10.たまご ころりん
ベルトコンベアに乗った部品が潜っていく穴は、隣の部屋に入った途端 壁の中に隠れてしまった。耳を当てると内からゴウンゴウンと機械音が伝わってくる。確かにそこに 流れてはいるようだ。
先刻プリンが「うごいた」と言っていたものは壁の向こうであるため調べようはないが、この部屋に入ったことでまた別の機器が見つかった。
「……”検品作業中”……。監視システムかな」
ベルトコンベアが入っている反対側の壁面に大きな画面が取り付けられている。映し出されているのは ベルトコンベアが流れている場所の全体図で、各部屋での作業状況が記号にて表示されている。
じっと眺めていると 時折 画面は十六分割され、それらが順番に各部屋の映像を映し出していく。先ほどポッチたちがいた場所も 数十秒ほど映っていた。
「ほぉ? 便利なものだな、わざわざ見て回らなくても良さそうだ」
画面の下にも 操作盤と思われる円形の台座が設置されていた。何の気無しにポッチが手を伸ばすと、アイが両手でそっと包みこんできた。
驚くと同時にアイの顔を見やると、優しい笑みを浮かべてゆっくり横に振っている。
「ポッチ様。機械モノなぞ、いたずらに触ってはなりませんわ」
「またこわしたら、たいへんだもんね」
「プリンさん、しぃーっ!!」
隣でロノアロも興味深そうに覗き込んでいるが、ポッチと同じように手を伸ばすと 容赦なく頭を叩かれていた。
「《ハジキヤ》技術も持たないくせに、うかつに触らないで下さいませんこと!?」
「引っ叩くこたねぇだろ! やり過ぎだって言ってくれよ、マイセイントロータス!」
「ん? ロノアロなら、大してダメージないだろ? 会長も”強い”って言ってたし」
「えっ……? ああ、まあ、うん! 別に、痛くも痒くもねぇけど?」
「よっしゃ、まかせろ!」
「ちょっと待てや、コラ! 何で【散弾斧】持ち出して来るんだよ」
ロノアロの興味をプリンが引き付けている間に、アイが操作盤付近を調べ終えたようだ。
「この機構では、映像の切り替えくらいしか出来ないみたいですわ。ただの監視画面ですわね。少しばかりご覧になります?」
「そうだな。プリンが何か見つけた部屋を 見られればいいんだが」
「お任せ下さいまし」
《グリーディア》も先進の都であったためか、手慣れた様子でアイは操作盤を動かしている。すぐに上部の映像が切り替わり、ベルトコンベアの終着点の部屋の様子が映った。
「途中で組み立てされてるんだよな。完成品はどこだろう」
「また何か 流れて来ましたわ! ……先ほどの【偵察機獣・甲】ですかしら」
現在 生産されている物は【偵察機獣・甲】ことオパビニア型の機械獣だけらしい。そこまで脅威となるものではない、停止の必要はなさそうだ。
「ふーん。あそこでベルトから降ろされて、地上に送り出してるんだ」
ロノアロが指差した先に、透明な円柱が映っている。完成した【偵察機獣・甲】はその中に放り込まれ、上へと吸いあげられて行った。
「アレが動いて見えたんだろ、ヒトツメ」
「ちがう」
ロノアロの予想を、真面目な顔でプリンは否定した。自分の見つけた物を探して、じっと画面を凝視する。
そして、ほんの一瞬――それは画面の中を横切った。
ひとことで表すなら、虫に似た脚が四本生えた、卵。
「いまの、あれ!」
【偵察機獣・甲】と較べるとそう大きな物ではない。プリンにも抱え込めるサイズだろう。しかし【新規機械獣観測班】として活動してきたポッチにも、見覚えのない形状の機械獣だ。
「新しい型だな、調べに行ってもいいか?」
振り返るポッチに、仲間たちは三者三様に頷いている。
「それには、あの部屋までのルートを 確定させませんとね」
画面はまた全体図と作業状況の表示に戻った。アイが手元を動かすと 何もなかったはずの壁面に切れ目が入り、音もなく出入り口が現れた。
