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花畑は家からそれほど離れていない所にある。いや、花畑に近い所に家を建てたと言った方が正しいんだっけ。
『街と花畑からちょうどいい感じの所を整地した』って母さん言ってたはず。
この花畑には『あの人』のお墓がある。かつて母さんと共に『救世の旅』をしたという『救世主』の墓。
救世主には名前がない。というよりもあまり名乗っていなかったらしく、今では母さんしか知らないとか。アタシにも教えてくれないからとりあえず『あの人』と呼称している。
花畑への目標にしている木を確認しつつ歩みを進める。
この辺はまだ辺境の森の浅い所だからいいけど、奥の方は危険だから行かないようにと子供の頃よく言われたっけ。まぁ、友達達とその約束を破ってしまい大怪我したから、身にしみて危険なのはわかっているつもりなんです。
え? ああ、本当に。もう十年も前の話だよ?
同い年の男の子と一つ上の女の子。アタシと男の子はでっかい傷跡だけ残ったんだけど、女の子は足を悪くしちゃってね。
『この足はワタシたちが犯したツミに対するバツだから、ワタシが自分でがんばらなきゃいけない』って、母さんの魔法なら治せるのにあえて断って今も頑張ってるんだよ。もう杖で長い時間歩けていて…………ん?
———なんで今このことを思い出したんだっけ?
そうこうして着いた、森の花畑にある『あの人』の墓標の前には、何か佇んでいた。
おそらく人だろう。けど街の人じゃない、知らない人。
———どうやってここに?
そう簡単に他人が来れるような場所ではないはず……
疑問と恐怖。
この場所は身内以外には近づけないように、魔術によって結界が張られているはず。そしてその結界が破壊されていないのはここに来る間に確認した。
内側に入った後に破壊されたわけでもなさそう。そこまで私は鈍感じゃない……はず。
とりあえず放っておくわけにはいかない。気持ち静かに歩を進める。下手に声を上げてその人に私の存在を伝えたとして、万が一逃げられでもしたら注意できないし。
仮にも私有地であるこの場所に許可なく入ってきたのはあっちだし、声を掛ける理由としては充分。
そう自分を正当化する。
近づくに連れてはっきりと相手を認識できた。
大きな三角帽に使い古されたような杖。マントで体は隠れているが、背丈と何となく感じる雰囲気的には女性だと思う。
そして何よりも、すごく怖く感じた。
何かわからない、関わってはいけない……得体の知れないモノと対峙しているかのような恐怖。
———でもなぜか母の匂いも感じた。
「誰……!」
高い女性の声が私に向けられた。
少し緊張しすぎていたかも……
「その角と尻尾は竜?……でも人でもある……まさか血を?」
この人から感じる怖さが増した。明らかな警戒と困惑をしているのが伝わってくる。
一目で私の角と尾が竜のモノだと気づくなんてめずらしい……この人本当に何者……?
「……誰という疑問は私のものでもあるのよ。ここは仮にも私有地だし、先に入ってきたのはそっちでしょ?」
警戒度を上げる。戦って勝てる相手じゃなさそう……
「あと、竜の血は飲んでないし。この角も尾も正真正銘、私の一部よ。怖いお姉さん」
『竜の血を飲むとその力を身に宿すことができる』昔から言われているらしい噂話がある。初対面の人には大抵疑問に思われるから
女性が少し動揺したかのように感じた。警戒はしたままだけど、敵意は薄まっている気がする。
「怖いお姉さんって……あと、言い訳になって嫌だけど、私の意思でここにいる訳じゃない! ってのは信じて欲しいかな」
自分の意思じゃない……?
わけがわからないと感じつつも、嘘を言っているとは思えなかった。
「とりあえず自己紹介しましょう。お互いずっと睨めっこしててもしょうがないでしょ?」
続けて女性はそう言った。
この状況の主導権は取られてしまった。ただ、アタシとしてもこのあまり良くない空気は変えたかったし、この場所で争うことにならないならそれに越した事は―――
「まずは私から。セビア=メライアス、旅の魔法使いよ。半竜のお嬢さん、あなたのお名前は?」
———耳を疑った。
「…………冗談なら笑えないです」
かつて救世主と共に『救世の旅』をした仲間の一人。
かつて見た魔女セビアの姿絵よりも明らかに若いし、何より面白くはなきと思った。
「『魔女セビア』の名を騙るなんて……一部の過激な人達から刺されても知らないですよ。少なくとも、それほどまでに尊敬されていますから」
人々から敬われている分、変に気が入っている人が一定数いる。狂信者とでも言えばいいのか、思い焦がれるがあまり自分の願望をなすりつけてくるタイプの人が一定数いる。それが英雄様ともなれば厄介極まるのを知ってる。それで昔危うかった事あるし。
「———そう……忠告ありがと。気を付けるわ」
セビアと名乗った女性は少し俯くように顔を逸らした。
「……でもそうなると私に名乗れる名前がないから……適当に『かわいい魔法使い』でも『かわいい旅人さん』でいいわ」
ひとまずね。と、そう付け加えて女性はこちらを見据えた。
早とちりがすぎたかもしれない。
「……ちょっと神経質になりすぎていました……ごめんなさい、『かわいいお姉さん』。同名の人がいたって決して不思議ではないものね……」
『世の中には同じ顔の人が~』なんて言うし……名前で動揺しすぎた。
一先ずはこの状況を整理するのが最優先かも。
改めて、仮にもこの場所には結界が張ってあって、偶然で入れるほどお粗末な術式は組まれていないはず。無理に壊そうとすれば分かるって聞いているし。
『気がついたらここにいた』とも言っていたから……もしかして転移系の術で飛ばされた? でも、だとしても何でこんなところに?
