23.100万回 吐いた嘘
地上階の表示盤で見た魔法陣を思わせる図形が辿り着いた広間の床 一面に描かれている。何らかの意味を持つものなのか、ただの派手な装飾でしかないのかは、当時の天空の民に訊いてみなければ分からない。
《チカコーバ》遺跡よりはるか西方の闘劇場跡地――天空遺跡を利用していた私設遊技場の跡地ともどこか似ている。今さらではあるが、こちらの天空遺跡を利用した方が 勝手が良かったのではなかろうか。
「こっちなら、《アーカディウス》も埋まってなかっただろうにな」
「とーげきじょーあとちのはなし?」
「そうですわね。こちらであれば、《充電体》に襲撃を受けたりなぞしなかったでしょうに」
ロノアロが偵察をしている後方で、ポッチたちもそれぞれが出来る限りの備えをしておく。不意打ちさえないようなら、即座に広間内に突入だ。
「通路の形から察するに 少なくとも四カ所に、広間に繋がる空間があるはずですわ。そこから確実に、何かが登場してくれますわよ」
アイが探知しただけでも、三機の機械獣反応があった。
「木工ドリル、罠だの仕掛けだのは見つかったか?」
「小細工はされていなくてよ。って、誰が木工ドリルですって!?」
「アンタ以外 誰がいるんだよ。出ンぜ、ヒトツメ」
「だれがひとつめですって!?」
「アンタは今になって何なんだよ……」
ロノアロの合図で広間へと踏み込む。出入り口が勝手に閉じる事はなく、警報が鳴る事も カニやフナムシが湧き出す事もない。
ただ、向こう正面側の出入り口前に、人影が一つ あるだけだ。
「ここが、何の施設跡なのかは 分かってるよね」
気怠げに眉間を揉み解す、ポッチの見慣れた姿のダイフクが立っている。
《機械兵 及び 機械獣専用 試験訓練場》――機械獣の性能を試し、有用性を測る場所。
「俺のかわいこちゃんたちの、実戦訓練相手になってくれるって事で良い?」
「待った、ダイフク! ここしばらく状況が解らない、ちゃんとイチから説明してくれ」
真摯に問いかけるポッチを見ても、睨みもしなければ憐れみもしない。浮かべる表情を忘れた顔で、ダイフクはきっぱりと言い切る。
「ポッチ君には、もう俺のとこには来なくていいって言っただろ」
「会長指示だ」
「サナさんの言いつけか」ざり、と床の模様を靴裏で雑に擦り、ダイフクはこちらからは見えない何かを踏みつけた。
広間の壁 左右三ヶ所に、出入り口よりひと回りほど大きな穴が開く。カツカツ歩脚を鳴らしながら現れたそれらは、どれも登録のない甲殻類型機械獣だった。
「巨人兵器《アーカディウス》対策として《討伐者》は 巨大機械獣 及び 天空兵器に対抗しうる武力を持つに至った。それらが外敵に向いているうちは、《アヴェクス》の脅威とはなり得ない」
ふと、ダイフクが手にしている得物が、普段から愛用している【巨戦機弓】ではないことに気付く。変形機能のない、標準的な【巨弓】だ。
「とはいえ、優秀な《討伐者》が善良な守護者であるとも限らない。万一の事態に備えて制作を依頼されたのが、このコたち《甲殻戦姫》シリーズだ! 前衛二機が初代試作コンビ、《ふたりはプリクラ》こと――」
「はい ストーップ!!」
ここで甲殻類型機械獣の解説を始められると、長丁場になってしまう。
「カニ紹介はそこまでだ。帰ってから泊まり込みで聞いてやる!」
「ひと月はかかるよ?」
「くっ……覚悟の上だ!」
取り返しのつかない約束をしてしまった気がするが、背に腹は代えられない。苦渋の表情を滲ませつつも頷くポッチに、わずかにダイフクの目元が緩む。
しかし、隣に並ぶ【天空の民 対策班】の面子は、それぞれの武具を構えていた。
「《甲殻戦姫》シリーズについては、《ミッちゃん》からも聞いてましてよ。サナ様が依頼したのは、二機だけのはずですわよね?」
