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額の痛みに打ちひしがれている私の耳に、乾いた木の枝が燃やされ弾ける音が聞こえてきた。傭兵のおじいちゃんがいつも作ってくれるスープの匂いも感じる。
えっと……そう……たしか野営をすることになって……自分の支度がすぐに終わって手持ち無沙汰になったから……少し休んでいたんだった。いつの間にかそのまま眠ってしまっていたみたいだ……。
優しく温かい赤が、暗くなり始めている空に私達が隠れないために周りを照らしてくれている。ちょっと寝過ぎたかな……よりにもよってあの日の事を夢に見るなんてよほど疲れているのかもしれない。
私……セビア=メライアスの横で、顎を抑え悶えている涙目の少女と目が合った。
「……酷くうなされていたようなので介抱しようと思ったのですが……すみません」
「いやいや……私の方こそごめんだよ。大丈夫?」
自分の顎が痛いだろうに先に私の事を心配してくれるとかホント天使……
ただこれが比喩でも何でもなく本物の天使だと言うのだから、初めて会った時は驚いたよなぁ……
頭の上に薄い青の光を発して浮く輪と、腰の後ろにあたりに一対の翼。小さい体からは予想ができないほどの強大な魔力と『神の力』を持った少女は、救世主と呼ばれている少年と共に『歪み』と呼称された現象を修正し、文字通り世界を救う為に旅をしている。
少年は……今ここにはいないみたいだし、周りを見回ってくれているのかな。
「何やってんだか……」
私達の様子を見ていた灰色の髪の青年が呆れたように、特に私のことを馬鹿にするような目を向けてそう呟いた。
「……この私達の痛みがアンタに移ってくれないかしら」
彼は本来、私が話をすることすら出来ないほど止ん事無い人なのだ。けれど本人が見繕う事を嫌い相手にも強制しない、むしろ逆に見繕うなと強制してくる為、気軽に接することができていた。
それにしても……こいつは私には当たりが強いの、本当にどうにかならないわけ?
「天使のなら百歩譲っても、だ。お前のは勘弁だな。しょうもないザマァみろバーカ。天使にもっとしっかり謝っとけバーカ」
「ホントうるさいわね! 喉潰れろバーカ!」
「潰れねーよバーカ」
……少なくとも軽口を言い合う程度にはお互い仲は悪くない。と思う。
「潰れろバーカ……まったく……うん? どうしたの天使ちゃん。味方についてくれるの? ザマァみろボンボン! こっちは二人だぞ!」
いつものようにくだらない小競り合いをしていたら、急に天使ちゃんが私の頭に手を置いてきた。まさかのっかてくるとは…珍しいこともあるなぁ……
「いえ、味方になる気はないのですが……」
あっ、違かった。少女(天使ちゃん)はゆっくりと優しく私の頭を撫でてくれる。
「ただ……こうするべきだと思ったんです」
顔の表情はほぼ無表情。けれど私にはなんとなくだけどわかった。
なんと表現すればいいのか……そう、見透かされている。これが今一番しっくりくる。
「…………ありがとう」
いつまでも味わっていたいが目の前の青年の目が優しくも小馬鹿にしているように感じてしまい、居心地が悪かった。何こいつまじで。
明らかな照れ隠しだとバレバレだろうけど関係ない。天使ちゃんの手をガサツにどけて背中から抱きつき、彼女の頭を勢いよく撫でた。多分、今の私顔真っ赤かも。
「わっ……」
彼女は突然のことに少し驚いた様子を見せたが抵抗もせずに受け入れてくれた。表情表現が乏しい少女だが、頭の上に浮く輪は思ったよりも素直な反応を見せてくれる。本人は気が付いていないみたいだけどね。今は右回転でちょっと早く、グラグラと揺れて回っていた。
「ほれ、出来たぞ」
私達を他所に、黙々とスープを作ってくれていたおじいちゃんが私たちに告げた。
「ありがと」
おじいちゃんは若い頃から人間・魔物問わずの戦場を傭兵として渡り歩き、それなりに名を上げていたらしい。
けれど、とある戦いで味方側だった傭兵達の裏切りにあって傷を負った。その時にたまたま出会った救世主達に助けられて以来、恩を返すため、あとなんか心配だからと旅についていくことにしたのだとか。
そしておじいちゃんのこのスープ! ……うん。おいしい! なんでも『長く作り続けてきた結果、これが一番体に良くて美味しいスープ』なんだとか。
「……スープだけは流石だな」
こうゆう時、素直に『美味しい』が言えない照れ屋さんなんだよなぁ……
「おう。ありがとうよ坊っちゃん」
「許してあげておじいちゃん。坊っちゃんは素直じゃないの」
「坊っちゃんやめろ」
そうこうしていたら、ふと近くから草木が揺れ擦れる音が聞こえた。皆がそちらに目を向けると、目深かにフードを被った少年がこちらに向かって歩いてきていた。
「いい匂いが遠くからでもしていたよ。俺の分残ってる?」
そう言った彼がこのグループの中心人物。天使ちゃんと旅を共にする救世主その人。
「おお、帰ったか。ほれ」
「ありがとう」
彼はおじいちゃんから器を受け取り腰を下ろした。
「どこ行ってたの?」
「いやいや、少し見回りをね? と言ってもこの辺は大丈夫だろうけど」
「ふーん、よし。褒めて遣わす」
「ありがたき幸せでございます」
「何様だよお前は……」
青年は無視した。
「まぁまぁ」と青年を諭す少年と、黙々とスープを楽しむ少女、それらの様子を楽しんでいるおじいちゃん。あとなんかグチグチ言ってる青年。
この旅に同行し始めてから数ヶ月。ほとんど変わらない、この何気ないこの夜の雰囲気も私は好きだ。
今日はもうきっと大丈夫。悲しい夢を見ないかもしれない。
自分の器に残ったスープを飲み干す。
うん、おいしい。




