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この『ネタ』はいらない
前略。私はグレイ達と共に例の賊への事情聴取のため詰所の牢まで来ていた。確実にお昼には帰れない。
そして、そこで私は自分の目を疑った。
「お前…………天使か……?」
先に声をかけてきた彼は彼で、驚きと困惑の感情を見せた。
どうしてあなたがここにいるのか。
本来、この時この場所で出会う事なんて考えられないのだから。
かつて救世の旅で共に歩み、共に戦ってきた仲間であり友。
見間違えるほどの仲ではないと自負はある。
だからこそ混乱した。
「…………言いたいことが色々あるのですが、とりあえずは一言だけ」
目を閉じれば今も鮮明に思い出すことができるあの日々を。
再び出会えた嬉しさ。
もう出会うことは決して無かったからこその恐怖。
自身の平穏の為には認められないもどかしさ。
けれど何よりも、何よりも困惑がまさってしまう。
かつての日々がこの一瞬の為に褪せていく気がして……
なんで……なんで……
「…………なんで捕まっているのですか?」
「それは俺が聞きたいんだが?」
過去の人間がなぜこの時代にいるのか。
それも旅をしていた当時の若さでいるのか。
そしてなぜ牢屋に捕えられているのか。
わけがわからないが確実なのは、この再会はおかしいということだけであった。
「いったい何を盗んだのですか? 私も一緒に謝って許してもらえるといいのですが……」
「盗んだ前提はやめろ! 目が覚めた時にはここに居んのに、盗みなんて出来るわかねーだろ!」
「私の情緒を壊すつもりですか!」
「意味がわかんねーよ!」
手足を縛られワーワー騒ぐかつての仲間に悲しくなった。仮にも王族である彼が手足を椅子に縛られているのだ。本人が強引に縄を引きちぎらないあたり、抵抗の意思はないのだろう。少なくとも、目が覚めた時点でこの場から逃走できるほどの実力はあるのだから。でもそうはしていなかった。
あとは単純に理解が追いついておらず、下手に暴れるべきではないとでも思っているとか?
正直そうならば助かる。仲間を力で止めるような真似はしたくはない。
「はぁ……一体何がどうなっているのでしょう……」
「こっちが聞きてーよ」
一緒に来ているグレイを含めてこの場にいる人達は呆気に取られているかも知れないな。私がこんなにも取り乱しているのは本当に数年ぶりだろうから。
「……この人を知っているのですか?」
グレイが訪ねてくるが、うまく言葉で説明するには時間が足りなすぎる。
「まぁ……うん。知ってる……かな?」
「疑問系かよ…………いや、確かになんかお前も雰囲気が違うな」
ひとまず、私も冗談はそこそこに真剣にこの状況を考える。
まず、今の時代に生きているはずの無い人が今目の前にいる。それも、共に旅をしていた当時の姿で。
訳が分からないが、ただ、この状況が良く無いことは分かる。どう考えても異常事態だ。
「本当に何があったのですか?」
「いやだから、それもこっちのセリフなんだわ。お前も結局『穴』に落ちたのか?」
「『穴』? いえ……心当たりはありませんが」
青年は不思議そうな表情を浮かべた。けれどすぐに思考に入った。
おそらく『穴』というのが、彼がここにいる原因なのだろう。それがどういうものかは分からないが、少なくとも次元に空間を開ける程度には危険なものだと推測できる。どう見ても私の記憶にある、過去の彼にしか思えないのだから、
青年が改めて私の姿を視認して……翼に視線を移して驚いたかのように目を見開き、すぐに落ち着きを取り戻して口を開けた。
「お前……その翼はどうした?」
少し空気がピリッとした。
彼と共にいた『私』は、少なくとも翼はあったのだろう。
「……この世界で生きてきた結果です」
「…………そうか。なんか少しわかった気がするわ」
そう呟く青年は全てとは言わずとも多少は納得したのだろう。悲しみを感じさせる顔を私に向けた。
「お前……いや、あんたは俺の知ってる『天使』じゃないんだな?」
「そうですね。でも、貴方は私の知っている方と変わらないようです。複雑ですね」
「なんだそれ……はぁ……」
青年は私の後ろで呆気に取られている衛兵とグレイに目を向けた。
「もうこの縄解いてもいいか?」
「……は!? いやいや! いいわけないだろう!」
衛兵の一人が声を出した。突然話を振られたと思ったら、突然の脱走と成否を尋ねられたのだ。驚きもするだろう。
「そうしてあげたいのは山々ですが、今すぐはダメですよ? 今の貴方は側から見たら『貴族の屋敷に侵入し、勝手に気を失っていたお間抜け泥棒』です。どのような理由があろうとも、不法侵入及び窃盗は立派な罪です」
「はぁ!? だから俺そんなことしてねぇって!」
「わかっていますよ! 私もできる協力はしますから。誤解を与えるような言動は控えてくださいね」
「なんかもう……本当に『天使』だけど『天使』じゃないんだな……」
「ええ。もうあなたより年上のお姉さんになりましたから」
青年は『何言ってるんだこいつ……』とでも思っているのだろう呆れた表情を私に向けた。
この人とこんなやりとりをすることになるだなんて、想像もしていなかった。この楽しい時間は望んでいなかったから。