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13.淡い約束と人形

 白く光沢があれども冷たく無機質だった壁面が、瞬時に交戦の意を示す。

 新たに開いた三方向の扉からベルトコンベアが伸びてきた。ある程度 組み上がった何らかの部品パーツがその上を次から次に流れ来る。

 ごっちゃりと部品パーツたちが積み上がる頃には、制御室コントロールルームの中央を陣取っていた円柱画面ディスプレイは 天井へと収納されていた。


『ああ、クソ! 《王子くん一号》が捕まらない!! 何なんだ、アイツ……ワザとやってるのか』


 画面モニタが片付けられたせいで相手の顔は見えなくなったが、テンプラのいらついた声は天井付近から 変わらず聞こえてくる。


「……向こうも準備がまだのようだな。先手を取らせてもらうか」


 何を登場させるつもりか知らないが、バラバラの部品のままでは手出しできまい。組み上がる前に壊してしまえばいい、そう仲間内で目線をやり合った。


「アイ、【阻害瓶】か【腐食筒】の手持ちはあるか?」

妨害系デバフ消耗備品アイテムならひと通り揃ってましてよ」

「よし。【呪いの雨】と合わせてくれ」


 追加呪効で錆び付かせてしまえば脅威はない。強いて言うなら、建物内であるのが少々心許ない気がする。それでもまだ、先手を取れるとポッチは踏んでいた。


『まあいい、想定内だ。所長! このおれの勇姿、目ン玉かっぽじって観てて下さいよ。テンプラ、行きまーす!』

『え、ドコ行くの? テンプラ君……あ、ちょ、また勝手に動かすっ!!』

「【呪いの雨】追加呪効【錆付き】、発動!」


 制御室コントロールルーム内の空気が揺らめく。それとは別に、壁面に走った青い光の筋が色を変えた。みどりを通過しオレンジに灯る。

 ポッチの向けた両手の先に どす黒い力場の雨セラ・エネルゲイアが叩きつけられる。追ってアイの投げた【阻害瓶】も弾け飛んだ。

 だが、そこにはもう 部品パーツの山はない。


『思考連動型機械兵 試作機《月世見ツクヨミ》、発進!』


 人のカタチを取りながら、両腕部分に備えた細身の斧と 長く尾のように伸びた受信機アンテナが シルエットにカマキリを思わせる。

 初めて見る種別タイプの機械獣だ。その視覚情報に気を取られ、次の手番に出遅れてしまった。

 『お前ら、邪魔だよ』相手の能力を封じるより先に、未知の機械獣《月世見》の斧が薙ぎ払われる。

 咄嗟に構えた両手盾でも防ぎきれず、プリンの小柄な体ごと弾き飛ばされた。軽く躱しはしたものの、直後にロノアロが放ったカウンターも全く同様に 軽く斧で弾かれる。


「んだよ、素通しは出来ねぇってか……」


 刀に返ってきた手応えに、ロノアロの頬が引きつっている。機械獣だろうと容易に斬れていた【影斬刀】の双撃が、通じない。


「いたい……たて もってても、ぬけてくる……」


 盾の外れた両腕をぷるぷる震わせ、プリンは自分の手の甲を見つめている。これでは盾どころか【散弾斧】も 握れない。


『あれ? よく見ればお前、ヨーガ氏族のプディング十三世じゃないか』


 どこにカメラが付いているのか、逆卵型の頭部が うずくまるプリンの顔を覗き込む。


『姫さんでさえ、複製に失敗したら 捨てられるんだな』


 声だけでは、どんな顔でその言葉が放たれたのかは分からない。だからプリンは、それを嘲りと受け取った。


「アルバデレ、ラダンジィエ!! レベテガィエ!!」

 捨てられただと? 知らぬ、我はただ与えられる者。この、――めが。


『うん? 未報告言語か。音声感情変換。……怒りによる反論、自己上位主張、……性的な表現による罵倒。その年齢トシですごい言葉 使うのな』


 具体的な単語の意味は プリン以外 この場にいる誰にも解せないが、乗せられた感情に テンプラは怖気さえ感じたようだった。

 先手を許してしまったせいで、能力を抑える前に《月世見》の斧が振り上げられる。盾を未だに握れないでいるプリンに代わる頼みはロノアロだが、【鏑刃かぶらば】を持たない《囮刻み》に どれほどの効果を出せるかは分からない。


