12.通信演技
今さらながら、いいねや評価、感想など リアクションをありがとうございます!
反応できなかったり遅かったりですが、とても嬉しく受け取っております。
真っ黒だった円柱の上半分が突然、明るく光を放った。
数秒ほど円柱はモザイク模様をチラチラと点滅させる。その場にいる全員が息を呑んで見つめるうちにモザイク模様は細かくなっていき、やがて この制御室に似た雰囲気の室内が 円柱の中に映し出された。
『あれ? テンプラ君、《地下製造工場》の通信画面、起動してるよ』
円柱の下部から、おっとりとした年配の男性と思われる声が流れてきた。そこに拡声器がぐるりと設置されているようで、何者かが遠くから駆け寄ってくる様子がよく聞こえる。足音がすぐ傍で止まると、円柱の中身がぐりっと九十度 回転した。
『ったく……ちゃんと電源 落としていかなかったな、アイツ』
『ははは! そういうとこ、テンプラ君まんまだよね』
先程の年のいった男性の他に、若くツンケンした調子の別の男性の声も流れてくる。と、その直後。陽の民に似た容姿に明るい茶の髪色を持つ、ポッチと同じくらいの年頃に見える青年が円柱の中から こちらを覗き込んできた。
『わ―――っっ!?』「うわあああっ!?」
向こうの驚き叫ぶ声に、ポッチも驚き叫んでしまった。聞き覚えのあるような ないような声質だ。
『びっくりしたなぁ、どうしたの? テンプラ君』
『いや、コレ繋がってて……王子くん一号どこ行ったんだよ何だコレ』
『テンプラ君がそんなに慌てるの、初めて見たよ。動画残しておこう』
『いや、おれはいいです! メモリ無駄にしないで下さい』
円柱もどうやら画面の一種のようだが、その向こうにいる生身の人らしき者は酷く慌てている。先進の都の医療従業者が着用しているそれに近い白衣を纏う若者は、一度背中を向け、大きく深呼吸しはじめた。
『繋がってる、ねぇ。どれどれ』もう一人の、おっとりした声の主が 今度は円柱の画面内に入ってくる。淡い紅茶色の髪が涼し気に後退した、穏やかそうな丸顔で小太り体型の、初老の男性だ。
「えっと、コレ……どうなってんだ?」
天空技術の産物に滅多に触れることのないロノアロが、元の体色より僅かに青褪めながら ポッチの背に訊いてくる。ポッチ自身もこの手の接触はダイフク任せであったため、詳しい事は答えられない。
困惑する地上の民の映像に まず驚いた顔はしたものの、茶髪の若者ほど慌てるでもなく、小太りの初老男性は柔らかく笑ってみせた。
『やあ、《パンゲニア》の諸君、はじめまして。ぼくは《衛星メネ》に住むアゲ門一派代表、トルタディ・ペシェ=アゲ門=サツマ。”サツマ”でいいからね。ちょっと手違いで、通信機器が動いちゃったみたいなんだ。驚かせてごめんねぇ』
「え? あ、はい、はじめまして。《地泉杜》……じゃなかった、《アヴェクス》のポッチと申します……」
緊張のあまり口走ってしまった出身地を耳にした途端、アイとプリンの ポッチを見る目が変わった。
「えええ? ポッチ様、《地泉杜》の出身でしたの!? 通りでオーラが違うと思っておりましたわ」
「ぽっちん、ほんとにわかさまだった……」
「何、ドコだよそれ……すげぇトコなのか?」
ロノアロだけが、ピンと来ないと首を傾げている。
「それはもう! ワタクシのいた《グリーディア》ほどではありませんけれど、格式高く伝統ある 夜の民の古都でしてよ。そちらのカラス部族といえば……」
自分の事のように アイがみなまで言ってしまう前に、バンと壁を殴る音に止められる。「《地泉杜》じゃないって、言っているだろう」振り返ったその表情は、まるで抜き身の刀だ。さすがのアイも、これ以上はいけないと口をつぐむ。
気まずい空気がこちら側に満ちる中、円柱の画面の向こう側に 落ち着きを取り戻した茶髪の若者が戻って来た。
『……所長、なんでインカメラにして 喋ってるんですか』
『もう少し拡大しようとしたら 変なとこ触っちゃったみたい。早く直して』
『どおりでテンションがマトモだと思いましたよ。……はい、所長。録画準備!』
