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22.カニ抗戦

 すっかり人けの引いた《ホカンコ》遺跡に、件の機械獣と思われるものは無かった。長い間 閉ざされていた《充電体》倉庫室が噂通りに全て開放されている以外は、何の危険もない いつもの遺跡調査訓練用施設に戻って見えた。

 制御室コントロールルームに続く昇降機のロックは、《ハジキヤ》技能の高いアイにも解除できなかった。サナがいれば昇降機くらいは動かせただろうが、入室すらできない面子で制御室の機器が動かせるわけがない。

 安全面での確認は取れた。片付けや細かい調査は一般《討伐者》に任せることにして、【天空の民 対策班】は《シケンバ》へと探索の場を移していた。


「……《機械兵 及び 機械獣専用 試験訓練場》。なるほど、だから《シケンバ》と訳されたんですのね」


 《アヴェクス》の中央公館に併設されている屋内運動場を思わせる、しかし規模が段違いな建造物前の石柱には、天空文字で そう 刻まれていた。

 他の天空遺跡に比べ、入り口だけはオープンな印象だ。仕掛けも何もなく、ぐるりと中央の広間の周囲を歩ききることができた。


「出入りが容易な分、変わったものもなかったな」


 見落としでもあったかと、二周目に入ろうとするポッチの裾を掴んで プリンが止めに入った。


「まって、ぽっちん。あいがしらべてる」


 見れば 壁の模様と一体化していた表示盤ディスプレイのようなものの前で、何やらアイが難しい顔をしている。


「何か見つけたのか?」

「ええ、一応は」


 唇に軽く握った左手を当てながら、難しい顔のままアイはボッチに向く。


「中央の広間に入るには、ここも地下の通路を進んでいく必要がありますわね。地下も一本道ではありますけれど、妙な空間が二箇所ほど見つかりましたの」


 画面モニタの表示内容が切り替わり、案内図のようなものが映し出される。アイの言う通り、最初の突き当たりと三つ目の突き当たりに 広めに取られた空間がある。


「休憩所じゃね?」


 古代の天空の民が使用していた施設ということもあり、天空遺跡の多くは 休憩所に当たる部屋が用意されている。ロノアロも そう 見当違いなことは言っていないだろう。


「……休憩所に、機械獣の反応があるのはおかしくなくて?」

「配膳機獣だろ。電池減るとニャーニャー鳴くヤツ」

「ふぁずおじさんのこと?」

「ファズさんは生身だし、腹減ったらニャーニャーじゃなくてグルグル鳴くんだぞ」

「ぐるぐるなんだ。まほーじんみたい」


 「魔法陣、ね」脈絡のないプリンの呟きに、何か引っかかった様子でアイが画面モニタの表示をまた切り替える。画面いっぱいに円形の、それこそ魔法陣のような模様が映った。


「中央の広間の様子なら、ここからでも観られるみたいですわ。だからどうだ、ということもありませんけれど」

「《試験訓練場》というくらいだから、安全な場所で様子を見られるようにしてたのかもな」


 この表示盤ディスプレイからは それ以上の情報を得ることが出来なかった。妙な空間が休憩所であることを祈り、地下へと続く昇降機の電源を入れた。


「ここの昇降機は ロックかかってないんだな」


 なんの気なしに口にしたポッチに、アイは硬い口調で返してきた。


「いいえ。予め、解除されていたのですわ」


 昇降機の操作盤には、既に何者かが触れた跡がある。


「代わりに、制御室コントロールルームには手出しできないようになっていますわ。そんな仕事が出来る方なら、ポッチ様もご存知でしょう?」

「ミッドナイトトゥインクルにはもう、このボクがいるじゃないか! ……あんな男、切っちまえよ」

「ぽっちん……いまのぽっちんのなかまは、うちと ほかふたりだよ」


 アイもプリンもロノアロも、真っ直ぐポッチを見つめている。


「ここまで来たのなら、覚悟はよろしくて? ポッチ様」


 一度 目を瞑り、大きく息を吐き出す「問題ない」。


「アイツを一発 殴る許可なら、もらってきたからな」


 その後の事を考えるのは、もうやめた。



 地下の通路も中央の広間に沿って延びていて、体感としては ずいぶん長く思える。先刻 アイが指摘した妙な空間一つ目の少し手前で、念のため 休憩と戦闘準備に入っている。


「ぽっちん。うち、ちょっと あたまいたい」

「このタイミングか。治しておこう、おいで」


 ポッチの隣にしゃがみ込み、軽くプリンはアイとロノアロの様子を見てから 頬を寄せてきた。面白くなさそうな顔はしているが、戦闘前の不調の治療では アイもロノアロも文句は言わない。


