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14.輝夜秘

渡る世間は蟹ばかり

ここから 第三話『災厄の人形編』となります。

今回は 一時的に四人パーティではなく、バディものを意識して書いてみたいと思っています。

〈更新データをダウンロード中・・・〉

〈新規プログラムを構築中・・・〉

〈古いAI プログラムを削除しています・・・〉

〈初期化しています・・・〉

〈正常に【カガミ・リ・オペレーション・システム】が導入されました〉


 誰の手も借りることなく、《パンゲニア》各地の天空遺跡内制御室コントロールルームでは 電脳機器システムプログラム)の更新が行われている。

 長い間 地上で稼働していた人工知能【カシワ・オペレーション・システム】はここ数年で急激に安定性を失い、一時的にアッパーバージョンである【P.and.R.A.システム】に置き換えられていた。しかし 大本のプログラムに発生した不具合まではカバーすることが出来ず、また 開発責任者不在により修復も見込めなくなったため、新たに開発された【カガミ・リ・オペレーション・システム】通称【カリオペ】を導入する運びとなった。

 誰にも扱いやすく調整管理メンテナンスも容易なものを求めた結果、不具合の元であった人格生成機能は削除され、純粋シンプルな管理機器に先祖返りする形となった。上層部の正式な許可は得ていないが、現在 地上パンゲニア設備に関心を寄せる支配階級のヨーガ氏族など既に存在しない。多くの高度な天空技術は お空の上でも 緩やかに失われつつあった。


『……“カガミ”……ヤツハシと同じ組にもいたな、カガミ氏族の子』


 点滅する画面モニタの前で、形の良い唇が穏やかな笑みを浮かべる。


『ギリギリだったけど、間に合って良かった。まったくフットワークの軽い子だな、君の“オリジナル”は』


 さらりと指通りの軽い くせひとつない黒髪を悪戯っぽく揺らし、振り返る。色の白い頬は画面が洩らす光に照らされ、忙しなく点滅のままに染まっていた。


『“オリジナル”……いや。その言い方はもう、しっくりこない』


 振り返った先、すり抜けた光をギラギラと反射させる 金属製の卵は、不満げな音声を発する。下部からニョキリと昆虫を思わせる四本の脚を伸ばすと、そのまま机から跳ね降りた。


『ただの情報データ参照元だ。所長のもとに戻ったなら、おれの方が使い勝手もいいし ずっと役に立つ。確実に上位互換だからな』

『見た目も 好みを反映してやれば、喜ぶんじゃないか?』

『そこは、要望を受けてからにしようと思ってる』


 良い評価を受けるだろうと予測していた提案に、サツマ氏は露骨に嫌な顔をしていたと 映像記録に残っている。何が気に入らなかったのかは 目下 調査中だ。引き続き 情報収集が必要とされる。


『あれ、もう出るのかい? 新規AI、試してみないの?』

『どうせアイツの考えることはおれと同じだ。触り心地なら大体 予想がつく』


 無事に更新が完了した地上パンゲニア設備管理機器に興味を失い、脚を生やした金属卵は制御室を出て行った。彼が向かう先は おおよそ見当が付く。


『ま、更新前から 何か生産予約してたみたいだしね』


 《地下製造工場》は便利な施設だ。彼の用事が済んだら 自分も使わせてもらうつもりでいる。誰からも、許可などいらない。

 《アーカディウス》予備機を失い、メネからも地上パンゲニアからも忘れ去られた遺構《予備機格納庫》は、今宵も静かに佇む。地下の管理室を出ると、頭上いっぱいに 星の散らばる夜が被さっていた。


『さよなら、我らが故郷メネ。そこでゆるりと 朽ちていくが良い』


 両腕を広げ、高らかに笑いながら くるりと回る。見ていた者があったなら、麗しき天女が舞い遊んでいるとでも思うに違いない。

 ――悪意と共に降りてきたなど、露も知らずに。


**


 本日の出勤は昼過ぎとなっているが、早めに行けば従業員特権のまかない飯にありつける。調査書整理という名目で二日ほど特別休暇を与えられたものの、休みの間 外に出るのが億劫で 食材の買い出しをサボってしまった。そのため 腹の足しになるものは 残念ながら ポッチの部屋には残っていない。昼前に『ファズおじさんのおうち』へと足が向くのは 必然のことであった。

 少し伸びたな、と風に流れる黒髪を後ろに撫でつけ、人形めいた端正な容姿の青年は 足早に木漏れ日の散る私道を歩いていく。《討伐者協会》に勤めて五年が過ぎても、同じ道を使う人の顔はいまだポッチも覚えきれない。気分好くとは言えないが、横を通るたび振り返ってくる他人の目を ポッチはもう 気にしないようにしていた。

