傑物の片鱗(前)
雑多な商店が軒をつらね、すえた匂いの立ちこめる商業4区6番街、その一角。年季の入った建物に諜報課の拠点はあった。ネズミがわがもの顔で行き交う応接室で、ネトからグレイに名を転じた私は同寮の紹介を受ける。
「あらためまして、あなたの指導役兼バディを仰せつかったクロノ=リンネです。以後クロノとお呼びください」
黒のうしろ髪を束ね流した中背痩躯の女が無表情に言った。東部出身の面立ちをしているが、その肌は透けるように白かった。
「グレイ=リースイシュです。よろしくお願いします」
「ああ、敬語は必要ありません。わたしが求めるのは任務の完遂のみですから」
「そうかわかった、ではよろしくクロノ」
「……」
こいつマジか、みたいな昏い目でクロノは私を見た。同席していたマロンちゃんがあわてて間に入り、私を説いた。
「ああもう、だめだよグレイくん。クロノちゃんはね、初めての指導役で先輩づらしたくてウズウズしてたのにそんな態度じゃ嫌われち――うぐゅ!?」
クロノがマロンちゃんの細い首をまよいなくギュッと締め上げる。この親しい間柄、ふたりは同期か少なくとも旧知の仲にあるようだ。
諜報課は同僚であろうと互いに最低限の身分しか明かさない。直属の上司はみなリリシア課長であり、ほかは基本的に横の繋がりで流動的な組織体系をとっている。
にしてもクロノというこの女、かなり若いな。二十そこらで私とほぼ変わらない歳にみえる。騎士学校の入学は十七から二十までの年齢制限があるから、三十ちかくのマロンちゃんと同期であるのはどうしたって計算があわない。
疑問に頭をもたげているとマロンちゃんより助け船がでた。
「あ、クロノちゃんは外部採用だよ。諜報課は外局だから協力者ふくめ民間人の方が多いかな」
「そうでしたか、いつも的確なご指摘ありがとう御座います。ただカステイラ係長、人の心を勝手に読むことはやめていただきたい」
するとマロンちゃんは天使の笑顔で言った。
「読んでないし読めないよーもー。なんかそんな顔してるなって思っただけ」
それが一番恐ろしいことをこの御仁はあまり理解されていないようだ。魔術や呪術のたぐいなら幾らでも防ぎようがあるが、直感なら対処のしようもないのだから。
「あ、あのー、お取りこみ中のところすみません。少しよろしいですか」
丸眼鏡をつけた猫背ぎみの、印象に乏しい小柄な若い男が部屋に入ってきた。
「あれま、どしたのー、目にクマなんかしてラスクくん」
「いやいや、毎年この時期はいつものことですって。しかし今年は本当に良かった。まさか卒業したての新人がくるなんて僥倖にほかなりません。君がグレイくんだね」
「はい、何かご用でしょうか」
「じゃこっちこっち。ちょっとこっち来て。すぐ終わるから」
ラスク氏は私の腕を強引にひき、マロンちゃんも「行ってよし!」と宣言すると、クロノは信じられないとばかりこちらを睨んだ。ラスク氏は急を要しているのか構わず自分のデスクへと私を連れていく。
うず高く積まれた書類から数枚ぬきとるとラスク氏は言った。
「僕は防報担当、具体的には内部監査班の主任だね。あ、別に隠す必要もないし課のみんなも知ってる。それよりも君の同期46人の素行調査の件なんだけど」
ああそういうことか。新人職員はなにかとつけ込まれやすく環境の変化もあって問題行動を起こしやすい。彼らのことをよく知る私に聞けば、わざわざ素性を隠して調べる手間も省けるといわけか。たしかに僥倖だろう。
「数人、気にかかる子がいるんだよねぇ。とくに魔法省錬金部のココ=キャロットって子。学生時代はいたって真面目な生徒らしかったんだけど最近、高価な船来品をいくつも買い漁ってる。税関から取り寄せたリストによれば効果の疑わしい西方媚薬やら東方軟膏に至るまで総数なんと百品目以上。ハメを外す新人は毎年一定数いるのだけれど、さすがにこれは常軌を逸する。経験上、僕の見立てでは何かのカモフラージュであり、裏でなんらかの魔術兵器を――」
