11.荒野聖
本音を言えば、脚の生えた卵型機械獣の後を追いたかった。しかし今回の仕事は《チカコーバ》遺跡の調査である。ひとまずは内部の探索を優先しなくては。
「……ぽっちん、なおった?」
「ああ、もう平気だ。プリンは頭、痛くならないか?」
「きょうは まだ だいじょぶ」
幼さの残る表情にも 無理をしている色はない。軽くアイとロノアロの様子も見遣ってから、ベルトコンベアの終着点の部屋の出入り口へ向かう。
ベルトコンベアが空になってから、大分 経っている気がする。機構自体は動いているから、機械獣の生産は停まっていないはずだ。
「そろそろ 次のが流れて来るだろうから」
「きた」
先のオパビニア型機械獣【偵察機獣・甲】が出てきたトンネル内を指差し、プリンはポッチの裾を引く。だが、流れてきたのは【偵察機獣・甲】とはまた 違ったモノだ。
「げ、また卵かよ」
「あら? では先ほどの卵型機械獣は、こちらで生産されたものですかしら?」
「それなら 次こそ持って帰るか」
小走りに駆け戻り、ベルトコンベアの終点で卵的な物体を受け止めるべく ポッチは両手を広げて構える。「……あれ?」流れて近づくにつれ、逃げた卵型機械獣と大きさが明らかに違っていることが判明する。
「さっきのと違くね? すげぇデカいぜ?」
ロノアロの言う通り、ギリギリ トンネルをくぐり抜けるほどの大きな金属卵だった。このサイズで 先刻のように跳ね回られたら、たまったものじゃない。
「さすがにこれは、持って歩ける物ではありませんわ。見送りましょう、ポッチ様」
トンネルを出た途端、揺れるベルトコンベアから金属巨大卵が転げ落ちる。
未練がましく見つめるポッチの前で、金属巨大卵の表面に幾何学的な筋がいくつも走った。見る間にそれは 内側より変形をはじめる。
卵の殻部分がくるくると反転し、内部に収められていた部品が表に出る。それらは自動で組み合い、金属卵であったものは恐鳥型機械獣へと変形を遂げた。
鋭い眼光を向けてくる恐鳥型機械獣と見つめ合ったまま、しばしポッチは固まる。
「……綺麗だ……」
「……ポッチ様……猛禽類部族がお好みだと サナ様から伺っておりましたけれど、まさか 機械獣まで守備範囲だなんて……」
戦慄くアイの声に はっと我を取り戻し、慌ててぶんぶん 首と手を振る。
「違う違う違う、純粋に格好良いと思っただけだ!! どっかの誰かみたいに性的興奮を覚えてる訳じゃないから!!」
「ほんとかなー?」
「本当だって!!」
またもやあらぬ誤解を生んでしまうところだった。ふう、と額を拭うポッチの背後に、鈍い金属のぶつかる音が上がる。
「ミッドナイトトゥインクルが思わせぶりな事 言うから、やっこさん その気になっちまったみてぇだぜ」
見れば恐鳥型機械獣の脚のカギ爪を ロノアロが交差した【影斬刀】で止めている。無意識に足元に目を遣り自分のカギ爪と較べてから、ポッチも表情を引き締めた。
「構わない、恐鳥型は情報の回収が済んでる。それにしても見事な爪線美だ」
「わかさまが ごらんしんめされたぞ」
「ポッチ様、お気を確かに」
「僕は正気だ」
ちょっと感想を呟いただけで乱心扱いとは、なんとも失礼な。文句をつけたい気持ちを堪え、咳払いで気を取り直し 正面の背中に声をかける。
「ロノアロ、そのまま抑えていてくれ。巻き込んだらすまん」
大地に直接 触れてはいないから 全力発動でもしなければ巻き込む事もないだろうが、念の為に断っておいた。
「【万華の呪槍】威段二、発動」
地中深くから湧き立つ惑星の力を掴み、恐鳥型機械獣へと向かわせる。力場を目視する事はできないが、足下を伝う大地の活力は機械の恐鳥目がけて噴き上がった。
機械獣を惑星の異物と見做し、瞬時にそれは圧し砕かれる。
後には金属質のガラクタだけが残されていた。
「マイファイナルアルティメットウェポン! 巻き込まれたから責任取って抱いてくれ!!」
「よし分かった、トドメを刺せばいいんだな! ものすごく痛いが 我慢するんだぞ」
「あ、至ってこちら無傷ッス」