 いつも通りに従業員用裏口から入り、すれ違う顔見知りの従業員と挨拶を交わしながら 共同休憩室を目指す。この時間帯は夕飯時の次くらいに人の出入りが多い。

 休憩室に辿り着いてみれば、勤務時間が終了し帰り支度をする者と昼休みに入る者、ポッチ同様に午後勤務の前にまかない飯を待つ者で混み合っていた。人波が引くのはおそらく、ポッチの始業時間あたりだろう。


「あー……しまったな。この時間は混むって 分かってたのに」


 白く形の良い額を押さえて しばし 思案する。少しずるい気はするが もう一つの()()を使おう。

 一般従業員であれば緊急時しか入ることのない居住者用プライベート通路に向かい、通い慣れたダイフクの私室に向かう。人混みを嫌うダイフクも、昼休みは大体 自分の部屋で食事を摂っているはずだ。


「ダイフク、ここで昼食 摂らせてもらってもいいか?」


 声をかけ、何度かノックもしてみた。反応はない。


「……あれ? まだ受付の方にいるのかな」


 施錠されていなければ入っていても構わないと ダイフク本人に言われている。それでも余程急ぎでもない限り、勝手に出入りするつもりはない。サナ会長と同類と思われるのは癪だ。

 受付カウンターはダイフクの部屋を通ればすぐそこにある。通らなければ長い廊下を引き返し、混み合う休憩室を抜けていかなければならない。面倒な気持ちが勝り、その場でしばらく待つことにした。


「何だよ、ポッチ! 中 入って待ってれば良かったのに」


 それほど間を置かず、背中の後ろから声をかけられる。ようやく来たかと振り向けば、良く鍛えられた浅黒い裸の上半身に白い手拭いを肩がけした 完全に休日仕様のダイフクが目に入った。


「何だよはこっちの台詞だ。なんて格好で出歩いてるんだよ」

「嵐の民の人も雨の民の人も、みんなこんな格好して歩いてるじゃん」

「夜の民的には、どいつもこいつも はしたないと思ってるぞ」


 薄着とはいえ、ロノアロはきちんと上下に衣類を着用していた。それだけはポッチも 好感が持てる。


「今さっき 髭 剃ってきたんだよ。あんまり伸ばしっ放しすると、ファズさんが悲しい顔するから」

「髭? ダイフク、というか堕天の民も髭って生えるのか?」

「生えるよ。俺の毛白いし、陽の民ほど伸びるの早くないから目立たないだろうけど。……そういやこないだ、クルト君のパーティに遠方の依頼 お願いしたらさ、」


 普段通りにポッチを部屋に招き入れながら、他愛もない話でダイフクは笑う。体調もすっかり元通り、すこぶる快調のようだ。


「帰ってきた時、人相変わるくらいクルト君の髭が伸びてて! ファズさんがご新規さんと間違えてた」

「こんな感じか? “おう、新顔だな!”」

「本人かよ!」


 ポッチの迫真の声真似に ダイフクは腹を抱えてけたけた笑っている。つられてポッチもひとしきり笑った後で、部屋を訪ねた理由を思い出した。


「ああ、そうだった。休憩室 混んでるから、ここで昼食 摂らせてくれ」


 「ヒトの部屋を何だと思ってるんだ」とでも言われるかと覚悟していたのに、ダイフクの反応はまた違ったものだった。


「それならちょうどいいや。エビフライ麺、食いに行こう!」


 言うが早いか 手拭いを机に放り、椅子に投げっぱなしのシャツを手に取る。袖を通しながら「そこの財布、持っといて」とポッチに言いつけ、受付カウンターにつながるドアへとダイフクは消えていく。外食をしてくる旨をカシオペアにでも伝えた後で 同じドアから戻って来ると、そのまま 鍵を掛けていた。

 「今日は奢ってくれるんだよな?」部屋を出て通路側のドアにも施錠したのを見届けてから、ポッチも預かっていた財布を差し出した。「約束だしね」と軽い調子で返ってくる。


 《アヴェクス》の色町通りとは真反対の、都の正門にごく近い場所に、ダイフクいち推しの老舗麺屋『甲楽こうらく』は営業している。小ぶりで無骨な外観とむさ苦しい客層、強面の店主と 三拍子揃った、全てが色町の見世みせとは対照な飯処だ。ダイフクに誘われた時にしか来ないポッチでも顔を覚えてしまうくらいに常連の固定客で 半数近く席は埋まっている。


