7.金の卵を産むカラス
予告通りこれから 二話『ヤパネーゼ復刻計画編』に入っていきます。
【ヤパネーゼ】とは――旧世界人類のうち 黄色味を帯びた肌を持つエイジアネ人種に属する一民族を指す。黒く滑らかな髪と、ぱっちりとしていながら切れの長い目に黒い瞳を持っている。詳しくない者にはシナエゼ民族と同一視されがちだが、性質はより従順かつ忠誠心が強く 敬愛する強者の下に集団で仕えることを好む。顔立ちも二重まぶたであったり眉が濃かったりと 他民族の特徴が発現することも多い。男女ともに中性的な幼形成熟的容姿を持っていて、古くは愛玩奴隷として市場に出回ることもあった。
当時より支配階級にあったヒスパネルラ人種に較べると、彼らはもとより難産型で それほど多くの子を為す事が出来ない人種であった。加えて個体寿命を伸ばしたり、望まぬ子どもを勝手に作らないようにと 去勢や避妊の手術が大々的に推奨された。結果、ヤパネーゼの総数は激減し、愛玩奴隷としての彼らを所有する者はいなくなった。
再びの奴隷狩りから逃れようと、民族として残っていた数少ないヤパネーゼ人は ある時、惑星セスへと向かう航宙船に何らかの手段を用いて――現在の研究では、彼らは密かに造船技術を手にしていたと考えられている――乗り込み、衛星メネより脱出を試みた。
その後、間を置かずして惑星セスにて《大破滅》が起こり、ヤパネーゼ民族の消息は完全に途絶えた。故に、ヤパネーゼ民族は絶滅したとされている。
その扱いは愛玩奴隷でしかなく、衛星メネ上での存在が失くなった今現在でも ヤパネーゼ民族というものが忘れ去られることはなかった。なぜなら、ヤパネーゼ民族を愛好し 彼らについて深い造詣を持つ研究者の一人が、とある子供向け人形劇を制作・配信したものが予想外のヒットを飛ばしたからである。
ヤパネーゼ民族をモデルとする美少年剣士を主人公に据えた、純ヤパン風冒険活劇【天下掌握! ゴザル丸】。長く変化のない衛星メネにて 退屈していた少年少女だけでなく、そのキャラクター描写やストーリー展開に 大人たちの心までも鷲掴みにした。当に天下掌握であったと言うべきか。
配信が終了した後もゴザル丸人気は長い間 衰える事はなく、現在も時折 再配信されたり、関連商品が売り出されているほどだ。
その中でも爆発的に売れていたのが【ゴザル丸人形】シリーズである。一時は自律式の等身大人形まで開発されていたようだが、開発責任者が精巧さに拘るあまり 資金が尽きて、世に出る事なく開発は頓挫 販売も中止された。
もともとが愛玩奴隷であった事もあり、若武者人形の亜種が数多く生み出され 販売されてきた。それでも『本物』のゴザル丸人形、それも幻の自律式等身大人形の復刻を求める声は少なくない。
「お? 来週、【ゴザル丸】再配信来るのか。楽しみだな」
アゲ門思考記録継承管理 及び 保管研究倉庫――俗称『アゲ門保研』。
部下の一人のやらかした仕事の謝罪で昼休みは潰れてしまい、ようやくできた業務の合間に栄養補助ビスキュイブロックでサツマ氏は空腹を誤魔化していた。休憩ついでに眺めていたデータ配信番組予定表で、久しぶりに【天下掌握! ゴザル丸】の文字列を見つけたところだ。
「……親子特番、か。ぼくも自分の子どもと観たかったなぁ」
色恋に興味も縁も無かったとは言わない。それでも運命的に出会った相手は女性ではなく 性分に合致した仕事だったせいで、この年齢まで独り身を貫いてしまった。望めば子供だけなら、複製体生産技術を利用して形式上の息子を造れる。いっときはそれを利用することも考えたが、コストの割にいまだ安定性は低く、何より自分の複製体に愛着を持てる自信がなかった。あんな物を使って自分の分身を育て、悦に入るほどサツマ氏は自己陶酔していないと自覚している。
「今時、親の観ていた昔の番組なんて 一緒に観る子どもなんかいませんよ」
「テンプラ君。頼んでおいた修正 終わったの?」
「飽きたんで メンチくんに投げてきました」
「飽きたなんて理由で 他人に押し付けちゃ駄目でしょ!!」
半分は冗談だろうが……冗談だと思いたいが、全く悪怯れる様子もなく助手のテンプラは炭酸飲料を呷っている。部下たちの得意分野はきちんと把握しており、最も効率が良く生産性の高い作業を サツマ氏自ら割り振っている。同じく助手を務めるメンチとは相性の悪い作業のはずだ。後で様子を見て来なくては。
余所の施設や研究所からも「うちに来ないか」とお誘いがかかる程度には出来の良い部下たちなのだが、実際に引き抜かれても そう何日も経たないうちに皆、返品されてしまう。どこの所長も決まって こう言ってくるのだ「こんな問題児だと思わなかった」。
大して優秀なわけでもないサツマ氏が使いこなして成果を上げているのだから、自分の方がより彼らの能力を引き出してやれる。そんな考えで引き抜いているなら当然だ。サツマ氏は彼らを使いこなしてなんかいない。
