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「天使様? 来てないよ」
教会の入り口付近で掃除をしていた派手めなシスターが教えてくれた。
「多分だけど、領主様んとこ行ってるんじゃない? 市場行った時にエミリア様見かけたもん。多分捕まったんでしょ」
「エミリア様?」
「領主様の娘さん。よくお屋敷から勝手に抜け出してるから、今回もそうなんじゃないかなぁって」
いや、貴族のご令嬢が勝手に出歩いて市場をフラフラしてるって大丈夫なの!?
「そ、そうですか」
「うん。てかお嬢ちゃんってイオっちのお友達? 手なんか繋いじゃって~」
お嬢ちゃん……
「……まぁ縁が出来まして」
「おー、いいじゃん。その縁、大切にしなよ」
というかこのシスターなんていうか……口調が軽いな。嫌な人って訳じゃなさそうだけど……なんだっけ? 『キャラが濃い』だっけ? それとも『チャラい』だっけ? シスターにしては特徴的な人だと思った。
「てかさっきからイオっちどうしたよ? やけに静かじゃん。機嫌悪い? それとも、霊にでも取り憑かれたか~?」
私の隣のイオンに目を移して、少しして驚いたかのように口を開いた。
「え……!? マジじゃん! え~!? てか普通ドラゴンって幽霊に取り憑かれるもんなの?」
仮にも聖職者が気づかなかったどうしようかと思ったけど、杞憂で済んだよかった。
「んぇ……わかんないよ……」
イオンが弱々しくも返事はする。
「まさか! アンデッドにも堕ちていない霊魂がありえない事ですって!」
「だよねだよね?! イオっちマジで“ついてる”ねぇ!」
このシスターなんかちょっとイラっとくるな……いや、多分きっと、私には余裕がないのかもしれない。そうだよ。私には余裕が足りない。
だってさ? 突然どこかに飛ばされたと思ったらそこは未来の世界で、最初に出会った人は竜と人間のハーフで、何故か名乗っただけで怒られて、竜の血引いてる癖に霊魂に取り憑かれてて、それ指摘したら何故かこの娘のお守りをするなんて思わないでしょ! さらに、実はこの娘は天使ちゃんと暮らしているとか羨ま違う! あぁっと……? 情報が濃い。そう! あの花畑で目が覚めてからの情報と出来事が濃すぎて感情揺さぶられて、いい加減疲れてきたんだよ! そこにこんな個性の強いシスターとかもうお腹いっぱいだよ! 勘弁してよ!
「―――お嬢ちゃんもそれでいい?」
「へ?」
自分の口から間抜けな声が出たのに気がついた。
私が思考をほんの少し嫌がっていた間にも話は進んでいて、気が付けばイオンは屈強なシスターに担がれ連れて行かれていた。
いや、自分で思っといてアレだけど『屈強なシスター』ってなんなのよ……
「あ! 聞いてなかったでしょぉ~?」
「……ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃってたわ」
「あぁ! 『彼女』すごいでしょ? 期待の新人『キクモ』ちゃん。霊魂関係のスペシャリストだよ!」
「うーん…………『彼』では無くて?」
「『彼女』だよ」
なんかこれ以上は聞かない方が「得意技は『肉体言語』なんだって!」……聞かないでおこう。
「そういえば、お嬢ちゃんの名前聞いてなかったわね。ウチはシスター・シーベル。シーベルちゃんでいいわよ!」
「私は……あーっと…………『旅の“お姉さん”』よ!」
誤魔化すために『お姉さん』を特に強調して名乗る。流石に無茶がすぎるか……?
「……アハハッ! そっかそっか! オーケーオーケー。……いやー、失礼しちゃったね。ごめんね『お姉さん』!」
「いえ……私こそごめんなさいね」
「いーよいーよ! どうせなんか訳アリでしょ? 深くは聞かないであげる。それより、天使様を探してるんでしょ? またどっか行く前に向かうといいんじゃない? イオっちはこっちに任せときなって」
「……そうさせてもらおうかしら」
ここにいてもただ時間を消費するだけだし、領主邸? でいいかしら。聞けば場所自体は変わってなさそうだから、一人でもいけそうかな。
「じゃ、ウチもイオっちのとこ行くから。またね、『お姉さん』」
シーベルはイオンが連れて行かれた方へ走っていた。ウィンク上手だったけど、今時のシスターってそうゆう感じなのかな……?
…………あ! あのシスター掃除用具そのままにしていったじゃん。端に寄せとくぐらいはしとこうかな。
『バチッ!』
……触れようとしら小さく衝撃音と、指先に鋭い痛みが来た。
「っ!」
……まぁ分かってたけどさ。私の魔力と箒に移っていた光属性の魔力が反発してしまったのだ。私の魔力はこれでも限界まで抑えているのにこれだもんなぁ。シーベルって実は相当な実力者なんだろうな。口調はアレだけど。
散らかったままの掃除用具に後ろ髪を引かれるが、私にはどうにも出来ないので放置! ごめんね!
程なくして着いた領主邸は私の知る物とは少し様子が違っていた。なんというか……そう。優しい雰囲気になった? 魔物だ何だと争っていて常に緊張を感じさせていたあの建物がこんなになるなんて……所謂、平和の証とでも言おうか。『彼女』が見たら感動のあまり泣いちゃう…………うん、泣いてる姿が思い浮かべられないかな。彼女の目には青年しかいないんだし。ほんと、あんなののどこに惚れたんだか……
さて。着いたはいいけど、この後はどうしよう……相手は上流階級の貴族、私はただの魔法が使える旅人。馬鹿正直に正面から行ったって門前払いされるだろうし。
あ、そうだ。
「あの「あ」え……?」
思い切って領主邸の衛兵に話しかけようとしたら、後ろから聞き慣れている声とは思えない驚きを纏わせた声が聞こえて思わず振り返った。
視線の先には私の知る姿とは些か違う白髪の少女がいた。長かった髪をバッサリと切り落として、黒が基調の服。左右対称だった翼は、右翼が削れていた。けれど、頭の上に浮かぶ輪と背丈は変わっているように見えなかった。
これほど感動的な出会いなんてそうそう無いかもしれない―――
「ん? あぁ、やっぱりお前も来てたのかよ」
「え? あぁ! ……あんたほんと空気ってものがわかってないわねぇ!」
「はぁ!? 開口一番に何だよそれ!」
———何故か一緒にいるバカが邪魔しなければ。
私の隣に『あなた』はいらない