「こんちわー。おっちゃん、エビフライ麺 今日は二つー」

「あいよー! いつもの席で待ってなァ」


 『いつもの席』がある程度には、ダイフクも常連だ。そして、ダイフクの『いつもの席』のすぐ傍には アレが入ったアレがある。


「ふおおおおお!! 今日も可愛いコがいっぱい入ってるね! さぁて、どのコを指名しちゃおうかなぁ?」

「……常日頃 思うけど、なんでその台詞が この店で出てくるんだよ……」


 これからエビフライになる運命の、ピッチピチのグラスロブスターが蠢く砂生け簀に張り付いて、ダイフクは下卑た笑みを浮かべている。会計に向かって後ろを通る常連客は 誰もかれも薄気味悪いものを見るような顔をしていたが、ダイフクがそれを気にする様子は全くない。


「よーし、腹肢のキュートな君に決め……のああ奪られたあ!! 俺のペルセフォネえええ!!」

「いま来たばかりで もう、名前 付けてるのか……」

「まぁいい。魅惑的なコならまだまだ居る。……おっちゃん、この頭胸甲に白星付いてるコが俺で、尾節が黒縞のコをツレにお願い!」

「おうよ! 今日は決めンの早かったな。流石に別嬪を放置はしねェか」

「……べっぴん?」


 雹の民オオクワガタ部族の強面店主は 四本の見事な腕捌きで網を操り、ダイフクの指名した二尾を回収していった。つい つられてしまいそうな満面の笑顔で、今度こそダイフクは テーブルを挟んだポッチの向かい側に着席する。


「さて。少し《チカコーバ》の話でも聞かせてよ」


 口元に変わらず笑みは浮かべて、視線だけが隙を無くす。

 どこから話をはじめるべきかと眉間に皺を寄せて目線を外すポッチに、ダイフクの方から「《天空の民》との接触はあった?」と訊いてきた。

 ぽんと脳裏に、茶髪の無礼男ブレーメンの姿がよぎる。「……“テンプラ”って名に、聞き覚えはあるか?」テーブルに置かれた楊枝入れに目線は置いたまま、ポッチは恐る恐る口に出してみた。

 《討伐者協会》会長のサナに報告したそれと同じ事をひと通り並べた後、《チカコーバ》で遭遇した卵型機械獣について自分が描いた方のスケッチを取り出した。


「何コレ。ダニ?」

「違う!! 《チカコーバ》で見つけた新型機械獣だよ! ……今回 接触した“テンプラ”という無礼でエラそうな天空の民が放ったものらしいんだが、その造った当人が 壊してくれって頼んできた」

「なるほど。壊す前に データも覗いておきたいね」


 予想に違わぬ答えを発する相方に、満足を顔に出してポッチも頷く。


「おそらくサナさんも、自分の息がかかった 実力のある《討伐者》に依頼を持っていくはず。先を越される前に、回収しに出よう」


 顎に手を当て、頭の中でダイフクは何やら計画を練っている。ある程度まとまった頃合いを見計らい、ポッチに視線が戻ってきたタイミングで「ところで」と切り出す。


「その卵型機械獣《王子くん一号》とか名前が付いていたんだけど、そいつか《ホカンコ》の人工知能……なんだっけかな」

「カシオペア?」

「違ったと思う。女性的な名称ではあったけど……忘れちゃったな。とにかく、その新しくなった《ホカンコ》の人工知能。どちらか触ったこと あるか?」


 興味本位で出てきたポッチの問いに、ダイフクの表情が消える。数秒の間 じっと黙ってポッチを見つめていたが、特に何も言葉にすることなく首を横に振った。


「ヘイ、エビフライ麺 二人前お待ちィ! ご注文は以上で?」


 若いうちしか完食できないだろう、大柄なエビフライがドカンと乗った特盛の油そばが、それぞれの正面に到着する。伝票をダイフク側に置くと「ごゆっくりー」と残して、店主とベクトルの違ったいかつさの従業員は 他のテーブルへと忙しなく移っていった。

 どちらからともなく「いただきます」を口にし、仕事の話は中断される。


「ぐへへ……いい味してるじゃないかよ、エウリュディケ」

「気持ち悪いわ! 黙って食ってくれないか!?」

「ポッチこそ静かに食えよ。かわいそうに、放置プレイしてたら テルプシコラが冷めちゃうだろ!」

「いちいち名前を付けるな、食いづらい」

「ちなみにどっちもオスだからね。男好きのポッチに配慮したよ」

「どっから出てきた、そのとんでもない認定加害!!」


 帰りの足で《討伐者》用品を扱う道具屋に寄り、いつでも外仕事に向かえるよう 消耗品を買い込んだ。トラブルがなければ、明日にも《ホカンコ》の制御室コントロールルームから調査に入るのだと ダイフクは言う。

 正門の向こうに覗く荒野は、赤く果てなく広がって見える。

 乾ききった風と灼けた空の色が、雨の気配はしばらくないと教えてくれた。

【月紀 8001年 6月の日記より】

 おおおじさんの おそうしきが あった

 おおおじさんは ずっと ねてた

 あかちゃんが ふたりうちにくるって おとうさんが いった

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