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番外.大地の婿

書き進めるうちにあまりにも脱線してしまったので、番外編にしました。

読み飛ばしてしまっても本筋には影響はないと思います。

 ちらほらと建物内の奥まった場所から灯りが点きはじめる頃、ポッチはダイフクと大量の荷物と共に《討伐者協会》公認宿酒場『ファズおじさんのおうち』に帰還した。


「ポッチとダイフク、戻りましたー」「変わったことなかった?」


 夕飯時よりは早く戻れたため、特に理由なく利用者用正面入口から 受付カウンターへと入っていく。ヤドカリ型看板メカ娘カシオペアと【受付班】の女性二人に現在の受注進捗状況について報告を受けてから、その足で真っ直ぐダイフクの部屋に向かった。


「待った、ポッチン! あんたにお客さん 来てたみたいよ」


 ダイフクに続いて部屋に入ろうとしたところで、酒場側のカウンター席から つい最近 聞いたばかりの声が飛んできた。変わらぬ気配のなさに警戒しつつ振り返ると、お得意の悪戯っぽい笑みを浮かべた《討伐者協会》会長のサナが「はぁい」と手を振っていた。


「あたしも今 来たばっかりだから、誰が来てたのかはファズに訊いて。おーい、ファズ! ポッチン 帰って来たぜぃ」


 「なんだよ、入れ違いだったな」暖簾を分けて黒ジャガーの大きな顔を一度 覗かせ、ポッチの姿を確認すると 宿酒場の主人 ファズはまた厨房へと戻って行った。しばしポッチを待たせた後で、余所の集落の土産物屋で買ったと思われる紙袋を持ち出してきた。マスコットキャラクターと思しき絵柄が側面に入っているが、全身に顔付き触手の生えたクリーチャーは 不気味にしか見えない。


「……確かコレ《ウォシュオ》の土産だと思うけど、生モノかもしれねぇから 早めに中身見とけよ? 《地泉杜チセンモリ》の親御さんと弟夫婦だって言ってたぜ」


 背筋せすじに嫌な予感がよぎる。顔には出さないよう気を付けながら「用件は?」と問う。


「ああ、何でもお前さんの祖父じいさんが“お隠れになった”とかで《地泉杜》に帰郷してやくれねぇかって話だった。休暇が必要なら、早いうちにダイフクに相談しとけ」

「……必要ありません。二度と《地泉杜》には帰りませんから」

「ずいぶん頑なじゃねぇか、おくにで何 やらかしてきたんだよ」


 徒に出て来たファズの軽口に、ポッチはいつもの微笑を浮かべない。血の気の多い《討伐者》相手には動じもしない大男のファズでさえ、突き返された白刃の視線に言葉を詰まらせた。


「……望まれた訳でもないのに《陽の民》の顔を持って産まれただけですよ」


 受け取った《ウォシュオ》土産の袋を覗き込みながら、話は終わりだとポッチは再度ダイフクの部屋へ足を向ける。背中の消えたドアがすっかり閉じてから、ふぅと大きくファズは息を吐いていた。


「地雷 踏んだね、ファズ。《陰の民》に親だの故郷クニの話は 御法度だよ」


 酸味強めのグレープジュースに浮かぶ氷をストローで沈めて遊びながら、サナはニヤニヤ笑っている。同種の組み合わせではないといえ、サナも《陰の民》である。


「いや、だってよ? お前みてぇに擦れてるワケでもねぇし、問題起こすような性分でもねぇじゃねぇか」

「あんた、ポッチンに床掃除 頼んだ時、掃除機爆発させたの 忘れたの?」

「あ。……確かに、やらかすな アイツ……」

「それでなくても《地泉杜》は、面倒臭いトコみたいだしね」



 《マジナイ》技術の根本である【大地の姫神】信仰の発祥地であり総本山、それが《地泉杜》という古都だ。千年以上もの間《天空の民》の干渉を全く受けずに 自力で繁栄を維持してきた都ということで、近隣の大きな都集落も一目置いている。【大地の姫神】の御加護による繁栄とのことだが、五年ほど前から その栄華に翳りが見えてきたとの不穏な噂も うっすら流れてくるようになった。

 《地泉杜》が成立する元となった、《龍脈》に連動して古くから湧き出る聖泉《姫神の泉》の水量が極端に減少しているという。水源の確保が難しかった古来より《龍脈》のエネルギーと共に《地泉杜》の生活基盤を支え、人々の精神的支柱にもなっていた《姫神の泉》は【呪統主】と呼ばれるカラス部族の支配層によって発見当初より管理されていた。完全な一族至上主義であり、直系の嫡男から君主【地泉守チセンモリ】が選出され、即位するのが習わしとなっている。



