16.銀色夜叉
テンプラ目線の前日譚と選択ミス時空でのアナザーエンドを、短編二本立てで本セッションのGMに書いてもらいました。バッドエンドに抵抗がなければ、3話読了〜後にどうぞ。
【オオツチイノ】とは――《アヴェクス》から《ナバッシ》の集落辺りまで西方の荒野に広く生息する大型のイノシシ科哺乳動物である。荒野の赤土に似た色の剛毛と鋭い牙を持つ。一般的な陽の民女性の身長ほどの肩高があることに加え、二十頭を超える群れで行動するため狩猟の難度は高い。それでも香草類を好んで食むためかイノシシ特有の臭みが少なく、どのような調理法でも非常に美味であり 食肉としての需要は高い。
灼けたように赤い色をした荒野では、その赤茶の巨体は立派な保護色となる。狩猟者の気配に感づいた はぐれ【オオツチイノ】は動きを止め、荒野の岩のふりをしてやり過ごそうとしていた。
「隠れるの上手だねー……丸見えだけど」
巨獣一頭 仕留めれば、腹減らしの集う宿酒場でも 焼き肉食べ放題イベントが開催できる。折角の機会を逃すのは惜しい。
「それじゃ、デメテル。なるべく刺激しないように【オオツチイノ】の背面に回って。ポッチは【オオツチイノ】が動く前に【呪印】で麻痺と何か入れて」
「了解」
昼過ぎに《ホカンコ》遺跡を出て《アヴェクス》の都に入らず通り過ぎ、《チカコーバ》遺跡に向かう途中で【オオツチイノ】の群れに行く手を阻まれた。
《討伐者協会》に所属する《マタギ》技術者の多くが《アヴェクス狩猟戦団》にも籍を置いている。そこで教えられる約束事の一つに『巨獣の群れには手を出すな』とある。流れの元《マタギ》であるファズも、ダイフクへの実践指導の際 しつこいくらいに言っていた。
教えに従い、ダイフクはポッチと共に【オオツチイノ】の群れが過ぎ去るのを待っていた。それほど大きな集団ではない、すぐに彼らは地平の向こうへ消えて行った。
それでは行くかと再び歩を進めた先で、一頭だけはぐれた 若い【オオツチイノ】の姿を見つけた。先程の群れには 完全に置いていかれたと見える。
《アヴェクス狩猟戦団》及び、流れの《マタギ》たちは口を揃えて言っていた「はぐれたヤツは、即座に狩れ」。彼らの思考は、飢えた猛獣のそれである。
ダイフクの指示通り、スナガニ巨大化型使役機械獣 デメテルは吹き飛ぶような勢いで【オオツチイノ】の背後へと駆けて行く。僅かに遅れて 砂塵の煙幕が辺り一帯にぶち撒けられた。
「向こうの視界は塞げたけど、こっちも目視が難しくなった、な……!?」
「そっち行ったよ、ポッチ」
「ほああああ!?」
砂煙の中から 巨大な影がポッチ目掛けて迫り来る。この勢いで向かって来られては【呪印】を構える間に跳ね飛ばされてしまうだろう。
「仕方ない」迫る風圧に敢えて乗り、【オオツチイノ】の真上へと跳び上がる。硬い毛皮で大した痛手は与えられない事は承知だ。その上で【オオツチイノ】の背中に落ちながら 小太刀【黒印刀】をすらりと抜く。
落下の勢いも加えながら、ポッチの小太刀は とすりと【オオツチイノ】の首筋へと突き立った。
小さくとも視界外からの痛みに驚き、【オオツチイノ】の動きが 一瞬 止まる。
完全に食い込んでしまう前に斬り払い、【黒印刀】を抜いて ポッチも大イノシシの背から離脱する。
――その直後。
「うぉらあああああっ!!」
半年に一度 聞けるか聞けないかの貴重なダイフクの咆哮と同時に【オオツチイノ】の巨体が仰け反り、横薙ぎに引き倒された。
振り抜いた大型打撃武器の勢いを逃がしてから、再び ダイフクは溜めの構えに戻る。しかし巨体は地面に倒れたきり、ぴくりともしない。
「よし、止まった。ポッチ、【呪印】かけてから回復入れて」
打ち倒した獲物にまだ息があることを確認し、ダイフクが構えを解く。巨獣討伐向け大型打撃武器【巨獣殺し】を模して変形していた愛用の機械弓【巨戦機弓】も、元の【巨弓】型に戻していた。
