4.丸かぶり姫
※少々刺激が強いと思われそうな描写があります。軽くしてあるつもりですが、残酷描写、グロ表現、胸糞描写が極端に苦手な方はご注意下さい。
宿酒場の居住区分担当の従業員に頼まれた買い出しから、帰った途端に雨が降りはじめ、強い雷雨は翌々日まで続いた。
ようやく見えた晴れ間とはいえ 風はまだ強く、日を置かず雨雲を呼びそうだ。
「……雨がないうちに、《ホカンコ》の制御室、診て来ようかな」
久々の仕事日和に荒野へ飛び出す《討伐者》たちの見送りを終え、ポツリとダイフクも口にしていた。
「僕も一緒に行こうか?」
「今回はカシオペア連れてくからいい。暇なら受付の留守番でもしてて」
留守番と言われても、受付には代理の出来る【受付班】が出来たばかりだ。ダイフクとカシオペアが居なくても、窓口業務なら任せておける。別の班の従業員が立っていても邪魔になるだけだ。
『そのまま実家に帰っていただいても、私は一向に構いませんよ!』
「それやると困るのは お前の御主人様だぞ」
『ポッと出の分際で生意気に! あなたの代わりなどいくらでもいるんですからね!? あなたが消えたとて、第二第三の甲殻類型カシオペア号が……』
「お前が増えるのかよ!?」
「何ソレ素敵‼」
ダイフクが《ディオツ》で暮らしていた頃から使役している ヤドカリ型機械獣のカシオペア号には、自我の発達した人工知能が搭載されている。処理能力が高く多才で 有能な使役機械獣なのだが、少々クセが強いのが難点だ。主人への忠誠心(当機は愛と呼称している)が重すぎて、相方として働くポッチに度々 敵意を向けてくるのは 正直ポッチも困っている。
「ポッチばっかり連れ回してたから、カシオペアも淋しくなっちゃったんだよね」
『そうなんです。あんな盗人ガラスなんて、主人のお仕事全部押し付けて過労で倒して病院送りにしてしまえば良いんですよ!』
「過労で倒れられるのは困るな。代理がいないと、カシオペアとガレージ籠もれなくなっちゃうし」
『もう、ヤだぁ! 主人のえっち!』〈ポッ(赤色表示)〉
こうまで露骨に目の前でイチャつかれると、ポッチにも少しばかり意地の悪い考えがよぎる。
「……カシオペアとガレージ籠もれなくなったら、外仕事のついでにデメテルとよろしくやるだけじゃないのか? こないだも“尖ったフンドシのラインがタマラン!”とか 熱く叫んでたし」
すっと、カシオペアの赤色表示が消えた。
『……主人? どういう事ですか?』
「いやまぁ、それはその、仕事上の付き合いというか……」
『仕事仲間にフンドシ発言は セクハラですよね?』
「いやっその、正式名称だから? 甲殻類の下腹部パーツの、ね?」
『ヨソのカニの下腹部パーツを、”ラインがタマラン!”とか叫んでいたって事ですよね?』
へらへらと誤魔化し笑いをしていたダイフクが、観念したように表情を引き締め 眉間を揉みほぐしながら息を整える。
「……。覚えてろよ、ポッチ‼ 帰ってきたら酷いからな‼」
『あっ主人!? その時は私も加勢しますが、話はまだ 終わっていませんよ!』
捨て台詞を吐いて受付カウンターを出て行くダイフクを悪い笑顔で眺めていると、ふわりと食欲をそそる揚げ物の匂いが流れてくるのに気が付いた。
振り返れば 六段重ねの巨大な重箱を風呂敷で包む、黒いジャガー頭の大男 もとい宿酒場の主人であるファズと目が合った。
「お前さん、今日はダイフクと別行動だろ? 頼まれちゃくれねぇか」
「弁当の配達ですか?」
「おう、サナから注文入ってな。正午頃、都の中央公館で待ってるとよ」
中央公館、ということは都の上層部の集まりか何かだろうか。二つ返事で配達を請けると、特に気負うこともなく ポッチも宿酒場を後にした。
**
巨大な風呂敷包みを抱えて都の中央公館が見える頃には、丁度 陽は空の真上に届いていた。伝書ミサイルの発射機構から、正午を報せる音花火も打ち上がる。良い時刻に着いた。
「よう ポッチン! 待ってたぜぃ」
中で用事をこなしながら待っていたのだろうサナが、中央公館の正面口から現れる。手を振りながら ポッチのもとに歩み寄って来た。
「今日はひとり?」
「はい。特にやる事もないみたいなので、頼まれてきました」
「そっか。じゃ、一緒に食べてく?」
「はぇ?」予想もしていなかった流れに、腕を引かれるまま 中央公館の中へ連れ込まれてしまった。「貸し切りにしてあるから」と、戸惑うポッチを『第三会議室』の方まで誘い込む。