「大したものだな、アイは。初めての機構を ここまで動かせるのか」
素直に感心するポッチに、赤らめた顔を押さえてアイは身をくねらせる。ちょっと見は乙女が照れて身悶えるような可愛げのある仕草なのだが、
「うふふ、お任せあそばせ。なんたってワタクシは 宮殿型兵器《グランパレシウス》にて、都一つ燃やしたこともありましてよ」
「うーん、その情報は 知りたくなかったかな……」
やってきた事は 巨人型災害兵器《アーカディウス》と そう変わらなかったりする。
「このまま、まっすぐいけるの?」
「行けるはずですわ。ロノさん、露払いは任せましたわよ」
「アンタに指図される謂れなんぞ、」
「頼んだぞ、ロノアロ」
「任せて、ミッドナイトトゥインクル!」
「ちょろのあろ」
ロノアロを先頭にアイの開いた通路を進んで行くと、それほど間を置かずに画面の映していたベルトコンベアの終着点に辿り着いた。
一番乗りを果たすと同時に動き出す前の【偵察機獣・甲】を斬り捨て、周囲に危険が無いと判断してから、ロノアロは手振りで「来い」と示してきた。
「さっきの卵虫が見当たらねぇんだけど」
確かにベルトコンベアの他に動くものは 室内にはない。
「機械獣と地上に出てしまったのかしら?」
「ちーさいから、かくれててもわからないよ」
意見を出しながら自身でもプリンはベルトコンベアの下部や機器を覗き込む。外に出てしまった可能性もなくはないが、ポッチも彼女に倣い 部屋の中を探してみることにした。
「……脱出に使えるかと思いましたけれど、ここからでは操作できませんのね」
部屋の隅に立っている透明な円柱の周辺を調べつつ、アイが難しい顔で唸っている。この部屋単体で動かせないのなら、機構そのものを操作するための制御室が また別にあるということだ。
「それなら さっきの妙な機械獣は、まだこの施設内に……」
何の気なしに天井を見上げると、消えた照明に擬態している脚の生えた卵が視界に入った。ポッチに見つかったことに気付いているのかいないのか、脚の生えた卵型機械獣はピクリとも動かない。
「ロノアロ。あそこに居たんだが、届くか?」
「余裕」
言葉通り造作もなく 軽く壁を蹴って跳躍すると、ロノアロは卵型機械獣に【影斬刀】を振りかぶった。
そのまま虫に似た脚部を斬り払おうとした刹那、卵型機械獣は大きく跳ね上がった。「ぶっ!?」金属質の卵部分がロノアロの顔面に直撃する。
「だ、大丈夫か、ロノアロ」
「痛ぇけど大したこたねぇよ。……あ、やっぱダメだわ! 美しい人に優しく癒やしてもらわねぇと 死んじゃうかも」
「何か言い遺す事はありまして? よろしい、ありませんわね!」
「ろののことは、さんじかんくらいなら わすれないよ」
「死なせる方向に話 進めてんじゃねぇよ!! しかも扱い酷ぇな!!」
「全然 平気そうだな。回復はいらないか」
不意打ちとはいえ、それほどの威力でもなかったようだと ポッチも内心ほっとする。しかし 正当防衛程度ではあっても攻撃を仕掛けてきたからには、敵性物体と判断すべきだろう。
「アイ、プリン、ロノアロ。出来ることなら そいつを捕獲して《アヴェクス》に持ち帰りたい。多少 壊れても ダイフクに預ければ大丈夫だろう」
「……ポッチ様? 何と言って ダイフクさんに預けるおつもり?」
「あ」そうだった。ダイフクにも内緒に、と念を押されていたのを失念していた。表向きはダイフクに秘密で行動している事になっている。
「えーと、そうだな……”道中で拾ったから、解析頼む”、とか? ほら、その、【新規機械獣観測班】としての仕事もあるから」
