傑物の片鱗(後)
物陰でクロノと落ち合う。
「順調そうでなによりです。これで怪しまれず次の行動に移せます」
「ただ、気になる人物がひとりいる」
「では、その者の特徴を」
「茶髪のサイドを刈り上げ、私より頭ひとつ高く、身の締まった荷揚げの男。やたらと飯を喰らっていたな。一体どんな胃袋をしているのか不思議でならないほどだった」
「ああ、であれば構わず続行してください」
その反応。つまりそういうことか。
知らなくていいことに首を突っ込まない。
それが諜報課の鉄則だ。
それよりもクレアだ。
なぜクレアがここに来たのか。
だが、それをクロノに訊いたところでどうにもならない。
出かかった言葉をグッと喉奥におしこめる。
今回、私が請け負った任務は倉庫内の重要なポジションにつき、庫内の魔術セキリュティ図面を入手すること。倉庫に詳しいサイモンを外に追いやり、不慣れな兄妹にすげ替えれば、要職に引き上げられた私を頼って最大限の権限を与えることは目に見えていた。
その計画を可能にしたのが財務部よりもたらされた抜き打ち監査の知らせだった。そしてすべては課長の筋書きどおり進んだ。まもなく図面すべてを手に入れた私はそれを脳内模写しクロノへ手渡した。そして何食わぬ顔で倉庫の管理代行をつづけた。
とりあえず私の任はこれで終わりであったが、緊急に備えて待機するよう指示がでていた。課長いわく、倉庫から人知れず危険物を押収するのが今回の目標だという。詳しいことはわからないが、どのみち私の内包魔力量は平凡以下であり、かつ戦闘向きではないため危険な仕事は実行班に任せればいい。それでしまいだ。
というわけで暇を持て余した私は、ふかふかの椅子に腰かけて庫内の図面を思い返すことにした。倉庫に幾重にも張りめぐらされた魔術セキリュティ。倉庫動源である魔核と魔術回路。それらに穴がないか存在可能性を探ったり、もっと強固なセキリュティに作り変えたりできないか、パズル気分で時間を潰した。なかなかに理想的な魔術要塞が脳内にできあがるとひとり悦に入った。
そうして三日が経ち、べつの緊急事案が発生した。
「特別会計監査官クレア=ハードレッドです。また会いましたねガレットさん」
「……」
クレアがゴキゲンに微笑んでいた。
私はその笑顔が悪魔のそれに見えた。
リリシア課長の獰猛な笑みに匹敵する恐怖をおぼえた。
「良い身なりになりましたね。なるほど昇進ですか。おめでとうございます。それはそうと、なんの功績で昇進したのでしょう。くわしく教えていただけません?」
くそ、再調査など聞いてない。
どうなってる、なんでこっちに情報が回ってこない。
いやまて、同僚がひとりもいない。
まさか指揮系統を無視して単独で動いたのか。
そんなの役所の人間失格だろうが。
「ずいぶんとお若いんですね。なるほど中央騎士学校を目指し頑張ってると。もしかしたらわたしの後輩になるかもしれません。その時はどうぞよろしく……まあもし、それが本当だったらですが? それよりちょっとお顔触ってもよろしくて?」
だめだ、理由はわからないがきっとバレてる。
顔に魔力を流し込まれたら一貫の終わりだ。
ここは撤退し、持ち場を放棄すべきか、くそ、なんでこうなった。
クレアの血色のよい手が私の顔をおおう光学魔術フィルターへと迫る。
その時であった。
ジリリリリ――けたたましい警報音。赤色灯の明滅。
これは人命の危険を指し示すもの。
庫内は騒然となり、我先にと出口に人が殺到した。
「ちょっ! あなた待ちなさい!」
混乱に乗じ、私は人混みにまぎれこんだ。
助かったと思ったのもつかの間、本当の危機は別にあるらしかった。
庫内の隅、冷凍室内にあるコンテナの貨物から得たいのしれない黒々とした化け物が、数十の単位でわらわら這い出てくるのが見えた。粘性の上皮から黒いあぶくをはなつ四足歩行、頭蓋が人そっくりな化け物。その目は赤く虚ろであった。
「くそ、デルタだ、デルタに変更する! 誰かが冷凍機能を停止させやがった!」