「確かに配備するのは二機だろうけど、試作品はいくつ造ろうが俺の自由だろ」
「それならいちど、かいちょーに しさくひん みせるべき!」
「サナさんのことだ、勝手に見に来てるだろうさ」
「……そもそも、帰れる前提でいるのが 間違いなんだよ」
ロノアロの吐いた台詞に、ポッチだけでなく アイとプリンも視線を遣る。構うことなく、ロノアロは手にしていた投げ矢を放った。
無造作に弾き落とし、その流れでダイフク側も【巨弓】をこちらに向ける。
「それは どっちに対して言ってる? 自分側にも当てはまるよ」
よどみない 慣れた手つきで矢が番えられる。いつも後ろから見ていた姿で、『とっておきの一発』がこちらに狙いを定めている。きりりと弦を引く強さも、その指が離れる瞬間も よく知っている。
普段遣いの【巨戦機弓】よりかは優しく鳴りながらも、予想通りの進路をなぞって 矢はポッチに掠りもせずに飛び去っていった。
「散々 後ろで見てたんだ、当たると思って……」
ポッチの後方、石造りの壁面から 衝撃音が響く。石壁の崩れる音も続いて聞こえてきた。
アイとプリンが振り返り、【巨弓】の威力を確認していた。
「なんですの、アレ!! 人様に向けていい火力じゃなくってよ!?」
「やだ!! あんなのとんでくるなら、うち、たてしないよ!! うちごとぶっこわれちゃう!!」
「……作業台ぶん投げてきた時点で、バ火力なの知ってた」
楽に避けられたとはいえ、初っ端に桁の外れた一発が来ることは ポッチにも分かっていた。……いや、何故そんな殺傷力の高い一発が 自分に来るんだ?
「おい、ダイフク!! 僕は本物だぞ!? 頭 吹き飛んだらどうしてくれる!!」
「申請通り、獣帰葬処置するよ」
「しなくていいよ。うちがきれいにたべたげる」
「頼まない。じゃなくて! プリンは今、口を挟まないでくれるかな」
台詞に似合わぬふくれっ面で プリンはそっぽを向く。そんな態度を取られても、今は彼女に構っている場合ではない。
再度ダイフクへと目線を戻すと、既に【巨弓】の構えは解かれていた。代わって三機の甲殻類型機械獣が 正面に立ち塞がる。
「俺の手前 右からイバラガニ型機械獣『アンフィトリテ』、オオバウチワエビ型機械獣『シリンクス』、イガグリガニ型機械獣『アミモーネ』。どの娘も個性強めで可愛いよね!! アンフィトリテが元『クラローズ』で、アミモーネが元『クラマロン』だったんだけど……」
「だから 詳しい説明は帰ってから聞くって!!」
やたら刺々しいカニ型と平べったいエビ型の《甲殻戦姫》たちも、いつまで経っても指示を出してくれない主人に もどかしそうに、歩脚をわにわにしている。
「そうだね。俺の説明なんかより、実際に触れ合った方が 直に 魅力を感じられるか。初手はシリンクス、【装甲強化】範囲だ。アンフィトリテとアミモーネは どっちも【鋭角化】単体を自分にかけて」
ただでさえ攻撃的な見てくれの使役機械獣たちが、ダイフクの指示で更に自己強化されていく。
「ポッチ様! いつものアレですわ!!」
「任せろ! 【呪印】追加呪効【錆付き】、さらに追加……」
「――【呪印】キャンセル」
低い声で威圧的に放たれた気合で、呪術の発動が妨げられた。否、呪術の発動を失敗させられた。
「あれ? ぽっちん どしたの、めずらしい」
プリンが見る限り初めての不発に、まず驚きが先に来た。原因に感づいたロノアロも苦虫を噛み潰す。
「……やられたな。《マワシ》の連中が躾のときに使う【威圧の気合】か」
「ろの、よくしってるね」
「実はオレも出来るんだぜ」
齧っただけだから一回限りでな、と続く言葉は隠しておく。ダイフクとの年季の差は歴然だ。相手の使用可能回数に合わせておいてもらおう。
「悪い、しばらく弱体化なしで耐えてくれ」
ダイフクのことだ、ポッチ以外の攻撃は警戒していない。再びポッチが呪術で何かを仕掛けても、発動を阻害されてしまうことは目に見える。