「プリンの治療は僕の癒術では間に合わない、アイの薬術に任せて良いか?」


 ポッチの不得手な《カンナギ技能》と 堕天の民であるプリンの相性は悪い。ただでさえ効果の低い《白の癒し》の回復量が さらに半減してしまうからだ。

 苦々しく向いたポッチの視線を、気まずそうにアイが逸らす。


「あの、その、ワタクシ……攻撃系と妨害系の物品アイテムしか、手持ちがありませんの……」

「ほあっ!? こんな時に言う冗談じゃないぞ‼ マズイ、【回復薬】ノーマルと【上】と二本しかない……取り敢えず渡しておく、持っておけ」


 出発直前に ダイフクに押し付けられた薬瓶を二本ともアイに投げ、ちゃんと受け取ったのを見届けてから【呪印】の気を集める。


「そこ退け、ヒトツメ! 木工ドリルの横まで下がってろ」

「ぎゃん!!」


 雑にプリンを蹴って退かせ、ロノアロはそこに落ちた盾も一緒に放った。「誰が木工ドリルですって!?」と不快を表明しながらも、アイはプリンを助け起こす。


「先に言っておくけど、オレはアンタらかばわねぇからな。オレに出来るのは気ィ引く事と、避ける事だけだ。何か当たって怪我しても テメェで対処しろ」


 それでも 前に立つのがロノアロ一人である限り、近接攻撃である斧が他の三人に振るわれることはない。大振りに薙いでいく斬撃も 大振りに振り下ろされる打撃も、ロノアロには掠りもしない。


「外傷なら 飲むより塗布する方が早くてよ」


 ゴテゴテにレースの付いたハンカチをプリンの腕に巻き、その上からアイは【回復薬】をかけてやっている。すぐに痛みも引いたようで、「ありがと」と呟くと盾を拾い上げ プリンは再びそれを構えた。

 すぐに前列に戻るつもりと察し、ポッチがプリンを引き止める。


「待った。前はロノアロ一人の方が被弾が少ない。戻るなら弱体化してからに」


 ヒュパン、という破裂音がポッチの言葉を遮った。

 細く鋭い風が過ぎ去ると同時に、黒い羽根と鮮血が舞う。

 視界が右に傾き、片膝が地面に落ちて初めて、ポッチは自分の太腿に熱く痛みを感じた。


「ごめん、ぽっちん! うちが まえにでてれば……」

「ヒトツメがこっち出ても一緒だ。野郎、遠距離対応してやがる」


 憎々しげに吐き捨て、反撃とばかりにロノアロも《月世見》に斬りかかる。だが 双撃は容易に受け止められ、斧に僅かな傷を残しただけだった。


「ポッチ様……今すぐ、治して差し上げますわ! じっとなさって下さいまし」

「いや、掠めただけだ。【上級回復薬】は まだ残しておけ」


 袴に染みる血の量から浅い傷には見えないが、骨までは達していないとポッチ自身で分かっている。貧血を起こす前には止血が必要とはいえ、先にしておかなければならない役目がある。