そう叫んだのは、茶髪のサイドを刈り上げた男。
どうやら別働班の作戦が失敗に終わったようで、私は急ぎその場をはなれ、出口と別方向へむかった。魔術の痕跡をのこさず外部通信できるエリアでイヤーカフをはめ、耳元に魔力を集中させる。
「クロノ、現状を求む」
「はい、冷凍貨物に紛れ込ませてあった生物兵器とおぼしき対象物が冷凍室の機能停止とともに解凍され、動きだしたようです」
「となると敵工作員がこちらに勘づき、計画が前倒された結果か」
「いえ現状なんとも。ただ冷却装置にアクセスできるのは幹部社員以上。それはあなたが一番よく理解しているのでは」
「ならサイモンか。私への腹いせ、あるいは兄弟への報復のために仕掛けたか。生物兵器の事案と重なったのは偶然の可能性が高いだろう。バレれば一発処刑モノ。そこまでのリスクは割に合わないし、もし他国諜報と繋がっているならば課長も予期、察知し、事前に防げたはずだ」
「……まったく最悪としか言えないタイミングです」
そんなクロノとの通話には断続的な振動音、破裂音がまじっていた。イヤーカフから拾った雑音とほぼ時をおなじく、高層建築物から放たれた弾丸が倉庫のガラス窓を割り、黒い化け物の頭部に次々と命中していく。頭のみを的確につぶし、化け物の活動をみごと最短で静止せしめていく。
「まったくわらわらとキリがありません。もしかすると魔核が汚染される前に倉庫もろとも焼却する必要があるかもしれません」
「いや、同規模の魔核を動源とする倉庫はあと一つしかない。それをしてしまえば都市が機能不全に陥る。国がその判断を下すことはないだろう。たとえ市民が何人犠牲になろうともな」
「――ッ。それはそうとグレイ、すみやかに退避を。見るかぎりアレは中度感染生物兵器の類いです。耐性のない一般人には命とり。いまだ庫内に残されている従業員はすでに重度感染者とみなしていいかと。グレイは結界を張りつつ、助かる見こみのある感染者の誘導と隔離をねがいます」
「それなら問題ない。重度罹患者もおそらくゼロだ」
「いや、さすがに見込みが甘すぎます! 楽観すぎます!」
「すでに倉庫内の魔術セキリュティに侵入し再構築してある。空気感染を考慮したフィルターにリソースを割いて結界を変え、庫内全体に巡らせてあるからその心配はない」
「……」
「そう別働班にも伝えてくれ」
「わ、わかりました。判断を下すのはリリシアですが、そう伝えます」
「よろしく頼む。それとおそらくだが応援もいらない」
「……あの、もうやめてくれませんか、これ以上は手元が狂います。ていうかさっきからなんなんですか、まだ能力隠し持っているんですか、新人なら新人らしく先輩の言うことを黙ってきいてください。言っておきますがね、能力の秘匿は軍法会議ものなんです、もうどうなっても知りませんから」
まくし立てるクロノの声はしかし、どこか弾んでいた。その期待に応えられたらさぞ恰好がつくのだろうが、現実そう甘くはない。そんな力はないしそもそも今現在、私は木製コンテナのなかにいて身動きがとれないのだから。
「私じゃない、やるのは彼女だ」
「……はい?」
「こちらにきた。通信を切らせてもらう」
「え、ちょっ――」
かわり遠隔共有術式を作動させる。これは倉庫内に張りめぐらされた魔術センサーをハッキングして私の感覚器官へと同調させたものだ。
カッカッカッ。ヒール音を優雅に響かせるのはクレア=ハードレッド。私の友であり、民間初の騎士学校首席であり、またの名を「知と血の暴力」と同期たちに言わしめた正真正銘のバケモノである。
だが、私の意に反し、クレアは生物兵器の群れなど目もくれず、庫内を悠然と徘徊しはじめた。
「ふうん、ずいぶん無駄のない結界だこと。なんか見覚えあるわーこれ、懐かしー」
辺りを見まわし、何かを探るように視線を隅々まで這わせるクレア。おもむろに上着を脱ぎ捨て、肩をまわしながら言った。
