ご視聴 ありがとうございました
さよなら、《アヴェクス》。
地平から昇る太陽の光りに照らされ、《パンゲニア》の大地が色づいていく。強い風が駆け抜け、夜に咲いた白い花弁を吹き散らした。
多様な生命と叡智の残滓を抱いた大陸は、今日も輝きに満ちている。
「おや、テンプラ君。熱心に何を観てるのかと思えば、また地上観測用機械兵 降ろしたの?」
アゲ門 思考記録継承管理 及び 保管研究倉庫、俗称『アゲ門保研』にて。
業務時間はとうに過ぎたというのに、映像記録視聴専用モニター前に 明るい茶色の髪が照らし出されている。背後に立った初老の男性の気配を察し、ソファに掛けたまま青年は振り返った。
「せっかくだから、これ観終わったら【天下掌握! ゴザル丸 傑作選】観ない? あと四十分くらいで始まるんだけど」
「嫌ですよ。【ゴザル丸】ぶっ通しで観たら、アレルギー反応出て 涙と鼻水 止まらなかったんですから。次 観たら、アナフィラキシー起こして死んぢまいます」
「素直に感涙したって 言いなさいよ」
普段から斜に構えて 滅多なことでは心を動かす素振りを見せないテンプラが、主人公のゴザル丸が 長年対立していた父親と和解するシーンから終盤にかけて ずっと号泣しっ放しであった事の方が、サツマ氏には衝撃の展開だった。一緒に観ていた研究員仲間にも、一週間くらい からかわれていた。
「……惑星《セス》の景色は、綺麗だね」
赤い荒野を過ぎ去り、いつしか大きなモニターいっぱいに 青く煌めく水面が映し出されていた。その遥か向こうに、緑の点がちらりと覗く。
「――本当に。いつか連れて行って、所長にも 生で見せてあげますよ」
夢を語るときだけ、子供の頃と変わらない顔で テンプラは笑う。
モニターに映る雲一つない空を見つけて、サツマ氏の肩から同じ色をした小鳥型機械獣が飛び立った。
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夜が明けた空に、小さな何かが飛んでいった。小鳥か、小型の翼ある機械獣か。今やどちらもこの《パンゲニア》に暮らす存在、どちらでも構うまい。
《チカコーバ》と地上の民に名付けられた 古代人の生活跡地から、人のそれに似た形の足跡が続く。
その先で、白い肌と黒髪の美しい 精巧な機械人形が、幽かに空に残る月の影を見上げていた。
「――ここまでずっと、観ていてくれたんでしょ?」
呟きとともに形の良い唇が綻びる。その胸元には 穏やかに眠る嬰児が抱きかかえられている。
「この子はモナカ。昔、地上に送っておいたケンピの細胞を復活させて生まれた複製体。念願のケンピの息子! 可愛いよね」
月に話しかけているかのように、災厄の機械人形は嬉々として語り続ける。
「機械の身体は、眠らなくても疲れないから良いね。双子を育てるときに欲しかったよ、この身体」
誰かの記憶を呼び出し、その過酷な思い出に苦笑う。滑らかな冷たい頬を嬰児のそれに擦り寄せ、軽く口づけをした。
「もう ヤツハシみたいに死なせたりしないし、ケンピやダイフクみたいに他人に奪わせたりしない。私だけを見て、私と共に この惑星を従えようね。そして、私たちを殺したあの月の奴らを駆逐してやろう」
慈母の眼差しを愛し子に浴びせ、機械人形はふふ、と微笑む。
一歩を踏み出し さも愉快そうにくるりと回って、美貌の機械人形は――こちらに向いた。
「ここまで 見届けてくれてありがとう。またいつか、キミと会えたら嬉しいな」
――終――
制作・著作 MHK
パンゲニアTRPGワールドガイド シリーズ二作目『お空の闇と鴉と人形』は これにて完結となります。最後まで《アヴェクス》の物語にお付き合いいただき、ありがとうございました!
まだ書き残したことがあるようなないような気持ちで落ち着かないのですが、少しでも楽しんでいただけたならこれ以上に嬉しいことはありません。
今後もたまに細かな誤字や文章の修正はしていくと思いますので、気が向いたときにでも見に来て下さいね。