「サナさんに呼ばれてたみたいだけど、どした?」

「親兄弟が来ていたらしい、行き遭わなくて良かった。……何だコレ? 釜揚げ【グラスサーディン】のプチパンケーキ?」


 テーブルを借りて土産袋から《ウォシュオ》の特産品らしき菓子の包装を解く。ファズの言っていた通り、あまり日持ちしない生菓子だ。


「……うん、甘くてしょっぱくて生臭い。三日くらい食事抜いてから食う物だな」


 真面目に自分でも味見をしてから、ポッチは包みをもう一つ開けた。


「あー、美味しくない方の名物かー。え、俺はいらないよ? 腹減ってないし、そもそもそれ 美味しくないん……おぐ」


 全力で遠慮するダイフクの口に、問答無用とばかりに生臭いプチパンケーキを押し込んでやった。

 釜揚げ【グラスサーディン】プチパンケーキは まだ十個も残っている。箱を紙袋に戻し、時計をチラと見てから ポッチは立ち上がった。


「先に夕食休みもらって、適当な知り合いに配ってくる。四十分もしないで戻れるはず」



 《地泉杜》のカラス部族【呪統主】一族も、《夜の民》らしく末子が直系として家を継ぐのが常であった。しかしながら異端というものは いつ、どこに発生するかは分からぬもので、奇しくも次の【地泉守】を選出する今代にて それエラーは発現してしまったのだ。

 【呪統主】直系の血を繋ぎ 次代の【地泉守】を宿さねばならない大切なカラダでありながら、ポッチの母親である御統女みすめは『伝統に拘らない。形骸化したしきたりなど害悪でしかない』との思想を持ってしまった。今代でなければ、まだ許されていただろう 新しい風潮とも呼べるその考えは、だがしかし《地泉杜》にとって 正しいものではなかったようだ。

 彼女が自由であると好んだ男装や男性的な振る舞いは、一族に相応しい高貴な身柄の婿候補を遠ざけた。それどころか自由な恋愛などと称し、異種族である《陽の民》の男と情を交わしていた。まさかその男が、カラス部族の男女の見分けがつかない男色家であったとも気づかずに。

 縁談もまとまる前に二つの卵が産まれたことで、全てが取り返しのつかない事と発覚した。

 当代の【地泉守】である彼女の父親は激怒し 御統女の身分を剥奪したが、彼女がそれを悲しむことも悔やむこともなかった――少なくとも、その時は。

 覆してはいけなかった『しきたり』が牙を剥いたのは、十五年も経ってからであった。

 【地泉守】の選出は、人間ヒトが決めるものではない。この地を中心に信仰されている【大地の姫神】が気に入った者を婿にするという伝承が、そのままの形で受け継がれている。

 当代の【地泉守】の死期が近くなると、直近で十五歳ほどの少年の夢枕に【大地の姫神】が立ち 直々に求婚されると、代々の【地泉守】は語る。契りを結んだ証として、目覚めるとその手には黒縞の入った白い羽根が握られているのだ。



「……釜揚げ【グラスサーディン】のプチパンケーキですねぇ、食べたことありますよぉ。ええ、結構ですぅ。いりませんよぉ」

「自分も食べた事あるですよ! もちろん、お断りするです」

「ワタシもいらナーイ!」

「うん、オレもいらねーや。食ったこと? ねーけどいらねーよ……いーらーねって!」


 気心の知れた友人のクルトとその仲間たちを見つけたので プチパンケーキの箱を渡そうとしたら、全員に全力で拒否された。やはり味を知っている相手に配るのは無理そうだ。恐ろしいことに《ウォシュオ》へ行った経験のある顔見知りは誰もが皆、釜揚げ【グラスサーディン】のプチパンケーキの味について知っていた。自分なら 好きこのんで手を出すような食べ物でないのに、とポッチには甚だ疑問に思っている。

 その後も見知った顔を見つける度 釜揚げ【グラスサーディン】のプチパンケーキを勧めてみたが、味を知らない怖いもの知らずは三人くらいしかいなかった。

 最後の砦として、ファズやサナにも声を掛けてみることにする。


「ファズさん、会長、助けて下さ……あれ? 会長は」

「サナならたった今、帰ってったぞ」


 先刻までサナがいた席は 空のグラスだけが残っている。紙袋を持って困り顔でうろつくポッチを見かねたのだろう、ファズが右手の平を差し出した。


「どれ、俺も二つくらい呼ばれるかな」

「二つもいいんですか!? どうぞどうぞ、助かりました!」

「ん? 意外とイケるじゃねぇか、もう一つ貰っとくか」


 そういえばファズは、ネコ科の嵐の民だった。猫の舌なら 生臭さもプラス評価のようだ。

 残り四つまで減った箱の中身をどうしたものかと見つめていると、にわかに受付側のカウンター付近が騒がしくなった。見やればダイフクが半分になったプチパンケーキを掲げて、なにやら声を張り上げる。