「……ぽっちん、あとでかいちょーがごーりゅーすること、きいてる?」


 ポッチの癒術を受け、ひとつ目を閉じながら 囁き声でプリンは口早に訊いてきた。自分の両手の印に気持ちを集中しつつ「聞いている」と返す。


「よかった。かいちょーがくること、うちらしかしらないから、いっちゃだめね」


 「よし」分かった、と隠して印を解く。「ありがと」何もないふりをして、プリンも笑った。アイとロノアロは、というと 互いの道具物品の用途や数量の確認中で、こちらのやり取りには気付いていない。

 たまたまとはいえ、サナが後から来ることを伝えずにいて良かったと、今になって安心している。逆に 自分に与えられていない情報があるかもしれないが、そこまで気にする余裕は ポッチにも今はない。


「アイ、ロノアロ! そろそろ動けるか?」

「バッチコイでしてよ」「いつでも出れんぜ」


 横ではプリンも頷いている。立ち上がり、慎重に歩みを進める。

 先頭に立つロノアロが様子を覗った後で、一つ目の妙な空間へと踏み込んだ。


「特に、何もねぇな」


 拍子抜けした声を上げるロノアロの言葉通り、窓際に長椅子が二つほど設置されているだけの空間だった。


「本当にただの休憩所、でしたわね」

「機械獣の反応は何だったんだ……」

「そこのお掃除用機械獣だと思われますわ」

「《FUMBAシリーズ》か、紛らわしい」


 長椅子の下から這い出てきた 掌サイズの蜘蛛型機械獣は、無人の遺跡のお掃除機獣としてよく配置されているものだ。異常がなければ襲いかかってくることもない。現に侵入者に驚き、自ら収納口へと逃げ込んでいった。


「取り越し苦労だったな。何もないなら さっさと進もう」

「ここできゅーけいしても よかったね」


 緊張が解け、何事もなく妙なだけの空間を通り抜けようとした、その時だった。

 これから向かう通路の壁面に、お掃除機獣の収納口が一斉に開いた。だが、出てきたのは蜘蛛型機械獣の群れではなく……


「カニだ―――っ!!」


 【モグリオオガザミ】亜種の群れが、溢れるように湧き出してきた。


「何だよコレ、なんでこんなトコにカニが湧くんだよ!!」

「【モグリオオガザミ】だな。本来は夜行性で 昼間は砂地に潜ってじっとしているが、天空遺跡に棲み着くようになった一部が 昼夜を問わずに活動するようになった亜種だ。ハサミが長くて大きい方がオスで、オスの方が美味い…………って、ダイフクが言ってたぞ」

「本人降臨かと思いましたわ……」

「なかみ ちょっと はみだしたね」


 大きさは陽の民の成人男性の手を広げたほど、個々であれば大した脅威ではない。が、数が多すぎる。


「《FUMBA》と巣を共有してるのか? とすると、これらを巣に戻したら 今度は《FUMBA》の集団が出て来るってことかな」

「ポッチ様? 冷静なお姿もとっても素敵で美しくてらっしゃるけれど、このままでは先に進めませんわよ!? ワタクシたちのヴァージンロードを阻む障壁でしてよ!!」

「引き返せばいいんじゃないかな」

「カニの大群ごときに ワタクシたちの愛が阻まれてたまるものですか!!」


 いつまでも湧いてくる【モグリオオガザミ】は通路だけでは収まらず、休憩所側にも流れ込んでくる。


「痛ってぇな! 登んな 挟むな こっち来んな!!」

「ろの、よっわ! ざぁこざぁこ!」

「人様を肉盾にしといて ザコ呼ばわりすんなや!!」

「いや、雑魚だろ。こんな可愛いカニ相手に 手も足も挟まれてるとか、何ソレ ご褒美?」

「ちょ、酷くねぇ? つーか、気は確かかよ マイ ミステリアスプレジャー……」

「…………って、ダイフクなら 言うだろうな!」


 カニが湧いているだけだといって、ここでいつまでも遊んでいるわけにもいかない。群れの流れを外れてポッチの足下まで歩いてきた一匹を、無造作に仲間の元へ放り返してやる。そのまま ポッチの手は床に着いた。


「【呪いの雨】対象 範囲、発動!」


 空気が揺らぎ、かき集められた呪力エネルゲイアが力場の雨に変わる。いつものそれよりは黒くない雨粒が降り止むと、【モグリオオガザミ】亜種の群れの大半は動かなくなっていた。まだ動ける個体は 大慌てで散り散りに逃げていく。