私は心からの謝意をラスク氏へ示すことにした。
「同期が大変なお手数をおかけし申し訳ありません」
「ええ!? なんで君が謝るのっ!?」
かくかくしかじか、彼女については私のせいでもあると説明をつくし、もう問題ないと告げるとラスク氏は腹をかかえて笑った。私はあらためて言う。
「ですが、リストにある上級士官クロック=リーズリー、それから総務課アルエ=ヒルスラには今後注意する必要があるかもしれません」
職業柄かラスクはふっと笑顔を消し、ふんふん頷いた。
「ありがとう。無駄骨にならなそうで助かった。また何かあったらよろしく」
解放された私はすぐに応接室を急いだ。
案の定、機嫌を損ねたクロノが足を組んで憤然たる態度でこちらを見ている。
しかしその表情筋はまったく機能しておらず無表情のままであった。
「あれ? ほんとすぐ終わったねー。なになにどんな話なの?」
「その質問は諜報課においてタブーなのでないのですか」
「そうその通り! よくひっかけに騙されなかったねー。じゃあ話を戻そう」
けろりとした顔のマロンちゃんは書類を卓に並べていく。
「これがグレイくんの初任務になります。見てのとおり第二魔術倉庫の簡易図面です。グレイくんは顔を変えられる高度な光学魔術をもってるから、そこに潜入して――」
「……」
「ん? どしたのグレイくん。強張った顔して」
「……あの、私はその能力について係長に明かしてないはずなのですが」
「おっといけないいけない。仕切り直しね。ともかく《《変装》》して潜入工作の任務をお願いします。詳しくは書類に目を通すように。何か質問は?」
「とくにありません」
「うん、いい返事、そんじゃかんばってね、グレイくん!」
◇
川沿いの船着場すぐ近く。荷揚げされた木製コンテナが大量に搬入される大型倉庫にて。流通関連の商会に雇われた私は作業に追われていた。
仕入れた品々の品目、個数、金額を記入し、帳簿の元となる伝票をつくっていく。表向きの仕事は在庫管理と帳簿作成にあったが、そのじつは潜入工作である。
私は商家の生まれであるからこの手の作業はお手のもので、水を得た魚のように作業を進めていると上司から声がかかった。
「おい、それ貸してみろ」
倉庫責任者の幹部社員サイモンは束ねてある紙から数枚ひきちぎってそれを無造作に懐にしまった。それが何を意味するからといえば売上のチョロまかしだ。いくつかの取引を帳簿にのせず利益を過小計上することで支払う税を少なくする、いわゆる脱税である。
「ふん、さっさと作業にもどれ」
バレれば追徴課税、懲役刑もありうる重罪なのだが、実際に検挙された例はすくない。それは役所が黙認し、個人的な見返りをうけているからに他ならなかった。
昼休憩に入り、倉庫で働く者たちが一同にごった返す食堂のなか、私は黙々と硬い黒パンをかじった。隣にいた茶髪のサイドを刈り上げた利発そうな男が大飯を喰らいながら話しかけてくる。
「よう、その恰好もしかして地方もんか」
「ええ、騎士学校を受験したくてお金を貯めようと」
「だろうと思った。仕事ぶりをのぞき見させて貰ったが、ここに置いておくようなタマじゃないって一目見てわかったさ。いつだって正直もんがバカをみる。だろ?」
「かもしれません。それでは」
この男、私の工作活動の一端に気づいている。あまり関わらない方がいい。席を立ち倉庫作業へもどって男と距離をおく。諜報課よりもたらされた情報によればそろそろか。
「行政省財務部です! 皆さんその場をけっして動かないように!」
魔術で拡張された声が庫内の隅々にまで行き渡り、みな一様に固まった。まさしく監査課の抜き打ち検査であった。さっそうと革底をならす職員たちのうしろ、青ざめた商会長と幹部社員たちがつづく。彼らは伏し目がちに私を指さした。
女性監査官はわたしに向きあい言った。
