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24.カラスの恩返し

 しんと静まり返った試験場広間に、トラフカラッパ型機械獣エリーニュスが触角の手入れをするカシカシ擦れる音だけが響く。

 数十秒ほど続いた沈黙を破ったのは サナだった。


「……ちょっと確認。相手の棄権による不戦勝は倒した扱い?」

「《カックラス(オレらのトコ)》では倒した扱い。ようこそ奥様」


 大仰に婦人をエスコートするような手振りをしながら、ロノアロはニヤつく。直に憤りを表したのはアイとプリンの方だった。


「冗談じゃありませんわ!! どうしてあんな下品で汚らわしいケダモノの巣みたいな組織につかなければなりませんの!?」

「うちも あのすけべじじい、きらい!」


 アテが外れたことに対して舌打ちし、その上で再びサナはダイフクに問う。


「もひとつ確認。ダイフクちゃんは、あたしの主義を理解しているという前提があっての降参 とのことでいいのかな?」

「もちろん。それがあるからあんな暴挙を許したわけだし、本音を言えば ここで俺に勝って欲しくはなかったんだろ?」

「ダイフクちゃんの察しがいいとこ、割と好きだぜ」

「俺はサナさんの非人道的なとこ、嫌いだよ」


 「でも……だから、の方が正しいかな」サナは前に立つアイとプリンの肩をぽん、と叩く。


「その エリーニュスちゃんとパスワードは、渡してくれない訳だね」


 ちらりとサナの表情を窺い、プリンは何事かをアイに呟く。承諾の言葉をアイが口にすると、サナ付きの二人は 構えた武器をエリーニュスへと向けた。


「エリーニュスちゃんの制御権限と天空遺跡の情報管理権限さえ渡してくれれば、憧れの『流れのマタギ』になってもいいよって、何度も言ってるのにさ。《堕天の民》の傍付きならプリンちゃんもいることだし」


 純白に近いプリンの髪を撫ぜ、サナは真っ直ぐダイフクを見据える。


「何を隠してる? ずっと傍に置いて目をかけてたポッチンにも内緒にしてるなんて、相当 悪いことなんじゃないの?」

()()、渡せないだけだよ。今の状態だと、天空遺跡の管理機器を通して《アヴェクス》がどのくらい《天空の民》の現状を把握してるか、こっちの情報も筒抜けちゃうから。だからもう少し、こっちから一方的に敵方の懐を探れる機構システムを用意してからじゃないと……」

「それはいつになるの? あんた独りで、いつまで掛けてやるつもり!?」


 サナの語気が強まる。目を背け、ダイフクは反論の言葉をぐっと詰まらせる。


「余所者のあんたが《アヴェクス》で 何不自由なく動けるように あれだけ手を回してやっても、まだ自分ひとりでどうにかするつもりでいるのかよ!?」


 「会長……」それは既に自分が言ったと伝えようとしても、サナはポッチに見向きもしない。


「……パスワードなら、ポッチにも教えてあるよ。それ使って カシオペアでも《ミツマメ》さんでも思考共有させれば、熟練の《マワシ》技能持ちなら 誰でも制御できるようになる」


 俯き、観念した顔でダイフクは吐き出した。


「《大地の加護》を受けた《地泉杜(チセンモリ)》の若様も、いろんな方面で顔が利くと思うよ。……もうこれ以上、俺に差し出せるものはない」


 「わかってないな」イラついた口調で出てきたサナの言葉に、自分ポッチの頭の中を読まれたかとぎょっとする。軽く頭を振りながら、サナはポッチを指差してきた。


「まともに隠し事もできないくせに、あんたとの約束だけはきっちり守るポッチンが、あんた抜きであたしの言うこと聞くはずないだろ。あんたがOK出すまで口を割らないかもしれない、とか考えつかない?」