「……しかし、気分悪いな」
目上の立場の者に強く叱られた時のような感覚だった。自分より物理的に強いモノを従えるための術とはいえ、声だけでこれほど効果が高いとは。
「あら、弱体化は《マジナイ》の専売特許ではなくってよ」
【銃剣】ではなく【投薬器】を構え、アイはコルセットに取り付けていた薬瓶の一つを掴み取る。
「【回復薬】はなくとも妨害系の消耗部品に 抜かりはありませんわ!」
「なんで今回も【回復薬】持ってきてないんだよ」
「ワタクシに癒やしを与えるのは ポッチ様の務めですわ!」
「うちもー」「ボクもだよ、マイファーマシィ」
「弾除け人員はお黙んなさいな!」放たれた【阻害瓶】は棘の大きい方のカニ型機械獣 アンフィトリテに命中し、粘性のある気体を撒き散らした。これで一手二手は封じることが出来る。
「さっきもいったけど、うち、もうたて しないからね!」
【両手盾】はとうに引っ込め、プリンは両手で【散弾斧】を構える。動きの封じられたアンフィトリテに狙いを定め、引き金を引いた。
「よっしゃ、まわった!」
仲間を庇おうと割り込む 平たいエビ型機械獣シリンクスをも巻き込み、鋼の甲殻に散弾が撃ちつけられる。半数ほど弾かれてしまったが、与えた痛手はゼロではない。
代わって転がり飛び出してきた 棘の細かい方のカニ型機械獣 アミモーネは、真っ直ぐロノアロへと向かっていく。
「そんな すっとろいでんぐり返しが当たるワケ――……」
余裕を持って躱したついでに反撃の刀を振るう。細かな棘ごと削ぎ落としてやるつもりだった、のだが。
ロノアロの【影斬刀】がアミモーネに触れると同時に棘が伸びる。幾本もの棘が【影斬刀】を握る左腕を貫いた。
「ぎっ……!! クソが」
慌てて右手に持ち替えながら ひと息に距離を取る。棘装甲のカニ型機械獣たちは近接武器とは相性が悪い。
「不穏分子は 近寄らせないことが第一だからね」
自分が弓を引くつもりはないのか、ダイフクは【巨弓】を収めて腕を組んでいる。シリンクスを自身の手前に呼びつけ、カニ型の二機には攻撃指示を出していた。
「状況を見て治してやるから、避けるのに専念しろ!」
ポッチの台詞も終わらぬうちから、アンフィトリテとアミモーネが棘を飛ばす。幸い 全ての棘が同時に飛んでくるわけでもなさそうだ。巧くすれば弾切れを狙えるかもしれない。
「うわあ! やっぱ たてのがよかったーっ!?」
「プリンさんにもドレスアーマーをお勧めしますわー!!」
もとより身軽で回避の得意なポッチとロノアロに被弾はない。それでも防御を主体としていたアイとプリンには、棘の猛攻が防ぎきれなかった。彼女らの細い背に突き立つ棘が痛々しい。
「こうなったら僕が前に出るか。専念すれば 飛び道具くらい弾き落とせる」
「ワタクシを守護りたいポッチ様のお気持ちだけで朝昼晩のご飯が三杯ずついけますけれど、それは良策ではありませんわ! 回復手段を持ってらっしゃるのはポッチ様だけですのよ」
「だからなんで 回復系物品 持って来なかったんだよ」
「殺られる前に殺る方針なんだろ」
「待って、今、命の取り合いはやってないよな?」
「さて、どうだかねェ」
棘の連射が止まる。立て直すなら今のうちだ。
「とにかく、うちらはふんばっておかないと。たおせなくてもいいから」
刺さった棘を引き抜きながら プリンが呟く。そういえばサナは、どのタイミングで合流するつもりなのだろう。
「愛しのミッドナイトトゥインクル! あの平べったいの引っ剥がすから、オレの腕 治しておいてくれねぇか?」
「え、ああ そうだな。ロノアロが一番 傷も酷いし」
「うちとあいは、ろの きにしないでうつからね」
「ハン、アンタらの弾なんぞ 当たるかよ」
「よろしくてよ! 蜂の巣にして差し上げますわ」
