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あなたと二人で旅をしましょう
「このあたりの国だとお姉さんの名前はあまり名乗らないほうがいいと思うわ。あぁ、嫌われてるとかじゃなくて! むしろ親しまれてるからって意味でね! 余計な気苦労をすると思うの!」
そう言って少女……イオンはご機嫌伺いよろしく、私にビクビクしていた。
この娘、感情が尻尾に出やすいのかすごく尻尾が震えてる。まるで天使ちゃんを彷彿とさせてくれる。あの子は輪だけれども。
今はお互いに話し合うために森の中を移動中。通りがけに見た木に魔術の印があったから、やっぱりあの花畑にはなんらかの結界が張ってあったんだろう。
それにしてもこの森……なんか知ってる気がするんだよなぁ……森なんて似たような風景ばっかりだけど、空気中の魔力はそれなりに個性が出るモノだし。でも後一歩ってところでわからないこの感じ、モヤモヤする。
「着いたよ」
前を行くイオンが指差した先には、新築とまではいかないが、それほどまでに綺麗な二階建ての小さな屋敷。いや、屋敷というには小さいからお家? 建物の細かい差分は私には分からないけれど、大切に使われて来たのはわかる。庭先には家庭菜園をしているのか、野菜の苗木や薬草が植えられていた。
「……素敵な家ね」
素直な感想がこれだった。
不思議と懐かしさに心揺さぶられるような感覚。
「えへへ、ありがと。母さん達が聞いたら喜ぶと思う」
「達?」
「うん。この家を建ててくれた職人さん達。うんと前に建てたって言うから、流石にもう会えないだろうけど」
「うんと前? にしては綺麗すぎない? …………あぁ、魔術で弄ってるのね」
細かな原理はわからないけど、老朽化を抑える魔術があっても不思議じゃないものね。
だとしたら私の生きる時代からどれほど進歩しているのかしら……すごく興味があるわ。でもそれは、私達が無事にことを終えてから!
…………でもそうしたら既に元の時代に戻っている訳で、学ぶ時間がないから…………諦めるしかないかも……
「うわ?!」
イオンが玄関を開けると小さく悲鳴をあげた。
「もう~2号~! ただいま~うりうり~」
イオンが飛び出した獣……手乗りほどかな?の兎をもふもふしながら私に見せてくれる。可愛くは思うし撫でたいけれで……
「ほら2号、お客様に挨拶。……あぁ、こら!」
私を視認するや否や、2号はイオンの腕の中で縮こまってしまった。多分私の魔力に怯えてしまったんだろうな。きっとさっき飛びついたのも怖いから。
「……無理させないであげて。それにその子、聖獣でしょ? 余計わかっちゃうんだと思うから」
「う、うん……ほら~、よしよし」
昔から動物には好かれないんだよなぁ……今となっては魔力のせいだってわかってるけど、その前はわかってなかったわけで。まぁ今も変わらずでちょっと傷つくのだけど。
それにしても兎の聖獣って…………あ。
———ここもしかしてフォクスリー辺境領の森なのでは?
以前辺境の森へ来た時に聖獣の兎を助けた事があった。もしかしたらあの子の子孫なのかもしれない。
でも確か辺境の森の奥地って禁足地だったはず…………いや、さすがにそんな訳ないか。流石に人里に近い所だよね?
……大丈夫大丈夫。私は最強無敵の魔女様なんだ……
このことはひとまず置いといて、今は目先のことの方が大事。
「えっと……ごめんね、2号……ちゃん? やっぱり私の魔力わかっちゃうよね」
私の内包する魔力はどうも生まれつき特殊みたいで、常に闇属性を纏ってしまうのだ。闇属性は生き物にとってあまり気分がいいものではないらしく、無駄に圧迫感というか威圧感を与えてしまうらしい。私自身がこの圧を受けた事がないからよく分からないけど、動物達は人より感覚が鋭い分、余計に怖がってしまうみたいだ。
「あっ、イオンちゃんもなんとなくわかっちゃうかな?」
「え? うん。闇属性だよね? なんというか……常に『怖い』って感じるんだよね。あ、今はお姉さんも結構抑えてくれてるでしょ? おかげでほとんど気にならないもん」
確かに気を使ってはいるけどそれ以上に……
「この場所のおかげでもあるのかもね。『救世の力』……光属性って言ってもいいかも。その力が相殺してくれてる」
「あ~、それもあるのか。なんだっけ? 確か『強い魔力を発する生命体が長くその場に留まる事で、周辺の属性や性質が変化する』って話? なんかの本にあった気がする。なんだっけ?」
「よく知ってるね。今回の場合は多分あなたのお母さんね。『救世の天使』でしょ? 雰囲気っていうか、救世の力持ってる生命体なんて、『救世主』か『救世の天使』しか私知らないし」
「えっ……よく分かったね……」
「さすがにね。こんな神域もどき形成できる心当たり、そこしかないもの」
「やっぱりお姉さんって、アタシの知ってる…………」
そこまでいってイオンは言葉を止め、改めて言った。
「……いつまでも玄関前で長話するもんじゃないね。入ってください」