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2.言わんの馬鹿

 陽は高く昇っているというのに、高い建物群のせいか たむろする人々の心の闇のせいか、この一帯はどこか仄暗い。昼過ぎと指定されたにも関わらず、昼食を摂るより早くに《アヴェクス》内最奥に隠された色街通りに ポッチはダイフクと向かっている。

 目指す娼館『シルク・スパイダア』も含めた通りの見世みせは営業している時間ではなく、歩く人の数は《アヴェクス》の都とは思えぬほど少ない。ただ、人の目がないという訳でもないようで、通る者の一挙一動を覗うような気配をそこかしこに感じる。


「気分悪いかもしれないけど、あまりきょろきょろしないように。後ろも気にしなくていいから、前だけ見て歩いて」


 明らかに初めてではない、それも道に慣れた様子で 早足にダイフクはサナが経営するという娼館へと進んでいく。隣に並んで歩くよう言いつけられるままにポッチもついて来たのだが、普段 縁のない場所だけについ、周囲の見えない視線に気を取られてしまう。

 訊きたいことはいろいろあるのに、機嫌の悪そうな険しい顔をされていては あれこれ口にするのも遠慮せざるをえない。悶々としながら黙り込んで歩くうちに、ようやく電源の落ちている『シルク・スパイダア』の立て看板が見つかった。

 けばけばしい建物の脇の従業員用と思しき通路を抜け、呼び鈴も鳴らさずにダイフクは裏口の戸を開けた。

 入口をくぐってすぐ、壁の両側に待機していた黒服の屈強な嵐の民、熊系部族の男たちが ダイフクとポッチの前を塞ぐ。


「御用件は?」

「サナさんに呼ばれた」


 面倒臭そうに答えるダイフクを、まだ不審な顔で黒服の男たちは覗っている。


「……これで、通してくれるかな」


 小さく嘆息を吐き捨て、ダイフクは前髪をかき上げる。何人かは合点したようで 壁際の所定の位置に戻っていった。


「え? 誰だ?」

「馬鹿、サナさんのイロだよ。ちゃんと顔、覚えとけ」


 合点の行かなかった者も、同僚の発した情報に 慌てた様子で道を空ける。服の裾を引かれて ぽかんと呆けていたポッチも我に返った。

 黒服の群れが大分 後ろになった所で、さり気なくダイフクに訊いてみる。


「……ダイフク、『イロ』って、何のことだ?」

「目の網膜って部分が、光を受けて起こる感覚の事だよ」

「なんだ。僕はてっきり、会長の情夫でもやってるのかと」

「意味 知ってるなら 訊いてくるなよっ‼」

「痛っった‼」


 すぱぁん! と良い音で頭をはたかれた。温和なダイフクの手が出るとは、余っ程 聞かれたくない事だったのだろう。


「誤解されたままだと不快だからちゃんと教えておくけど、あくまで『方便』だからね? お互いに都合の良い、『方便』!」

「年はちょっといってるけど、あんな美人相手にして不快って……」

「じゃあポッチは、サナさんを そういう対象として見れるの?」

「……タイプではない。」


 「だろうね」悩ましげに眉間を揉みほぐしながら、声のトーンを落としてダイフクは続ける「それもあるけど、」。


「俺が《ディオツ》出身なのは知ってるだろ。十年くらい前に《アヴェクス》に来た頃、保護者役としてはファズさんがいたけど《アヴェクス》での後ろ盾が何もなかったから、サナさんを頼ったんだよ」


 今でこそ《討伐者協会》公認宿酒場『ファズおじさんのおうち』の名物マスターとして人気者だが、当時は流れの嵐の民マタギだったファズも《アヴェクス》での後ろ盾としては 立場が弱かった。

 《ディオツ》という集落は壊滅した。しかし住民までも全滅したわけではなく、たまたま他の集落に出向いていて難を逃れた者も少数ながら残っていた。

 噂というものはどこからでも流れてくるものだ。ダイフクの育ての親が経営していた使役機獣屋が《ディオツ》壊滅のきっかけであると、何かの弾みで《ディオツ》集落の生き残りに知られてしまった。


「……独りでお使いしてるところを囲まれて ボコボコにされちゃってさ。終いにはここじゃないけど サナさんのお母さんの息がかかった見世に売られかけたよ。で、それ聞きつけたサナさんが そういう『方便』を使って助けてくれたってワケ。……灰汁の強い人だけど、恩人として感謝はしてる」