「【白の癒し】の効果に影響が出るから、麻痺の効果時間は五分くらいだ」
「充分だよ」
普段の戦闘時と比べてごく弱めにポッチが【呪印】を発動すると、ダイフクは腰巻きポーチから小型の杭打ちとそれに合わせて造られた 長く極太の鍼を取り出した。ぐるりと【オオツチイノ】の巨体を回って触診しつつ、慎重に杭打ちで鍼を特定部位に打ち込んでいく。
最後の一本を打ち終えた後で、ポッチの癒術を促した。
「全快させても動けないから、できるだけキレイに治してやって」
「本当に大丈夫か? 厨房で暴れたら大変だぞ」
「厨房にいるのは 俺の師匠だよ? 他にも元《マタギ》の人いっぱいいるし」
「それもそうか。なら、遠慮なく」
【厨房班】の屈強な筋肉たちの面構えを思い出し、納得する。巨獣相手なら一般《討伐者》よりも彼らの方が ずっと頼もしい。
「ちょっとポッチ? 遠慮してないで ガンガン回復かけてよ」
「これが僕の全力なんだが!?」
極稀にある暴発でもしない限り、一気に全快させるなど ポッチには至難の業だ。
そうこうするうちに 無事【オオツチイノ】の治療は済んだ。傍で待機していたデメテルの甲羅に、二人がかりで【オオツチイノ】の巨体を括り付けている。
「デメテルはドジっ子だから、途中で転ばないように気を付けるんだよ」
今は宿酒場『ファズおじさんのおうち』で留守番をしている ヤドカリ型使役機械獣 カシオペアほど高性能なものではないが、デメテルにも人工知能が搭載されている。言葉は発しないが 指示を理解する程度の知能はある、今さっき捕獲した【オオツチイノ】はデメテルに 宿酒場まで運んでもらうことにした。
「ファズさんに【オオツチイノ】渡したら、そのまま真っ直ぐ《チカコーバ》に向かっちゃっていいからね。その【オオツチイノ】は俺だと思って 大事に運搬すること! いいね?」
「あ、引っ繰り返った」
「駄目だよデメテル! 潰れちゃうって!!」
主人だと思って潰そうとしたようにポッチには見えたが、それは胸の内に秘めておく事にした。
《アヴェクス》があるだろう方角にデメテルの影が消えていくのを見届け、真剣な表情でダイフクは振り返った。
「ドジっ子のくせにちょっと素直じゃない男の娘甲殻類って、何であんなに可愛いんだろう」
「性癖はむやみに口に出すものじゃない。……ん? デメテルってオスなのか?」
「フンドシ見れば判るだろ」
「一般人に判るわけないだろ」
「よし分かった。それなら俺のこだわりを一つ、教えてやろう」
「要りません」
「移動用の甲殻類型使役機械獣はオス型、戦闘用はメス型って マイルールがあってね、」
「訊いてないから それ以上続けないで!!」
全力で止めに入るポッチに ダイフクは露骨に不満そうな顔を向けてくるが、そこは敢えてスルーを決め込む。
「デメテルがいないなら ここからは徒歩で《チカコーバ》に向かうんだろ? あんまりグダグダ言ってると置いて行くぞ」
「俺を置いてどこまで行けるか見ものだね」
「言っちゃなんだが、こっちにはグライダーがあるからな」
「健気で可愛い 男の娘鋏角類に感謝しろよ」
「……エウテルペもか……薄々そうじゃないかとは思ってたけど」
デメテルとグライダーのお陰で《チカコーバ》遺跡までの距離は大分 稼げている。徒歩で進んでも、日が沈むまでには辿り着くことができよう。
道中でたまに飛び出してくる【グラスフリッシュ】を非常食用に捕まえながら、太陽を追いかけるように旅路を急いだ。
**
転ばないように気を付けろと注意を受けていたにも関わらず、荒野に転がる石塊に躓き うっかりデメテルは転んでしまった。
構造的に仕方のないことであり、それに対処するだけの機能を搭載されていない。加えてこんな大荷物だ、自分に落ち度は何も無い。
とはいえ、積み荷を傷めてしまうのは優秀な機械獣のすることではない。速やかに体勢を立て直すべく、デメテルは歩脚をバタバタ動かした。