「【呪印】追加呪効【錆付き】、さらに追加【手封じ】発動!」


 地面から湧き上がる呪怨のように、《月世見》が足下から錆び付いていく。


『うわっ!? 何だよこれ……ニッケル合金使ってるんだぞ?? なんで腐食が発生するんだよ!! クッソ、ハンドル重っ!!』


 動揺するテンプラの声で、充分に弱体効果が発揮されていると確信する。


「今だ アイ、プリン! 手持ちで一番デカイのを見舞ってやれ」

「承知しましてよ!」「りょー!」


 ポッチの仇とばかりに アイもプリンもそれぞれの武器にて《銃撃》を放つ。錆び付き弱った機体には、目に見えて損傷が蓄積されていった。

 流れの変わった戦況にひと息吐くと、ポッチは自分の怪我の対処をすべく 傷口に張り付いた袴を裂いた。

 おそらく その様子すがたを、ずっと見ていたのだろう。


『……なんだ、混ざりものキメラじゃないか』


 決して静かとは言えない空気の中で ボソリと呟かれたサツマ氏の言葉が、ポッチの耳に突き刺さった。


 ――貴様のような醜い混ざりものに、《地泉守チセンモリ》を任せるわけにはいかん。


 故郷を飛び出す前に聞いた、一族の長であった祖父の言葉が重なる。

 どれだけ期待に応えようと励んでも、陽の民の顔であるというだけで 視界にも入れてもらえなかった。陽の民の顔をようやく受け入れてもらえたと思えば、今度は夜の民の脚を持っていたことで 露骨に落胆されてしまった。


「混ざりもの……」


 《アヴェクス》に来てからは、誰からもそんな呼び方はされなかった。だからもう、自分は全く気にしなくなったのだろうと思っていた。それなのに。


『だから複製人形レプリカを造るんですよ、所長。体型ボディパターンは【ヤパネーゼ】のゲノム記録データからいい感じのを選べばいいんです。欲しいのは表情パターンだけなんで。そういうワケだから ゴザル丸ちゃんさあ、もうちょっとお客の喜びそうな 萌え媚びキュンキュンした顔してくれませんかねぇ?』


 既に《月世見》の斧は錆び砕け、防御も回避も捨てた なりふり構わぬ暴れ方をしている。被弾しても致命的とはならない程度に攻撃力が落ちているためか、味方側もすべて前衛に出て ひたすらに近接攻撃を加えていた。


「ポッチ様なら どんなお顔でも萌え萌えズギュンですことよっ!! むふふふ」

「むしろ曇ってる方がこう、嗜虐心を煽ってきて 非常にエロいんじゃねぇかな」

「ふとももが たぶん、いちばん んまいよ」


 やっぱりココには、自分ポッチの味方はいない気がする。『なんだコイツら、気持ち悪っ!!』気分の上では テンプラが味方かもしれない。

 他の三人が応戦している間に掛けた癒術で 腿の傷は塞がった。プリンの両手盾の効果カバー範囲にいるアイと 前衛の重装備であるプリンは、そこまで大きく負傷はしてなさそうだ。派手に血糊に塗れているのは、何度か吹っ飛ばされているロノアロだけか。


「アイ、そろそろロノアロに【上級回復薬】を」

「ダメだ! 癒術の効きにくい ヒトツメに残しとけ!」

「ならロノアロ、一旦下がって来い! プリン、悪いが前に立って守っててくれ」

「まかされた!」


 防衛に専念するプリンと被弾状況を確認しつつ、アイも着実に【銃剣】で攻撃を重ねていく。このまま撃破してくれれば良いが、そう上手くは行くまい。

 堕天の民を相手にするよりはまし 程度の出力で、ロノアロの怪我に癒術を施す。しかし 治療を受けている当人に感謝の色はなく、面白くなさそうに舌打ちさえする。


「ショボい手当てなんかしてねぇで、大技の一つも食らわせてやれよ。そっちのが絶対、早く終わるだろってのに」

「ショボい手当ては百も承知だが、万一のことがあったら困る」

「困る? ハン、何がよ。むしろ後になって、悔やんで泣いても知らねぇぞ」


 完治させるほどの効果は案の定 出せなかったが、ロノアロの身のこなしは元通りの軽さを取り戻した。ポッチに一瞥もくれず前線に飛び出していく。

 入れ替わるように被弾のかさんだアイが後列に下がってきた。同様に重度と思われる傷を手当してやると、何やらアイは持ち物を入念に確認してから 熱い投げキッスを残して前線へと戻って行った。一応、それは弾いておく。