「特別会計監査官クレア=ハートレッドです。すみやかに入出庫リストをお渡しください。拒否および証拠隠滅は逮捕拘束の対象となることをご承知おきください」
……なぜ財務課のクレアがここにいる。
私は茫然と佇み、彼女に書類を手渡す。
落ちつけ、大丈夫だ。
クレアの能力じゃ私の正体はけっして見破れない。
「ん、どうかしましたか。ああどうぞご安心を。とかげの尻尾きりとならぬよう調査いたしますので」
よしバレてはない。いやそうじゃない。クレアが監査課にいるなんて私は聞いていないしそもそもだ。特別会計監査官というポストは混乱のさなかにある監査課に私が諜報員として潜り込めるよう課長に進言したものだった。もしや売ったのか。私が三日がかりで考え、芸術の域まで達していた天下りスキームを財務課の連中に売ったのか。くそ許すまじ課長。
クレアはぱらぱらと伝票をめくって部下に指示をだし在庫確認をとるも、ほどなく一カ所に集まってざわざわし始めた。
「監査官、在庫との不一致がたしかめられません」
「監査官、伝票の連番に抜けはなく魔術印もしっかりあるのですが……」
「監査官、証憑と照らしてみましたがどれも齟齬がありません」
「そう、参ったわね」
まあ、それはそうだろうな。不正の痕跡などどこにもないのだから。
さてどうでる。ここまで大々的な行動を起こすということは監査課の名誉挽回のプロモーションとみていい。他の商会ふくめ一斉検挙を狙ってのこと。このまま手をこまねいていては出世に傷がつくばかり。なんら得にはならない。
同期首席たるクレアはすぐに決断を下した。
「適切に処理が行われているようですね。たいへんなお手数をお掛けしました。それでは失礼致します」
事務所ふくめ徹底的に調べあげればいくらでも証拠はあがるだろうが、この奇策は時間との戦いだ。次に行ってサクッと成果をあげたほうが得策だと判断したのだろう。私でも同様にしていたところ。とういかすべて私の発案なんだが。
一瞬チラとこちらを見たクレアと目が合うも、そのまま彼らは去っていった。
白髪混じりの商会長が安堵し、幹部の肩をたたきねぎらう。
「サイモンよくやった。しかし一体なにがどうなった」
「いえ、その正直申し上げて……おい! ガレットこっち来い!」
ガレットとはここでの私の偽名である。すぐに駆けよると血色を取り戻したサイモンが唾をとばし言った。
「これはお前がやったのか!」
「はい、そうです」
「どうなっている! これを見ろ。なぜ午前中に抜き取ったものと同じものがここにある。どういうことだっ!」
「まったく同じ伝票をふたつ作っておきましたので」
「……なん、だと?」
「場長が抜き取った伝票の束はそこの木箱の隙間に隠してあります。地元では抜き打ち検査がよくありまして、その経験を生かしてみました。手間は倍かかりますが、これで万が一に備えられるかと思いまして」
商会長、幹部社員たちがみな目を丸くするなか、サイモンは血を上らせて叫んだ。
「勝手なことをするな! 責任者はこの私なんだぞ!」
「申しわけありません。自分の身は自分で守らなければと。それが会社の利益にもなるなら問題はないかと勝手に判断してしまいまして……」
けっして反抗的な態度はとらない。相手を貶めてもいけない。ただ素直に自分の過ちを認め、しかしその有用さも同時にさりげなくアピールする。それだけでいい。
「ふざけるな! なぜ言われたとおりできない!」
理不尽な目に合おうと腹を立てる必要はない。なぜなら私が何を言わずともサイモンはすでに自滅したのだから。幹部社員たちが一斉に口を開いた。
「みっともないなサイモン。聞けば、おまえが指示してこの危機を回避したわけじゃないらしい」
「だな。しかも彼は自分の身を守るためと言った。実に誠実で合理的じゃないか」
「なにより結果として会社を守ったんだもの。まったく素晴らしいことじゃない」