「ねーネトー? いるんでしょー、返事してよー?」
私は膝を抱え、じっと息を殺す。
大丈夫だ、認識阻害魔術は同期でも私の右にでるものはない。
見つかることはけっしてない。
しかし私の意思に反し、その手足はカタカタと震えた。
「ねー? 特別会計監査官だっけー? ずいぶんとあんた好みの役職できたわねー? 今なら譲ってあげるからー? 出てきなさいよー?」
駄目だ。何から何まで全部バレてる。
アレか、君は私を血祭りにあげたいのか。
袖をたくし上げたその腕は、その拳はなんだ。
葬儀の号泣もやはり演技だったのか。
そもそもその声が怖いから、出ていけないのだが。
――カッ。突如として足音が止まった。
「みぃーつけた。今、倉庫内の魔術セキリュティハッキングしてるでしょ? ってことはどこからかずっと遠隔操作しなくちゃならない。ピアノ線並みに細くして誤魔化してはいても認識阻害は魔糸まで及ばないものねー。あとはこの糸を辿れば……」
ごくり息をのむ。万事休すか。
「へぇ、こんな木箱に隠れてずいぶんと落ちぶれたのね。さあ出てきなさい!」
だが、箱のなかは空だった。
それは万が一に仕掛けておいたダミー糸。
するとクレアは震えた声で言った。
「……なに、なんなのよもう、そんなにわたしのこと、嫌いなの、ねぇネト」
そのままピタと声がやんだ。背後では黒い化け物と別働班の凄絶な交戦音。出口では殺到して立ち往生する従業員たちの悲鳴やら怒号。そんな喧騒のなか、かすかにすすり泣く友人の声がした。
違う。そうじゃない。
クレアなら全部わかってくれるだろうと。
私は言い訳じみた思考をめぐらせた。諜報課は身内にすらその素性を明かさない。それがあるべき行動規範だ。しかしその結果がこれか。べつに私は自ら諜報課を望んだわけでもない。どのみちバレる。時間の問題だ。ならば自らのキャリアに汚点を残そうとも、この際潔くこちらから姿を現すのが筋ではないのか。そして友の拳を甘んじて受け入れるべきではないか。そう懊悩しているときだった。
「そこの紅髪! 何している! 床に落としたジャケットの胸紋章! 腐っても首席卒業者なんだろ! 結界でもなんでもいい! はやく手伝え!」
「……チッ」
私はたしかに聞いた。
忌々しそうに鳴らされた舌打ちを。
クレアが踵を返し、そのヒール音が遠のいていく。
間一髪、難を逃れた私は女の怖さというものをあらためて脳髄に深く刻みこんだ。コンテナから脱出し、物陰からクレアのすっと伸びた背を見つめる。彼女はなんら臆することなく歩を進め、大量に蠢く黒い化け物たちと向きあった。そしてひと息に叫んだ。
「わたしの邪魔をするな蛆虫どもがッ!」
クレアは怒りにまかせダンと足を踏み鳴らした。足もと魔方円陣が煌々と浮かび、またたく間にそれが床一面へと拡張し、黒い化け物のみならず、別働班もろとも射程におさめたのだが、おいまて、蛆虫の対象に私の同僚も含まれてやしないかそれ。
「やばい逃げろっ! 巻きこまれるぞっ!」
誰かがそう叫び、別働班七人全員が飛び退いた刹那。地面より無数の刺礫が隆起し、化け物、貨物、荷台、棚と範囲内にある、ありとあらゆるすべてを無差別に串刺した。
肢体を貫かれ、臓腑から大量の黒血をこぼした化け物は、悍ましい声をあげながら、そこから逃れようと必死にもがくもクレアはまるで意に介さない。
「は? 逃がすわけないでしょうが」
クレアは流れるように印を結び、石床材から生み出した刺礫にさらなる再構築をほどこし無数の枝を生やした。細かい刺はかえしとなり、完全に囚われた化け物たちはその四肢の端をわしゃわしゃと蠢かすばかりで、クレアはそれを不快そうに視蔑する。
「まったくどうしてくれようかしら。潰されたい? 刻まれたい? それともすり潰されたい?」
が、その時。
黒く醜い化け物が一斉に動きを止めた。
場が一転して嘘のようにしんと静まりかえる。
