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21.機神別荘

 天気が良く空気が澄んでいたなら、《アヴェクス》の南正門を出て南東の方角に うっすらと影が見える程度に 天空遺跡《ホカンコ》は近い。

 見習いや初級の《討伐者》が調査訓練の名目で常に出入りしているような、安全な場所であった。――つい 先日までは。

 本来《ホカンコ》とは《充電体保管庫》――地上の脅威である巨人兵器《アーカディウス》へと動力を供給するための機械獣《充電体》を貯蔵しておくための施設である。収納されていた《充電体》が全て討伐、もしくは回収されるなどして失われたため、危険度合いは極めて低いと認定されていた。


『何が入ってたのかは分からないけど、《充電体》倉庫室を自由に開け閉めできる人間なんて、一人しかいないわよね』


 未知の天空遺跡の調査依頼を中央公館で受けたその晩に、再び【天空の民 対策班】に招集がかかった。裏ではない方の『シルク・スパイダア』事務所までロノアロに連れて来られ、《ミッちゃん》から《ホカンコ》の異状について聞かされている。


「何が入ってたのかは分からないって、何も入ってなかったかもしれませんよね?」


 《ホカンコ》の封鎖されていた《充電体》倉庫室が、突然 全開放された。清掃依頼や調査訓練を遂行していた《討伐者》からは、そう報告を受けた。負傷者は無いが、未登録の機械獣の目撃情報はあった。


『何も入ってなかったなら、封鎖の必要もなかったはずでしょう?』

「そもそも、《充電体》倉庫を自由に開け閉めできる()()()()()()()()ですが、人間でないかもしれないし、地上の者でもないかもしれませんよ」


 真っ向から言い返してくるポッチに、《ミッちゃん》は鼻で笑うような電子音を鳴らす。色の白い頬がすっかり紅潮している自身に気付く余裕もないポッチの前にユル茶を差し出し、アイも心配そうに覗き込んでくる。


「それを確かめに向かうのが、ワタクシたちの役目ですわ。……参考までに うかがいますけれど、ポッチ様は パスワードのようなものはご存知ではありませんの?」


 ――……《ホカンコ》の新しいパスワードは、俺の父親の名前にした。

 【天空の民 対策班】についての話が出た夜に教わった、あの単語のことだ。


「サナ様の知っているものとは違うみたいですのよ。制御室コントロールルームを弄れる権限を持つ方なんて、そういらっしゃいませんのに。どうして変えてしまわれたのかしら」


 膝の上に握った拳に、そっとアイの手が触れる。拳を解こうと その細い指先が ポッチの手の甲をつ、と撫ぜた。

 慣れない感触に思わずアイの顔を見る。一瞬は驚いたものの、すぐに艶めいた笑みが返ってきた。どこかに 既視を感じる。

 ふいと顔を背け、「僕が知るわけないだろ」と突っぱねた。

 今日は眠いからと 後を託して帰ってしまった会長サナあでやかな女性ではあるが、意図的にポッチや周囲の男たちに 色目を使ってくるようなことはない。感じた既視は……そうだ、自分と同じ顔をした 機械人形のそれだ。