室内に据えられた円卓に着いていたのは 都のお偉いさん方ではなく、ポッチにも見覚えのある人物たちだった。
「……。すみません、用事を思い出しました」
くるりと踵を返すと、娼館で用心棒を務めていた黒服集団の内の二人に さっと出入り口を塞がれてしまった。前髪をかき上げたって、きっとダイフクのようにはいかない。
「タイプの違う美女三人と、楽しく話しながらお食事するだけだろ? そんなビクビクしなさんな」
サナの他に二人、確かアイという名の言動のおかしい陽の民の娘と、他人様を食べ物扱いしてきた堕天の民のプリンという少女が 卓に着いている。
どう考えても、美味しくいただかれるのは こちらではなかろうか。
「えっと、楽しく話しながらって……どんな事を話せば良いんですかね……」
「そうですわね、子どもは何人くらい お望み?」
「あ、いや、僕は卵生なので、卵 産めない人はちょっと……」
「なんてこと!? 永遠に恋人のまま、二人きりで生きていきたいですって!? 良くってよ、よろしくってよ」
食い気味に身を乗り出すアイを迷惑そうに押し退け、静かにしかし圧をかけて プリンもポッチを薄青い一ツ目でじっと見つめる。
「ふだんのしょくせいかつ、おしえて」
「……食生活?」
「そう。どんなもの、たべてそだって、どんなあじ、しあがったか、しりたい」
成り立たない会話に困り果て、視線でサナに助けを求める。
「うんうん、若人が楽しく盛り上がっている様子ってのは、見てて気分良いねぇ。ご飯が美味いわ」
「こっち、食欲 消え失せてるんですけど」
いつの間にか自分の当たり分は平らげ、サナは満足そうに笑っている。
まさか本当に 見合いを持ちかけるために、会議室まで貸し切った訳ではないだろう。眉根を寄せたまま目を逸らさずにいるポッチに改めて気づくと、ふいと笑みを消して サナは卓の上に両手を組んだ。
「よし、ここからは仕事の話をしようか。まだ企画の段階だから 他の協会関係者にも言ってはいないんだけど、新しい【班】を設けようかと思ってるんだ」
仕事の話になると、別人のようにサナは真面目な口調になる。黙って続きを待った。
「現時点で『天空遺跡』は新発見されたものの調査も《討伐者》の仕事に割り振られているのは知ってるね? それ自体には何の問題もない。むしろ軽い調査は 数の居る《討伐者》に任せるのが最適だ」
「ザキ、資料出して」待機中の黒服に声をかけ、文書を受け取る。地図と図表の載った数枚をポッチに向けて広げ、サナの指はトントンと図面を叩いた。
「足りないのは、『天空の民』と接触できる人材なんだ」
遺跡と呼ばれながら、今でも稼働している各地の電脳制御室。常に更新され続ける野良機械獣の人工知能。生身で降りて来なくとも、その背後には『天空の民』の影がちらつく。
「登録済み《討伐者》には巨獣や機械獣、《アーカディウス》のような地上の脅威の排除に専念してもらいたい。一般の都民には不確定な不安要素で混乱を招きたくない。依って、ごく内密に動ける者が必要でね」
「それだったら、僕より先に ダイフクに相談した方が」
『駄目よ。あの子、すぐ絆されるもの』
ずっと聞き耳を立てていたのか、サナの懐から 小さなカニ型の機械獣が跳び出してきた。《討伐者協会》内ではお馴染みの講師兼マスコットガール《ミッちゃん》だ。サナの呼ぶところを見ると、本名は《ミツマメ》らしい。
『カシオペアからも聞いたのだけど、ダイフク君の身内はまだ残っている可能性があるの。加えてあの子、新しい機械獣が墜ちてくると すーぐ飛びつくでしょ? 釣られて【天空返り】起こす危険があるわ』
「【天空返り】? そんなの初めて聞きましたけど」
『要は、堕天の子が天空の民に寝返るってことよ。……そこのプリンちゃんは正しく『堕天の子』、おそらくヨーガ氏族の欠陥体ね。いらないからって墜とされた子なのだけど、ダイフク君は違う。私の娘と同じで、地上に干渉するために堕とされた子だから』
《ミッちゃん》の言葉に、苦々しい顔でサナは組んでいた両手を拳に変える。
『もし、本当のお父様に“帰っておいで”って言われたなら、頷いてしまうんじゃないかしら』
「……どうでしょうね。アイツ、人間に対してはドライですから」
意外そうに『ふぅん』と返したものの、《ミッちゃん》の考えは変わらないようだ。
『まあ とにかく。ダイフク君にも漏らしちゃ駄目よ、ポッチ君も相方がいなくなったら不便でしょ? あくまで 内密にね』
念を押した後で、話の続きを鋏に乗せて サナに返す。