『録画準、備……? おあああああ!! ブラーヴォ!!』
画面の向こうで 何があったのか、唐突にサツマ氏の様子がおかしくなった。
『ゴザル丸ちゃん!! ちょっと育ったゴザル丸ちゃんじゃないか!! 本物? 生きてるの?? 生ゴザル丸ちゃん!? リアルで見ても何という美丈夫!! ちょっと、一回でいいから“サツマ、ナデナデスリスリしてたもう”って言ってみて!!』
「これの電源、どうやって落とすんですか」
そこはかとない恐怖を感じ、円柱の周囲に並ぶ操作盤に手を伸ばす。アイもプリンも同じような気持ちでいるのか、今回に限り 制止してこない。
『まだ通信、切られちゃ困るよ』
ひどく興奮しているサツマ氏を押し退け、茶髪の若者がずいと正面に映り込む。先程とは違い、目線はきっちりポッチに向いている。
『おい、ゴザル丸。お前、飼い主はどうした?』
さっきから妙な名前で呼んでくるわ 初対面の相手にぞんざいな口調で『飼い主』だのとのたまうわ、《天空の民》とは なんと礼を失した人種なのだろう。本気で電源を落としてやろうかとイラつくポッチに構わず、茶髪の若者は自分の手の甲を弄っている。
『ほら、銀髪で色黒の優男。そこには居ないみたいだけど』
円柱の中の茶髪の若者の肩の辺りに 見覚えのある光景が四角く表示される。――五年ほど前に《討伐者》として組んでいた仕事仲間に 必死で効かない癒術を掛けている自分の後ろ姿と、こちらに巨大な機械弓を構えて睨みつけてくるダイフクの画像。
忘れようもない、《充電体》に壊滅させられた あの日の一部だ。それもおそらく、《充電体》の眼を通して 記録されたもの。
『最近は一人で《第八充電体保管庫》に通ってるって【P.and.R.A.】の記録に残ってるけど、飼われてるワケじゃないのか?』
背後からの視線が突き立つように感じる。ダイフクに関する話題を、このまま深堀りさせるのは きっと良くない。
「人様に対して無礼にもほどがある。名乗りさえしない相手に答えてやるほど、聖人君子じゃないんでな」
『は?』予想していた反応と違うのか、画面向こうの若者の眉間にヒビが入る。
『友好的に接してやればつけ上がりやがって。調子に乗るなよ、愛玩奴隷風情が』
「誰に対して……」
思わずポッチが反論しかけたところで、ピロリン! と気の抜けた音に遮られた。
『テンプラ君の悪役ムーブ動画、オンスタに上げとこう』
『な、何 撮ってるんですか、所長っ!! え、ちょっと、顔 隠してないし!!』
『大丈夫だよ、《アゲ門保研》の人しか見ないから』
『一っ番、見られたくない連中なんですけど!?』
『お! メンチ君とカラさん、早速いいねくれてる』
『なんでアイツら、このタイミングで所長のオンスタ見てるんだよ! 仕事しろよぉ!!』
頭を抱えて悶える茶髪の若者から通話の主導権を奪い返し、ひと通りはしゃいで興奮の治まったサツマ氏は 困ったような笑みを浮かべていた。
『うちの部下が失礼したね。今のは ぼくの助手のペッディポロ・テンプラ=アゲ門=カガミ。テンプラ君て呼んでやって。あんまり人付き合いが上手くない子でね、誰に対してもあんな調子なんだよ。大目に見てくれるかな』
サツマ氏の言葉と頭頂部に、日頃の気苦労が窺える。今ならまともなやり取りもできそうだ。後ろの連れどもがおとなしくしているのを確認し、姿勢を正す。
「こちらも少々 強く言い過ぎてしまいました、非礼をお詫びいたします」
『ほーら聞いた? テンプラ君。ケンカ売ったのはテンプラ君の方なのに、向こうが折れてくれてるよ? ……えっと、もう一度 名前を教えてもらえるかな』
「ポッチです。《アヴェクス》のポッチ。機械獣の調査のため、勝手ながらこの遺跡に立ち入らせていただきました」
興奮状態ではないものの、満面の笑顔を崩さず サツマ氏はじっとりポッチに見入っている。
『ああそうか、君たちから見れば 遺跡なんだねぇ。ふむ、後ろの子たちは調査隊の仲間かい?』
「愛妻のアイーダですわ」「愛人のロノアロだ」