『おや、デメテルじゃないか。お仕事中かい?』
聞き覚えのある声とともに左の鋏が引っ張り上げられ、やっと正しい姿勢に戻る。
眼柄を伸ばして声の主を確認し、しばし回路が混乱する。
『ずいぶんと大きな荷物を運んでるね……規定の使い方じゃないんだけど』
声は記憶している、顔も記録に残っている。だけど そのどちらも合致しない。
エラーを起こしそうになるのを必死に堪えていると、その人物のようなものは デメテルの眼柄の間を撫でながら微笑を浮かべた。
『OK、スキャン完了。自分の仕事に戻ると良い』
混乱し、一時停止していた思考回路が 再び正常に動き出す。
『後でまた、《チカコーバ》で会おう』
不確定人型物体について、回路内検索するのはやめた。
エラーを誘発する危険性のあるデータは有害だ。早急に消去すべし。
何も見なかったと記憶を上書きし、本来の任務を全うすべく デメテルは《アヴェクス》へと走りはじめた。
**
前回の調査でテンプラが寄越してくれた《チカコーバ》全体図の写しが、今現在 とても役に立っている。
「非常口側から入った方がスムーズなんだね……まあ、当然か。隠し通路 破壊して解放するとか、サナさんの手駒さんたち、いい仕事してくれるじゃん」
「えっ!? あ、その……ああ、まあ、そう……うん、そうだな……」
「……なんだ。壊したの、やっぱりポッチか」
「えええ、いや、違っ……違、わない、です。申し訳ありません……」
「ああ、いいよいいよ。サナさんには黙っておいてあげよう」
動揺するポッチを見てダイフクは軽く笑い声を上げる。機械獣製造現場を視察してから、すっかり上機嫌だ。ポッチの予想通り 奇声を上げて散々はしゃぎ散らした挙げ句、「全部 持って帰りたい」などと言い出した時にはどうしたものかと思ったが、「他の場所も見てみないか」の誘いになんとか乗せることができた。
前回もお世話になった休憩所のテーブルに、持ち出してきた《チカコーバ》関連の資料と残されていた備蓄用保存食の包みを並べ、夜間に備えた休息をとっている。
「フリッシュ、駄目にしたらもったいないから 干しておこう」
ファズに叩き込まれた《マタギ》技術で、ダイフクは手際良くフリッシュを捌いては 物干しだか手拭い掛けだかに吊るしていく。少しは手伝うべきかと腰を浮かせるポッチに、辛辣にも「触るな。寝てろ」と言い放つ。
「……そこは“休んでていいよ”とか、もっと優しい言葉があるだろ」
「そういうのはポッチの担当だから。……よし、終わり! 水飲み場と便所、どっちが近い?」
「手洗いの方。向こうのドアから出て、通路挟んで 向かって左」
「ん、ありがとう」
静かな場所で食べ物を腹に入れると、呼びもしないのに睡魔がやって来る。必要があればダイフクが起こしてくれるだろう、少しだけ仮眠をとることにした。
…………。
「起こしてくれないどころか、一緒になって寝てる」
懐中時計を取り出すと、二時間と少し眠っていたらしい。《チカコーバ》遺跡内では最も安全と思われる休憩所だが、見張りをしてくれる機械獣を何も連れていないというのに 向かいのソファでダイフクはよくよく眠り込んでいる。
「……まあ、何かある前に起きられて良かったとしよう」
先刻 教えた手洗いで用を足してから、その足で ダイフクが寝てる間に周囲を軽く見回りしておく。特に変わったことは――……。
水飲み場まで戻ったところで、通路側から妙な音がする。陶器のようなものを金属の棒で規則的に打っている、そんな感じの音だ。陶器のようなものを床のタイルとするなら、金属の棒は機械獣の爪脚か。
壁に張り付き、そっと通路を窺う。――何もいない。
今の今まで聞こえていた音も止んでいる。気のせい、だったのだろうか。
なんの気なしに反対側にも顔を向ける。――――そっちにいた!!
