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献身
人の死を見たのは十歳の時だった。両親と弟。
父と母と弟の四人家族。村は小さかったから、同年代の子供はほとんど友達。
なんてことのない田舎村での日常を送っていた。
朝に起きて家族で朝食を食べてから家のお手伝いをし、お昼を食べたら近所の友達達と遊び、家に帰ったら家族で晩御飯を食べて、眠くなったら弟と一緒に寝る。祭事の日はちょっと豪華なご馳走を食べながら大人達がお酒を飲むのを少し羨ましく思ったりした。大雨の日には弟と一緒に雷に怯えて父と母に泣きついたりも。その他にも、なんてことのない当たり前を。
ただそれだけに充実を感じて日々を過ごしていた。
———そしてその日は何の前触れもなく訪れた。
いつものように近所の友達達と広場で遊んでいたら、突然鳴り響いた轟音と熱風。驚いて思わず閉じた目を恐る恐る開いたら、その先にあった景色は、いつもの見慣れた緑ある質素な田舎の風景ではなく、夕方とも錯覚しそうになる程に激しく揺らめく赤。その赤は家屋が、木々が燃えているからだと気がついた時には、私は弟の手を無理やり引いて走り出していた。
この瞬間だけはさっきまで遊んでいたはずの友達達のことは忘れていた。弟の歩幅に合わせることも忘れてひたすら走った。広場からそれほど離れていないはずの私の家に着くまでの時間は、まるで永遠にも感じていたのを今も覚えている。
やっとの思いでたどりついた家の前では、人が倒れていた。そしてその人に覆い被さるようにして、背中から棒のようなもので胸元を貫かれた女性。その女性……母に突き刺さった棒のような得物を握る、人の形をした『それ』。
母の下に倒れている人は自分達の父だと悟った。よく見えないが、仰向けに。顔は見えなかった。
かろうじて鎧だとわかる襤褸を身につけている『それ』は、自身の得物を完全に母から抜き取ると首を私達を向けてニタッと、口のようなものを歪ませた。人の顔で言うのなら口の部分。目だろうか……渦を巻いたように丸く円を描いているかのような……。引き込まれてしまうような気分になった。辛うじてそう思えたほど程度。『それ』の顔は私には認識できなかった。
不恰好な『それ』が完全に獲物を構える寸前、私は弟を背に手を広げていた。『それ』から隠すようにして。
「逃げて」と叫んだ。けれど、私の声に弟は「いやだ!」と言って私の手を握ってきた。まだ『それ』は両親から離れていない。ただこちらに向かって口を歪ませるだけ。渦巻いた目を向けるだけ。
愚図る弟を剥がして放る。姉として弟を守るために。
突如として『それ』が不恰好な図体からは想像出来ないほど素早く走り出した。そして前に立ち塞がる私を目の前の小虫を振り払うかのように、雑に飛ばして、背を向ける弟を追いかけ出した。強い衝撃を受けた私の体は自分の意志で動かせなかった。『それ』は飛ばした私には目もくれず、そのままの勢いに乗って、走る弟へと赤黒い棒のような得物を振り上げ———
———ゴンッ!
「いっったぁーい!」
突然の額の痛みを感じるのに時間は要さなかった。




