15.機密の花園
新米《討伐者》の多くが一度や二度は受ける仕事、それが古代天空人遺跡《ホカンコ》の清掃依頼である。《アヴェクス》から最も近く 徒歩でもたどり着ける上、戦闘型の機械獣と遭遇することもまず無い。遺跡調査訓練用施設と化した《ホカンコ》遺跡に、ポッチも もう何度も足を運んでいる。一般に近づいてはいけないとされている一室を除いて、《ホカンコ》内は慣れた場所であった。
「……《チカコーバ》の制御室には、入って調査したんだよね?」
一般《討伐者》には解放されていない昇降機のロックを解除し、合言葉代わりに確認しながら ダイフクは扉の開閉レバーを動かしている。
緊張した面持ちで頷くポッチの背を押すようにして、ダイフクも昇降機に乗り込んだ。
「管理装置みたいなのは壊してないね? ん、ならいい。でも念のため、操作機器には触らないようにしてよ」
「分かった、気を付ける」
昇降機の先はポッチにも未知の領域だ。昇降機の扉を制御室のそれと勘違いするのも仕方ないだろう。初めて乗り込んだ円筒形の小部屋は、低い唸りを上げて 奇妙な浮遊感とともに地下フロアへと降りていった。
やがて、昇降機の動きが停止する。
扉が開くと通路はなく、直接 フロア丸ごと広がる大きな部屋の端に出た。既に灯りは点いていて 白く何も無い空間がそこにある。
ダイフクが一歩 室内に踏み入ると、継ぎ目も見えない無機質な白い壁に橙色の幾何学模様が無数に浮かび上がった。機械的に点滅し、緑を経て青色の光に落ち着くと、ほんの一部の紋様を残して 光の筋は消灯した。
「……なるほど、確かにversionが変わってる。起動時の演出が変わった」
初めての光景に言葉を失うポッチと対照に、慣れたもので ダイフクは感心したような声を上げるだけだ。
「《チカコーバ》の制御室も、こんな感じだった?」
「いやいやいや。ここまでは広くなかったし、機材も部屋の真ん中に円柱みたいな画面があるだけだった。壁の材質は、似たようなものだったけど」
「よし、了解。《ホカンコ》の次は《チカコーバ》の調査に行こう」
悪戯の計画を練る子供の顔でポッチに笑いかけてから、また表情を引き締め 壁面に残った模様の前に ダイフクは立った。
「この、壁面に刻まれてる模様自体が 天空語の操作盤になってるんだよ。映像はホログラフィで投影されるから、映像のための出力機器はないんだ。で、画像も複数呼び出せるんだけど、自分の手元と相手の手元それぞれに別の情報を表示したい時は……」
ダイフクが詳しい説明を事細かにくれるので、取り敢えずポッチもニコニコしながら適当な相槌を打っておいた。早く説明 終わらないかな、と思っている。
『正常に【カガミ・リ・オペレーション・システム】version 1.01 が起動しました。ナビゲーターイメージを選択して下さい』
「パンドラじゃなくなってる」無意識だろうダイフクの呟きに、【P.and.R.A.】という単語を思い出す。触ったことがあるかとのポッチの問いには、否定で返してきたはずだったが……。
「ダイフク、【P.and.R.A.システム】とか言うのと接触してたのか? テンプラも 気にしていたみたいなんだが」
「ぶふぉ!? 何コレ、ナビゲーターイメージにポッチが選択できるんだけど!」
「今、人が真面目に訊いているのに……」
ムッとするポッチに構わず、笑いをこらえながらダイフクは手元に浮かぶ仮想画面を指差す。渋々見やると、三通りの人物的画像が表示されていた。
【タイプA:カシオペア】地上の感覚で言うと十四、五歳の豪奢な衣装を纏った美しい少女だ。薄い桃色を帯びた頰に 紅を差したような唇、ダイフクの髪色より淡い白銀の髪と薄青い瞳は、天空の民の誰か高貴な女性をモデルにしたのだろうか。印象は違うが、どこかプリンに似ているようにも見える。
【タイプB:ゴザル丸】これがポッチのそっくりさんだ。《チカコーバ》でサツマ氏が嬉々として見せてくれた黒髪黒目の若武者人形【ゴザル丸人形】と同じ衣装と髪型である。しかし年齢は少しばかり引き上げられ、どこから見てもめかし込んだポッチとしか思えない。
「テンプラの奴め、許可なく人様の顔を使ったな! 絶対に悪用するなって 言っておいたのに!!」