「それは……」「その通りです」


 ダイフクが何と返そうと、ポッチの腹は決まっている。


「ダイフクは、天空の民対策に最善を尽くそうと 行動しているんです。会長の命令であっても、僕がそれを妨げるわけにはいかない」


 サナの傍を離れ、エリーニュスの隣に並び、ダイフクの前に立つ。


「独りで抱え込むなって言ってるのに、全っ然 聞かないんですよ、僕の相棒は。作戦でも悩みでも、何でも話して聞かせてくれればいいのに」


 肩をすくめて振り返るポッチを、ダイフクはきまり悪そうに睨んでいる。

 そんな二人の様子を見るなり、さも可笑しそうに サナは声を上げて笑った。


「“受け止めたその手を 破壊する者”だっけ? ダイフクちゃんはそんな迷信を昔からずっと 気にしてるんだよね。だから誰にも、《堕天の民》である自分を受け止めさせようとしなかった」


 口元に笑みを残したまま、サナは程よくくびれた腰の後ろのポーチを弄っている。


「本当は逆なんだよ。差し伸べられた手は、全て取るべきだった。壊しきれないくらい、味方は作っておくべきだったんだよ」


 先刻 ロノアロに飛ばした投げ矢ダーツに似た、それよりも細く黒い針を持つ『何か』を手の内に握り、サナの表情がすっと 消える。


「あんたがそうやって 中途半端に情を移すから、ポッチンも勘違いして『相棒』なんて調子こいた事言うようになっちゃったよ。癪に障るから 黙らせるわ」

「えっ!? 待っ、会長、そんなの聞いてませんよ!?」


 思ってもみなかったとばっちりに、分かりやすくポッチは狼狽える。防御の術、妨害の術、反撃の術……咄嗟に出すべき技能が定まらない。


「エリーニュス、威嚇射撃!!」

「プリンちゃん、前進防衛! アイちゃんは【阻害瓶】で抑えて!」


 ダイフクの指示、サナの指示 それぞれが互いを牽制し合う。エリーニュスを前に出し、いつの間にかポッチの隣にはダイフクが並んでいた。


「これだけ視界乱せば、回避も余裕だろ」


 余計な行動はせず、いつ来るか分からない攻撃を避けることに専念しろ。そう取っていいのかと横顔を窺うと、ダイフクの口元には小さく笑みが浮かんでいた。まだ 信じていて、良いらしい。

 エリーニュスの噴き出す射撃で立ち昇る煙幕の中に、一瞬 煌めく光点が見えた。

 目視で確認ができたなら 十分に避けられる。造作もないことだ。


「回避行動、キャンセル!」


 まさか、このタイミングで――!?

 ダイフクとは別の声で【威圧の気合】が発せられた。

 容易く躱せるはずだったのに、足がすくむ。

 だが、迫り来るのは細い投げ針だ。当たっても、ちょっとばかり痛いだけ。覚悟を決め、身を固くするポッチを、必死の形相でダイフクが突き飛ばした。


「へぇ、庇っちゃうんだ。もう自分の手下じゃねぇってのに」


 思惑通りと滲ませながら、阻害の呪詛を吐いた声が投げつけられる。


「ロノアロ……!! 余計な真似を」


 体を起こすなり睨めつけてくるポッチに、ロノアロは一度 口を噤む。唇を噛み締めた後で、大きくその端を吊り上げた。


「オレの相手なんかしてねぇで、お別れの挨拶でもしといた方がいいぜ? 姐さんの飛び道具が プレーンなワケねぇんだから」

「毒か!? だったら 解毒すればいいだけだ!」


 深々と二の腕に刺さった【蝕針】を引き抜くと、それを見つめたままダイフクは黙り込んでいる。解毒の印を組みつつ「見せてみろ」とポッチが駆け寄っても、ダイフクは苦々しげに首を横に振るだけだった。