転移系の魔術は距離によってそれなりに多くの魔力を消費するはず。お姉さんの様子的にお姉さん自身が術を使ったわけではないのか、それとも元々の魔力保有量が多いのか……後者な気がする。少なくとも、それほどの実力者ではあると感じれる。
———もしかして『本物』? 過去の英雄その人?
……だとしたらまさか『過去』から?
今起こっている『古代種事件の人間版』ってこと? 可能性はあると思える。
……あれっ? この人が本物の『魔女』なのだとしたら………え、まって、えーーと……?
頭の中が一致した。
———これって相当やっばいのでは???
…………落ち着け落ち着け!
決めつけるのはまだ早いと思うぞアタシ!
でも母さんと似たような気配というか力の片鱗? を流石に気の所為で済ませられるとは思えないほど感じている訳で、———
「……ねぇ」
反射的に声のした方へ振り返った先には、困ったような、呆れたような、ただ確実にこちらを心配している声色と視線。あまりいい心配のされ方ではないのは確かかも。
お姉さんを放ったらかして考え込んでしまっていた。
「大丈夫?」
お姉さんの姿を視認して改めて確信ができた。
———あ、『本物』だわ。
もうそうとしか思えなかった。
「……ッ! ごめんなさいごめんなさい!一人で考え込んじゃって!うーんとえーと……と、とりあえず、家来ませんか!?さっきの詫びと言ったら変かもですけど、ゆっくりと話すならそっちの方がいいと思います!」
まさに挙動不審。でも妥協案? 変化を起こすことはできたはず! よくやった!
家ならゆっくり話せる。それは本当。魔物が寄らないように、しっかりした結界が張られているのだから。そもそも寄り付かないけども。
そうだ、落ち着け落ち着け!よくやったぞイオン!
「……そうね。お邪魔させてもらうわ。お互い情報が必要なのは変わらないでしょうし」
そう言ってお姉さんは右手を差し出してきた。
「よ、よろしくっ……!」
握手をしようと手を出した瞬間に勢いよく手を掴まれ、グイッと体を引かれバランスを崩してしまった。
特別力強いわけではないのに、何故か離せない。
「ところでレディ?———」
「———あなたの、おなまえは?」
冗談を抜きに本気で怒った時の母を思い出した。
間近まで寄っていた顔は微笑んで見えるが、纏った雰囲気は別物。
突然世界が変わった。そう例えるのが一番しっくり来ると思った。
「まだ、聞けてなかったから」
アタシ自身が怒りを向けられたわけではないのに、側にいるだけで感じられたあの時の感覚。直接向けられるとこう感じるんだろうなという確信がそこにはあった。
「イ、イオン=ベリーキャンド……です……」
意識せずに言葉が出ていた。
この一瞬を永遠と例えても多分過言ではないと思うんだ。
「……素敵な名前ね」
今の空気が嘘だったような素敵な笑顔。でもなんか目は笑ってな……気の所為だね!気の所為!
『かわいいお姉さん』というのもこの人の嘘……いや! 嘘ではなくて茶目っ気だったのかなぁハハハ……
「……ふふ」
アタシのあたふたした姿にお姉さんが嘲笑うかのように、わざとらしく微笑んだ。
「なかなかな演技だったでしょ?! 挨拶は大事ってね。言っとくけど、私の友達はもっと怖くできるわよ? 世界は広いよねまったく!」
嫌な世界すぎるんですけども……
「あぁ、ごめんね? びっくりしたよね? まぁさせようと思ってしたんだけどさ」
「……まんまと持っていかれました」
ハァ…………死を覚悟するのなんていつぶりだったろ。
「あはは……それじゃイオンちゃん、気を取り直して! エスコートよろしくね」
『怖いお姉さん』
まさしく、初めてで感じたアタシの直感は正しかったんだ。
「……こちらですわ、お姉様」
ほんと、アタシの勘はよく当たるんだ……
清純な心へ