「だからって 当てようとしてくるんじゃねぇよ!!」
ポッチの癒術による手当てが済むと、機械獣たちを注視しながらロノアロは立ち上がった。ひゅう、とひと呼吸置いて長身を屈め、【影斬刀】を低い位置に構える。直後、シリンクス目掛けて駆けた。
「あい、てもちのたま、なくなるまでうつよ!」
「はなからそのつもりでしてよ!」
警告通り、カニ型の二機の間を強引に駆け抜けるロノアロに遠慮の欠片もなく、アイもプリンもひたすらに銃撃を浴びせている。
対するアンフィトリテとアミモーネも やられっ放したりせず、棘の装填が済む毎に棘連射を返してくる。互いに被弾が嵩んでくるが、こちらは毎手番ポッチが癒術で傷の悪化を抑えている。
「……うち、きづいたんだけど」
アイが断続的に射撃を放つ横で、自分の【散弾斧】に予備の弾薬を込めながら 独り言のようにプリンは口にした。
「あのとげとげがにたち、とげうったあと ちょっとあな、あいてるよね」
敢えて防がず プリンは棘を放つアミモーネを示す。頬骨を掠める棘に 一瞬 表情を歪めるが、目線は外さず指を差した。
「あそこ、ねらってみたら どうかな?」
「悪くありませんわね。やってみましょうか」
頷き合い、アイは棘と穴の細いアミモーネに、プリンは棘と穴の大きいアンフィトリテに狙いを定める。それぞれが射撃を終えるのを待ち、被弾覚悟でその瞬間を狙い撃つ。
先に効果を見せたのは アンフィトリテの方だった。
棘を発射しようと装填行動に入った刹那、動きが止まる。二度ほどガコンと震えた後、棘の代わりに黒煙を吐いた。
「プリンさんの読み通りですわね」
続いてアミモーネにも異常が発生する。内部で暴発が起きたのか、同様に動きが止まったのち、ボンと音を立てて 穴という穴から黒煙を噴き出した。
「アンフィトリテ! アミモーネ!?」
自慢の甲殻類型機械獣たちの変調に、初めてダイフクの顔に動揺が浮かぶ。が、顔色はそのままでも 口元は笑みの形につり上がった。
「……なるほど、そこが弱点になるのか。改良の余地アリ、と」
もうもうと噴き出される黒煙は図らずも視界を狭める。アイとプリンの飛び道具もこれでは狙いがつけられまい。視力に頼らずとも動かせるシリンクスを前に出すなら今だ。「シリンク……」ダイフクが声を掛けると同時に、シリンクスの扁平な機体が縦に立ち上がった。
金属が擦れる耳障りな音とともに、シリンクスの背面から刀の切っ先が飛び出した。
「チ、コイツは硬ぇな……真っ二つは無理か」
貫かれたのではない、右斜め下から斬り上げられ、頭胸甲の殻に刃を止められている。残念ながら【影斬刀】を、これ以上 動かすことはできない。
「悪いね、得物 全滅させちゃって」
対してシリンクスの動きに支障はない。ロノアロを正面に捉えたまま、角張った大きな両の鋏を振りかざす。
「気にすんなよ、全滅なんかしてねぇから」
そのまま、鋏は下ろされることなく動きを止めた。数秒遅れて 眼柄ごと額角が真後ろに折れる。ここにきてようやく、突き出された【影刃】の切っ先が顕わになった。
「シリンクスまで……」
薄らいできた黒煙の向こうに、内外からボコボコに変形したアンフィトリテとアミモーネの残骸も見える。どうやら《甲殻戦姫》三機はここまでのようだ。ギリ、と奥歯を噛み締め、悔しさを隠しもせず ダイフクは膝をついた。
「……なんとか、たおせちゃったね」
額を手の甲で拭い、プリンも【散弾斧】を下ろす。実のところ既に残弾は尽きていて、アイの撃っている隣で構えていただけであった。
「うち、ろのにあててないからねー!」
「けっこう掠ったし、何発かは当たってたぞ……」
「あーら、気づきませんでしたわ! 御免あそばせ」
高笑いを上げるアイをひと睨みし、ロノアロは【影刃】を軽く放り上げる。くるくる回って落ちてきたそれを握り直し、その場でダイフクに突きつける。
