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「ほぉー。 あんまり変わったようには見えねぇのに、違いがわかるもんだな」
対面に座る青年は言った。
「ちょっとしたお上りさんみたいですね」
「田舎からじゃなくて過去からの、だけどな」
気軽に話している私たちの横でグレイはなんとも言えない表情をしている。
今私たちは馬車に揺られて領主邸へ向かっている。
というのも、詰所での私と青年の会話をずっと聞いていたグレイを説得して、どうにか話の続きを領主邸でやらせてもらうことにしたのだ。仮にも王族である青年をあの場所に置いておくのは、グレイや領主であるグレイの父親に不必要な気苦労をさせてしまうと思ったのだ。
最初は拒否していたグレイだったが、どうにか出せる情報は全てちゃんと話すことを約束に馬車を出してもらった。この後は領主も交えてしっかり話したいのだが、どう穏便に済ませようか……
「……ずっと気になっていたんだが」
馬車に乗ってからずっと静かにしていたグレイが、ふと声を上げた。
「結局、あんたは誰なんだ?」
「は? 俺か?」
「当然だろう。最初こそヘデラさんの見た事ない状態に驚いてはいたが、俺はまだあんたの名前すら聞いていないんだ。この後家に着いたら改めて話すにしてもだ。あんたも適当に呼ばれるのはなんか嫌だろ?」
「俺は別に気にしないが……」
「なら当分あんたを『泥棒』と呼ぶことになってしまう。ヘデラさんのご友人? をそのように呼ぶのは……」
「それは確かに嫌だ!」
本当に嫌だったのだろう。ちょっと食い気味だった。
「てか天使との会話の中で俺の名前出てなかったのか……俺名前呼ばれてねーじゃん」
グレイくんは変わらず優しいなぁ……なんて適当に考えてたら、会話の矛先が私に来てしまった。
「それはまぁ…………呼ばないようにしていましたから」
「は? なんで?」
「…………貴方様はもう少しご自分の身分を気にしてくださいませ」
青年は明らかに『やってしまった……!』みたいな顔をした。
「わかっていただけたなら、何よりです」
「……グレイと言ったか? すまないが、『アル』とでもしといてくれ」
「はぁ……まぁいいでしょう」
グレイは私たちのこのやりとりで、少なくとも青年……アルがそれなりに身分があると悟ったのだろう。素直に引いてくれた。
「ごめんねグレイくん。もう少し時間をちょうだい?」
どうせこの後伝えはするが、今はまだそんな気にはなれなかった。多分私はまだこれが夢であって欲しいと思っているのかもしれない。完全にわがままだ。
「……お前がそんなに顔に出すのはやっぱ慣れねぇな」
青年が言った。思わず視線を向けた。アルの表情は私を『天使』に戻してしまう。そんな気がして……複雑だ。
軽く話しているうちに着いたようだった。
門の前で馬車から降りれば、門の前で誰かが衛兵と話していた。衛兵は私たちに気がついたようだが、話している相手は気づいていないようだ。
大きな三角帽に使い古されたような杖。マントで体は隠れているが女性だろう。
「あ」
彼女を思い出させるその後ろ姿に、私は声を上げてしまった。自分でもどっから出したのかと思う程度には大きい一言だった。
「え……?」
衛兵と何か話をしていたであろう彼女は、私の声に反応して勢いよく振り返った。
可能性を考えなかったわけではなかった。青年が言った『穴』とやらに彼女も落ちたのだろうとは推測できた。けれど、しないようにしていた。
彼女とは二番目に会いたいとは思いたくなかった。多分私はもっと喜んでしまうから。
どう切り出そうかと迷ったのも束の間、青年が彼女に声をかけた。
「ん? あぁ、やっぱりお前も来てたのかよ」
「え? あぁ! ……あんたほんと空気ってものがわかってないわねぇ!」
「はぁ!? 開口一番に何だよそれ!」
なんで再会して最初の会話で喧嘩してしまうのだろうか、この二人は…………
「人の家の前ですよ二人とも。よしてください」
「そうだけどさ! 今は感動的な場面な訳! 私と天使ちゃんの! それをコイツは!」
「えぇ……こいつ怖いんだけど……そんなに大事か?」
「はぁ…………ロマンスってものがわかってないわねぇ……これだからあんたは」
「いや、ロマンスじゃねぇだろこれは」
「……これだからあんたは」
「は?」
「人の家の前だって言ってるのに……周りのみんなも困ってますから、もうよしてください」
そう言えば、二人は渋々とだが言い合いはやめてくれた。
「てかあんた、なんで手首縛られてるの? 盗みでもやったの?」
アルの手首を見た彼女が言った。
「その辺の事情も、これから話す予定なんですよ」
せっかく納めたのにまた喧嘩されても困る。アルが口を開く前に割り込んだ。不服だと顔に出さないでほしい。
「貴方にも無関係な話ではないですから……グレイくん、彼女も一緒にいいですか? それにここに用があったみたいですし」
「ああ。先程のやりとりを見るに、ヘデラさんとアル……殿の関係者なのだろう?」
そうグレイは言ってくれた。本当にご迷惑をおかけします。
「私も? まぁ天使ちゃんに助けを求めに来たから間違ってはないけど……」
「着いて来てくれ。先触れはだしたから父も待っているはずだ」
グレイを先頭に歩き出す。
後ろのアルには申し訳ないがまだ衛兵に連れられて行く形で……それを見て私の横で歩く彼女は笑いを抑えるかのような仕草をしていた。やめなさいと小突けば、止めはしたが若干ニヤニヤしてる。あぁ、ほらアルを連れてる衛兵のなんとも言えない困ってる表情。
多分二人とも嬉しいんだろうな。知っている人に会えたから。
「あ、そうだ天使ちゃん」
横を歩く彼女がふと声をかけてきた。
「なんですか?」
「イオンちゃんは教会に預けてきたから」
私の情緒は限界だった。