『……う。駄目だ、もう限界……。所長 すみません、検体の回収処理、任せていいですか? 円柱画面モニタも下ろしておきま……うえええ』

『えっ? ぼく、こんな制御装置コントローラ 動かせないよ!? 待ってコレ、どうするの??』


 通信機器の向こうで 何かあったらしい。畳み掛けるなら 今だろう。


「【万華の呪槍】出力全開、発……」

「これが最後ラストの【爆裂筒】でしてよ!! お爆ぜあそばせっ!!」


 ポッチの攻撃術に比べれば玩具のような威力の【爆裂筒】が、すっかり貧相な姿になってしまった《月世見》へと放たれる。

 「あっ……」とっておきを構えていたポッチの前で、強敵ツクヨミはガラリと崩れ そのまま動かなくなった。


「終わりましたわね」

「やったぜ」

「言うほど大した事 なかったな」


 完全勝利の歓びに沸くアイにプリン、ロノアロとは対照に、ポッチはどこかスッキリしない気分だった。


 戦闘の終了から間を置かず、再び天井から円柱画面ディスプレイが下りてきた。元通りの配置に落ち着くと、暗かった画面に電源が入る。

 明るくなった円柱の中には、両手を挙げたサツマ氏だけが映っていた。


『いやー、降参降参! テンプラ君も 操作酔いでダウンしちゃったし』


 軽く機材を動かし、部屋奥の質素なベンチにうつ伏せに倒れ込んでいるテンプラも映して見せる。


『なんだかんだ言って、機械兵の操縦したかっただけみたいね。ぼくとしてはポッチ君の髪の毛でも毟ってくれれば十分だったんだよ?』

「どっちにしろ迷惑でしかないんですけど」


 そっちはお空の上から遠隔操作だから酔うくらいで済むが、こっちは生身で命懸けだ。……それ以前に。


「僕は【ゴザル丸】でも【ヤパネーゼ】でもありません。()()()()()の毛なんか毟って、何になるんですか?」


 口元だけで笑うポッチの問いに、サツマ氏の表情が消える。『それはそうだね』と呟きながら 目線が斜め下に逃げた。


『ただ、【ヤパネーゼ】民族の特徴を色濃く発現させたポッチ君の遺伝子情報ゲノムコードに、興味はあるよ。その 綺麗な顔立ちは父方譲り? それとも母方かな?』

「上半身は父親譲りです。だけど この黒髪と瞳の色は、カラス部族の母親と混ざらなければ出ませんでした。父は髪も瞳も、派手な赤褐色ですから」

『なるほど、【ヤパネーゼ】の末裔としては 変異しすぎているね』


 手元に小さな四角い板を取り出だし、サツマ氏は忙しなく指先をそれに打ちつける。真面目な顔は崩さず、ヘーゼルグリーンの瞳はポッチに向いた。


『有用な情報をありがとう。実を言えば《惑星セス》の住民との接触というのは、こちらにとっても危ない橋でね。直接 情報をやり取りするのは、随分前から禁止されているんだよ。うちの研究員は 言う事 聞かない子ばっかりだから、こんな真似をしちゃってるんだけどさ』

『……所長が日頃、ゴザル丸ゴザル丸 うるさいからですよー』


 覇気のないテンプラの声が サツマ氏との会話に割り込んでくる。姿は映らないが、言いたい事はあるらしい。


『おれが地上パンゲニアで調べておきたいことは、あらかた収集できた。《王子くん一号》も【 P.and.R.A】も使いづらいから、もうversionから変える。そこで一つ、頼みがあるんだよ』

「断る」

『ひとまず聞けよ!』


 さすがに自分の態度が悪かったと反省したのか、フラフラとテンプラも円柱ディスプレイの中に入ってきた。青い顔でしばらく口元を押さえてから、ようやく本題を喋り出す。


『さっき《王子くん一号》にはおれの思考記録ログブレインを組み込んであるって言ったよな。これまでの奴の言動を見る限り 、おれオリジナルとは全く別の学習を進めている。最早 別人格だ。とはいえ、おれの知識を持っている状態で野放しにはしたくない』

「貴様だと思って、跡形もなく破壊すればいいんだな?」

『……その通りなんだけど、引っかかる言い方してくれるなよ』


 背中向こうに待機する【天空の民 対策班】のメンバーに 振り返って意見を伺う。ポッチに任せるとでも言うように 口を挟むことなくそれぞれは頷いていた。


『それと。今はこっちにも枷があるから コソコソ調査するしか出来ないが、いずれはおれが直々に地上パンゲニアに干渉したいと思ってる。その時まで生きてたなら、お出迎えよろしくな』

