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「そんな気はしてた!」
セビアはそう笑顔で言った。
「だって初めて会った時にあんな驚いてたんだもん。アナタは知っていたらあんな反応しないもんなぁ…………やっぱり天使ちゃんはヘデラさん? であって、私たちの知る天使ちゃんじゃないんだね」
「少し残念かも」だなんて言う彼女は笑顔だった。けれどすぐに表情を戻して言葉を続ける。
「この話は一旦終わり! 私とこいつが元いた時代に変える方法を考えたいんだけどいいですか?」
そう言ってセビアはずっと黙っていたマリウスへ話を振った。
「…………心当たりといえば、やはり今起きている古代種事件だろうか? ここ最近で絶滅したはずの魔物や生物が確認されるようになったんだが、絶滅していないがこの辺りでは出るはずがない生物も確認されている。未だ原因は不明だが……」
「それの人間版第一号が俺達って訳か? 最悪だぜ」
アルがそう吐き捨てセビアも同意する。マリウスが私の方を見たのでそれに答えた。
「私もそれ以外の心当たりはないですね。森の中にそれらしきものが出たことはまだ無いですけど、だからと言って来られても困りますが……」
実際、あの森に来られたら困るのだ。私の家や街に近い浅い所ならまだいいが、家よりも更に奥……未開拓領域になんて出られたら、保護するのにも手間がかかるだろうし、それ以前に見つけられるかもわからない。その程度には危険である。
「あ、ごめん。私森の中の花畑から来た」
「えっ」
思ってもいなかった場所を言われ、反射的に振り返ってしまった。あそこにはそれなりに強力な結界を施しており、私とイオン、他ごく少数の人しか入れないようになっている。それに破壊されれば私にもわかるはずなのだ。けれどそれは別にいい。いや良くはないが、それ以上に気掛かりなのは――――
「見ました?」
「え?」
セビアはそう声を出し、少し試行するような仕草をして表情に出した。それに私は確信する。
「そうですか」
「だめ…………だった?」
「いえ。ただ……アナタにとってはあまり気分がいいものではなかったでしょう?」
「うーん……いや? 絶対に帰るんだって覚悟ができた」
彼女の心からの言葉。不思議とそう確信できた。
「…………そうですか」
「うん! この世界は私達……いや、アナタ達が成し遂げた世界なのでしょう? なら私達はこの世界を確定させるために元いた場所に帰らなければならないでしょう?!」
セビアはそう言い切った。
「アナタはやはり素敵ですね」
「! ヘデラ……さん……うーん、さんはやっぱり違うかも。ヘデラちゃんはすごく表情が出るようになったのね。これはもうお姉さん風は吹けないね。残念」
「この世界では私の方がお姉さんで、お母さんでもありますから」
「あはは! そうだね!」
「そうだね! お姉さんだ! あはは!」なんてどこにハマったのか……この人時々笑いのツボがおかしい時があったけど、こうなると長いんだよなぁ……
「もういいか? コイツは今はほっといていい……いやだめだな。俺コイツより魔術のことわかんねぇからな。専門家がこの調子じゃ続きが話せねぇや」
アルはセビアを呆れたように見ていた。彼も彼女がこうなると長いのを知っている。
「なんかすみません」
「謝んな。コイツが悪い」
アルはセビアに対してとことん辛辣だった。
「てかあれだな。お前グレイには言葉を砕くのに、俺たちには敬語なんだな」
「そう言えばそうですね。嫌でしたか?」
「構わねぇけどよ? ただ気になっただけだ」
いくらかセビアが落ち着いたのを見計らって、アルは話を再開した。
「改めて、俺たちがこの世界と言うか時代に来たのは、さっきマリウス殿が言った古代種事件の人間版かもしれないって話だが、なんか心当たりとかねぇのか?」
多少落ち着きを取り戻したセビアに視線を向けるが、彼女は難しい顔をしている。
