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プロローグ:知っていたから
平和な世界だった。
戦は遠く、飢えもなく、魔法は火を灯し、風を運び、祝福を飾る。
王は慈悲深く、民は素朴で、制度は緩やかに人々を包んでいた。
だが私は、その平和の奥にあるものを知っていた。
制度が進まないこと。
法が議論されないこと。
誰もが善政にすがることで、何も問わず、何も変えず、ただ時が、繰り返されていくこと。
私は知っていた。
歴史が一度だけ、血をもって制度を起こしたことを。
言葉が、理念が、そして人権という設計図が、かつて一国を焼き、やがて世界を変えたことを。
この世界に来て、私は選ばされた。
このまま、何も起こさず生きるか。
それとも、知っているがゆえに、引き金を引くか。
私はそれを選んだ。
人を幸福にするためではなかった。
未来を信じたからでもない。
私はただ、知っていた。
だから、やったのだ。