「悪用はしてないんじゃない? 好きに飾り付けてあるだけで」
「向こうでおもちゃにされてるに決まってる!! ……どうにかして消せないか?」
「無理無理、ご愁傷さま」
【タイプC:シークレット】ポッチには何となく見覚えのある人型のシルエットに、クエスチョンマークが付けられている。さすがに趣味に走り過ぎというか、テンプラはふざけ過ぎてはいないだろうか。誰か拳骨を落としてやるべきだ。
「ま、甲殻類タイプがないんだったら、イメージオフにしちゃうけどね」
何の躊躇いもなく、ダイフクはナビゲーターイメージ投影の項目をOFFにしてしまった。
「あれ? 選択しないのか。タイプA、可愛かったのに」
「……昔、アレによく似た機械獣に 痛い目見せられてるんだよ」
一瞬だけ ダイフクは忌々しげな表情を見せた。それ以上何も話してはくれないが、もしやダイフクの人型嫌いは そこから来ているのかもしれない。
『ナビゲーターイメージはオフに選択されました』
『ファズおじさんのおうち』の受付カウンターに置いてきた ダイフクのヤドカリ型使役機械獣カシオペアと同じ電子音声が流れる。それと同時に、制御室の中央に大きな姿見のような仮想画面が浮かび上がった。
「さてと。まずはポッチの接触した“テンプラ”とかいう人の情報でも、見せてもらおうかな。“検索:人物−テンプラ”」
『四件ヒットしました』
「四人もいた。ポッチ、顔は分かる?」
上下に四つ、成人前から中年手前までの男性の顔画像が並ぶ。「下から二番目」地味ながら控えめな笑みを浮かべるMr.テンプラたちの内、一人だけ眉を吊り上げ不服そうな表情で写っているのが ポッチの知っているテンプラだ。
『管理番号 K−011−67673985 ペッディポロ・テンプラ・カガミ。アゲ門 思考記録 継承管理 及び 保管研究倉庫 所属。月紀7994年はちが……』
「現行の人工知能【カガミ・リ・オペレーション・システム】を開発した人?」
『はい。ただし現在、惑星《セス》管理法に違反の疑いがあるため、星民保安監視委員会により身柄が拘束されています』
「えっ!? もうアイツ、お縄食らってるのか!?」
確かにサツマ氏も危ない橋だと言っていた。それにしたって、もう地上との接触が上層部に筒抜けてしまっているなど、脇が甘いにも程がある。
「……いや、びっくりするほど ガバガバだね」
音声出力されない項目はポッチには読み取れないが、出てきた文字情報に目を通して ダイフクはすっかり呆れて失笑している。
「犯罪者扱いしておきながら 他に代わりがないからってそのまま継続使用するとか、地上からなら どこのデータベースにもアクセス出来るとか……お上さん、どれだけ危機感ないんだよ」
「ガバガバって、そっちのことか」
「これさ、もしかしたらテンプラ君、ワザと捕まってみたんじゃないの?」
お空の上の思惑など、興味のないポッチにはさっぱり思い至らない。黙り込んでしまったポッチをそのままに、ダイフクは調べごとを続けている。
「……可怪しいな、パンドラの交信記録がまるっと消えてる。普通、蓄積した学習データは残しておくと思うんだけど」
「ダイフク」
「何? もうちょっと調べさせて」
「なんで嘘ついた? 明らかに【P.and.R.A.】に触ってただろ」
目に見えてダイフクの動きが固まる。腕組みしながら、問い詰めるつもりで ポッチもダイフクの正面に空間画面を挟んで回り込んだ。
「怒ったりしないし、会長に密告するつもりもないから、」
「俺にも言わないように念を押された機密事項を、真っ先に報告してくる奴を信じろと?」
間髪入れない正論に、今度はポッチが言葉を詰まらせる。冷ややかな視線を向けてくるダイフクに「それとこれとは話が違う」と、この場で言うのは逆効果か。
持ち出す言い訳すら見つけられず、しょんぼりポッチは目線を落とす。困ったように吐き出された溜め息の後で、「そういうとこ」と ダイフクは言った。
「ポッチは考えてる事、すぐ顔に出すから。直後にサナさんに遭う可能性のある時は、あんまり不確定情報持たせたくないんだよ。隠し事できないところはかえって信用できるし、その性分も嫌いではないけどさ」