それはあまりにも不気味な空白の数秒であり、危険を報せるに充分な時間であった。推定百体にもおよぶ化け物の腹がぶくぶくと膨れあがるさまを最後まで見届けることなく、クレアは、別働班たちは、めいめいに踵を返し、全力で駆け、出口をめざした。
アレに呑まれたらまずい、そう直感していた。
私も同じく直感した。しかしその行動は真逆であった。無意識に化け物に向かって駆けだしていた。クレアとすれ違う。彼女は驚きとともにこちらに振り返った気がしたが、そんなこと気にする余裕もなかった。印を結び、庫内に張られた結界を一点に集約させる。
あの化け物どもに自爆されては倉庫内の穀物、商品、魔核すべてが汚染され、その被害は甚大となろう。国力の一時的低下は避けられない。もしかしたらテロリストの標的は始めからここだったのかもしれない。下手すれば戦争へ発展することすらあり得る。さまざまなシナリオが脳内で飛び交い鮮明に浮かんでは消えた。そのシナリオいずれもが、私が天下って悠々と暮らす将来が潰える未来であった。なにより友の笑顔がちらついた。
ふざけるな。私の今までの努力が無に帰す気か。冗談じゃない。そんなこと断じて許すか。そっちがその気ならば、こっちもなり振り構わず対処させてもらう。
私は倉庫に張りめぐらせてあった魔糸でもって管理室の魔術セキュリティの最深部にアクセスする。倉庫の結界、冷却、空調、光源、貨物運搬とあらゆるエネルギー源となる魔核。それを制御する結晶石に魔力負荷をかけて破壊すると、まもなく魔核が暴走を始めた。
魔核より膨大な魔力の奔流が魔糸をつたい私へと流れ、溢れてくる。
ああ、このなんでも為し得そうに思えてくる全能感。一歩でも間違ったらすべて灰燼と帰する焦燥感。私の求める悠々自適とはまったく真逆の高揚感。
その感覚、どれもがじつに不快だ。
たから私は魔核の意志にのまれることなく、冷徹をもって何度も印を結び、化け物どもの周囲に球状結界を重ねに重ねる。その数、十層。ヒト種の掛けうる最大限の結界層。まもなく乗数的に膨れあがった化け物の臓腑が球体内を暗黒色に埋めつくして私の鼻先にまで達し、はち切れんばかりに行き場をなくす。
かたや魔核のエネルギー暴走も止まらない。あり余ったこの膨大な魔力をどうしてくれよう。否、行き先ならすでに決まっている。結界内に放り込めばいい。魔核のその暴走したエネルギーが尽きるまで私は結界内にひたすら魔力を注いだ。球体内が禍禍しいマーブル状の混沌と化し、ついには魔核のエネルギーが枯渇したタイミング。
私は合図を送る。
ヒュオ、風切り音が私のこめかみを掠め、球体の中心をみごと射ぬく。
球体内がまたたくまに発光し、溶鉱炉のごとき光熱が私の目を焼くかのごとく襲いかかり、それでも私は十層結界を維持しつづけるため、一層、二層と結界が砕けるなか、その場で印を結び補強しつづけた。
いつしか私は完全に白光にのみこまれた。果たして死んでしまったのではと錯覚するほどに前後左右なく平衡感覚を失った白の世界をさ迷っていたところ、「ネトッ!」と友の必死な声が私の意識を現実世界へと引き戻す。
やがて発光がおさまり、私の魔力が尽きて結界が解かれると、黒い化け物は跡形もなく消えうせ、塵ひとつ残らなかった。目をやられた私はわずかに残した魔力でもってうっすらと彼女の無事を確認した。クレアは床を這って私を探したが、その手が私へと届くことはなかった。
目もみえず魔力を枯らし歩くこともままならない私はすぐさま別働班に回収され、倉庫を出た。私を軽々と担ぎ運ぶ男が、なにやら堪え笑いをしている。
「くく、くくくっ。どいつもこいつもぶっ飛んでやがる。気に入った。ちょい待ってろ、今、目治してやるから」
言葉どおりすぐに目が開いた。視界に入ったのは茶髪のサイドを刈り上げた利発そうな男の広い背中。
「諜報課のヒースだ。よろしくな」
「同じくグレイ、こちらこそ――ん、ちょっとまってくれないか」
ふと目に入ったのは地面で丸まり身体を震わす一匹の仔猫。衰弱しきった灰毛の幼躯は人間にくらべはるか毒がまわりやすい。その子を拾いあげるもヒースは首を横に振った。