やはり生産されているのは雑魚機械獣だけのようだ。唐突に種類が変わったのは偶然か、はたまた何者かの働きかけによるものか。
「何者かが動かしているなら、確認しないといけないな」
とすると、次に向かうべきは機構そのものを操作している制御室だ。
「前の部屋に戻って、調べてみましょう」
アイに促され頷くポッチに、素直にプリンとロノアロも従う。
工場内の監視画面前まで戻り、アイに制御室らしき場所を探してもらう。《チカコーバ》資料の写しも引っ張り出してみたが、地下に関する情報は殆ど 記載されてはいなかった。次々に表示される工場内の様子も書き加えておく。
「機械獣の妨害が入るのは 生産完了地点だけのようですわね。判る範囲ではありますけれど、見張りらしいものも 巡回している機械獣も見当たりませんわ」
「さっきのたまごが、そうだったんじゃ?」
「だとしたら 外に逃げてくワケねぇだろが」
「それもそうか」
プリンとロノアロのやり取りを耳に拾いつつ、逃げた卵型機械獣についても記しておいた。あまり上手くは描けないが、簡単な図もあった方がいいだろう。
「……ぽっちん、え、へただね」
「うるさい、そんな事言うなら プリンが描け」
「プリンさんは個性ほとばしる抽象画しか描きませんわよ。ワタクシにお任せ下さいまし」
人柄や言動はともかくとして、学術分野では上流階級の教育を受けてきただけはある。少なくともポッチのそれよりは 実物に忠実な図が描き上がった。
「これは良いな。ありがとう、アイ」
「”お前の全てを愛してる”だなんてそんな……ワタクシもですわ」
「待って待って待って、超展開が過ぎて 声をかけるのすら怖い」
追加記入をした資料の写しをポッチに返すと、再びアイは画面下の操作盤に手を触れた。画面の中で順繰りに部屋を辿り、制御室と思われる場所を探す。
「あいばっかり ほめられてる。ずるい」
今この場では 何もできる事のないプリンが、ふくれっ面でしゃがみ込んでしまった。こんな所でへそを曲げられ 非協力的な態度を取られても困る。
「プリンも、よく見て調べてくれるから助かってるよ。ああ、もちろんロノアロもな。荒事にも動じないのは頼もしいぞ」
《チカコーバ》の調査依頼中は味方であるといっても、三人ともあの畜生 もといサナ会長の直属の配下だ。機嫌を損ねたら、何をしてくるか分かったものじゃない。
ポッチの思惑を読んだ上で知らぬ素振りをしているのか、それとも素直に言葉を受け取ったのか。照れたような笑みを浮かべるプリンとロノアロの反応に、密かに胸を撫で下ろす。
どうにかプリンのご機嫌を取っているうちに、アイの探しものも終了したらしい。
「制御室には監視機材は置いてないみたいですわ。代わりに、ベルトコンベアの始点で別の部屋に繋がる扉が見つかりましたの。ワタクシ、そこから行けるのではないかと思いますわ」
「なるほど。とりあえず 始点の部屋まで行ってみるか」
「承知しましてよ」
ポッチの答えは予測済みとばかりに、アイのワンタッチで壁面の出入り口が切り替わる。ベルトコンベアの終着点に向かうより 明らかに長い通路が、その向こう側に伸びていた。
「ちょっと弄っていて気付いたのですけれど、この通路から必要に応じて、それぞれの部屋に出入り口を繋げられるようになっていますわね」
「それもちゃんと記録しておこう。次の調査に有用だ」
多少文字が乱れていても、【受付班】の誰かが清書してくれるだろう。通路を進みながら、自分でも気づいた事柄は 細かくメモを取っていく。
想像していたよりもずっと長い通路を抜け、ようやく到着したベルトコンベアの始点の部屋で 誰からともなく 休憩しようという流れになった。
「うわ、もうこんな時間だったのか。とっくに昼間 過ぎてた」
「うち、おひるどきに いったのに。なんかたべたいって」
「正確な体内時計だったな。気付かなくて悪かったよ」
ちょうど良い時間にサナが送り出してくれたなら、ファズのお手製 黒猫(本当は黒ジャガー)弁当をこのタイミングで食べていたはずだ。各々が自主的に持ち込んでいた非常食を口に入れながら、組み立ての旅に出る部品たちを眺めている。