「素直に大好きって言ってくれても、ダイフクなら構わないぞ。声を大にして言ってみろ」
「ポッチは帰郷申請してないから、お見送りは獣帰葬でいいんだよね」
「いやいやいやいや!! 間違ってないけど、まだ 【大地の姫神】の御許に行くつもりはないから!!」
冗談を言っているようにはとても見えない顔で冗談を言うダイフクを慌てて宥め、話を戻すよう促す。
「それより! その【P.and.R.A】に触ってたなら、《王子くん一号》についても 何か分からないかって。挙動が可怪しくなった原因とか、弱点情報とか接触履歴とか」
「今、それを調べてた」真顔のまま、ダイフクは再び仮想画面に視線を戻した「……《王子くん一号》とやらが、パンドラの記録を持ち出したのかもしれない」。
もしそうであれば、サナや他の《討伐者》に先を越されるのは いよいよマズい。
「確か《チカコーバ》を直接管理してるとか言ってたよな。《アヴェクス》戻らないで、このまま行っちゃうか」
幸い《ホカンコ》遺跡は 訓練用施設のようなものだ。多少の消耗品なら備蓄があった。必要分だけ拝借していこう。
「連絡入れなくて大丈夫か? ファズさんも心配するんじゃ……」
「連絡入れたらバレちゃうだろ。それにもう、俺達がいなくても回るように組織してある。死んだって平気!」
「さすがにそれは 平気とはいかないだろ」
何も返さず黙々と調べごとを進めるダイフクの横顔を眺め、ポッチもしばし待つ。表情に動きがないところから、欲しい情報はそれ以上 得られなかったと見えた。
「……まあ、こんなものかな。ファズさんのカツサンド食べて少し休憩したら、人のいないタイミング見計らって《ホカンコ》出るか」
『また、いつでもどうぞ』の電子音声とともに仮想画面が消える。こころなしか 室内の明るさが一段階 落ちたような気がする。ポッチの名前を呼びかけ、用は済んだとばかりに ダイフクは昇降機の反対側へと移動していた。
「こっちに非常用階段があるんだ。そこからなら 直に外に出られる」
「そんなものがあったのか」
「今のところ、他に知ってる人間はファズさんとサナさんだけだよ。自力で見つけちゃった人とかは、サナさんの手下が秘密裏に処理してる」
「ななな、なんで教えた!!」
「俺の手下でいる間は すぐに消される、なんて事はないよ。心配ない」
恐らくは陰の事実を冗談めかして流しながら、他と変わらぬ壁の前に立つ。壁面を撫でたり 浮き出る模様をなぞったりして操作するダイフクの正面で一部がスライドし、ぽっかり 成人一人が通れる程度の穴が開く。
「《充電体》倉庫に続く階段もあったけど、そっちの扉は封鎖したから通れなくなってる。《ホカンコ》の《充電体》は もう殆ど残ってないけど動き出したら厄介だし、パスワードなしでは倉庫室の方も開かないようにしておいた。……サナさんから《ホカンコ》の見回り指示 来ても、絶対 触るなよ?」
「分かってる」
仄暗い非常階段を昇りつつ、途中途中で塞がれた扉を指し示して ダイフクはポッチに注意を促す。素直に頷くうちに、最後の扉の前まで着いた。
「ちょっと待ってて」扉に耳をつけ、ダイフクが外の様子を窺う。目立った物音がしないと確認できてから、音を立てないよう慎重に扉が開けられた。が、すぐにまた、静かに扉は閉じられる。
「どうした? 誰かいたのか?」
ふるふると首を横に振り、苦笑しながら ダイフクはその場に腰を下ろした。
「休憩するの、忘れてたね。弁当食べよう」
充電式角灯とカツサンドの包みを取り出し、灯りを点ける。ポッチも倣って数段下に座り込み、同じ包みを引っ張り出した。直後に 何かが落ちて、カランカランと通路内に音が響き渡る。
「何か落ちたみたい」
「うん? 落ちるような物なんて……うわあああ、家の鍵だったああ!!」
「あー、コレは下まで落ちたね、行ってらっしゃーい。俺、先に食ってるから」
果たしてポッチの宿舎の鍵は、長い長い階段を降り、制御室の扉の前まで辿り着いて ようやく拾えたのであった。
【月紀 8007年 9月の日記より】
ヤードーカーリー!!!
たん生日のおいわいに、ヤドカリがたきかい兵を、父さんが作ってくれた。すげえ かわいい!!
名前は何にしようかな。