「商会長、この件いかがいたしましょう」
彼らは全員、血のつながった兄妹であり跡目争いをしていた。そこに顕在化された二男サイモンの無能ぶりと失態。ここぞとばかり責めたて商会長の父に意見を求める。
「ふむそうだな。サイモンよ。後で話があるから会長室にこい」
翌日からサイモンは姿を見せなくなった。かわって三男ミギが倉庫責任者についた。私は倉庫責任者代行という役職となかなかの報奨金をあたえられた。
◇
緊急連絡をのぞき非番となった今日、わたしはストレス解消のため買い物へと出かけます。どうしたって一番のストレス原因は新人バディ、グレイについて。
実地試験と研修の結果、彼は状況把握、思考判断、危機察知能力、いずれも諜報員の平均を大きく上回っていました。内包魔力量は平均以下でしたが、魔術構築、出力操舵、制御維持のいずれにも長けており、欠点を補ってあまりある人材とのこと。それはひとえに彼の類いまれな脳内演算による賜物であり、その点についてはなんら不満はなく、リリシアが執心するのも頷ける素質といえましょう。
しかしながらです。天下りたいだけで中央省庁入りするってなんですか。隙あらば監査課に行こうと企むあの熱意はなんなんですか。ほんと呆れて物も言えません。こんな後輩を望んだ覚えはないのです。それにクロノ先輩とぐらい呼んだらどうなんですか。まったく可愛げがない。これは致命的です。
ですから、こんな日は買い物をするに限ります。
諜報課は時間外手当と危険手当の両方をいただけるので給料だけは申し分ありません。省庁平均の三倍はもらえますので、貴重な休日にぱーっと使うに限ります。
高級宝飾店の建ち並ぶ軒下通りでジュエリーを物色していたときでした。
……なんでしょうか。
さきほどから妙に視線を感じます。
あきらかに素人の挙動で警戒する必要はなさそうですが。
ああもうせっかくの休みなのに。気が散ります。
これ以上プライベートを詮索されたくもありませんので、パパっと撒いてその辺の喫茶店でコーヒーフロートでもいただきましょうか。
「わたしココ=キャロットて言います」
「……はぁ」
なんなんでしょう。完全に撒いたはずなのに。あと勝手に向かいの席に座って話しかけてくるとかすごく図々しいです。とりあえず偽名で応じますか。わたしは甘く煮つめたサクランボを頬ばりながら答えます。
「レイナです。どこかでお会いしましたでしょうか」
「ううん初めて。そのレイナって名前、東方出身よね」
どうやらわたしではなく東方諸国について興味があるようでした。であればレイナと名乗ったのは失敗。ほろ苦いコーヒーゼリーを食しながらわたしは答えます。
「育ちはずっとこちらでして」
「なんだそっか残念。東方医学に関する質問したかったんだけどなあ」
おや。わたしは彼女にすこし興味をもちました。東方出身でカンテラにいるのは大半が東方魔術の専門家。生薬といった東方医学はここでは見向きもされてません。
「もしかして生薬でも専攻される学生さんですか」
「あ、ううん違うの。ちょっと草薬に熱中してた時期に配合について閃きがあって」
「配合ですか。残念ながら錬金は専門ではなく」
「そう、ざんねん」
彼女はティーカップ片手に遠い目をし、もの憂げに窓外を眺めていました。
話が途切れたので席を立ってもよかったのですが、寂しげな横顔が気にかかって、わたしはつい訊いてしまいました。
「なにか悩みごとですか」
「……ううん、たんなる失恋。あの時はフロレンスに振り向いてもらいたい一心でね、恋は盲目っていうでしょ。あ、フロレンスって学生時代の同期なんだけど。どうしてだろ……なんだか最近急に冷めちゃって」
フロレンス。聞き覚えがありました。グレイの同期でライグニッツ伯爵家の嫡男。グレイが彼をかばったことで色々ややこしくなったとマロンが頭を抱えていました。詳しい話は知りませんが、となると彼女もグレイの同期ということになります。