「分かった、侵略に来るつもりなら 返り討ちにしてくれる」


 画面モニタ越しに火花を散らすポッチとテンプラに、額を押さえてサツマ氏はため息を漏らした。嗜めるようにテンプラの背をそっと叩くと、ポッチにもどこか困ったような 申し訳無さそうな笑みを向けて、ひと言だけ口にする。


『……長生きしてね』


 この後で、《パンゲニア》の民に対して悪用しない事を条件に 検体の提供を求められた。契約がどこまで生きていられるかは不明だが、《アヴェクス》側も約束を守るとは限らない。

 一つだけ確かなものは、テンプラによる地上への干渉時までポッチが生きていたなら、その時には再びまみえようとの約束だけだ。


 サツマ氏たちとの通信が切れた直後、円柱型画面ディスプレイ内に 立体的な《チカコーバ》の間取り図が浮かび上がった。制御室ココまでに立ち寄らなかったいくつもの部屋のうち、数ヶ所が目印のように点滅している。


「《休憩所》……《非常食保管室》……《水飲み場》、《手洗い》……」


 おそらくテンプラが送って寄越した情報データだろう。天空文字で書かれてはいるが、アイが読み上げてくれるお陰で意図は伝わる。

 自動電源がいつ落ちるかは読めないので、ざっと間取り図を手持ちの帳面に書き写しておく。我ながら仕事熱心だと ポッチは胸の内に自賛していた。


「《天空の民》……実際に接してみますと、意外と友好的でしたわね」

「はァ? 一戦交えた後で、それ言うか?」

「あふたーふぉろーは してくれたよ」

「《パンゲニア》に干渉する意志と、感覚の違いがあるのは確かだな」


 今回の《地下製造工場チカコーバ》の調査で、サツマ氏とテンプラという二名の《天空の民》と接触する事に成功した。彼らの目的は【ヤパネーゼ】という天空民族の生息確認と、【ゴザル丸人形】という機械人形の《パンゲニア》上での試作である。我々《パンゲニア》の民に干渉する意志はあるが、今すぐ侵略する状況にはない。【天空の民 対策班】として サナに報告するとしたら、このくらいだろうか。


「――《王子くん一号》とやらについては、どうするかな」

「内密に、と サナ様もおっしゃってらしたでしょう、ポッチ様?」


 ポッチの思惑が透けて見えたのか、強い口調でアイが釘を刺してくる。慌てた素振りを見せないように、慎重にポッチも首を振って返した。


「ああ、いや。卵型の機械獣は、見つけ次第 討伐するよう【賞金首】申請した方がいいのかなって」

「それこそ、会長判断に任せるべきですわ」


 裏があるのかないのか、アイは優雅に笑ってみせる。


「かいちょーにほーこくしたら、うちらのおしごと おわりかな」


 《非常食保管室》へと向かう途中、頭の後ろで手を組みながら そんなことをプリンは呟いていた。終わったら【班】は解散になるだろうが、サナの娼館で世話になっているのなら また顔を合わせることもあるかもしれない。


「安心して、マイドリーミングラグドール! 用がなくても会いに行くから!!」

「ロノさんはおとなしく草葉の陰にでも忍んでらっしゃい! ポッチ様のもとへ押しかけるのは、ワタクシ一人で十分ですわ!!」

「さいしょからぽっちんを、おうちにかえさなきゃいいんじゃない?」

「それですわ!!」「それだ!!」

「おい」


 ちょっと気を許した途端にコレだ、とんでもない結論を出してくる。

 《アヴェクス》に戻ってしばらくは、『ファズおじさんのおうち』に入り浸ることにしよう。そう ポッチは固く 決意したのだった。


**


 ポッチ一人であれば グライダーのエウテルペを使って 速やかに帰路を辿れたのだが、《討伐者》ですらない サナ会長の手下たちを 荒野に置き去りにするわけにはいかない。

 日が昇り 道標灯シルベトウに頼らずとも進める時間になってから、《アヴェクス》へと向かう駆車カケグルマを拾った。今になって頭痛を訴えるプリンに癒術を掛けてやったり、アイから今後についてしつこく質問攻めにあったりしながら、地平の縁が燃え色に染まる頃まで 駆車に揺られていた。