ポッチが通路を覗いている反対側で、卵型機械獣《王子くん一号》がうかつな侵入者を発見していた。
「あ……」
〈 THERE YOU ARE 〉
金属卵の表面に文字列が浮かび上がる。前回の接触経験から、思わずポッチも身を硬くした。
直後 四つの脚が折り畳まれ、今度もまた 下部から火を噴いた。だが 今回はポッチに向かって来ることはなく、逃げるように通路の奥へと噴き飛んでいく。
「あ、おい! どこに……」言いかけ、考えを改める。向かった先を調べる方が早い。急いで休憩所に駆け戻り、誰も片付けない《チカコーバ》関連資料をめくる。全体図から察するに、向かった先は《製品倉庫》だ。
うかうかしていると また逃げられてしまう。慌ててダイフクの肩を揺さぶった。
「起きろ、ダイフク! 《王子くん一号》が見つかった!」
「んー、分かったー……頑張ってね、ポッチー」
「《製品倉庫》に向かったぞ! 新型機械獣に会えるかも!!」
「っ!?」起きる気概を微塵も感じなかったダイフクの両目が、瞬時に眼光を放つ。
「行くよ、ポッチ!! もたもたするな!!」
寝起きとは思えない素早さで装備を整えると、後ろも見ずにダイフクは休憩所を飛び出して行った。舞い散った書類を集めるかポッチが迷ううちに、激しい足音は遠ざかっていく。片付けは後だ、戦闘向け装備だけ整え、ポッチも急ぎ ダイフクを追った。
「ここかあ!?」「そこは《監視画面室》だ」
「ここだなあ!?」「違う、《資料室》だ」
「こっちに行けばいいのかな!?」「そのまま行くと外に出ちゃう!!」
「いでよ、新たなる甲殻類型機械獣!!」「もう、探してるものから違う!!」
ある程度 配置が頭に入っているポッチが先導すれば良いのだろうが、寝起きの悪いダイフクを変な起こし方で連れ出したせいで テンションがおかしくなってしまっている。どうにか目的の倉庫には近づけてはいるのだが……。
「念のため、ここも見てみよう!!」
「余計な部屋まで開けるなよ」
本来の目的を忘れてしまったのではないかと ポッチが疑い始めた頃、ある一室の中に踏み込んだダイフクの様子が 目に見えて変わった。
「えーっと、多分 雑物倉庫の一つだな。次 行くぞ、つぎ……?」
黙ったまま、何かを見つめて ダイフクは部屋の奥へと進んでいく。
「どうした? 気になるものでも見つけたか」
一向に出て来ないダイフクに痺れを切らし、ポッチも雑物倉庫部屋に入ってみた。
ダイフクの視線を辿り、知らず知らずに眉をひそめる。
「……話には聞いていたけど、実際に見ると 気分悪いな」
長めの黒髪は結い上げられ、《地泉杜》の伝統衣装にどこか似た それでいて非なる武者装束が着付けられている。濃く真っ直ぐ伸びた睫毛の乗った両目蓋は閉ざされているが、開けばきっと 黒く澄んだ瞳が現れるだろう。良い夢を見ているような表情で専用台座に腰掛けるそれは、上半身だけ見ればポッチと同じ姿をしていた。
「これが――等身大【ゴザル丸人形】か」
自分と同じ顔をした この機械人形は、お空の上へ連れて行かれた後でどんな扱いを受けるのだろう。せめて 酷い傷つけ方はされないことを、胸の内に祈る。
ダイフクが何も言わず視線を寄越す。「もう行こう」と声をかけ、ポッチは一足先に扉へと歩き出した。
背中の後ろで、銃声に近い機械弓独特の射出音が上がる。
「えっ!?」振り返って見やれば、【ゴザル丸人形】の頭が吹き飛んでしまっているのが目に入った「えええ??」。
ダイフクはと言えば、涼しい顔で愛用の【巨戦機弓】を担ぎ直している。
「いやいやいや、コレは敵性物体ではないと思うんだが、何で撃つかな」
「顔が気持ち悪かったから、つい」
「いやいやいやいや!! 気持ち悪いって……五年も共に行動してる相棒の顔じゃないか!!」
「だって、生理的に受け付けなくて」
「分かった、もういい。これ以上は自分が傷つくだけだって分かったから」
撃たれたわけでもないのに痛む胸を押さえ、通路に出る。
この先には《製品倉庫》の両開きの大扉しか残っていない。軽くポッチを押し退けて前に立ち、ダイフクはドアハンドルを引いた。
生体反応を感知し、自動で庫内の灯りが点く。製造作業場と同じくらいには広い倉庫内に、大小さまざまな機械獣や部品が積まれていた。
「……っ!? これは……」
