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「身分を証明するものはありますか?」
「……ないです」
がっつり作られた年月が書かれているはずだから、ここで出せるものはないです。
「だとしたら仮身分証を作ってもらうことになりますけど、よろしいですか?」
イオンを連れ立って森を抜けて街の外壁まで来たのはいいのだが、しっかり門番に捕まってしまった。イオンと一緒にいたため特別怪しまれる事はなかったが、規則だからと書類作りするからついて来いと応接室へ通された。
仮身分証とは街に入るために必要な証がない者のために発行される物で、これを持っていれば街に十日間限定で滞在が許されるのだと。その間に正規の身分証を発行した上で返しに来なければならず、そうしなかった場合は幾らかの期間街への出入りができなくなるらしい。あと諸々のルール。優しい紳士な門番さんよりのお言葉。
「ここ数年は仮身分証を発行する事がなかったので、もうここでしか手続きできないんです。申し訳ないですがご理解を」
「ええ、わかりました」
「それでは、ここと……ここに署名をお願いします」
ペンと書類を受け取り、名前を書こうとしたところで手が止まった。
———『魔女セビア』の名を騙るなんて……一部の過激な人達から刺されても知らないですよ。少なくとも、それほどまでに尊敬されていますから
「あの……偽名でもいいですか?」
門番さんの表情が変わった。
「……なぜでしょう?」
そりゃそう言われるよね。名乗れないほど何やったかとか問い詰めずに話を聞いてくれるだけ温情だろうな。少なくとも怪しい人物認定は避けられないだろう。でも刺されたくないからなぁ。
「どうも私の名前はすごく尊敬されている人の物と同じらしくて。あまり名乗らない方がいいとイオンちゃんに言われたんです」
そう前置きを話してから口で名乗る。門番さんは目を見開いたがすぐに平常に戻る。
少し考えるかのような素振りをして自身が身につけていたイヤリングに手を当てていたが、少しして『なるほど』と小さく呟いた。
「それが本当ならイオン嬢が忠告したのは納得できますね」
怖すぎるよ未来。
「……ひとまずは信じましょう。書類の特記として記します。署名にはひとまず偽名を使っていただいても結構です。ただ、うちの上司には報告しなければならないのでそこはご了承ください。身分証を発行するときはヘデラさんに頼るといいでしょう」
「ヘデラさん……?」
「イオン嬢のお母様です。『救世の天使』様と言った方が伝わるでしょうか」
念の為に門番さんが一筆書くと言ってくれた。けれど、その言葉にはしっかりと返事はできなかった。
ヘデラ
この世界の天使ちゃんの名前。
確信に近かった疑惑が輪郭を持って晴れていく。
本当にいるのだと思い知らされていく。
そっか……名前……あるんだ……
「……ではこれで手続きは以上です。ようこそ『エルデワース』へ!」
街の名前も変わっていなかった。そう簡単に変わっても驚くけども。あ、そういえば……
「あの……さっきの話はイオンちゃんや他の方に確認しなくてもよかったのですか?」
全てを私たちだけでやってしまったが、お役所仕事的には大丈夫なのだろうか?
「ああ、その事に関してはご心配なく。イオン嬢には確認が取れていますので。それに今回のやりとりは記録も取っております。何分、異例と言いますか……ご容赦頂ければ……」
「いえいえ…………それはそれとして、素敵な魔道具ですね。作った方に会ってみたいわ」
そう言って右耳に手を添えて、イヤリングに触れるフリをした。
「……気づいていましたか」
明らかに仕草がわかりやすかったので。言わないけれども。
「なんらかの魔導具だろうとは思っていましたけど、どのようなモノかまでは分かりませんでしたよ?」
おそらく複数の人に声を届けるための魔道具だろう。やり取りができているのならば、相手からの声も聞こえているのだろうな。凄いなぁ……分解して解析したいな。
「これ以上は軍事機密なので」
まぁそうだよね。
「それは残念」
この時代は私にとって興味が尽きない素晴らしい所かもしれない。でも、そんな時間はないし……恨むぞ『穴』。
「お待たせ」
「ううん、お疲れ様……」
外で待っていたイオンは今もテンション低め。この子にとってはそんなになのか……
改めて、久しぶりに来たエルデワースが未来のものになるとは思わなかったなぁ。
「えっと……とりあえず天使ちゃんを探すってことでいいかな?」
イオンが私の言葉を聞いてグッとこちらに顔を向けた。
「んぇ?」
「人伝に聞いていけばわかるでしょ。この世界の天使ちゃんにはまだ会った事ないけど、なんか目立ってそうな気がするし」
「うん……うん? 母さんは教会に行くっていってたし、そのまま教会に行けばいいんじゃない?」
「あ、そうだね」
「…………わざと?」
「……まさか! 無意識に教会を避けてただけだよ」
わざとらしく反応して見せる。多少は本人のやる気も出てきたかな?
「ほらほら! 私が逃げないようにエスコートお願いします」
「えぇ…………はい。お手をどうぞ」
本当に半分は無意識だったんだけどね。だって碌な思い出なんてないんだもの。
差し出された手は何故か、不思議と暖かく感じれらた。