「……駄目だ。これ、ちょっと特殊な毒だから【身代わりの玉】じゃ祓えない。【ウラーレ】、だろ……?」

「御名答。ベテランマタギなら、自分も一度は使っているだろうしね」


 目的は達したのか、サナはアイとプリンの武具を収めさせた。


「さて、どうするポッチン。ダイフクちゃんのクスリの周りが早いのは実証済みなんだ。あんたが出過ぎた口を利いたせいで、ダイフクちゃん 死んぢゃうよ?」

「そんな……そ、それなら早く解毒を!! 会長だって、ダイフクを死なせるつもりではないんでしょう!?」

「あいにく、【ウラーレ】には解毒剤も解毒法もないんだよ。時間経過で自然に抜ける毒だから。ね、ダイフクちゃん」


 ダイフクからは肯定も否定も返ってこない。サナが目を向けた先では、血の気の引いた顔で ダイフクが自身の胸元を握り押さえている。


「ピンポイントで呼吸筋を止める作用があってね。しばらく苦しいんじゃないかな」

「自然に抜けるって、どのくらい……何分くらいかかるんですか!?」

「早ければ四時間、かかっても六時間くらい。あんたが素直に刺されていれば、アイちゃんとプリンちゃんが 全力で人工呼吸してくれたろうに」


 武具を収めるよう言いつけられた際に、アイが舌打ちしていた理由が今、分かった。

 立っていることもままならず、しゃがみ込むダイフクを支えようと寄り添うポッチに、サナの眼差しは冷ややかだった。


「さあ、どうする? どう 責任取ってくれる?」


 「責任……」ダイフクは何か言いたげに唇を動かしているが、読唇の心得のないポッチにはうまく読み取れない。かくなる上は……


「会長! 人工呼吸の正しいやり方を教えてください!! うつ伏せにして、背中を踏みつければ良いんでしたっけ!?」

「……トドメ刺すの? 早く楽にしてあげたいって事……?」


 昔読んだ冒険小説にそんな場面があった気がするけれど、実際のところは あのサナが真顔で眉をひそめるほど違うらしい。ダイフクにも思いっきり睨まれる。


「それじゃ、どうすればいいんですか!? 僕にどうしろと……」


 切実に問いかけるポッチを無視し、サナは広間の入り口付近を覗いながら プリンに声をかけた。


「プリンちゃん、ロノちゃんは行った?」

「うん。うちらが はいってきたいりぐちから、でてったよ」

「ふん、お仕事 完遂できて良かったねぇ。最後に目いっぱい褒めてもらうといい」


 もともとロノアロが所属していた、暗殺稼業を営む組織《カックラスファミリー》の狙いが 次期《討伐者協会》会長候補の暗殺であることは、サナもがっつり勘付いていた。自分たち以外にならず者をまとめる組織が大きくなってしまっては、いろいろ都合が悪いのだろう。

 幸い 色町産業を牛耳る《アンミツグループ》の現在のカシラは 独り身の小娘だ。少々生意気だが、見てくれは悪くない。金と権力をちらつかせれば、すぐにしなだれかかってくるだろうと踏んでいた。一つだけ厄介なのが、共に《討伐者協会》を立ち上げたという《堕天の民》の若い男の存在だった。

 今でこそ《アヴェクス》の裏で権力チカラをほしいままにしているとはいえ、《カックラスファミリー》の首領は齡七十を数える。陽の民の男としては十分に高齢だ。若い頃に遊んだ女どもは孕んだら小煩く邪魔になったため殺してしまった。一人二人残しておけばよかったと、跡取りが必要になってから悔やんでいたところだ。

 若い上に様々な使えるおまけが付いてくる妻を娶り、後継者も産ませてやろう。そんな見え透いたハラで擦り寄ってきたなら、サナだってハラに一物を宿すのは当然だ。


「あたし、欲しいモノは自力で手に入れる主義なのよね。誰かに貢がれるのを待つほど、気ィ長くないの」


 ぽつりと呟いた後で、ようやくサナはポッチに向き直る。


「ダイフクちゃんをこんな目に合わせて、じゃあ自分はトンズラしますってことは まず、ポッチンならないよね。遺言も聞けないなら ダイフクちゃんからOK出ることもない、約束は反故にして あたしの言うことにだけ 従いな」


 ダイフクを支えている腕に重さがかかる。見やれば表情は虚ろで、既に焦点も定まらない状態だ。

 自分のせいで? 一度 俯いてから、ポッチは顔を上げた。


「――分かりました。ただし、生きている間は……ダイフクがいる間だけは、約束を守らせてください」


 そう来たか。声には出さずとも顔に出た言葉を片手で押さえ、サナは大きく溜め息を吐いた。一拍置いて、空いている方の腕を上げる。


「ああもう、何なんだよ この空気読めない若様は!! ……出てきていいよ、【隠密医療班】!」


 「えっ?」ポッチも知らない《討伐者協会》の班名と共に、数人の薄青装束の集団が走り寄ってきた。出所を見るに、アミモーネが格納されていた場所で待機し 合図を待っていたらしい。