「冗談ですよ、大体 終わりました。投げたのは片付けだけです」
「押し付けてはきたんだね……」
「おれには他にも 大事な仕事がありますし」
サツマ氏が命じなくても、彼らは自発的に手柄を上げてくれる。
「……上手く動いてくれてますよ。通信状態も良好です」
「例の、製造工場の話かい?」
「ええ。設計データのやり取りは 完璧に出来るようになりました。あとはもう少し【P.and.R.A.システム】が言う事聞いてくれれば、楽なんですけど」
「本当はあんな奴の思考記録なんか、混ぜたくなかったんだよな」自らの好き嫌いまで押し殺して、身勝手な彼らは サツマ氏のために動く。
「すごいなぁ、テンプラ君。地上施設の扱いなら、もうテンプラ君の右に出る者 いないんじゃない?」
「当然、いませんよ。所長はもっとおれを 褒め称えるべきです」
「はいはい、テンプラ君は我がアゲ門の誇りだよ」
冗談めかした口調でも、サツマ氏の笑顔は心からのものだ。
彼らの父親がくれなかったものを、惜しむことなくサツマ氏は若い部下たちに分け与える。それこそが サツマ氏の唯一にして最強の技能である。
「ああ、そうだ。今後の参考に おれも【ゴザル丸】観ておきたいんで、再配信始まったら呼んで下さい。たしか、カラさんも観てみたいって言ってました」
「え、本当!? いいよいいよ、みんなで観よう」
悪戯っぽく笑いながら休憩所を出て行くテンプラを、サツマ氏は満面の笑みで見送る。世間の普通とは少し違うが、胸の内に秘めていた夢は叶いそうだ。
「……みんな一緒に観てくれるって。楽しみだね、ゴザル丸ちゃん」
ポケットの中の若武者人形の頭を撫でてから、サツマ氏も立ち上がる。
「本物の君にも、会えるのかな……近いうちに」
休憩所の小さな丸窓から、黒い星空が見える。恒星ネメシスの灯りを弾いて 青緑と赤に分かれた半円が、メネの地平からこちらを見ていた。
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《討伐者協会》公認宿酒場『ファズおじさんのおうち』の営業自体は朝の早い時間から始まっている。ただし それは宿泊客に対してであり、余所に宿を取る《討伐者》や一般客に正面口が開放されるのは ある程度日が高く昇ってからになる。住み込みの従業員はファズとダイフクのみで、他に居るのは宿直番になった従業員だけだ。宿直も交代制であり、次の当番が出勤すると昨夜の当番たちは各々宿舎や自宅へと帰っていく。
早朝でも【厨房班】は、仕込みや食材の調達手配など仕事は多い。早い時間に出勤し、裏方の仕事に専念した後に 酒場としての営業時間が始まる前に帰宅する組もある。そのため 従業員用の裏口は、ファズが起き出した時点で開放されている。
「おはようございます」
《討伐者協会》の裏方に回ってから、従業員特権で宿泊客より早い時間から朝食を出してもらえると知った。有り難くポッチも特権を利用させてもらっている。
「おう、おはよう。朝メシか? 休憩室で待ってろ」
食堂はまだ【厨房班】早朝組が掃除をしている。明け方まで見回りや設備のトラブル対処をしていた宿直番の三人は、仮眠をとっているのか姿が見えない。自室のあるファズとダイフクを除く、全従業員のための共同休憩室は 灯りも点いていなかった。早朝組のうち仕込み担当と二言三言やり取りしてから、ファズは昨晩のメニューの残りをごった煮にして火にかけた。
「お前さんはお客だと思ってねぇから、俺らと同じモンだぞ」
「いやいや十分です! タダ飯させてもらって、文句なんか言えませんよ」
何より テキトーに煮込んだだけなのに、非常に美味い。ファズを真似て ポッチも自宅にある物でごった煮を作ってみたのだが、全ての食材が無駄になるという悲しい結末となった。
「……何でだろうな。同じ物使って同じように味付けしたはずなのに。……肉球か? 肉球から出汁が出るのか?」
「そんな食品衛生法に違反するようなことしてねぇよ」
「だとしたら、ファズ愛ですか? ファズ愛 混入してるんですか?」
「入っちゃいるけど、衛生的にヤバイ物入れてるような言い方はやめてくれねぇかな……」
他の従業員の邪魔になるから、と覗いていた厨房を追い出され、半分だけ灯りの点もった休憩室に ポッチは独りポツンと残されていた。
朝食を済ませた後《地下製造工場》、通称《チカコーバ》遺跡へ向かう心づもりでいる。本当に《アヴェクス》正門前で落ち合えるのか、まだポッチも半信半疑だが、取り敢えずは行ってみようと思う。
「出かける前に、ダイフクに報告しておきたかったんだけどな」
ダイフクの寝起きが悪いのは 前々からよく知っている。こんな時こそ、あの面倒臭いヤドカリ型機械獣――カシオペアが出てきてくれれば……。