「大漁! ……ファズさんに届けてあげたいくらいだな」


 鮮度に不安が残るのは仕方ない。回収されるまで保ってくれるよう、祈っておこう。


「ちょっとくらいは、たべてもいいかな?」

「生はやめておけ、あたると怖いぞ」


 機械獣を相手にするよりは楽に対処できた。美味しそうな食材と化した【モグリオオガザミ】に名残惜しそうなプリンを急かしつつ、続く通路を進んでいく。

 二つ目の突き当たりには何もなく、じき 三つ目の突き当たり――妙な空間その二に到達する。


「先程の事もありますし、休憩所であったとしても油断は禁物ですわよ」


 こちらの空間にも機械獣の反応は確かにあった。お掃除機獣であるかもしれないが、警戒を怠る理由にはならない。

 ポッチたち三人に足を止めるよう手振りで示し、ロノアロが前に出る。


「……居る。は、羽、ねぇけど……ゴキブリ? ゲジ、ゲジ?」

「え、やだぁ……」「ワタクシ、ここで待っていて差し上げますわ!」


 露骨に嫌悪を顔に浮かべるアイとプリンの傍をすり抜け、ポッチもロノアロの横から覗き込んでみる。ポッチには、見覚えのある機械獣だ。


「……フナムシ型機械獣だ。あれもお掃除機械獣の一種だな」


 砂海に生息する、雑食性の節足動物 フナムシを参考にダイフクが考案し、サナにもファズにもボロクソに酷評された試作品に よく似ている。


「ワラジムシに近い種の甲殻類……らしいんだけどな」

「いや アレ、ゴキブリだろ!! 触角といい動きといい、飛ばないゴキブリじゃねぇか!!」

「飛ばないゴキブリはただのゴキブリだろ。フナムシは釣り餌にもなるんだぞ、一緒にするな。ただし、油断すると人も齧ってくるから注意だ」

「もっと危険じゃねぇか!!」


 触角を除いて体長がロノアロの片腕ほどもある 大きな機械獣だが、幸い配置されているのは一機のみだ。


「プリン、前衛いけそうか?」

「やだ!! ぜったい、やだああ!!」


 だろうとは思っていた。対峙するのも嫌だと額に書いてあるプリンを、【両手盾】を持っているだけで前に立たせるのは可哀想だ。


「わかった、アイと後ろで守りを固めておけ。余裕があればでいいから、アイには援護を頼みたい」

「お、お任せ下さいまし!! ポッチ様のお背中だけはお護りしますわ!」

「ぽっちんも、あぶなくなったら すぐにげて」

「アンタら、オレの存在 忘れてねぇ?」


 フナムシ型機械獣のカメラが赤く光り、『ピピ』と鳴る。内蔵された異物センサーが お掃除対象を探知したようだ。

 重力を忘れて滑るように壁を伝い走り、フナムシ型機械獣は脇目も振らずに ポッチに向かってきた。


「速っ!?」


 「飛ばないなら、そう怖くはない」下手にやり返そうとしなければ 避けるのは容易だ。軽やかに飛び退くポッチの正面で、得物を逃した顎がガチリと音を立てていた。


「背中 見せたな!」


 ポッチに注意が行っているうちに、ロノアロはフナムシ型機械獣の背面に回り込む。装甲に覆われたフナムシ型機械獣の背を踏みつけ、左に握った【影斬刀】を大きく払う。長い触角は すっぱりと根元から斬れた。

 感覚器を失い、フナムシ型機械獣の動きの精度が落ちる。顎を振り下ろす勢いが強まる代わりに、ことごとく狙いを外してくれた。


「ポッチ様、壁際に寄って下さいまし!」

「ろのも どけー!」


 アイとプリンの合図に、ポッチとロノアロはそれぞれ壁際に身を寄せる。アイの【銃剣】とプリンの【散弾斧】が立て続けに火を噴いた。

 装甲が大きく剥がれ、自らのコントロールを失ったフナムシ型機械獣はのたうち回る。こちらを狙った攻撃はしてこないが、うかつに近寄れば弾き飛ばされそうだ。


「お掃除機獣だから自爆はないだろうけど、念のためプリンは【両手盾】を構えておけ。ロノアロも下がっていてくれ」


 暴れるフナムシ型機械獣に触れないギリギリの位置で、片腕で顔をかばいつつポッチも腰を落とす。


「【万華の呪槍】、発動」


 大地の呪力に撃たれ、フナムシ型機械獣の動きが完全に止まる。

 仰向けの腹部に打ち付けられている鉄板プレートには、《THETIS - TYPE0》と型番が刻まれていた。


「……テティス号、やっぱりか」


 最強のお掃除機獣が出来たとはしゃいでいた、ダイフクの姿が脳裏によぎる。こんな物を『ファズおじさんのおうち』に配備しようとしていたのか。


「会長もファズさんも、止めてくれて大正解ですよ……」


 額を押さえるポッチを、アイもプリンも 不思議そうな顔で眺めている。


「ポッチ様? いかがなさいましたの?」

「なんか、あたっちゃった?」


 「いや」そんな場合でないのに、口元に勝手に笑みが浮かんでしまう。


「次がラストなんだろ? 用意は万全にしておこうぜ」

「そうだな。こんな状態で悪いが、ひと息 吐いてから行こう」


 最後の一本道を進んだ先に、決戦の大広間が待っている。

【月紀 8015年 7月の日記より】

 ラシュクール令嬢と会っていたのがバレた。想像以上の大事になってしまった。

 カシワ血族内で殺人事件が起こったときなんか 全然 騒がれなかったのに、ヨーガ氏族とはキスしたくらいで犯罪者扱いなのかよ。

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