「場所を代わっていただけますか? 後は我々にお任せ下さい」

「事前情報通り、【ウラーレ】だけですね。人工呼吸器用意!」


 てきぱきと処置を開始する【隠密医療班】とやらを しばしポカンと眺めるうちに、頬をなぞる感触があった。

 何の気なしに触れてみる。指先が濡れた。


「……良かった……」


 天井を仰ぎ、ただ安堵の息を洩らす。

 ダイフクがいなくなった後のことなんか、何ひとつ 考えていなかったから。


**


 五年も前の話だ。

 敬愛していた伯父が《地泉杜》より放逐されてから一年が経ってしまう前に、誰にも告げずに ポッチも故郷を捨てた。

 最初は、行方の知れない伯父の足取りを追っていた。《地泉杜》から見える、識っている周辺集落を巡っているうちは 連れ戻されないよう、所持品や身に着けていた服飾品を換金処分しながら、伯父の向かった先を探し続けていた。

 《地泉杜》の影響下から外れる 東ヨセフナ砂海に辿り着いた頃には、伯父を追うための手がかりは 完全に消失してしまっていた。

 ならばせめて 砂海を越えようと、広い砂海を横断するという船を求めた。そう時が経たないうちに、乗せてくれるという私有船が見つかった。

 五年越しの今になってもよく分からないのは、私有船の所有者が目的地についていつも言葉を濁していたことだ。《地泉杜》の追手には見えなかったから、旅の船乗りだったのかもしれない。龍脈地帯で流砂に巻き込まれ、船が砂渦に呑まれていなければ、船乗りになった自分がここにいたのだろうか。

 残念ながら ポッチを乗せてくれた船も、船の乗組員たちも砂渦でバラバラになってしまい、数日の間 砂海の上を彷徨うこととなった。

 傍に置く新しい夫としてはまだ若すぎると思われたのか、飢えと消耗で力尽きる前に【大地の姫神】は《ウォシュオ》の漁船を呼び寄せてくれた。

 そのまま漁船に拾われ《ウォシュオ》まで送り届けてもらえたが、運賃と礼を支払ったことで とうとう ポッチは素寒貧になってしまった。

 漁業の他 観光産業で栄える《ウォシュオ》で少しでも先立つものを得ておこうと 住み込みで働ける宿屋を探したが、世間知らずが災いして どこもすぐに追い出された。終いには《アヴェクス》の奥の方が稼げるから そっちに行けとまで言われた。住民としては歓迎されていないことを肌で感じ、たいした小銭も稼げぬまま《ウォシュオ》も後にした。


 《ウォシュオ》から《アヴェクス》まで駆車カケグルマという公共の乗り物が存在することは聞いている。それでも、支払い能力のないポッチには利用することができない。最後に教わった方角だけを頼りに、独り徒歩にて《アヴェクス》を目指した。

 生まれ持った《大地の加護》と【呪統主】の素養として会得した呪術があったため、襲いくる獣や野良の機械獣を退けることに苦労はなかった。当時のポッチの最大の敵は、空腹と先の見えない心細さだけだった。

 指し示された方角に、どれほど歩いても《アヴェクス》というらしい都は見えてこない。本当はそんな都などありはせず、自分は体よく追い出されただけなのではなかろうか。体も頭も動かず 疑うことしかできなくなって、地平に落ちゆく夕陽と共に 草も生えていない赤土の上に倒れ込んだ。

 次に瞼を開いた時、丸く大きな赤い月は まだ昇り始めたばかりだった。

 荒野の夜は酷く冷え込むと、もう何日も歩き通して知っていた。風も突き立つように冷たく、吸い込めば肺の内まで痛めつけてくると。

 それなのに――ふわりと流れきて 顔に触れる風は暖かい。それどころか、無意識に圧し殺していた食欲を呼び覚ます匂いがする。

 出処が気になり体を起こすと、ぱさりと毛皮のようなものが落ちた。


「お? 起きた」


 匂いの出処だろう 焚き火にかけられた小鍋の横に、人影が座っている。これまでポッチが生きてきた中で初めて見かける 銀灰なのにこわい髪が、炎の色を反射してちらちら光る。肌の色も暗くて顔はよく見えないが、声の感じから自分と同じくらいの年頃と思われた。