「……それでは、ポッチ様も天空遺跡の制御室コントロールルームに入るのは 初めてでしたの?」

「ああ、うん。ダイフクと行っても、いつも外で待たされていて」

「ぽっちんにもせーぎょしつ、みせてくれなかったんだ」

「まあ、興味もなかったしな。何やってたのかも知らん」

「それなら是非、ワタクシと共に初めてを体験しましょう! ぐふふふ」

「うちもまざるー」


 アイ、プリンと雑談に興じるポッチに たまに視線を寄越しつつも口は挟まず、ロノアロは腕を組んで 果てしなく流れていく荒野を眺めていた。

 駆車を降りたその足で 真っ直ぐ営業が始まる頃合いの『シルク・スパイダア』に向かう。従業員用の裏口から入り 待ち構えていたサナに調査報告を軽く済ませ、アイとプリンに捕まらないうちに サナの見世みせを出た。

 「夜の入は物騒だから」と 迷子対策も兼ねて、ロノアロだけ護衛についてくる。


「調査内容の再確認とか、お手当と経費の確認とかで 近いうちに呼び出しが来るんじゃねぇかな。その時になったらまた、ニンジャテクシーのご利用をお待ちしてますぜ」

「使わない。絶対、使わない」


 ポッチの宿舎までは送ってもらったが、自室には入らず『ファズおじさんのおうち』へと足を向ける。ふと振り返った時にはもう、ロノアロの影は見当たらなかった。


「【新規機械獣 観測班】ポッチ、ただ今 調査より戻りましたー」


 こちらでも従業員用の裏手の通用口から入っていく。酒場として忙しい時間帯であるため、明かりの点いている共同休憩室にも 人影はない。

 さすがにこの時間になってからエビフライ麺を食べに行くのは、一日の限定数量から考えても無理だろう。せめて 無事に帰ってきた報告だけはしておこうと、ダイフクの部屋の戸を叩いた。


「おう、戻ってたのか、おかえり。飯なら持って来てやるから、休憩室で待ってろ」


 ちょうどのタイミングで、ダイフクに食事を運んできた酒場の主人であるファズにも出会でくわした。ノック音とファズの声と どちらに反応したものか、徐ろに戸が細く開く。


「……ゴメン、ファズさん。まだ ちょっと食えない、飲み物だけでいい」


 赤茶の染みが付いた手拭いで鼻の辺りを押さえながら、見るからに具合の悪そうなダイフクが 半分ほど顔を覗かせた。ここでポッチが戻っている事にも気付く。


「あ、おかえりポッチ。悪いけど、エビフライ麺は また今度な」

「いや、エビフライ麺は すぐでなくても別に構わない。調子悪そうだが どうした」

「……サナさんのとこで 毒盛られた」

「毒ぅ!? や、待って、僕がいないうちに何があった!?」


 「酒の一杯二杯で大袈裟だぞ」血相を変えるポッチと ダイフクを交互に見やってから、ファズは呆れ顔でため息を吐いた。「酒か」ダイフクが体質的にアルコール飲料を受け付けないのは、ポッチも知っている。確かにダイフクから見れば 毒だろう。


「それで体調 崩したのか。何で飲んだ? いつもなら断ってるのに」


 何か言いたそうな顔はしているが、ファズの手前か ダイフクは口を噤んでいる。


「仕事も滞ってるんじゃないのか? 今日は泊まっていくから、少しばかり片付けておいてやる。カシオペアはまだ、カウンターに居るな?」

「まったく、これじゃどっちが上司か分かんねぇな。後は任せてダイフクは寝てろ。お前さんも、取り敢えず 飯、食ってからにしろよ」


 ファズに背中を押され、促されるまま 貸し切りの共同休憩室まで戻ってくる。

 報告しなければならない事、聞き出したい事はいくらでもあるが、まずは自分もひと息 吐いて 腹ごしらえだ。

 その後で、ダイフクの体調が回復し次第 問わねばならない。

 ――何故、グライダーをカブトガニ型に 改造する必要があったのかを。


ここまでが 第二話『ヤパネーゼ復刻計画編』になります。

次回からは 第三話『災厄の人形編』が始まる予定です。

これまでとちょっと、趣向を変えてみたいと思っています。

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