとの話を耳にしたことがあります」
「察しのとおり私だな」
「貴方の成績ならば必要もないでしょうに本当に奇人なのですね。しかし最近めっきり聞かなくなったのはなぜでしょう」
「必要がなくなった。それだけだ」
「……そうですか」
「それはそうと君は目が見えないのに、どうして本が読める」
「森羅万象、万物には主より与えられし多様な魔力を宿してますから、紙とインクのわずかな魔力の違いを読みとり、それを脳内に描いているのです。目がみえずとも、世界は夜空に浮かぶ銀河のように美しく見えるのですよ」
「それはすごいな、五階梯の魔術透視か」
すると彼女は聖書をそっと閉じ、険しい顔をこちらにむけ語気をつよめた。
「いいえ、これは魔法であって断じて魔術などではありません」
「ああすまない。ところで君はなぜ毎日ここにくる」
「じつのところ私はまだ貴方を疑っているのです。釈然としないのです。本当はべつの思惑があって、その下心を巧みに隠しているのではないかと」
「君には嘘ひとつ言っていない。この言葉に嘘はあるか」
「いいえまったく見えません。ですから不思議なのです」
「なら疑問の答えは簡単だ」
「そうなのですか」
「ああ、君は自意識過剰なんだ。自分は好かれて当然だと思っている」
「……!」
一拍をおき、アルエはたちまち顔を上気させて憤然と立ちあがり、罵声を浴びせようというところ、間合いを打ち消すように私はつづけた。
「その反応こそ自明じゃないのか」
「……っ」
アルエはふぅーふぅーと肩を怒らし、無言のまま立ち去った。しばらくはここに寄りつかないはず。今のうちに溜め込んだ別件に取りかかろうという矢先、半刻も待たずして彼女は戻ってきて、何ごともなかったように隣席に座り、聖書を開いた。
「君はあれか、極度の負けず嫌いか」
「読書中ですからあまり話しかけないでいただけます」
「そうか、好きにしてくれ」
しばらくの沈黙のあと、彼女はふとこちらに視線を投げかけ言った。
「そういえば昨晩、夢を見ました。貴方のことを念じて就寝したのですが、なぜか貴方ではなくクレアさんが立ち現れて、一年の最終課題で首席生徒に決闘を申し込んでいました。いったいどうしてこのような未来が見えたのでしょう」
「……ほ、本当か」
それは私の計画を根底から揺るがす緊急事態であった。
「君の見たその夢は変えられないのか」
「これは予知夢、天啓ですので変えられようはずもありません」
ならば早急に計画を練り直す必要がありそうだ。
「君のその予知夢について、いくつかの質問と検証をさせてもらえないだろうか」
「ええ構いません。人智を超えた力を目の当たりすれば、貴方も主ローアの前にひざまずき、その怠惰なあり方を悔いあらため、ひいてはあつき信仰にめざめることにもなりましょう」
したり顔のアルエは言った。彼女は彼女で、私をローア教に引きいれる腹づもりのようだった。
◇
「本作戦において指揮をとるグレイです。よろしくお願いします」
「はいはーい。よろしくねグレイくん」とマロンちゃん。
「おう、よろしくなグレイ」とヒース。
既知のふたり含め、私は計八名の少数精鋭を召集して二班に分けることにした。
一班リーダーを諜報専門のカステイラ係長が。もう一班を紱魔専門のヒースが務めるのだが、うち八名に選ばれなかったクロノが昏い目でじぃーと部屋の外からこちらを見ていた。なんだろうか、呪詛でもかけらてないか不安になってくる。
「あ、クロノちゃんてば戦力外なんだから話聞いてちゃだめだよもう、しっしっ!」
マロンちゃんが言葉のナイフで斬りつけるとクロノはサフィアを抱き、そっと踵をかえした。その背中がやけに小さくみえた。ときにマロンちゃんは容赦がない。
じつをいうと課長から提示された召集可能リストにクロノの名はなかった。つまり彼女の卓越した能力からして課長の班に組み込まれたのはあきらかで、そのことはクロノも承知のうえであるから、だとすると一時的でも自分より上の立場にあがった私に嫉妬してるだけかもしれない。やはり呪われてないか心配だ。
さて、ローア教の支援を受けているとされる九名の候補者への具体的方策について、私以外はみな見知った間柄のようで円滑な議論が交わされていく。
「ここはやはり当選可能性から優先順位つけたほうがいいよな」
「まってレイド、課長は全員を候補者から外すよう命じたわけでしょ。それじゃ目的を達しないじゃない」
「かといってだなキリィ、ただでさえ時間的制約があって困難を極める任務なのに、すべてを同時にあたったとしてだ。もし当選可能性の高い候補者をとりこぼした場合、それこそ致命的じゃないか。シークはどうだ?」
「ボクもレイドに同意見ですね。一人でも市議に選ばれればその区の長でもありますから、その裁量権でもって強引に聖堂建設をおしすすめるでしょう。マロン係長はこれについてどう思いますか」
「うむむ、難しい話はさっぱりですな。というわけでここは新人にして指揮官に異例の大抜擢をされたグレイくんに意見を求めてみましょう。どう、なにか妙案ある?」
お手並み拝見とばかりに、一線級の彼らの視線が私へと集まった。ヒースがやってやれとばかりに目で合図を送ってくる。
「妙案とは違いますが、まずリリシア課長がすべての候補者を脱落させると言った以上、我々はなんとしてもこの任を完遂する必要があります。それ以外はすべて失敗と捉えるべきです。私の読みとしてはひとりでも取りこぼしたその時点で、取り返しのつかない事態になると想定すべきかと」
みな黙って考えこみ、ヒースが意見した。
「じゃあ課長はなんでそう俺たちに言わない?」
「あまり多くを語らず、自由に動かした方が成果をあげられるからでしょう。過度のプレッシャーは判断と行動をにぶらせます。その証拠に、私が第二魔術倉庫の魔核を破壊した噂はまぎれもない事実であり、その危険性を事前に知らされていなかったからこそ、私は辛うじてその任を果たせたと考えます」
嘘だろおい、あれホントだったの、じゃあ今回の任務も相当やばいのでは、と口々に驚きと疑念がもれるなか私はつづけた。
「なお、私の協力者によって対象者うち三名が都市コークスの娼館通いと判明しました。ローア教は純潔と貞淑を重んじ娼館の存在を忌み嫌いますから、その情報をもとに明日にも三名は立候補をおりる見込みです。対象者はすでに六人に絞られます」
すると彼らの私をみる目が明らかに変わった。そのタイミングを逃す手はなく、私は本題を切りだす。
「私が指揮をとるからには聖域はありません。課長もそれを百も承知でしょう。ですので本件において、候補者に信任状をだしたとされる貴族も調査対象とします」
場が水を打ったように静まりかえる。いかにそこに触らず穏便に済ませようかと頭を悩ませているところにこの台詞。こいつマジか、と皆一様に私を凝視した。
「どうぞご安心を。結果さえだせばなんら文句はいわれません。その責任はすべて私が、ひいてはリリシア課長が負います。ここだけの話ですが最悪、公安ならびに軍部まで巻きこむことを想定してあります。よってラスク氏より得られた情報をもとに当該利害関係がなく優秀な貴方がた八名のみ選出してあります。この考えになにか意見はありますか」
凍りつく応接室のなか、誰かがボソリ言った。
「えまって彼、リリシアより狂ってない?」