「うちはプリン。ちょーてんほしょくしゃ」
『ちょ、頂点捕食者? ……プリンさんはポッチ君の天敵なの?』
「三人とも、僕の天敵です」
「なんで!? (✕3)」
うっかり本音を洩らしてしまったが、サツマ氏は冗談と取ってけらけら笑っている。
『さっすがゴザル丸ちゃん! モテモテだねぇ』
「その、ゴザル丸っていうのは何なんですか?」
『よくぞ訊いてくれた! ぼくらのところで大人気の人形劇【天下掌握! ゴザル丸】の主人公なんだよ。ほら見て! この子がゴザル丸人形。ポッチ君そっくりでしょ?』
やや早口になりながら、サツマ氏はポッチのミニチュアのような人形を持ち出してきた。髪型と衣装こそ違えども、顔立ちは《討伐者》になりたての頃のポッチそのままに見える。
『こっちでは絶滅してしまった【ヤパネーゼ】という民族がモデルになっててね。さっきテンプラ君も言っていたように【ヤパネーゼ】は大昔、愛玩奴隷として扱われていたんだ。……もしやと思うけど、ポッチ君のご先祖は《衛星メネ》からの移住者じゃ ないのかい?』
「父方の先祖については聞かされていないので、分からないですね」
『それは残念。なら、カマメ氏族にゲノム解析 頼んでみるかな』
親指で頬骨の辺りをぐりぐりやりながら、サツマ氏は何やら考え込んでいる。
「……ポッチ様。結局のところ《チカコーバ》は、天空の民であるサツマさんたちが動かしていた、という事で よろしいのですかしら?」
ポッチの腕を引き寄せ、声を潜めてアイが本来の調査目的を口にする。サツマ氏のペースに乗せられ、危うく自分たちの仕事を忘れるところだった。
「いや。通信が繋がっただけで、ここを動かしていた確証はない。聞けば教えてくれるかな」
やけに静かなプリンとロノアロは、すっかり飽きてしまったようだ。つるりと白い壁に何らかの仕掛けでもないかと、制御室内を調べて回っている。
「そうですわね。それと……テンプラさんがダイフクさんに何の御用があるのかも、訊ねておいた方が よろしいのではなくて?」
それぞれ壁際に張り付いているプリンとロノアロも、聞こえていたのか作業の手を止め こちらに顔を向ける。嫌な情報が出て来なければいいと胸の内に呟きながらも、今は頷いて返すしかない。
意を決し、手元の端末に何か打ち込んでいるサツマ氏へ 声をかけた。
「あの、こちらからも質問していいですか?」
『ああ、放ったらかしちゃってごめんねぇ。いいよいいよ、何でも訊いて』
画面の向こう側は机になっているのか、組んだ両腕の肘を置いてサツマ氏はポッチの問いを待っている。アイと顔を見合わせてから、再度 正面に向き直った。
「この遺跡……我々は《チカコーバ》と呼んでいるのですが、ここを稼働させたのはあなた方でしょうか?」
肯定が返ってくると踏んだ質問に、きょとんとした顔で サツマ氏は『違うよ』と言い切った。
『ぼくとテンプラ君は、送られてくる情報を観測してただけだよ。メネから出来ることには限りがあるから。……ん? でも ある意味、テンプラ君が動かしてるとも言えるのかな』
すっかりぶすくれた顔のテンプラを肩越しに見遣り、サツマ氏は人差し指をクイクイやった。「代わって」との上司命令には テンプラでも逆らえないらしい。
『はいはい、確かに《地下製造工場》を再稼働させたのは おれですよー。もっと正確に言うと、直接 管理してるのは おれの思考記録を組み込んだ人工知能を搭載した機械兵なんだけど』
テンプラの説明で、《パンゲニア》の民はそれぞれ頭上に『?』を浮かべる。「何言ってんだ、アイツ」と口に出したのはロノアロだけだが、他の面子も同じことを思っていた。話の通じなさに苛つき、テンプラは吐き捨てるような口調で言い換える。
『ああ、もう分かったよ! この部屋 来るまでに卵みたいなヤツ、見なかった? おれの造った【王子くん一号】っていうんだけど、そいつが直接管理してるんだっての』
「王子くんじゃなくて玉子くんだろ」
『中身が王子だからいいんだよ……って、いちいち動画に残すの止めてくれませんか、所長!!』