「うーい、質問のある奴は 今のうちに訊いちまいなぁ!」
目線を背け、プリンは「うちからは、べつにない」と出てきた。おそらくは自分に向けられた台詞だとポッチが認識する頃に、アイの方が口を開いた。
「ダイフクさんは、どうして必要以上に 武装機械獣を造ってらしたのかしら?」
「は?」アイが持つには不自然な疑問に、思わずポッチからも声が漏れる。
「いやいや、甲殻類型機械獣の開発試作は ダイフクの趣味みたいなもので……」
「自分以外の殿方にワタクシを触れさせたくない気持ちは痛いほど解りましてよ、後ほど二人っきりでしっぽりぬっちょり語らいましょう? でも今は、ポッチ様は黙っていらして」
投げキッス三連打でポッチを制する(それも念の為 全て弾いておいた)アイに、ダイフクも不審そうに顔を上げた。ここで何か察したらしい。
「《ミツマメ》さんか。結局は お空の人工知能だったって事だね。俺が 対天空用防衛機械獣を充実させるのが気に食わないんだ」
「まあ! 対天空用でしたのね。《ミッちゃん》の話では ダイフクさんもワタクシ同様、下剋上狙いで武装機械獣を製造しているのだと」
「この人、早々にしょっぴいておいた方がいいんじゃない?」
サナとの合流をプリンがポッチにしか確認しなかったのは、そういった理由があったのか。とすれば、既にサナも《シケンバ》に到着していて 何処かで様子を窺っているのかもしれない。
「アイの訊きたいことは それで全部か?」
「あと一つありますわ。本当に《討伐者協会》ひいては《アヴェクス》トップの座は、狙ってらっしゃいませんの?」
「面倒臭そうだし やりたくない」
「結構。ならば ポッチ様もワタクシのモノという事でよろしいですわね?」
「どうしてそうなる!! ダイフクもこんなときくらい 口挟んでも……」
ふと、プリンもロノアロも「異議アリ」みたいな台詞を挟んでこないことに気付く。
「別に構わないけど、陽の民が相手じゃ繁殖できないんじゃなかった?」
「繁殖とか言うな!!」
「んじゃ、そろそろ質問タイム終了でいいか?」ポッチに与えられていたとばかり思っていた説得権が 唐突に取り上げられた。「まだ僕は何も」と言いかけるポッチに返される視線は、初めて会った日のロノアロと同じだった。
「本人がどう考えてようと、《堕天の民》が《大地の加護》持ちを手元に置いて 戦闘能力の高い機械獣を量産してるなら、当然 そいつを頭に据えようとする連中がつく。特に長年《堕天の民》を長に据えてきた《アヴェクス》の重鎮なんかはな。おまけに前長老の秘蔵っ子が ツバ付けてるときたもんだ」
「いい迷惑だよ」
床に手を着けたまま、ダイフクも嘆息とともに吐き捨てる。つ、と床の紋様をなぞってから、両手を払いながら立ち上がった。
「どんな立場をもらおうと、俺の目的は《天空の民》から地上を守り抜くこと。《アヴェクス》の発展も権力の取り合いも 勝手にやってくれればいい」
「そう思ってんのはアンタだけだよ。それならなんで、独りでこっそり《アヴェクス》を出て行かねぇんだ? 痕跡なら キレイさっぱり消してやるのに」
「……今はまだ、その時じゃないからだよ。使えるモノを残していくのは惜しくてね」
「よし 分かった! 僕ならいつでもついて行くから 心配するな!」
「俺、“もう来なくていい”って、確かに言ったよね……?」
ポッチが聞いていないわけでも忘れているわけでもないことは、ひくひくと落ち着かない尾羽根の動きで判別できる。珍しく顔に出さずに済んでいると思えばこれだ。とても使える代物じゃない。
「そもそも 俺を引き留めてたのはサナさんだ。人質までとられてるってのに、その言い草はあんまりじゃないかな」
「人質?」初耳とばかりにロノアロの顔がポッチに向く。間髪入れずに「それじゃない」とダイフクからは返ってきた。ポッチの尾羽根が地面に落ちる。