 それなりにサナの役には立っているつもりだが、まだ借りは返しきれていないとダイフクも自覚している。


「サナさんから見ても、『堕天』の男が側付きにいると箔が付くらしくてね。《アヴェクス》の前の長老さんが『堕天』の人だったっていうし」


 「ふぅん」いつも遠慮のないやり取りをしているくせに サナに頭が上がらないのは、そういう事情があったからなのか。納得ついでに もう一つ訊いておく。


「で、体のお付き合いの方はどうなってるんだ?」

「だから‼ そういう質問が不快だって言ってるんだよっ‼」


 対人暴力を好まないダイフクに 直に二回もどつかれたのは、後にも先にもポッチしかいないのだという。


 両側面に互い違いに扉が連なって伸びていた廊下が、ベンチの置かれた突き当りで終わった。休憩中といったふうに 派手なパーティードレス姿の女性が二人、ベンチで談笑している。ドーベルマン犬族とブチハイエナ族の嵐の民の女性たちはすぐにポッチたちに気付き、ブチハイエナの方がダイフクに声をかけてきた。


「はァい、おニイちゃん。お揚げとビスキュイ、どっちが好きィ?」

最中モナカ一択」

「おっけ、ごゆっくりィ」


 意味の分からないやり取りは符丁だったようだ。ブチハイエナの女性だけでなくドーベルマン犬種の女性も立ち上がり、二人がかりでベンチを退ける。壁の模様に擬態した引き戸が そこに現れた。

 二重になった扉を抜け、さらに奥にもう一つドアが見える。その向こうが サナの言っていた『裏事務室』という場所だ。

 丸っこい狐の飾りが付いたノッカーを四回鳴らすと、返事はないものと判断し ダイフクはそのままドアを開ける。一度 中を覗いてから、先にポッチを部屋に通して 後ろ手にドアを閉めた。


「早めに来てくれたんだ。良いタイミングだったよ」


 バラバラに先が割れた竹刀を手に、聞き慣れた軽い調子の声が振り返る。事務室とは名前ばかりで、そこに机も事務用品も置いてはいない。


「早速だけど、ポッチン貸してもらって良いかな? ちょっとやり過ぎた」


 だだっ広く薄汚れた石の床、サナの足下に 蹲る人影があった。逃げ出せないように、両手の平も足も潰されてしまっている。竹刀がバラバラに裂けるほど打ち据えられたのだろう、服はすっかり破れ、背中の鱗皮まで痛々しく剥けて血が滲んでいる。特徴的な後頭部からカメレオン系の雨の民と察せる。トカゲ型部族らしく長身ながら、鮮やかな体色を見るに まだ年若い印象を受けた。

 ちら、とダイフクをうかがうと、無言無表情に頷きながら背を押された。恐る恐る瀕死の雨の民に歩み寄り、両手で不慣れな印を組みながら ポッチもその正面に屈み込んだ。


「私事で呼び出しちゃって悪いとはこっちも思ってるけど、あんまりあたしの知らない所で暗殺稼業に精を出されても迷惑なんだよね。だから、丁度ちょっかい出してきた子を取っ捕まえて 質問攻めしてたとこ」

「サナさんに 直接 手を出して来たの?」

「そ。所属の目星は幾つか付いてるんだけど、このボーヤもなかなか強情でね。……使い勝手 良さそうだから、帰してやる気もないけどさ」


 背中の向こうで交わされるサナとダイフクのやり取りに、ポッチは内心冷や冷やしていた。もしや、用事が終わったら「御苦労だった、もうお前は用済みだ」とか「こんな姿を見られては、生きて帰す訳にはゆかんな」とか言われて、自分も一緒に消されてしまうのではなかろうか。いや、まさかそんな。

 不安定な心持ちが術にも作用してしまったようで、通常なら【回復薬】程度の効果も出ないポッチの癒術【白の癒し】が、惑星ホシの力と共鳴して 想定外の出力で発動してしまった。打ち据えられた箇所どころか、潰れた手足まですっかり癒える。


「うわ、何やってんだよ、ポッチン! 全快させるなって言ったろ」

「す、すみません会長! 制御が上手く出来なくて……」


 気付いたサナが割り込むより早く、雨の民の若者の意識が戻った。間髪入れずに跳ね起き、ポッチの胸倉を引っ掴む。


「まま待った待った‼ 僕はここの関係者じゃない‼」

「うるせぇ、余計な事しやがって! ……折角、黙り通せたっつーのに」


 声の質からして、確かにまだ成人前の少年だ。どのような事情があって サナに凶刃を向けたのかは分からないが、ポッチが彼を完治させてしまったからには またイチから()()()()に遭うという事だろう。……彼からしたら、()()()()だ。

 ギンと睨めつけてくる雨の民の少年にそれ以上弁解する気も起きず、しゅんとポッチは目線を落とす。だんまりを決め込むつもりだったダイフクも、さすがに見かねて口を挟んできた。


「今後の展開がどうであれ、まずは“助けてくれてありがとう”じゃないの?」

「ハァ? 拷問のリセットに礼を言えってか?」


 凶器になる物は全て取り上げられているだろうに、サナが向ける眼は隙なく警戒している。とすると、彼が使い捨ての非行少年ではないのは明らかだ。小さく息を整え、ダイフクは感情の乗らない低い声で ポッチに言いつけた。