『我が主人の眠りを妨げる者には、大いなる災禍が降り注ぐであろう……』
「お前の御主人様は いつからファラオになったんだよ」
スリープモードが解除されたばかりでも、さすがの索敵探知能力だ。常日頃から敵視しているポッチの生体反応を感知し、カシオペアが姿を現した。
「というか、お前がこの辺りうろついてるってことは、ダイフクも起きてるのか?」
『スミマセン、ヨク聞キ取レマセンデシタ』
「嘘つけ、お前の音声認識能力の精度が高いのは知ってるぞ」
『チョット、ヨク分カリマセンデシタ。失ワレテ久シイ古代天空言語デ モウ一度オ願イシマス』
「質問させる気ないな、この高機能ポンコツめ」
『ナカーマ! 自己紹介、ありがとうございます』
「よーし、ナカーマって言ったな? 仲間と認識するなら、マトモに答えろよ」
『おのれ、誘導尋問とは小賢しい真似を……っ!』
カシオペアと戯れていると、テーブルに椀や匙の置かれる音が聞こえてきた。ポッチの朝食を並べるにしては数が多い気がして振り返る。
「朝っぱらから俺のカシオペアといちゃついてるなよ! ポッチにはちゃんとエウテルペがいるだろ!」
「誰!? エウテルペって誰だよ!?」
珍しくこんな朝早くから ダイフクが起き出している。テーブルに並んだもう一食のまかない飯は、ダイフクの当たり分だったようだ。
「まだ営業時間前だから、もうちっと静かにしてくれ」と、厨房に戻るファズに注意を受ける。気をつけます、と頭を下げてから 朝食の並んだ席に着いた。
「おはよう、今日は早いんだな。夜中に何か トラブルでもあったか?」
明け方の機械トラブルの対処に追われて そのまま寝そびれたかと予想したが、そういうわけでもないらしい。向かいの席に落ち着くと「何かあったみたいだけど、呼ばれてはない」と返ってきた。
まだ熱いごった煮を頬張り しばらくハフハフ言いながら、ダイフクは早起きの理由も口にした。
「カシオペアに、ポッチが来たら起こすように頼んでおいた。ポッチのグライダーに救難信号の発信装置も付けてあるから、遠出するようなら持ってくように言おうと思って」
「それなら大丈夫だ、もとから持って行くつもりでいたから」
「持ってく時は絶対、最後まで畳んでね」
「ん? アレ、もっと小さく出来るのか」
口の中以外にも何かを含んでニヤつきながら、ダイフクは頷く。何か仕込んであると想像はつくが「まさか、甲殻類型になったりしないよな?」。
「まさか。甲殻類型には変形しないよ」
「ちょっとこっち見ろ。……うん、嘘は吐いてないか」
それならば何を仕込んだのかと疑問は残るが、これ以上の追求はやめよう。
「会長からの依頼で、これから《チカコーバ》の調査に行くことになった。遠いから日数もかかると思うが、こっちの人手は間に合うか?」
「カウンター業務は【受付班】に任せちゃうし、クルト君のパーティに体 空けてもらってる。【遭難者救助班】の仕事は しばらく代わってもらうつもり」
「僕が入ってる時より手厚いな」
『もちろんですよ。帰る場所もないくらい間に合ってますから!』
「カシオペア、そんな事言わない!」ダイフクにたしなめられ、しゅんとカシオペアは眼柄を伏せた。よしよしと前甲を撫でてやってから、声のトーンを落として口早にダイフクは続ける。
「帰ってきたら、またオジちゃんの墓参りに付き合ってよ。エビフライ麺 奢るからさ」
独自のルートでしか手に入らない ガイボー砂海産のグラスロブスター(ダイフク曰く、正確にはロブスターではなく別種の大型エビであるらしい)の巨大なフライが乗った油そばは、《アヴェクス》の都では とある老舗麺屋でしか食べられない。
そのお誘いの裏にある意図を察し「分かった」と頷いておいた。
「気を付けて行って来いよ」
「そっちもな。僕がいないからって 無茶するなよ」
軽い景気づけに、互いの右手を差し出す。
ポッチとしては、クルトと以前やっていたように 拳を打ち合わせるはずだった。
ダイフクとしては、ファズとよくやるような ハイタッチをするつもりだった。
そろそろ食べ終えた頃だろうと、ファズが食器の回収に出てきた先で。
「……仕事前からクロスカウンターとか、仲良いな お前ら」
気合の入った張り手を食らったポッチと、気合の入った正拳を食らったダイフクの姿に、満足そうな微笑を浮かべて ファズは空になった食器を回収していったのだった。
【月紀 8001年 6月の手記より】
長老ユベ氏が亡くなった。産まれて間もない双子が残された。
誰が面倒を見るのかと思えば、ラクガンが二人とも引き取っていた。身内には限るが 子どもは好きらしい。俺の複製体も欲しがって、ことある毎にせっついてくる。
鬱陶しいことこの上ない。俺は子どもなんか 好きじゃないのに。