『いいじゃない、《惑星セス》の現地人との 貴重な交流映像なんだしさ』
テンプラの声に聞き覚えがあるような気がしたのはそのせいか。《チカコーバ》を飛び出し逃げていった卵型機械獣が発した音声の、データ元だった訳だ。
「やはり あの卵虫を捕まえておくべきだったか。……何のために《チカコーバ》を動かしているんだ? 野良機械獣を製造するためか?」
『いや』ポッチから目を逸らし、テンプラは一旦 口をつぐむ。何らかの結論を出すまでの間を置いてから、視線が戻って来た。
『実のところ、造ってみたいモノがあってな。おれたちのメネだと お偉いさんの妨害が入るから、設計データをセスに送って、《パンゲニア》の施設で試作品を造るつもりだった。【王子くん一号】にはそのために必要な情報を集めさせてたんだよ』
回収した情報を元に製造計算書を構成し、再び《地下製造工場》の制御室へ送信する。メネでは手に入らない素材を機械兵に収集させ、工場内で組み立てる。『それ』が完成する時機を見計らい、適当な廃棄物を用意して惑星セスへの調査船に乗り込む。そして【王子くん一号】を使って『それ』を引き揚げれば、ひと通り計画は成功だ。――しかし。
『ここのところ、【王子くん一号】の挙動が可怪しいんだ。《充電体保管庫》で、”誰か”と接触があったみたいなんだけど、その頃から』
接触のあった”誰か”について、心当たりがあることに冷や汗が流れる。
『あれ? でもテンプラ君。それ、【カシワ・オペレーション・システム】を【P.and.R.A.システム】にアップデートした頃にも 言ってなかった?』
そうと決まった訳でもないのに、サツマ氏の追加情報にほっと胸を撫で下ろす。表情を強張らせるポッチに気付き、テンプラは意地悪く口の端をつり上げた。
『その顔、何か知ってそうじゃないか。こっちも情報提供したんだ、知ってる事があるなら 教えてくれませんかねぇ』
「ダイフクさんへの御用件は、それですかしら?」
答えに詰まるポッチとの間に割り込み、不敵な笑みでアイが口を挟んできた。
『ダイフクっていうのか、ゴザル丸の飼い主は』
予想外の出処に面食らった様子はあったものの、テンプラの強気な姿勢は崩れない。
「あら、随分と理解が早くてらっしゃいますこと。ワタクシ、ダイフクさんがどなたの事かだなんて、ひとっことも言ってなくてよ?」
『あの顔見れば判るんだよ、カシワ血族の者だって。気色悪い連中だからな』
「それについては否定しませんわ!」
「アイがそこまで言う必要はないだろ!?」
つい ダイフクをかばってツッコミを入れるポッチを『やっぱりね』と一瞥し、テンプラの笑みが消える。
『親和性が高いからって【カシワ・オペレーション・システム】にカシワ血族の思考記録を読ませたのは、おれの落ち度だよ。あんなに使い勝手悪くなるとは思わなかった。地上に身内が残っていたなら、尚更だよな』
忌々しげに鼻を鳴らすと、テンプラは自身の手の甲に埋め込まれた人工翠玉をつついて何かを起動した。人工翠玉の放つ光が翠から橙に変わる。
『まあでも、もう地上で情報集める必要もないか。引き揚げにちょっと手間取るかもしれないけど、所長なら どうにかできますよね?』
『手痛い出費になるけどねぇ。後で取り返せるだろうし』
苦笑しながらもサツマ氏は 軽く頷く。彼らの間に漂う空気に 通信を終えようとする気配を感じた。
「待って、待って下さい! もう一つ! 《チカコーバ》で、何を造るつもりだったんですか?」
焦るポッチの声に顔を上げ、何も色を浮かべず テンプラは正面を指差す。
『お前の複製人形だよ、ゴザル丸』
プリンとロノアロが調べている間は 知らん顔で黙り込んでいた白い壁面に、にわかに幾何学的な青い光の筋が走る。一行が入ってきた出入り口が塞がれる代わりに、新たに三つの壁穴が口を開けた。
【月紀 8000年 4月の日記より】
おじさん が まいにち おともだち を つれてくる
ぽろ くん が 1ばん たのしかつた
やどかり の おもちや で あそんだ