なるほどこれは。世のなか狭いものですね。でしたらこの際、さりげなく彼女を誘導してグレイの弱みでも握るとしましょう。
「どうしてそのような経緯に?」
「そうね。彼ってすごくイケメンなんだけど、幼なじみでもあって。昔から誰にでも優しい王子様だった。もちろんわたしも普通に好きだった。あの時までは」
「あの時まで?」
「うん、学生時代に二つの派閥があってね、その間には越えられない壁があったの。けどそれを馬鹿みたいな理由でぶっ壊した阿呆がいた。結果どうなったと思う?」
「さあ」
「フロレンスが他の派閥の女の子と付き合っちゃったのね。ほんと常識的に考えて絶対あり得ないことで、わたしは愕然とした」
「それは彼をとられたからですか?」
「あ、ううん違うの。立場をかなぐり捨てでも、ひとりの女性を愛そうというフロレンスの一途さに一層惹かれたのね。自分を押し殺してきたわたしとは全然違った。輝いて見えた。だからあの頃のわたしは悶々とした。ふたりの邪魔する勇気なんてなかったから。そんなとき、あの阿呆が現れてわたしに言ったの。このままじゃ彼が不幸になる。君はそれでいいのかって。言われピンときた。詳しくは話せないんだけど、彼を助けなきゃって思った。もちろん好きでもあった。両方あったんだと思う。それで長年燻ってた想いが一気に燃えあがったの。何かが開いたの。ようやく殻を破ることができた。だからわたしはなり振り構わず彼を助けようとがんばった」
熱の入った言葉に、わたしはすっかり聞き入りました。
しかし、彼女はここで言葉を詰まらせます。
堪らず訊きました。
「それで彼を助けられましたか」
「そうね、彼は助かった。でも助けたのはわたしじゃない。結局あの阿呆。誰もなにも言わないけれど親しい同期はみんな分かってる。だってその阿呆はもういないから。死んじゃったから。だからあの日以降、わたしはクレアにあわせる顔がないの」
彼女の頬に一筋の涙が伝いました。しかしすぐに「辛気くさい話してごめんなさい。そんなわけで彼が助かったから、わたしの恋も燃え尽きちゃったみたい」とおどけて見せます。なんと返していいか分かりませんでした。
わたしはその阿呆を知っていました。
彼は今も生きていて、相変わらず天下りたいだけの阿呆ですよと伝えたかった。
しかし、それはけっして許されないことでした。
わたしはなに食わぬ顔をし、いえ、そもそも無表情ではありましたが、「また素敵な人が見つかるといいですね」と心にもないことを言って別れました。
まったく同僚の過去なんて探るもんじゃありません。
どうしたって諜報員ですから、感情移入は任務の妨げでしかないのです。
ですがなんでしょう。
不思議と先ほどまで抱いていた苛立ちはもうありませんでした。
こういうときこそ買い物するに限ります。なにかいい出逢いの予感。ふと目にとまったのはガラス戸ごしに碧く輝くペンダント石、大粒のサファイアでした。宝石に自然魔力が混じるのはよくあることで、ふと思い立ってためしに魔術透視で確認してみます。第三階梯まではなんら変化がありませんでしたが、第四階梯にひきあげた時でした。
それは息を呑むほどに美しく輝き、すっかり一目惚れしてしまったのです。
こんな代物、滅多にお目にかかれません。目も眩むような価格でしたが、これは観賞用としての値段。魔導具として考えてればざっと5倍ほどに跳ね上がるでしょう。なんという掘り出し物。ぜったい買って損はありません。なんとか貯金すべて崩せば買える額……。
悩みに悩み抜いたすえ、わたしの胸元に碧い輝きが灯りました。
姿見の前で悦に入るわたしに、イヤリングから魔術伝言が入ります。
「こちらグレイ、例のものが手に入った」
まったく仕事の早いバディですね。
であればわたしの休暇もこれまで。
さっそく仕事にとりかかりましょう。
いそぎ着替え、第二魔術倉庫を見下ろせる高層建築物へと向かいます。