「倉庫を根城にしてたんだろうな。悪いがそいつは助けてやれない。死にかけちまってる。人だろうがネコだろが命は等しく命だ。こうなったら代償がいる。膨大な自然魔力がないと救えないんだ、もう諦めろ」
「……そうか」
そこにクロノが一目散にやってきて私の右頬をパン! と思いきり張った。
「阿呆だとは思っていましたがここまでとは、まったくまったく……」
相変わらずの無表情なわりに、ふるえた声と潤んだ瞳が、たしかに私をバディと認めてくれたのだと実感するとともに、ふと思い立った。
「なあクロノ、胸にさげてるペンダント石。本物のサファイアか」
「え、ええまあ。そうですが……」
「なあヒース。これでいけるか」
「いや、いけるかいけないかでいえば多分いけるんだが、しかしそれ、お前のじゃないだろ。ものすげえ高えって。野良ネコ救うために使うやつなんて聞いたことも」
「だそうだクロノ、この子の命は君にかかってる」
「……」
「だそうだクロノ、この子の命は君にかかってる」
「……」
クロノが地面に打ちひしがれるなかヒースは奇跡を起こした。それは文字通りの魔法であり、小手先の魔術ではなく純然たる神の奇蹟だった。
仔猫が私の腕のなかでそっと目を開ける。
サファイア石の魔力を授かったその瞳は、碧くつぶらに輝いていた。
「その碧い目、私とお揃いだな」そう声をかけたら「にゃー」と元気よく鳴いた。
ふっ、じつに愛らしい。
私はしみじみ感じ入った。
それだけで今日のことすべて報われた気がした。
◇
「夜分の呼びだし、いかがなされましたか閣下」
椅子に背をあずけ、黒塗りの杖に手をおいた老齢の男は、その歳に合わぬ鬼神のごとき目でこちらを睨みあげ言った。
「これを見よリリシア、第二倉庫の魔核反応が消失した。なにがどうなってる」
「作戦中の偶発事故により対象物を回収不能に。また倉庫内で覚醒、魔核汚染のリスクが看過できる水準を超えましたため、破壊するよう指示し、実行しました」
「……倉庫は、それで倉庫はどうなった」
「損傷率三パーセント未満。新たな魔核と結晶石を装填次第、復旧可能です」
「三パーセント未満? 馬鹿いえ。あれだけのエネルギー凝集体をどうしたという」
「結界で閉じこめたのち、対象物のエネルギーと相殺したとのことです」
「ほう、たしかに理論上は可能だが、しかし結界の耐久性に難があるな」
「それはそうと軍開発部門より新たな魔核の提供を願います」
「簡単に言うな。アレがなんだと思ってる。なんのための汚物回収だと思ってる。ともあれ倉庫が無事であったことがせめてもの救いか」
「であれば本件における処分対象者はなしでよろしいですね」
「なあリリシアよ、貴様が指揮したのなら、その責任ぐらい取ったらどうだね」
「でしたら閣下が潔く引退してくださればと」
「フン、まともな後継者が育ってればとっくにこんな椅子くれてやる。して、あっちの方はどうなっておる」
「はい、日を追うごとに情報の確度が増しております」
「そうか。市議会選も近い。けっして遅れをとるな」
「重々承知しております。それでは私はこれにて――」
「まて、ところで魔核を消失させた者はどこの誰だ」
「お答え致しかねるとともに、その者には手をだされぬよう願います」
「……ほう、ずいぶんな入れ込みようだなリリシア」
「閣下もいずれわかります。その時は背を刺されぬようをお気をつけください」
「なんだ、刺されたことのあるような口ぶりだな」
「ええ、つい今し方、刺されたばかりでして」
老齢白髪の男は白濁した目をかっと見開き、カカと笑った。
「なるほどそうか、ようやく腑に落ちたわ。なら好きにするといい。責任はとれよリリシア」
「むろん承知しております。では失礼いたします」
次話より「英雄の末裔」編
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