「向こうで【ダイオウモルモット】やっつけたの、君?」

「……【ダイオウモルモット】? デカくて牙の怖い大ネズミのことですか?」

「そうそれ。感電死みたいになってたけど、術師なの?」


 「はい」とだけ呟くポッチに、湯気の立つ汁椀が差し出された。


「どのくらい食べてないのか分からないから、最初は汁だけね」


 ひとくち口をつけ、湯気の割に熱くないと判ると ひと息に飲み干した。直後、久々すぎる食物に 胃が驚いてむせ返る。


「ああ、ほら! 腹減ってるのはわかるけど、ゆっくり飲んで ゆっくり」


 背中をさすってもらっても、しばらく咳き込んでいた気がする。何度も深呼吸し、身体を落ち着かせてからようやく、お礼の言葉を口に出せた。


「このまま行き倒れるかと思いました。ありがとうございます」


 軽く息を吐いてから、焚き火で照らされる口元は笑みを浮かべた。


「まだ お礼言うのは早いと思うよ。この後、食べた物 消化し終えた途端に力尽きるかもしれないし」

「えっ!? 何ソレ怖い」

「いやホント、いるんだよ。もりもり食べてもう大丈夫かなって思ったら、排便してそのまま スッキリした顔で昇天する人とか」


 「だからお礼は、無事に《アヴェクス》に着いてからでいい」言いながら 再び雑炊の汁だけを椀に注ぐ。直ぐに口をつけようとするポッチに「さっきより熱いよ」と やんわり注意を促す。

 何杯かおかわりをもらい、雑炊の具も入れてくれるようになった頃、ぼやけていた頭の中も 少しずつ動くようになってきた。


「……さっき、お礼は《アヴェクス》に着いてからって おっしゃってましたね」

「うん、まあ無事に、ね。君がどこ目指してるのかは知らないけど、俺の帰る場所は《アヴェクス》だから」


 《アヴェクス》までは送って行くと、銀灰の髪の少年は暗に意思表示してくれている。《アヴェクス》という都は実在した。加えて、案内役まで買って出てくれる人物も現れた。適切な水分も補給出来たお陰で、一気に涙が溢れ出す。


「あっ……悪いこと言っちゃった? んーでもさ、俺も帰る場所とか言っても……」


 禁句を出してしまったと勘違いし、銀灰の髪の少年は慌てて弁解しようとする。ふるふると首を横に振るうちに、自分の口元も柔らかく緩んでいた。


「いえ、大丈夫です。目指していたのは《アヴェクス》でしたから」



 夕陽と見まごうほどに赤かったメネは、今や空の天辺で 白く輝いている。



「……確か、ポッチ君を拾った日も、こんな感じだったよね」


 下処理の済んだ【ダイオウモルモット】の肉を串に刺し、雑炊の入った小鍋の周りにダイフクは慣れた手つきで立てていく。初めてその様子を見た時、恥ずかしながら悲鳴を上げてしまった。今でも叫ばずにいられるだけで 直視はあまりしたくない。

 不意の《充電体》の襲撃に遭い、仕事仲間パーティメンバーの三人を失った 次の晩のことだった。

 ポッチの渾身の癒術の甲斐もなく、彼らは駆けつけたダイフクに獣帰葬処置を施された。ポッチに現役《討伐者》の生き様を教えてくれた先輩方は、あの赤い大岩の向こうで《パンゲニア》に生きる獣たちの腹を温めてやっている。彼らの命の続きは、獣たちが代わって紡いでくれることだろう。