「一点物ー! サナさんの口紅付き 釜揚げ【グラスサーディン】のプチパンケーキ 欲しい人ー! 早い者勝ちだよー!」

「くれ! それは俺のモンだ!!」「下さい、家宝にします!!」「そいつをよこせぇぇ!!」「むしろ ダイフクちゃんの食いかけの方よこせ」

「カシオペア、窓際席に不穏分子。威嚇射撃なぎはらえ


 どうやらサナも ダイフクに咥えさせたものの端を囓って、味見だけはしていったらしい。


「うちの相方がまた 変なことしてる……」


 いつも以上に騒がしい酒場内に どこかで安心しながら、ポッチは先にダイフクの部屋に戻っておくことにした。


「四つ……四つくらいなら、自分で頑張れるか」



 【大地の姫神】と人々が崇める霊神は、慈愛に満ちながらも気高く、それでいて純粋な少女の可愛らしさも持ち合わせた、それはそれは美しい シロフクロウ部族に似た娘の姿で顕れた。

 その求愛を断れば 朝が来ることは二度とないとされるが、その御姿に心奪われぬ者などいたのだろうか。無事に次の朝が訪れると、ポッチの手の中にも 黒縞模様の入った眩いほどに白い羽根が収まっていた。

 新たな花婿が選ばれると同時に、先代の婿に渡された羽根が黒ずみ崩れ去ることは 何故か語り継がれてはいなかった。多くの場合、望まれている者が次の【地泉守】に選ばれ、旧い羽根については忘れ去られてしまうからだろう。

 候補とされている従兄たちには何の兆しもなく、伝承はあくまで権威付けの与太話ではないかと囁かれ始めた頃でもあった。そんな中で【姫神の羽根】を受け取ったとポッチが報告したところ、現【地泉守】であったポッチの祖父は 自身が受け取り保管していたものを盗んだのだろうと言い放った。

 動かぬ証拠であるはずの【姫神の羽根】は没収され、次の【地泉守】に祖父が自ら指名した従兄の一人に渡った。血筋ゆえ、自分が【地泉守】に相応しくないことは承知していた。だが、【大地の姫神】が優しく微笑み ほんのり柔らかい指で手渡してくれた羽根を取り上げられたのが悔しくて、その晩は眠ることさえできなかった。

 《姫神の泉》に異変が起き、水量が減りはじめたのもその頃であったとポッチは記憶している。

 祖父ヒトが選んだ 次期【地泉守】の従兄は、急な胸の発作により亡くなった。時期を同じくして、現【地泉守】の祖父も 半身が動かなくなる病が発症した。

 当時【地泉守】の傍付きとして祖父の補佐を務めていたのは、一族の中で唯一独り身で《陽の民》の顔を持つポッチにも他の甥姪たちと変わらず接してくれた伯父だった。伯父は他の誰にも内緒で【姫神の羽根】を取り戻してくれたが、祖父の首を縦に動かす事は出来なかったと 申し訳無さそうに言っていた。

 やがて【姫神の羽根】を紛失したと明るみに出ると、伯父は責任を問われ《地泉杜》から放逐された。自分の身代わりになってくれたのだと、ポッチには分かっている。

 遅かれ早かれ、我が身にも矛先が向く。【姫神の羽根】以外、全て 捨ててしまえ。



「俺、チョキ出したよー! 勝った人はいるー? ハドさんだけか。はい、おめでとう! サナさんの口紅付き 釜揚げ【グラスサーディン】のプチパンケーキ 進呈するよー」

「うおおおお!! 念願の サナさんの口紅付き 釜揚げ【グラスサーディン】プチパンケーキを手に入れたぞ!」

「そう、関係ないね」

「殺してでも 奪い取る」

「譲ってくれ、頼む!!」

「な、何をする 貴様らー! ……テメェ今、関係ないねって言ってただろ!?」


 受付側のドアの向こうから楽しげな声がここまで聞こえる。まだやっていたのかと半ば呆れつつ、余ったプチパンケーキの包みを開けた。

 「あー、やっと片付いた」片方ずつ肩を回しながら、ジャンケン大会を終えたダイフクも自室に戻ってきた。テーブルの上でパンケーキの包みを並べるポッチに気付くと、向かいに掛けて頬杖をつく。


「まったく、なんてモノ食わせるんだよ……そうだ! ポッチの囓ったヤツもジャンケン大会で捌いてくればいいんじゃ……おぐ」


 訳の分からない事を言い出す口には、生臭いプチパンケーキをねじ込んで黙らせた。



 《アヴェクス》に流れ着いた後で、誰かと誰かの話し声から《姫神の泉》が枯れたと聞いた。真偽は分からないし、確かめに帰るつもりもない。

 【地泉守】でなくとも、生きている限り 自分は【大地の姫神】の婿である。

 美しい嫁様に愛想を尽かされないよう、この地で真っ当に生きていくだけだ。

《地泉杜》の話は設定が盛り盛りで軽く一章くらい書けそうですが、どうしても主題が変わってしまうためざっと流すだけにしておきました。

 いつか TRPG匂わせ要素とパロディネタ、メタ要素を排除したバージョンのパンゲニアの物語も 書いてみたいですね。

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