数歩 進んで何かに気付き、一目散にダイフクが駆け出す。
「ワレカラ型機械獣!! あったんだ!! ああああ、会いたかったよ ポリュムニア!!」
細長く節くれだった、虫のようにも見える奇妙な形の機械獣を ダイフクは感極まった様子で抱き締めている。あの大量のシルエットからよく見つけ出せたものだと 呆れを通り越してポッチは感心すらしてしまった。
「良かったな……用事が片付いたら それ、持って帰れよ」
「はなからそのつもり!」
「カシオペアと修羅場ってしまえ」
積み上がっている機械獣はどれも電源が入っていないようだ。出荷予定がなく充電されていないのか、とうに放電しきって動かないのかは判断のしようがない。それでも 今の時点では、敵性は無いと断定できる。
新規甲殻類型機械獣に大興奮しているダイフクは放って、ガラクタ同然(と言ってはダイフクに激怒されるが)の機械獣の迷路を進んでいく。目的の卵型機械獣《王子くん一号》は最奥に潜んでいるとは限らない。
少々喧しいがカシオペアを連れていれば発見は容易だったろうに、何故ダイフクは彼女を置いてきたのだろう。移動の足を優先したと返されればそれはそれで納得できるが、他にも理由があるのかもしれない。
「このままでは埒が明かないな」夜通し金属卵探しをするのは遠慮したい。何か巧い遣り方はないかとしばし思索し、ふとポッチは思いつく。
「出て来い、テンプラ! 怖気づいたか?」
最奥よりは手前の、ポッチから見て右斜め前上部の辺りで 機械獣の山が崩れる。天井の白い灯りを反射し、目に痛いくらいギラついている。
『……何で その名前を知ってる』
金属質の銀色機体に目まぐるしく周囲の景色を映り込ませながら、四本脚の卵型機械獣がにじり寄る。
「既に本物と会ってきた。中身はテンプラのコピーなんだろう?」
『コピー?』〈 SNEER 〉ポッチの足元まで辿り着いた《王子くん一号》は、卵の表面に文字列を表示した直後、唐突に跳ね上がった。
『おれの方が上位互換、言うなれば“本物”だ』
驚き 慌てて躱しはしたものの、バランスを取り損ねて尻もちをついてしまう。「そんな形で 本物とか……」困惑し 呟くポッチの周りを狂ったように跳ね回り、十分に勢いがついたところで こちらへと向かって来た。
『うるさい、【ゴザル丸】もどきが!!』
体勢を整えるどころか立ち上がるのも間に合わない。脇差しを抜くにも隙ができる。こうなれば 食らってからすぐ癒術をかける方向で――……!
「複製の方が上位互換? ……俺としては否定したくないけどね」
顔面に食らうと覚悟していたポッチの正面で、派手に金属どうしがぶつかる耳障りな音が上がる。
弓形態のままでも頑丈な【巨戦機弓】に弾き返され、《王子くん一号》は奥の方に積まれた部品の山へと突っ込んだ。
振り返るより先に 二の腕を掴まれ、引っ立たされる。
「勝手に出るな、ポッチは後衛なんだから」
勝手に出たわけじゃない、いつまでも機械獣で遊んでるからだろ、との反論を飲み込み「はい」とだけ返した。ここで喧嘩をする相手はダイフクじゃない。
『とうとう出て来たな、カシワ血族の複製体。いや、そうだな……遺伝子上は、』
雑に積まれていただけの部品の山が、意志を持って組み上がり 二足歩行型を形造っていく。標準的な人間の倍近い兵隊型機械獣らしき姿が出来上がるが、頭部だけは 未だ 空いている。
『曽祖父であり、父親か』
胴体部分から生えてきた両腕が、《王子くん一号》を拾い上げる。上下をくるりと回して空っぽだった首部に嵌め込むと、カチッという音とともに卵型機械獣は頭部に変わった。
「遺伝子上の父親……? それはつまり、機械獣に卵を産ませたと?」
「馬鹿言うなよ ポッチ! いくら俺でも、いろいろ試して頑張ってみたけど、それでも無理だったんだから!!」
「そういう答えは聞きたくなかったんだが!?」
『そんな奴の血が、おれには二度も入ってきてるんだぞ!?』
「かわいそう」
「どういう意味だよ!!」
生身の方のテンプラには、もっと優しく接してやれば良かったと ポッチは少し後悔している。
「それはともかく」ならばせめて、頼まれ事だけでも片付けてやるべきだ。
「そのかわいそうな本人が、自分の知識を持たせたまま野放しにはしたくないと言っていたんだ。ましてや自らを『上位互換』とか言い出したならな」