 丸一日経って気持ちも静まり、それどころか 何を感じる気力も湧かない。「そろそろ食べな」と汁椀を渡されても、覗き込むのでやっとだった。


「……ごめんなさい」


 汁椀の中に映る 腫れ上がって泣きそうな顔の自分が、呟いていた。


「僕は『回復役』だったのに。僕の仕事は、後方で援護サポートすることだったのに……」

「まだ言ってる」


 わざとらしい溜め息を吐き捨て、ダイフクはポッチの額をがっし と掴んできた。


「それは単純に配置ミス! 向いてない役目を与えたところで 最良の結果が出せるわけないじゃん。ポッチ君には癒術より攻術撃たせた方が倍も使えるのにさ。……術 抜きでも、意外と攻撃的だよね」


 笑顔を向けているつもりらしいが、青痣に囲まれた目は笑っていない。落ち着くまでにポッチも何発かやり返されたとはいえ、取り乱して先にダイフクに殴りかかったのは自分の方だ。気力が戻り次第、癒術と謝罪を求められるだろう。


「《討伐者協会》を紹介したのは俺だけど、ポッチ君、あんまり向いてなかったね。護衛を兼ねた要人の付き人とかの方が いいんじゃないかな」


 しばしポッチを見つめてから、ダイフクは手を離す。


「出来るなら《討伐者協会》内に留め置きたかったけど、サナさんくらいしか要人といえる人 いないしなぁ……相談してみるか」

「要人……ダイフクちゃんは?」

「ふぉぇあ!?」「何だその声」


 完全に予想の外から入ってきた提案だったようで、ダイフクは初めて聞くような変な声を上げた。


「他にはファズさんも考えられるけど、ファズさんは膝悪くても腕っぷし強いし 厨房には筋肉ますらおゴロゴロいるしな。……いつも一人でいるのは ダイフクちゃんだけじゃないか」

「一人じゃないよ、カシオペアもデメテルもいるし!」

「甲殻類は一人、二人って数えないだろう?」


 いまだ口をつけなかった汁椀を、ぐっと ダイフクの正面に突き出す。


「僕はダイフクちゃんに二度も命を救われている。一度は仕事の延長かもしれないが、それでも ダイフクちゃんの片腕になることで 恩を返したい」


 突きつけるように真っ直ぐ向けられるポッチの黒い瞳に、どう返して良いか分からないとでもいったふうに 月を仰いだり地平を眺めたり、全身でダイフクは戸惑いを表現していた。


「えー……その、人間をずっと傍に置くのはちょっと……」

「僕は【大地の姫神】の伴侶だ、神だと思ってくれればいい」

「思ってたよりタチ悪いんだね」


 眉間をくりくり揉み解してから、どうにかダイフクの答えもまとまったらしい。

 自分用の汁椀に雑炊を盛ると、ダイフクも ポッチの前にそれを突き出した。


「《討伐者協会》は地上パンゲニアの脅威に対抗するための組織だけど、俺の本当の目的は 育ての親と故郷の仇である《天空の民》の干渉を退けること。手段さえ整えば、直接的な撃退まで考えてる。その際、《討伐者協会》と目的が一致しなくなれば 決別の可能性もある。――そうなった時も、俺について来れるか?」


 聞くまでもないことを。

 「当然だ」迷いのないポッチの声に、ダイフク本来の笑みが戻る。応じるつもりで、ポッチも頷いた。


「たった今から【大地の姫神】の許に着くまで、其方のためにこの身を尽くそう。その道を塞ぐ輩が何者であろうと、其方の味方であると誓う」


 酒杯の代わりに汁椀で契りを交わす。格好はつかないが、自分たちはこれでも充分だ。汁椀の中身が空になる頃、【ダイオウモルモット】の串焼きも火が通って香ばしく匂いを放つ。


「とはいえ、あんまり格式張っていられるのもやり辛いから、直属の部下……相方として扱わせてもらうね。……お、コレ焼けたよ ポッチ」

「呼び方が変わった!! これはもしや、呼び捨て第一号じゃないか!?」

「なんでそこに反応するの!? ……上司ではあるけど、俺も敬称はいらないよ。ちゃん付けも、本音を言えばやめて欲しいかな」

「了解だ、相棒!」

「そこは 名前で呼んでくれない?」


 自分独りでは定めきれなかった道でも、共に歩む者があれば 迷わずに歩んでいける。

 あれから五年を過ぎても、違えた道とは思わない。

――以上、【Y少年の日記より 一部抜粋】

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