咄嗟のポッチの弁解に「それもそうですわね」と、顎に手を当て アイは納得した素振りを見せる。ロノアロの視線も気にはなったが、それ以上の追求がなければ ひとまずここは誤魔化せたと思っていいはずだ。
「脚くらいなら 落としてもいいか」
まずは動きを停めようと考えたか、跳ね回る卵型機械獣の進路をロノアロが塞ぐ。反対側の逃げ場をなくそうと、【両手盾】を構えてプリンも後方に回り込んだ。
「アイ、【足止め罠】か何か持っていないか?」
「持ってましてよ! でも、室内では設置のしようがありませんわ」
「ああ、そういう型かー……」
投げて網が出てくるような物をポッチは想像していたのだが、アイが言うには 先にその場に設置しておくべき道具らしい。
「僕がやると威力過多になりそうでなー……」
呟くうちに、金属どうしが派手にぶつかる音が上がる。見れば卵型機械獣に斬撃を躱され、ロノアロの【影斬刀】がプリンの【両手盾】に叩きつけられているところだった。慌てて構えたアイの【銃剣】から放たれた弾丸も、虚しく空を切っていく。
これは 見た目よりも だいぶ厄介な相手のようだ。
「【呪印】追加呪効【足封じ】、さらに追加【遅延】、発……」
妨害呪術を発動するにも、激しく跳ね転がる卵型機械獣に上手く狙いが定まらない。呪術発動のタイミングを掴めずまごつくポッチに感づいたか、散々仲間たちを煽り散らすと 卵型機械獣は勢いを緩めることなくポッチの懐に突っ込んできた。
胸部に嫌な痛みが走り、思わず「うぐ」と声が洩れる。だが両脚のカギ爪でどうにか踏ん張り、懐の卵型機械獣を抱き留めることは出来た。
「よぅし、捕まえたぞ。そのまま おとなしくしていてくれよ」
腕の中に収まる卵型機械獣はパリパリと不穏な音を立てている。これ以上妙な動きをされる前に、【呪印】を発動してしまおう。
「【呪印】追加呪効……」『マズイぞ、《加護》持ちか』
ポッチの呪言を遮り、卵型機械獣が音声を発した。
『……分かってて手元に置いてたな、あの野郎』
「ええ? 何、自律式AI搭載型!?」
カシオペアとも《ミッちゃん》とも違う人工知能であるなら、尚更 お持ち帰り案件だ。できる限り損傷を抑えて確保したいが――……。
〈 FULL THROTTLE 〉
ちょうどカシオペアの巻き貝ディスプレイのように、金属卵の表面に文字列が浮かび上がる。――直後。
四つの脚が折り畳まれると共に金属卵の下部が花火さながらに火を噴いた。ポッチもろとも壁面に打ち当たり、叩きつけられたポッチを足場に 地上へ続く円柱へと飛び上がった。
間髪入れずロノアロとプリンが追いすがるが、卵型機械獣は難なくそれらを避けていく。果てに円柱を叩き割って地上へと逃げていってしまった。
「クッソ、卵虫め」「ごめん、にげられた」
悔しそうな顔で戻って来るロノアロとプリンに、「気にするな」と返そうとして少し咳き込む。胸部に酷く響くところから、やはり肋骨にヒビが入ったかしているだろう。
「ポッチ様、しっかりなさって!!」
「いや、このくらいなら 癒術ですぐ治る。時間だけ、少しくれ」
両手に印を組みながら、逃げた卵型機械獣の言葉について思い返す。「”あの野郎”……?」ポッチの知っている、”誰か”と接触があるのだろうか。
「呼んだ!? マイビタースイートチョコレイト!!」
「“ロノアロ”でなくて“あの野郎”って、言ったんだけど……」
「あの野郎? 姐さんのイロの事かい? 消す? 始末してくる??」
「いやだから! ダイフクは関係ないだ、ろ……?」
弱くなった言葉尻に、不審な目が向けられていることは気付いている。
軽く首を振り「まさかな」と付け加えておいた。
【月紀 8013年 12月の手記より】
ペッディポロが惑星セスに興味を持ってしまった。ラクガンの複製体の話を ヤツハシがしてしまったのだろうか。変な気を起こさないよう、厳しく叱っておかねば。