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「どうぞ」
イオンがテーブルに茶と菓子を置いてくれた。
「母さんは昼まで街に出かけるって書き置きがあったので、それまでゆっくりしましょうか」
「ありがと」
フゥ……やっと一息つける。改めて、早めにこの時代の人に会えてよかったと思う。それもある意味私達に近い位置というか、理解してもらえるのは助かった。
多分だけど、おじいちゃんと王子もこの時代にいると思う。私よりも先に『穴』に落とされたわけだし。
そういえば、このこの事でずっと疑問に思っていることがあるんだった。いや、気になることしかないのだけれど。
例えば、『今が救世の旅を終えてから何年経ってるの?』とか『イオンは何竜の血を継いでいるの?』とか『フォクスリー辺境領含めこの国はどう変わったのか?』とか、何より『魔術はどれほど発達したのか』などなど……気になることはきりがない。
けれど今は、身近で最も気になっていることがある。2号ちゃんのことで頭から抜けてたわ。
「……ところでさ」
向かい側に座ったイオンに思い切って聞いてみることにした。
「はい?」
「色々話す前にさ? ずっと気になってたことがあって……」
「何ですか? アタシに分かることならいいんですけどね!」
「———なんでイオンちゃん、霊魂に取り憑かれているの?」
この家に来るまでの間からずっと気になっていたのだ。明らかに上位種である竜の血を持っているのに、人間の、それも特別強い願望を持っていなさそうな弱々しい霊魂に取り憑かれている事に。
「……………………え?」
先程までの明るい雰囲気が一変した気がした。
「ずっと気になってたのよねぇ悪さはされてはいなさそうだけど……。竜の血を持っているのに取り憑かれているんだもの。不思議だなぁって」
「んぇ…………?」
まるでこの世の終わりのようだと例えるべきか……なんとも言えない、けれど明らかに恐怖が混じった情けない声と顔をしているのは明らかだった。
え、まって………………この子まさか気が付いてなかったの!?
私の魔力は知覚できるのに分かっていなかったの!?
もしかして、上位種の血を持ってるからそうゆうことに疎いのかも……?
…………いやいやいや! 逆でしょう?!
私の魔力を知覚できるのなら、むしろ敏感な筈……混血だからこその弊害だったりする? 他種族同士から生まれた混血は受け継がれる力が偏ったものになりやすいと聞くし……彼女も似たようなものかも知れない。
驚きはしたが、とりあえずは『何事にも異例はある』という事にしておこう。今重要なのは『なぜ取り憑かれているのか』だ。
———デシ! デシ! デシ!
突然イオンの方から何かを叩くような音がした。
「……うん?」
音の出所を探そうと思って目を向ければ、放心しているイオンが尻尾を床に叩きつけていた。
「んん!? 大丈夫!? ほら落ち着きなって!」
「んぇ……タスケテ……」
「なんか変なところであの子に似てるなぁ!」
自分の感情が処理できずに振り切れた時の天使ちゃんに反応がそっくりでびっくりした。まぁ、そのおかげで対応はしやすいかな。
「…………ダメなんです」
いくらか落ち着いて、イオンはそう呟くように言った。
「昔からゴーストやゾンビのような、所謂アンデッドに近しい存在がどうしても怖いんです」
「まぁ、苦手だって人は多いよね」
戦場の跡地ではよく放置された死骸がゾンビになってしまったりするので、後処理が面倒くさいんだよなぁ……
「アンデッドの処理は心に来るんだよねぇ……」
「えっ?」
「だって私には炎で消し炭にするぐらいしか手段がないし、聖職者様方が使うような魔法は扱えないんだもの。なんか二回も殺しているようで気分が悪いのよ」
「それは……確かに心に来るかも」
「でしょう? それに比べたら、アナタに取り憑いているのはマシよ。マシ。悪さしてるわけじゃないんだし、きっとなんかお願い事でもあるんじゃない?」
「お願い事……」
取り憑き先を害している様子はないし、明らかな意思があるのかも。でもこれ私の専門じゃないしなぁ~。分からないこということしか分からない。
手っ取り早いのは専門家に任せることかな。街に行けば教会ぐらいあるでしょ。この霊魂の目的を解決でも出来れば還ってくれるでしょ。
「やめてよぉ……」
いつの間にか床に突っ伏していたイオンが2号に顔を踏まれて、情けない声を出した。
「えぇ……何やってんの?」
「なんか力が抜けちゃって……うぐぅ」
容赦無く2号ちゃんがイオンの顔を踏みつけている。
「ほらほら。さっさと立って! 2号ちゃんもやめてあげなって」
まさか竜が霊魂を怖がるなんて……明確には半竜だけれども。今回のは私のやらかしだし、最後まで面倒は見なきゃ行けない。
それに、ひとまずの目的を定めた方が気も紛れるだろうし、街に行けば天使ちゃんもいるみたいだから、おじいちゃんとバカを探すのもいくらか楽になると良いんだけど……
半無理やりイオンを起こす。
「ほら、ゆっくりよりもさっさと心の悩みを解決しちゃいましょ! 私が一緒にいてあげるから。ひとまず教会まで行きましょう? 街ならあるんでしょうし。案内して!」
「…………うん」
完全に無気力になってる!? めんどくさ! 言葉と顔には出さないけども! この子にとって霊魂の件はそこまでのことなの!? これは本当に天使ちゃんに相談しないといけなやつじゃん!
———それにしても、だ。
イオンの世話を焼きつつ、改めて少し思考する。
初めて出会った現地人は天使ちゃんの子供ってだけでも驚きなのに、この場所が私達にも縁があるフォクスリー辺境領だったわけで。偶然で片付けることもできるけど、それはしない方がいい。そんな気がした。普段から勘は当たらない方だが、今回の勘だけは信じるべきかもしれない。
私達がこの世界に送られたのにはなんらかの理由があるはずだ。『穴』はなんらかの意思があって私達の前にに現れたと思う。だとしたら狙われたのは『救世主』と『救世の天使』? 『狙われた』というのは私の気のせいで本当にただの偶然だと考えるのは違う気がする。
昔居た組織の同輩が『偶然も重なれば必然』だなんて言ってたけどこれがそうだと言うのか……あの時は馬鹿馬鹿しいと一蹴したけど、これは謝らなきゃいけないことが増えたかも知れない。
なんてことを考えてたら、ふとイオンに取り憑いている霊魂が目に入った。『彼女』の表情ははっきりとは分からないが、なんだかイオンに対して申し訳ないとでも言うのか……少なくとも、すっかり怯え切った少女に対して心苦しそうにしている。そう見えた。
「…………乗りかかった船ってやつよ。お姉さんに任せなさいな」
二人を見ずに、ただそう呟いた。