「かいちょーはちくしょーだけどおにじゃないから、もってるもの ぜんぶよこしてくれれば、あとはすきにしていいっていってたよ」
「持ってるもの、全部?」
横入りしてきたプリンの言葉を繰り返し、ダイフクは鼻で笑った。
「《ホカンコ》や《シケンバ》で必要なパスワードとか、この――」
先刻なぞった紋様の上をダイフクが踵で踏みつけると、壁面にもう一つの四角い穴が開いた。
「現最高品質の《甲殻戦妃》、『エリーニュス』とか?」
それは姿を見せるより先に、挨拶代わりとばかりに熱光線を放ってきた。自らの場所を空けると、大きな両鋏を正面にがっちり咬み合わせたまま、弾むような脚取りで広間の中央を陣取った。
「遠近両用、攻めて良し守って良しの トラフカラッパ型機械獣だ! フンドシ最前部の逆ハートマークがチャームポイントだよ!!」
「チャームポイント見えないし!」
先ほどのカニ型機械獣たちと対照に丸みを帯び、つるりとした形状のエリーニュスを前に、ダイフクは詳細に説明したくてたまらない様子だ。
「へぇ、今度のコは可愛いんじゃない? 悪くないよ」
自信作のエリーニュスに対し、好意的な感想が投げかけられた。
ダイフクだけでなく、アイとロノアロも顔色を変えて声の出処に注目する。
「よう、やってるね 皆の衆」
「かいちょーおそーい!」
いつからそこに居たのか、アミモーネが出てきた穴横の壁面に寄りかかりながら サナ会長はひらひらと片手を振ってみせた。
「実は ポッチンが呪術 スカった辺りから見てたんだよね。プリンちゃんもアイちゃんも すっかり弾切れしてるだろ? 追加の専用弾も持って来てやったぜぃ」
「オレには何も援助物資ねぇんすか、姐さん」
プリンに銃弾の入った小袋を投げ渡すサナに、薄ら笑いを浮かべてロノアロも片手を挙げる。にっこりと笑い返しながら、サナはロノアロに投げ矢も放ってきた。慌てて避ける姿に、心底 可笑しそうに声を上げる。
「あんたは自分の親分に援助してもらいなよ、ロノちゃん」
すっとロノアロの体色が青褪める。
「《カックラス》の助平ジジイと、まだ仲良くしてるんだろ? 裏切り者扱いされてないってコトは、まだ縁が切れてないってコトでもあるよねぇ?」
傍付きにも知らされていなかったロノアロの正体に、アイとプリンが向ける眼の色が変わる。それぞれの武器を手に、サナの前に回った。
「まあ、縁が切れてないならそれでもいいよ。ちょっとした提案があるんだ」
殺気立つアイとプリンを手振りで宥めつつ、サナは悪戯っぽく目を細める。人差し指を軽く口元に当ててから、その先をダイフクに向けた。
「あたしの前でダイフクちゃんを倒せたなら、あんたのボスのトロフィーワイフになってやるよ」
「あんなに嫌がってたくせに、どういった風の吹き回しだよ」
「綺麗な悪女が気まぐれなのは、お約束じゃないの」
敵にも味方にも女狐と評されるサナの真意は掴めない。それでもロノアロには都合の良い提案だ。罠だとしても 脅威が一つ減るのは違いない。
「……言ったな? 後でやっぱ無しは受け付けねぇぞ」
戸惑い顔を見合わせるアイとプリンに「あたしの護衛は任せるからね」とだけ 真面目な口調で伝えた。どちらに転ぼうと 策はある。
「聞こえてただろ、ダイフクちゃん! あの助平ジジイにあたしを奪われたくなかったら、全力で勝利をもぎ取りな!」
サナとロノアロのやり取りを受け、しばしダイフクは眉間を揉み解していた。
大きく息を吐くだけの間を置き、心は決まったようだ。
「はい、降参。こっちの負けでいいよ」
エリーニュスさえ動くことなく、呆気なくも勝敗は着いてしまった。
【月紀 8015年 8月の日記より】
こんなつまらない場所で 生きてはいけない。ラシュクールと惑星セスへ行く。
さよなら、我らが故郷 メネ。