「ろののむしあめより、あいのまろんぐらっせのが んまい」
「当然でしてよ! 《エタリー》の都から取り寄せた五十箱限定の完全受注生産品ですもの。ポッチ様も是非、ご賞味なさって! はい、あ〜ん」
「あーん!」
「プリンさんはもう 当たり分は平らげたでしょう!? あーんしてもあげませんわよ!」
ポッチの知らない土地の菓子を楽しそうにやり取りしているアイとプリンは、その姿だけなら どこにでもいるような可愛らしい女の子たちだ。顔には出さなくとも微笑ましく思っていると、俗に【虫アメ】と呼ばれている ミルワームを原料にした棒状の飴菓子が 横からひょっと差し出された。
「マイラヴリィチック、あ〜ん」
「誰が雛鳥だ! 遠慮します」
「栄養価高いし、割と美味いんだぜ? 香ばしくて」
お断りされた【虫アメ】をボリボリ齧るロノアロに「もう満腹だから」と 嘘を返して伸びをする。誰か一人から受け取ってしまえば、他の連中からも必要以上に口に突っ込まれるような、嫌な予感がなんとなくあった。
「この進度だと、調査が終わる頃には 日が暮れているだろうな」
地上に出て夜を明かすよりは《チカコーバ》内で過ごした方が、安全であるのは間違いない。ただ、まともに食事を得るには 地上で何か入手して来なければなるまい。周辺に、食用になる草や生き物は生息していただろうか。
「夜中のうちに、オレが外の様子 見てくるか?」
隣に腰を下ろし、ポッチの表情を読んだかロノアロが声をかけてくる。
「オレは二、三日くらい飲み食いしなくても平気だけど、アンタらはそうもいかねぇだろ? フリッシュでもいたら 狩ってくるよ」
口調に素が出ているところを見ると、ロノアロも疲れているように ポッチには思える。
「無理はしなくていい。女性陣には減量になるとでも言っておけばいいし、僕も 行き倒れて一週間くらい飲まず食わずで過ごしたことが 何度かある」
「過去にいったい 何があったんだい、マイエフェメラルアントライオン……」
「いろいろ」と呟き、あぐらをかいていた脚も伸ばして投げ出す。
「一人で出ていって、ロノアロだけ何かあってもいけない。一緒に休め」
初めて聞く言葉のように、驚きながらも不思議そうな顔が こちらに向いた。ちら、と口元にだけ笑みを浮かべて ロノアロは頬を掻いた直後、照れ隠しか両腕を広げる。
「ミッドナイトトゥインクルの そんなトコが大好き! 今夜こそ一緒に寝ようぜ!」
「無礼者、この腕より近寄るなって言っただろ!」
「その両腕を斬り落としちゃえば、ゼロ距離確定!? いつでも密着オッケー?」
「速やかにあっち行け!!」
血相を変えてロノアロにそれぞれの得物を振りかざすアイとプリンの様子からも、十分に休息は取れたものと判断する。日が暮れてしまう前に もうひと仕事だ。
まだ《討伐者》見習いであった頃、《アヴェクス》に来て最初に組んでいたクルトと《ホカンコ》遺跡の清掃依頼を受けたことがある。その時から 特別任務を受けていない《討伐者》は制御室に近付いてはいけないと言われていた。後にダイフクと組むようになっても、制御室に用がある時は 部屋の外で待たされた。正式に許可を得て 天空遺跡の制御室に踏み込むのは、ポッチもこれが初めてだ。
おおよそ遺跡という単語に似つかわしくない、無機質に白く光沢を帯びた壁に囲まれた 明るい部屋だった。
監視画面のようなものは 壁面のどこにもない。部屋の中央に幅をとっているのは、大人ふたりが手を繋いでやっと囲めるくらいの、上から半ばほどまでが黒くなった円柱だ。下部は壁と同じような材質でできていて、腰の高さに操作盤らしき文字列が並んでいる。どの面からも動かせるよう、四面に同じものが設置してあった。
室内に侵入者があった事を感知したか、円柱の黒い面に 天空文字が黄色く浮かび上がる。
「……〈接続中〉……」
アイが訳して読み上げ終えると、すぐに次の文章が 円柱の中に浮かんだ。
〈正常に 接続されました〉
〈通話を 開始します〉
――以上、【K氏の手記より 一部抜粋】