「ポッチ、【呪印】」


 ダイフクの指示にハッとなり、自分ポッチの胸倉を掴んでいる少年の手首を握る。正面からその瞳を合わせ、相手の能力を封じる呪術【呪印】を発動した。


「【呪印】追加呪効【麻痺】、発動」


 ポッチの呟きと同時に、少年の身体が脱力する。何か言い返そうとしているが、目を見開き口元を震わすだけで 美貌の術者を罵る言葉は何一つ出てこない。


「さすがね、ダイフクちゃんの懐刀」


 ピョウ、と口笛を吹いておだてるサナに乗せられることなく、ダイフクは部屋の中を物色している。お目当ては縄だったようで、奥の壁にかかっていたそれを引き抜いて戻ってきた。


「メインは《マタギ》に転向したけど、《マワシ》を辞めたわけじゃないから」

「僕は使役獣扱いかよ」

「違うよ、専用装備。ポッチがいれば 護身具もいらない」


 逆に、使役機械獣を連れていたりすると 故障させてしまうこともある。

 見つけた縄で刺客のカメレオン少年をイモムシに仕上げると、ダイフクは「どこに片付ければいい?」とサナに問う。顎に手を当てて しばしサナは考え込んだ。

 抜き身の刃物のごとき気迫をすっかり失くし、年相応に怯えた顔で 心なしか少年の体色まで青ざめて見える。


「……十分 痛い目は見ただろうし、それで吐くわけでもなかったんでしょう? 差し出がましい事と承知ですが 会長、懐柔策を考えた方が良いのでは?」


 ポッチの案に「ほぉう?」とサナも感心したような声を上げた。直後 良い案を思い付いたと顔に出すと、イモムシになった刺客の少年を担ぎ上げるダイフクに くるりと向き直る。


「よーし、決めた! ダイフクちゃん、その子、奥の通路から客室に放り込んでおいて。キャストが集まったら、そのまま戻ってきて良いから」


 「……分かった」渋々ながら承諾し、サナが指差した先のドアにダイフクと少年は消えていった。

 気付くと冷や汗で背中も額もびっしょり濡れている。大きく息を吐いただけでもう 立っても居られず、ポッチはへたり込んでしまった。


「人間万事塞翁が馬、ってヤツかね」

「何ですか、それ」

「お空の上の人たちに伝わる昔話だってさ。何が良い方向に転がるか分からないって話」


 予定とは違ったが、サナの気に入る結果に落ち着いたという意味だろうか。


「しっかし、泣き虫で可愛いチビちゃんだったのに、すっかり逞しくなりやがって。生意気にあんなに身長伸びるとか、クッソ腹立つわ」

「ダイフクのことですか?」

「うん。でも ファズとあんたが甘やかすから、まだ甘ったれなのは抜けてないよね。そのくせ結構 頑固だから、ポッチンも大変だろ」

「そうですね、よく振り回されてます」


 宿酒場のカウンターでするような他愛のない話をしていたお陰か、幾分 緊張も解れた。立ち上がり、服の裾を軽く払う。


「それはそれで、楽しいですよ」


 本心から浮かべたポッチの笑みに、サナにしては珍しく困ったような微笑が返ってきた。付き合いの長いダイフクなら、そんな表情を浮かべた理由が分かるのだろうか。いや、女心が解らないのはダイフクも一緒だった。

 そんな事をぼんやり考えていると、乱暴にドアを開け閉めする音と喧しく通路を駆けてくる足音が『裏事務室』に向かってきた。案の定、先ほどカメレオンの少年を連れて出た方のドアから 血相を変えたダイフクが飛び込んで来る。


「もう帰る! 今すぐ帰る‼ いいよね? 用 済んだよね??」


 振り返りもせず ポッチと入ってきた方のドアへ真っ直ぐ向かうダイフクの行動理由が解らず、目線でサナに問いかけた。さも可笑しそうに サナも喉の奥をくっくと鳴らしている。


「ファズと違ってタダで遊んでいけるのに、いっつもコレだ」

「いや、無理! 人間とか人型とかホント、無理‼ 性的なの受け付けないって、何度 言わせるかな!?」

「僕としてはそっちの方が 理解できないんだがー……」

「いいから行くよ! 帰って一週間くらい、カシオペアたちとガレージ籠もる‼」

「持ち場に戻れよ」


 ダイフクは変に潔癖なところがあり、《討伐者協会》関連の仕事なら問題なく他人と接しているが、色目を遣われると途端に頑なになってしまう。困ったものだと サナと顔を見合わせた後で、素直にポッチもダイフクに従ったのだった。

【月紀 7989年 2月の手記より】

 しまった、ラクガンの誕生日 忘れてた。

 機嫌損ねると 面倒なんだよな、アイツ。

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