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「すみません……取り乱してしまって」
「あはは! いやぁ、すごい勢いで回ってたねぇ! いつぶりかなぁ?」
「茶化さないでください……」
「ごめんてごめんて」
なんでも彼女……セビアはイオンに助けられたらしい。ただ家まで行ったはいいものの、イオンに憑いていた霊魂に触れてしまい教会まで連れて行ったのだと。
「ひとまずは、ありがとうございます」
「乗りかかった船だからね。任せなさいって!」
そう言ってせビアは自慢げだが、正直不安しかない。あの子の霊嫌いにはいつも手を焼いていたから……本当に。
朝からの心配は私の知らないところで進展はしていたり、それ以上の困り事が目の前に現れたりと、イオンが言っていたの嫌な予感がこれなら当たってると言えるだろう。
領主邸の応接室にはすでにグレイの父であり領主……マリウスが待っていた。
「やっと来たか」
そう一言発した彼にはもう小さかった頃の愛嬌はほとんど窺えなくなった。
「なんだその顔は」
「いえ、なんでも」
「そうか。……皆も早く席につけ。」
いけない。アルに出会ってから気持ちが過去を懐かしむようになってしまっている。
「本当に表情が出るようになったのね……」
セビアが小さな声でそう囁いたのが聞こえた。
皆が席についてからマリウスは改めて口を開いた。
「セビア殿」
「は、はい!」
急に声をかけられたセビアの声は若干上擦っていた。
「身分証のことは報告を受けている。ヘデラ殿が良いのならそう処理しておくが……」
マリウスは私に視線を移し、私は肯定の意を示した。おそらく仮身分証で入ったから私の
「本当はこの場にイオン嬢にもいてもらわないと困るのだが……」
「それは…………ごめんなさい」
「いや、手間が少々増えるだけだが些事だ。問題はない」
その言葉に安堵したのか、セビアは自身が持っていた疑問を言葉にした
「ところでそのぉ…………そんなに怖い方々なんですか? そのぉ~……過激な方々? というのは」
「この街ではそうないが、他所の……特に魔女せビアの故郷があった地域では未だに神聖視されている関係で、それなりには」
「ヒェッ……」
「終戦後も数々の偉業を成したからな。自分たちが暮らしている地から御伽噺にもなっている英雄が生まれたのが誇らしいのだろう」
「しゅうせ……終戦!? まさか帝国と王国の!?」
「? 当たり前だろう。それ以降に大きな戦争は聞かないだろう」
この言葉にセビアだけでなくアルも驚いていた。
「なんだその『初めて聞いた』みたいな顔は……」
「流石に常識の範囲内だろう」
その戦争真っ只中の過去からきたであろう二人には仕方ないことだろうけど……マリウスとグレイは二人を訝しげに見ている。流石に過去から来た本物の英雄達とは結びつかなかったようだ。ただグレイは何か考え込むように指針を落としていた。
「その辺のことも彼らも交えて話したいのですが、いいでしょうか領主様」
「……ああ。頼む」
そうして、主にアルが自分達の成り行きを話してくれた。
なんでも、救世主について行った旅の途中に寄った村で、突如として獣や魔物達が一瞬にして消えてしまう現象が起こっていたらしい。『歪み』の影響かもしれないと調査をしていたところ、例の『穴』に巻き込まれたのだと。
「あの『穴』は多分、転移系の魔術で作られたモノだったわよ。近くの生き物に襲いかかってこの時代に連れて来てるんじゃないかしら?」
「なんか風景? 見たいのが見えたからどこかに飛ばされるとは思ったが、まさか未来とはな……あいつらも
巻き込まれてねぇだろうな……?」
「彼と天使ちゃんは私が直前に吹き飛ばしたから大丈夫だって信じたいけど……」
そういうセビアはちらっと私を見つめた。
「なら多分大丈夫だろ。それより今は俺たちの心配だ。だってあの『穴』は『歪み』でできたモノじゃねぇんだろ? どうやって帰るんだよ俺達」
「術者がいるならそいつをとっ捕まえればなんか聞けるでしょうけど、どうしようかしらね……」
「そうか…………あぁ、悪い。まぁ、俺たちの話はこんなところだな。あとはあんたらの方が知ってんじゃねぇか?」
二人での会話を終えたアルがマリウスやグレイに顔を向けたが、反応は鈍い。どうやら彼らは彼らでそれどころではないようだった。
「…………確認なのだが、貴殿の名前を伺っても良いか?」
どうにか口を開いたのはマリウスだった。なんとなくはアルの正体はわかっているのかもしれないが本人から直接聞きたかったのだろう。心成しか声は震えていた。
「あ? なんだよ改まって。てか俺名乗ってなかったか?」
「アルさんはまだ愛称しか教えていませんよ。馬車とはいえ街中でどこに耳があるか分かりませんでしたからね」
「流石にあの馬車なら平気だったろ……まぁいい。改めて、『アルシアン=シテラウル』だ。…………あぁっと、色々面倒だろうし話し方も変えずに『アル』のままでいい。俺はあんたらにとっては過去の人間で、今はただの旅人だ」
アルはそう言ってのけたが、突然現れた泥棒は実は自分たちのご先祖様だったのだから二人も思う所はあるだろう。馬車での会話を思い出していたのであろうグレイが私の方を恨むような目で見てきた。本当にごめんなさい。
「あの時ヘデラさんが誤魔化した理由がわかりはしましたが、なら…………あー、いや、やめておきましょう。ここが一番耳が少なかったですね」
グレイはそう言って自身のうなじに手を置いて唸る。彼がそのような仕草をするのは確か頭で処理しきれなかった時のはず。最近は見ることがなかったから少し新鮮に感じた。
アルがグレイを見て目を細めたのが視界に入った。
「アル……殿がその……『本物』だとするならば、セビア殿もそうだという解釈でいいのでしょうか?」
自分なりに答えを出したのであろうグレイが言葉を続ける。
「まぁそうなるかな。ちなみにだけど、イオンちゃんも多分気がついてたと思うよ。だって私コレ持ってるもん」
そう言ってセビアは自身の懐から小さめのナイフを取り出した。
「ペティナイフ……ですか? それも何か水晶のようなモノで作られているのですね」
「お? よくわかったね。刃も持ち手も全部一塊の水晶でできてるんだよ。それもとびっきり特別なね! えっと……グレイ君って呼んでいいのかな?」
グレイは静かに首を縦に振った。
「このナイフは私が一緒に旅をしてから少し経った頃に天使ちゃんがくれた物なのよ。まぁほとんどお守りみたいな物だから普段使いはしていないのだけれど。あの時も言ったけど、本当に嬉しかったんだから! 初めて天使ちゃんが……あの天使ちゃんがくれた物だからね!」
そう言って嬉しそうに私にナイフを見せてきたセビアの顔を私はよく見ることはできなかった。
「ええ、よく覚えてますよ。あの人以外に自分から何かを渡したのはその時が初めてですからね。それも私が一から作った物をです」
本当に………………本当によく覚えている。
あの頃の私は旅を始めてから時間もそれほど経っておらず、世界とあの人以外の事は無関心で、一緒にいた仲間たちの事すらも興味を持っていなかった。世界を救うためだけに生まれ、それ以上も以下もなかった『天使』を『私』に変えた最初の出来事だったから。
「ただ……………」
あの時はなんとなく『そうするべき』だと思って渡したのだが、今でははっきりわかっている。だから確信を持って言える。
「———そのナイフには見覚えはありませんね」
私はあの時、嬉しかったのです。