「うーん…………まず、自然災害であんな高度な魔法が発動するとは思えないんだよね。そうなると人為的に発動した魔術なんだろうけど……少なくとも二桁ぐらい人がいないとあんな無作為な転移系……それも、時空転移の魔術は使えないと思う。少し離れた、それこそこの街と王都を行き来するのにも国の上級魔術師が二、三人分以上の魔力は必要だし。あっ、でもあくまでも王都とフォクスリーの位置関係が私たちの時代と同じ且つ術式が全く変わってなければの話だからね!」
「位置関係は変わってなどいないが、転移術式は十年ぐらい前に改良がされて……それでも二人で充分になった程度のはずだ。何より、それほどの規模の集団なら噂ぐらいは聞くと思うが……」
そう言ってグレイがマリウスに視線を向ければ、首を横に振り口を開いた。
「そんな規模の魔術師の集団は国が抱えているレベルになるだろう。国が時空転移の魔術を研究しているとは少なくとも私は聞いていない。そもそも、時を操るような魔術の研究と実行は国が禁止している」
「ってなると個人の魔術師を探すってことになるから…………この街に魔術師の人殺しはいる?」
「何だと?」
マリウスの語気が強くなった。
「人を殺して魔力を奪う。そうして力を蓄えようとした奴らそれなりに知ってるし、もしかしたらと思って」
「あぁ、いたな。ああゆうのに限って自己中心的な不幸自慢を得意げにしてくるんだよな……」
アルが遠い目をしてそう言葉にした。せビアもおそらく同じ対象を思い浮かべているのだろう。暗い顔を覗かせた。
「ヘデラさんはわかりますか……?」
グレイが小声で尋ねてきた。
「多分アレかな。好きな子に振り向いてもらおうとして村一つ滅ぼしかけた…………あの時は未遂で済んだけど、数百人の人の命が失われるところだった」
「それは……恐ろしいですね……」
「さらにそれを国単位でやろうとしてるのが帝国な。あそこの上層部は腐ってるからな」
そう言葉にしたアルと聞いていたセビアは暗い顔をする。マリウスとグレイにとって帝国はとうの昔に滅んだ事ではありもう関係のない事だが、アルとセビアにとって当事者として今まさに直面している問題だった。
「…………発言してもよろしいでしょうか」
暗くなっていた雰囲気の中声を上げる者がいた。アルを拘束するためについて来ていただき衛兵だった。マリウスが彼に応える。
「発言を許す」
「ハッ! ですがまだ噂の域を出ず、充分な調査も済んでいない事なのです。それでもよろしいでしょうか」
「少しでも情報が必要だ。構わん」
「ありがとうございます。…………実はこの街の近くで国際指名手配犯が目撃されたと通報があったのです」
「何だと……?」
「この街の冒険者チームなのですが、数日前に他の村へ働きに出た際に見かけたのだと。その時は違和感しかなかったが、冒険者ギルドに張り出されていた指名手配書の人相描きで確信したとのことです。なにぶん日にちが経っていたので少人数で調査しているのですが、それらしい報は入っておらず……」
「よい。何者だ」
「ロッカスです」
その名を聞いてマリウスが額に手を当てた。
「確かアベラス王国の元宮廷魔術師だったか?」
「はい」
「奴が指名手配犯になったのは当時の宮廷魔術師を半数以上殺害したからだったな…………メイリーク、人員を増やすように使いを出せ。徹底的に調べ上げろ」
「ハッ!」
返事をしてメイリークは部屋から出ていった。
「とりあえずの目標は決まったからあとは…………あれ? 何か忘れてる気がする」
セビアのこの一言にアルが反応した。
「俺とコイツがこの時代いるのなら、じいさんもこっちに来てんじゃねぇか?」
「え?」
「飛ばされる直前にじいさん俺のすぐ後ろにいたんだぞ? で、コイツも居るって事はだろ……?」
アルが額に手を当て天を仰ぐ。応接室のシャンデリア。
「………………あっ」
思わず声が出た。
「そうだよ! おじいちゃん! あー! 何で忘れてたんだろう!!」
セビアは頭を抱える。
私の情緒は限界だった。
貴方ならきっと喜び笑っていたかもしれませんね。