『間違ったことは言ってない』
金属卵の装着された兵隊型機械獣の両手部分に、吸い付くように残った部品が集まってくる。見る間にそれらは厳つい刃を持つ薙刀状に変形した。
『思考連動型機械兵 戦闘専用機《凄皇》、発進!』
大振りに薙ぎ払われた斬撃を下から擦り抜け、ダイフクは《凄皇》までの距離を大きく詰める。狙っているのは頭部と化した卵型機械獣だ。
威力を重視した分、ダイフクの防御が薄くなる。地道に練習し、ほんの最近 使えるようになった《カンナギ》技能【光の防翼】の印を組む。これで不意の一撃くらいは耐えられるはずだ。
ポッチの補助術を受け、完全に懸念は無くなったと ダイフクは真正面から【巨戦機弓】を構える。機械弓の性能を限界まで引き出すつもりで、【貫通】射撃を放った。
狙いに勘付き《凄皇》は 咄嗟に大薙刀で頭部を庇う。が、至近距離からの強力な一撃は機刃では防げず、砕けた刃を散らして 鋭い機矢は《凄皇》の咽喉を穿った。
頭部に座していた金属卵がポロリと落ちかけ、武具を失った片腕が慌ててそれを支える。金属卵自体には傷を付けられなかったか。
『クッソ、カシワ血族の分際で 何つぅ馬鹿力だ……』
「のびのび育ててもらったものでね」
ただし、この威力が叩き出せるのは初撃のみ。そう続けて何度も出せるものではない。《凄皇》が惑っているうちに 金属卵を叩き落とそうと【巨戦機弓】に機矢を番える。撃ち放とうと顔を上げると同時に、首を掴まれた。
崩れた部品はパラパラと集い、《凄皇》の頭部は元通り接着する。
『ヤツハシくんの言ってた“片眉の弟”。最後の一人がお前か』
顔色の映らない金属卵では 込められた感情は読み取れない。ダイフクの首を掴んだまま ぐいと持ち上げ、無機質な顔が覗き込んでくる。
『……初めて見たよ、こんなアグレッシブな顔したカシワ血族』
同じ顔でも 浮かべる気質が全く違う。いつでも余裕に満ち、穏やかで柔和な笑みで他者を見下していた、カシワ血族の表情じゃない。
《凄皇》の腕を蹴りつけても僅かに凹むだけで、振り払うまではいかない。巻き込みを危惧して術を躊躇うポッチに、背中の後ろで合図を出した。
折角 被せた防御の術が無駄になってしまうが、背に腹は代えられない。
「【万華の呪槍】威段二、発動!」
全力にはならないギリギリの出力に抑え、力場の龍を喚び出す。容赦なく力場の塊は《凄皇》に頭上から喰らいつく。間一髪で《王子くん一号》は離脱してしまったが、胴体部分は真っ二つに割れ裂けた。
「……痛ってぇ……補助もらっといて良かったー……」
直撃していなくても 生身の体には電撃に似た痛みを与える。喉元をさすりながら立ち上がるダイフクに駆け寄ろうとして、ふと ポッチは視線を感じた気がして振り返った。
いつからそこにいたのか、居るはずがないのに よく知る顔が そこに在る。
『苦戦してるようだね、《凄皇》クン』
色の白い肌に、肩のあたりで切り揃えた 指通りの軽やかな黒髪が映える。濃いめの眉と切れの長い目元は 麗しく微笑みながらも、刀の切っ先のように鋭い。
『……助っ人はいらないって言ったはずだ、【P.and.R.A.】』
『君を手伝いに来たわけじゃないよ。可愛い“息子”に会いに来ただけさ』
『息子』と同じ声は、別の顔を持つ機械人形から発せられる。先刻 ダイフクが吹き飛ばした【ゴザル丸人形】、ポッチと全く同じ顔だ。
しかしその機体には 控えめながら胸の膨らみがあり、女物の装束を纏う。
『どうかな? ダイフク。ゴザル丸クン美人だから、女の子でもイケるよね?』
喜ばないのは確実だが、ダイフクがどんな反応をするのか ポッチにも想像がつかない。恐る恐る振り返ってみると、ダイフクは蒼白な顔で頭を抱えていた。
「何……? 何なの この仕打ち……」
相棒を性転換機械人形化され、その中に自分の複製元が入っているという。
それは【 Program and Rakugan Android 】というシステムで生まれてしまった、災厄の機械人形。
後の世に、【パンドラ】という名で 遺されるものである。
【月紀 8012年 3月の日記より】
ポロがアゲ門保研 所属になった。
父さんが研究員登録されたのが30歳の時だから、早いなんてものじゃない。
実質、養子に出されたようなものじゃないか。