「あい、いまなんで、そんなこときく?」


 あからさまにムッとして、プリンが横から口を挟んできた。


「まえにも ぽっちん、せーぎょしつのことはわからないって いってたよ」

「そうですわね。でも その後しばらく、ワタクシたちとは別行動なさっていたでしょう? その間に得たものなど、あってもおかしくはなくてよ」

「あるはずない。だってぽっちん、すぐこわすもん」


 「あっ」と声を上げ、狼狽えながらアイはポッチを見た。前回の調査で同行したときの見慣れた顔に戻っている。


「うちらよりつきあいながいなら、かにのひともそれ しってる。……わかってて、せーぎょしついじれるようにするかな」


 「ね」確認するように プリンの視線もポッチに向く。ここで頷いておいた方が良いのだろうか。だが、プリンが向けてくるものとしては いささか鋭すぎる気がする。


『……アイちゃんもプリンちゃんも、もういいわ。実際に 見に行ってみればいいことだもの』


 面倒臭そうに吐き捨て、《ミッちゃん》は眼柄をボッチから背けた。


『それほど、重要な情報を共有するに値しない部下だったんでしょ』


 突き立つ言刃コトバに 頭の中がカッとなる。喉まで込み上がる反論を堪え、ポッチはただ唇を噛み締めた。


「前置きが長ェよ。まずは《ホカンコ》行って、どんな状況か見て来りゃいいんだろ?」


 退屈だと言わんばかりに欠伸を噛み殺しながら、壁際に寄りかかっていたロノアロが ようやく口を開いた。頭頂冠カスクを掻きつつ 空いた椅子にどっかと腰を下ろす。


「で? その後はどうするよ。他にも怪しい天空遺跡があるんだろ? どっち優先して片付けるんだよ」

『まだ 確認中ではあるけども、』


 《ミッちゃん》の中に 答えは既に出来ている。


『未登録の機械獣は、その天空遺跡に向かったと思われるの』


 これから調査に向かう天空遺跡の名は、まだ仮のものでしかない。


『今のところは《シケンバ》遺跡と呼んでおきましょ。正式に登録するのは、あなたたちが調査を終えてからでいいわ』



 夜も更け ポッチがひとりで色町通りを歩くには勇気の要る時間となってしまったため、不本意ながら『シルク・スパイダア』の一室を借りた。ぞろぞろと 後について入って来ようとする班員たちを慌てて追い出し、すぐさま鍵を掛けておく。


「……《シケンバ》。何をしていた場所なんだろう」


 実家の寝所よりは小ぶりだが、今のポッチには大き過ぎる寝台に 直角に転がったまま、ぼんやり暗い天井を眺めている。

 《ホカンコ》は《充電体保管庫》、《チカコーバ》は《地下製造工場》。他にも《予備機格納庫(ヨビカク)》、《気象観測塔(キカントウ)》……現在 登録されている天空遺跡の用途は 大方 解明されている。行ってみれば《シケンバ》の意味も解るだろう。

 しばし目を閉じ、考えることを止める。


 不意に左隣に傾きを感じ、なんの気なしに目を開けた。


「よう、ポッチン! よく眠れたようで 何より」

「ほあああああ!? な、会長、いつからいたんですかっ!?」


 唐突に現れたサナの姿に、驚きのあまりポッチは寝台から転げ落ちてしまった。さも可笑しそうに けらけら笑ってから、「もう昼前なのに起きてこないから、見に来たよ」と状況を教えてくれた。


「あれ? さっき解散したばかりじゃ……」

「気ィ張りすぎて 気絶してたんじゃないの?」


 体を起こし、取り出した懐中時計は 確かに昼前を示している。部屋に鍵は掛けたはず、というのは サナ相手には通用しない。


「……《ミッちゃん》、怒ってます?」

「カンカンだよ。ヤカン乗せたらお湯沸きそう」

「沸く前に 潰れるんじゃありませんかね」


 額を押さえて溜め息を洩らすポッチに「そうねぇ」と サナも同情の意を込めて苦笑していた。


「まあ、今回はポッチンに伝えそびれたことがあったから、寝過ごしてくれて良かったよ。結局のところ、《シケンバ》には向かうんだろ?」

「はい。《ホカンコ》の調査が済んだら、そのまま向かいます」


 ポッチの返答に 満足気にサナは頷いた。そしてふっと真顔に戻る。


「《シケンバ》には、後からあたしも行くよ。……ちょっと、とっ捕まえてやりたい奴がいるからね」


 「まだ そうと決まった訳じゃ」みなまで言わせず、サナはポッチの口を塞いだ。


「悪いけど、あんたの意見はいらない。《アヴェクス》の未来と お互いのためだ、黙って動いてくれればいい」


 肯定も反論も求めず、サナは音もなく立ち上がる。


「あーあと、《ホカンコ》向かう前に ファズのトコ寄って弁当 受け取りな。予約と支払いしてあるから」


 用件はそれで終いだと、後ろ姿はドアに繋がる暗がりへと消えていった。



 予想に違わず、裏ではない方の事務所に今頃になって参上したポッチに《ミッちゃん》はかなり 御立腹だった。


『あなた、私がこんな姿だからって 舐めた態度とってるんじゃないでしょうね? 言っておくけど、物理的な攻撃手段はなくとも 社会的な攻撃手段なら いくらだってあるんですからね!』