「ポッチンは約束 守れる子だから心配ないよ。で、話は戻るけど。地上で不穏な動きを見せる 天空の民の痕跡がないかを、重点的に調べる【班】を作りたいワケよ。あたしがアイちゃんとプリンちゃんを引き取ったのも、個人的に使える配下が欲しかったってのが本音」
もう一人、役に立ちそうな草も手懐けた。こちら側の下準備は充分だ。
「促成栽培になるけど《討伐者》と同じだけ使えるように指導はしておくから、ポッチンにはこの子たちと一緒に調査に当たって欲しい。そうだな……シンプルに【天空の民対策班】とでも呼んでみるか」
「ダイフクにはどう説明すればいいですかね。【遭難者救助班】の仕事は最優先ですし、こっちに時間を割き過ぎると怪しまれますよ?」
「そこは都合良く、あたし直々に依頼を出すよ。これまでもダイフクちゃんに渡してたような依頼だし、ダイフクちゃん本人を外す理由も上手く付けておくから、あんたが気を揉むことじゃない」
ならば尚更、今まで通り自分とダイフクに渡しておけば良い案件のような気はするが、口には出さずに収めておく。
「てなワケで、本日の用件は アイちゃんプリンちゃんとの顔合わせと、新規班組についての説明でお仕舞い! あとは三人で 親睦を深めてちょうだい」
サナが席を立つと、獲物を狙う三つの目が妖しく光った。
「それではポッチ様、先ほどの続きをじっくりとお話ししましょう?」
「けさは、なにたべた?」
並べられたファズお手製 黒猫(本当は黒ジャガー)印弁当は、とても手を付けられそうな状況にない。サナの新しい部下たちも、弁当よりポッチに夢中だ。
「おべんと、くわないの? いまより、にくへったら、こまる……あ、つぅ」
今の今までギラギラと目を光らせてポッチを見つめていたプリンが、唐突にこめかみを押さえた。歯を食いしばり、痛みを堪えているように見える。
「どうした? 頭、痛いのか?」
思わず立ち上がり 問いかけるポッチに、プリンは頷いて返す。
「……うち、ときどき、あたまいたいなる。いつものこと、へいき」
「いつものことって……会長、癒術かけてやっても良いですか?」
訊いておきながら返答も待たずに印を組むポッチに、苦笑いしながら サナは首を横に振った。
「無駄だと思うよ。その症状、『人食いの呪い』だから」
「……『人食いの呪い』?」
「その子、本当に食人してるんだって。一時的には痛みは抑えられるだろうけど、完治はしないよ」
未開の夜の民、ハゲタカ部族に拾われたプリンは、天より賜りし神の子として祀られ 丁重に育てられてきた。天空の民としてはいらない欠陥児であったにも関わらず、彼らハゲタカ部族の信仰する 一ツ目神に合致する姿を持っていたプリンは、供物を捧げられ 生き神として大切に扱われていた。
一つだけ 彼らが間違ってしまっていたとしたら、神の子への供物として部族の赤子を 生贄に捧げたことであろう。
未開の名もなきその集落に祝い事がある度、また 人の力の及ばぬ災いが起きる度、彼らは生き神に彼らの赤子を差し出した。
何も知らないプリンは、与えられるままに ヒト――夜の民の味を覚えてしまった。ハゲタカ部族と同じ食生活を二十数年も送り続け、正常な味覚と長いはずの健康寿命を 徐々に失っていったのだった。
「一時的でも、いくらかはマシだろう」
加えて堕天の民には効きにくいが、構わず癒術【白の癒し】を発動する。多少ではあろうが、プリンの表情を見るに 痛みは和らいだようだ。
「痛くなったら言え、また かけてやるから」
後ろでうっとり見惚れては悔しそうにキーキー言ってを繰り返しているアイには 口の端を吊り上げて見やってから、プリンは純粋無垢な笑顔を ポッチに向けた。
「ありがとう! おれいに、おまえ、まるかぶり!」
心よりそのお礼は遠慮したいな、と胸の内に呟くポッチであった。
**
(サナから見て)会話が弾むあまり、届けさせた弁当には大して手を付けられないまま 食事会はお開きとなった。先にポッチを帰し、黒服の二人に片付けを命じてから 残った弁当の包みをアイとプリンに持たせる。「外に出たら、正面口の前で待っててね」と アイとプリンも部屋から出した。
「さて。あんたにも 片付け頼むわ」
ずっと沈黙を守っていた。第三会議室の扉も、窓も。
ひらりと サナの前髪が風に揺れる。
その直後――黒服の男たちの頭は、二つとも床に落ちていた。
【月紀 7998年 10月の手記より】
ラクガンがまた 惑星セスに複製体を降ろした。
どうせ今回も、すぐ死んでしまうに決まっている。金と時間と細胞の無駄だ。