「以後、気をつけます……」


 ダイフク製のメス形態甲殻類型機械獣にしては珍しく、《ミッちゃん》が戦闘向きでないことはポッチも知っている。しかし、鋏で挟まれる以上の恐ろしい攻撃手段を持っているだろうことも 予想はできる。機嫌は可能な限り取っておいた方がいい。


「遅れた分を取り戻したいので、最終確認と支度が済み次第、すぐに出発するつもりです。《ミッちゃん》から、個人的に調べて欲しい事柄などはありますか?」


 もう反発はしない。ただ 黙って従うのみ。


『ポッチ君にお願いすることは何もないわ。そういうのは 他の子たちで間に合ってるから』


 分かりやすく《ミッちゃん》は、アイとプリンに目線を遣る。


「それなら良かった。会長指示で 弁当も受け取りに行かなければならないので、失礼させていただきますね」

「うちもいっていい?」

「行ってもどうせ、ポッチ様以外は 門前払いを食らいますわよ」

「そっかー。じゃあ ぽっちん、みなみせーもんまえで まっててね」


 やけに素直に引き下がると、食欲の方が勝ってしまったのか プリンはアイに昼食を摂りに行こうと持ちかけていた。

 南正門前、と頭の中で反芻し、ポッチが事務所を出るのに合わせてロノアロもついてくる。昼間だから護衛はいらない と伝えるべく振り返ると、ロノアロは後ろ手にドアを閉めながら 空いた手を鼻先に立てていた。


「悪ィ、ミッドナイトトゥインクル。ちっと野暮用があってな、今日ばかりは送って行けねぇんだわ。すぐ済ませてはくるから、先 帰っててくれ」

「わかった、僕の事は綺麗さっぱり忘れて よろしくやって来い」

「ばっ!? ボボボ、ボクはキミ一筋だよ、マイ フランボワーズフラッペ!!」


 返してくる台詞も表情も、別段 変わって見えるところはない。それでもどこかに 引っかかるものを感じるのは 何故だろう。

 そそくさと先に立ち去るロノアロの背を眺め終えた後で、ポッチも『ファズおじさんのおうち』へと足を向けた。



「ダイフクの奴が帰って来ねぇんだが、お前さんのトコ 行ってなかったか?」


 ポッチの顔を見るなり、弁当を渡すより先に ファズはそんなことを訊いてきた。


「来てませんよ。いつからですか?」

「いつから……一昨日の夜、お前さんにガレージ寄るよう頼む前から 顔見てねぇんだよ。その時はガレージに居たんだろ?」

「はい。僕も最後にダイフクと会ったのは ガレージでした」


 救援要請も入っては なかった、見回りに行くとかも言ってねぇ。腹を減らしてねぇならいいが。子供を案じる親の顔でぶつぶつ呟くファズを見ていると、今まで抱えていた心細さが じわじわと怒りに転じはじめる。


「でしたら、調査に出るついでに ダイフク見つけて、連れて帰りますよ」


 自分だけならまだしも、散々 世話になっている師匠ファズにまで心配をかけているなど、さすがに許してやるわけにはいかない。


「その際、一発くらいなら 殴ってやってもいいですよね?」


 無事に帰って来るなら何発でも構わないとの許可と 予約されていた弁当四人前をファズから受け取り、【天空の民 対策班】待ち合わせ場所である《アヴェクス》南正門前を目指した。

【月紀 8015年 4月の日記より】

 たいして大事にもしてくれなかった父親に、花を手向けに来るポロは健気だな と思う。

 伯父の月命日に訪ねてきたポロを、父さんはひどい言葉で追い返していた。

 僕が好きな女の子と子供をつくっても、父さんはその子を他人だと言うのかな。

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